第41話 そういうところが駄目なんです(2)
楓華の分かりやすい指導のもと、調理は着々と進行していた。
「まず野菜は1口大に切っておきましょう。じゃがいもは柔らかく仕上げたいのであれば、耐熱皿に入れてレンジで温めます。他の野菜は炒めるので、切り終えたら別の皿に移しておいてください」
「へー。レンチンして柔らかくなるってのは初耳だな」
「一緒に炒めてもいいのですが、私的にはこちらの方がじゃがいもの中まで火が通っているかの確認がしやすいので」
「なるほどな」
「ところで和樹くん……包丁は扱えますか?」
「流石に使えるぞ。まぁ、乱切りとみじん切りぐらいしか出来ないけどな」
「肉じゃがを作るだけなら、それでも十分だと思いますよ」
「ならよかった」
調味料の確認などをしている楓華は、和樹の調理の指摘をしつつ、他の料理の準備を始めている。
意外と手際がよくて教えることが少なそうなので、と言われて「俺ってそんな不器用に見えてたのか」と苦笑しつつ野菜を切る。
楓華は和樹が切り終えた野菜を見てから、持参していたらしいタッパーを並べていた。
「この際ですし、
「じょうびさい……?」
「要するに作り置きです。主食を何かしら作った後に添えるだけで、簡単に栄養バランスの調整が出来るので便利なんですよ」
「ふむふむ」
「そうですね……。和樹くん、大根はありますか?」
「あるぞ。野菜室の右奥に入れてるはず」
「それ、使ってもいいですか?」
「別にいいぞ」
「ありがとうございます」
和樹が冷蔵庫の最下段を指さすと、楓華は「失礼します」と小さく呟いて野菜室から大根を取り出した。
ネットで見かけた「大根ステーキ」なるものを作ってみたいと興味本位で購入していた大根だったが、それが楓華の手によって美味しい一品に変えられるのならそれに越したことはないだろう。
「でも、それで何作るんだ? 大根おろしとか?」
「……肉じゃがの副菜が大根おろしって、本気で言ってます?」
「……すまん。それしか思いつかなくて」
大根単品で作れそうなものが大根おろししか浮かばなかったのでそれとなく口にしてみたが、楓華は僅かに表情を
これ以上自分の無知を晒すのはまずい、と即座に判断した和樹は、楓華が材料を持ってきていた袋から取り出された別の野菜を見て、話題を切り替えることにした。
「セロリも使うのか」
「はい。大根と一緒に小さく切って、中華漬けにしようかなと」
「そっか。楽しみだな」
中華漬け、と言われていまいちどんな料理かイメージが出来なかったが、楓華が作るのだからまず間違いなく美味しいだろう、という期待を込めてそう返せば、楓華はどこか困った風な顔をしていた。
半ば呆れているような、それでいて少し嬉しそうな、そんな表情だった。
「そう言って頂けて……嬉しいです」
慣れた手つきでセロリの包装を外しながら、楓華は弱々しい声でそう呟く。
その小さな耳はほんのりと赤く染まっているような、いないような。
「……人のことばっかり見てないで、少しは自分のことに集中してください」
「お、おう」
横目で覗くように楓華の顔色をうかがえば、ぷんすか、と効果音が出ていそうな怒りの視線を向けられる。
しかし、その眼光に先程のような鋭さはなく、むしろ柔らかさすら感じる。
例えるなら、襲ってこないと分かりきっている小動物に見つめられているような感覚だ。レッサーパンダやアリクイといったところだろうか。
仮に楓華の
本人は意図してしているわけではないだろうが、その表情は僅かに上目遣いになっていて、とても可愛らしかった。そして、何かに期待しているのか、ちらちらとルビー色の
「……次は何をすればいいんだ?」
自分のことに集中しろ、と言われたので、和樹は次の指示を
「……もう少し、和樹くんは女心を理解してほしいものです」
「はい?」
「……なんでもありませんよ。えっと、次はですね──」
和樹には聞き取れなかった細々とした発言を誤魔化すように、楓華は先程より早口な説明を始めた。
その後、和樹は聞いたことを実践したり、質問したりすることに手一杯になってしまい、楓華の頬がじんわりと熱を帯びていたことに、一切気づくことはなかった。
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