第40話 そういうところが駄目なんです(1)
和樹は基本的に、家事全般をそつなくこなすことが出来る。
父親が幼い頃に他界してしまった和樹は、少しでも母親の負担を減らそうと洗濯や掃除といった手伝いを率先して
しかし、そんな和樹にも苦手な家事はいくつか存在する。
その内の1つが料理だ。
スマホで検索すれば出てくるレシピを参考にすればギリギリ作れないこともないが、想像していた味とかなり異なっていたり、明らかに素材の味を活かせなかったりと、残念なものになってしまうことが多い。
初めの頃はかなり酷く、最初に挑戦したオムライスは気づいた時には焦げて炭の塊になっていた。せっかく作ったのだからと口に放り込んだ際に口の中に広がった炭の味は今でも忘れない。
以後、時間があれば時々料理の練習をしているが、調べた際と同じレシピを用いてもなかなか上手く作れなかった。
それでもコンビニ弁当等で栄養バランスの偏った生活を送るより幾分かマシだろう、ということで頑張ってはいるが、料理の腕はなかなか上達しない。
だからといってインスタント食品などで自分を甘やかしてしまうと、抜き打ちで家に訪れる母親にバレてしまう可能性があるので「説教されるぐらいなら自炊したほうがまだ楽だろう」と自分に言い聞かせてきた。
「……楓華に感謝しないと」
先日、不可抗力とはいえ楓華の家を訪れた際に、成り行きで口約束をしていたのだが、まさか本当に来てくれるとは思ってもいなかった。
『明日の正午って空いてますか?』
『空いてるけど』
『では、明日にしましょう』
『?』
『和樹くんに私が料理を教える、と約束したじゃないですか』
『でも、琴音さんと紗夜さんがせっかく来てくれてるんだろ?』
『明日の昼頃には帰る予定らしいので、それ以降であれば大丈夫ですよ』
といった形で、楓華から美味しい料理の作り方を
とにかくありがたい、の一言に尽きる。
友人を家に招くということもあって、掃除はある程度済ませておいた。
確認出来る範囲の汚れは全て取り除き、散らかしていた教科書や漫画の
数日前までは足の踏み場を探すことに苦労していた汚部屋が見違えるように綺麗になった姿を見た時は「人間やればできるもんだな」と自分に関心したほどだ。
これからは可能な限りこの清潔な空間を保とう、と心に誓った。
改めて楓華に見られてはいけないものがないかを確認し終えてから、時刻を確認する。
楓華との約束の時間まではあと15分ほど。
エプロンを手に取りやすい場所に置いておこうか、とソファから腰を上げた時、玄関のチャイムが鳴った。
あ、と声がこぼれる。
同じ年の異性を家に入れるのは初めてなので少し緊張しつつも、足早に玄関へ向かう。
扉を開けると、そこには白色のケーブルモックネックニットにスキニーのジーパンといった服装を身に
全体的にシンプルだが、上のボリューミーな服を下のスキニーのジーパンがキュッとしめることによって、スッキリとした印象の中にふわふわとした可愛さが足されている。
白銀の髪はポニーテールで
「こんにちは、和樹くん」
「お、おう。今日はよろしくな」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
女の子を家に招くのが初めてだから緊張してたんだ、と素直に言える訳もなく、楓華に見えないように頬をひきつらせた。
「では、お邪魔します」
「おう。あ、荷物預かるぞ」
「……ありがとうございます」
「なんもない家だけど、用意が出来るまでリビングでくつろいでてくれ」
昼食の材料は楓華が持ってきてくれるとのことだったので、楓華の両手には小さなビニール袋が提げられていた。
差し出されたそれらを和樹が受け取ると、楓華は一瞬だけ瞳を瞬かせてから和樹を見上げる。
その表情は柔らかく、どこか安堵しているように見えた。
楓華がリビングに入ったのを確認してからエプロンを取り出していると、楓華も持参していたのかエプロンをつけているようだった。
こんな姿を真治や由奈に見られようものなら「お前が天野さんと昼間から一緒に飯作るとかマジかよ」とでも言われそうだな、と思わず心の中で苦笑した。
そもそも、和樹と楓華が同じ家で料理をしているというシチュエーションを誰かに話したとして、信じてもらえるはずもないのだが。
それに、和樹には楓華とどうこうなりたいといった願望は微塵もない。もちろんそれは、楓華も同じだろう。
気の合う友人、程度の関係。
仮にそんな話題を振ろうものなら、機嫌を損ねて今後一切口を聞いてもらえなくなる可能性すらある。
「和樹くんもエプロンつけるのですね」
「まぁ、部屋着が汚れるのは嫌だしな」
「……意外と、似合ってますよ」
「そうか? 楓華のほうがよっぽど似合ってると思うけど」
「……へ?」
「なんか
和樹から見て、
それをぎこちなくも
「……そういうところが駄目なんです」
「どういうところがだよ」
「存在がだめです」
「それこの前にも言われた気がするんだが」
「なら全部だめです」
「な、なんかすまん」
唐突に存在を否定されてしまい、和樹がたじろいでいると、楓華は頬を染めたまま呆れた表情を返してキッチンへと向かっていった。
和樹はエプロンのボタンを留め終えるのと同時に肩を
「……まったくです。人の気も知らないで」
小さく、そんな呟きが聞こえた気がした。
なんの事やらと楓華に向けて首をかしげてみたが、目が合うと「早く準備してください」とお叱りを受けてしまった。
和樹はそれに「すまん」と返して楓華のいるキッチンへと移動した。
こうして、楓華によるお料理教室が幕を開けたのだった。
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