第13話 変わらないはずの放課後(2)

 互いに少し話して打ち解けたとはいえ、スーパーに向かうまでの間、和樹と楓華が和気藹々わきあいあいと話すようなことはなかった。


「九条さんは何を買う予定なんですか?」

「うーんと、野菜が殆ど無くなってたからそれの補充と、調味料を少し」

「なるほど」


 時折、楓華が質問して、それに和樹が答える。そんな質素な会話を何度か繰り返していると、和樹ご贔屓ひいきのスーパーマーケットに到着した。遠くから見てもわかりやすい大きな赤いキャベツのロゴが目印のスーパーだ。


 和樹にとっては、週に2、3回ほど放課後にここへ寄ることが当たり前になっている。


 目的地に着いた和樹と楓華は、互いにカゴの入ったショッピングカートを取り、自動ドアのある入口へと向かう。


「あ、聞いてなかったんだけどさ、俺を買い出しに付き添わせた理由ってなんだ?」


 和樹としては特段気になっていたわけではなかったのだが、話題が枯渇気味で少々気まずい雰囲気だったので、尋ねてみることにした。


「えっと……それはですね」


 言いづらそうに口ごもりながら、つんつんと人差し指を合わせ始めた楓華を見て、和樹は首を傾げる。


「あっ、いや。言いづらいなら別に答えなくてもいいんだけどな」


 答えづらいことを訊いてしまったのかもしれない、と和樹が慌てていると、楓華も同じく慌てたように首を横に振った。


「……と、届かないからです」

「届かない?」

「……商品棚の上に、です」


 少しの間を持たせて、楓華はそう呟きながら床に視線を落とし、頬を薄く赤色に染めていた。


 しかし「届かないから」という理由なら、他にもいくつか解決法があるだろう。


「それなら店員さんに取ってもらえば」

「何度も頼るのは恥ずかしいです」

「なら友達とか」

「家の方向が逆でした」

「……脚立とか使えば」

「……ミニスカートなので」


 徐々に顔を赤らめていく楓華を見て、和樹は余計な質問をしてしまったな、と後悔した。


 そういえば以前、学校で真治と話したときに『女性に体重と身長の話は絶対するなよ。大きくても小さくても、気にする人は気にするんだぞ』と言われたことを思い出す。


 そんな話はどうでもいいと聞き流していたことを今更ながらに悔やみつつ、和樹は横目で楓華を見た。


 楓華の身長は決して低いわけではないが、和樹からしてみると彼女は頭1つ分低い。


 和樹としては気に留めてもいなかったが、楓華にとっては少し不快に感じさせてしまっていたのかもしれない。かといって、はいどうぞと気軽に渡せるものでもないのだけれど。


「それで、俺に頼んだと」

「す、すいません。後で言おうとは思っていたんですけど……その、タイミングが」

「別に手間じゃないからいいけど、俺でよかったのか?」

「……九条さんなら、信用できるので」


 楓華の口からこぼれた「信用できる」という予想もしなかった返答に、和樹は思わず動揺してしまった。


 楓華は度重なる質問に機嫌を損ねたのか、頬を赤らめたままこちらに視線を合わせてくれる様子はない。


 その代わりに、耳にかかっていた髪を人差し指にくるくると絡めている。


「……まずは、野菜から買いに行くぞ」

「……はい」


 ぎこちない雰囲気の中、和樹と楓華はショッピングカートを押し始めた。


 ──────


「……九条さん、あれお願いします」


 躊躇いながらも、楓華は棚の上に置いてあるオリーブオイルを指さした。


「わかった」


 商品棚から取ったオリーブオイルを、楓華のカートのカゴに入れる。


 最初は赤かった頬も繰り返す内に慣れたのか、いつの間にか普段の綺麗な肌色に戻っていた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 楓華はぺこりと頭を下げ、ポケットから取り出したメモ帳を確認していた。その後、ペンでオリーブオイルと書かれている箇所にチェックマークを付ける。


 日頃、何となく気分で買い物をしている和樹からすると、楓華のこういった生真面目さには素直に感心してしまう。


「これで終わりか?」

「はい。九条さんのおかげで、予定よりかなり早く終わりました」

「そりゃどうも」


 和樹も夕食用の食材を買い揃え、レジに向かい会計を済ませる。


 なんとかタイムセールに間に合ったので、和樹にとっても満足のいく買い物になった。


 和樹はサッカー台に向かい、購入した商品を入れるためのマイバッグを取り出す。ビニール袋が有料化してからというもの、多少手間はかかるが携帯するように心がけている。


 楓華もマイバッグを持参していたようで、慣れた手つきで商品を袋に入れていた。


 楓華のマイバッグには、様々な種類の猫のマスコットキャラクターがじゃれあっている姿が描かれていた。


「猫柄か……」

「はい?」

「あ、いや。なんでもない」


 思わず心の声が漏れていたようで、すぐさま何事も無かったかのように誤魔化した。


 そんな和樹の行動を不審に思ったのか、楓華は首を傾げながら瞳を細めていたが、すぐに商品を袋に詰める作業を再開していた。


(そういうのに興味あるのは意外だったな)


 楓華のような凛とした雰囲気の美少女が可愛らしい子猫の柄のバッグを持っているという状況に、和樹は何故か戸惑ってしまった。


 むず痒いような、照れくさいような。上手く言葉で表せないようなものが、薄いもやのような形に変わっていく。


「お待たせしました」

「……おう」


 楓華が商品をマイバッグに入れ終えるのを確認してから、荷物をカートに乗せ、出口へと向かった。


「あの、今日は付き合ってくださって、本当にありがとうございました」

「おう。必要だったらいつでも呼んでくれていいからな」

「……いいんですか?」

「同じスーパーで買い物するんだし、別にそこまで手間じゃないからな」


 和樹がそう言うと、楓華は一瞬考え込むように首を傾けた。


「九条さんはなんでこう、私に甘いというか、優しくしてくれるんですか」

「甘い……? そんな自覚はないけど」

「でも、私の言うことに嫌な顔1つせずに対応してくれるじゃないですか」

「実際、嫌じゃないしな」


 なんで優しくするのか、と訊かれても、その理由は自分でも分かっていない。そもそも優しくしている自覚すらない。


 強いて言うなら、断る理由がないから、というのが1番の理由だろうか。


 ついでと言えばついで、親切と言えば親切だ。


 物は言いようだと思う。


「いつかこの恩は、まとめてお返しします」

「だからいいって」

「いえ。機会があれば、必ず」

「そんな無理しなくても」

「無理なんてこれっぽっちもしてないです」


 楓華はそう言って、胸の前の小さな拳に力を込める。

 和樹はカートを指定位置に戻しながらその仕草を見て、妙に愛らしさのようなものを感じていた。


 その凛として落ち着いている雰囲気に対して、中身の性格は幼いピュアな子供のような可憐さを纏っている。楓華と接しているうちに少しずつだが、その姿を可愛らしいと思うようになっていた。


「それでは九条さん、また明日」

「……いや、帰る方向同じだろ」

「……あっ」


 和樹と風夏は同じマンションに住んでいるということを忘れていたのか、楓華は和樹の返答に耳まで紅色に染めて俯いてしまった。


「……こ、これはあれです。お別れの挨拶の予行練習ですので」

「なんだそれ」


 和樹が呆れたように返すと、「き、聞かなかったことにしてください!」と逃げるようにそっぽを向かれてしまった。




〘あとがき〙

 どうも、室園ともえです。

 今回も読んでくださった方々、本当にありがとうございます。


 有難いことに、PV数がそろそろ目標にしていた数に到達しそうです。


 まだまだ話は序盤ですが、今後も定期的に更新していく予定なので、ぜひまた来週も読みに来てくださると嬉しいです。


 この物語が、皆様の日常の娯楽に少しでもなれているのなら、幸いです。


 よろしければ、フォローや感想、★評価や♡など、お願いします。


 次回はまた来週末に投稿します。


 それでは、また。

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