第28,5話 籠庭の行く末
温かいシャワーの水滴が体を包み込んでいく間は、1日の疲れや邪念を全て洗い流してくれるような心地がして、とても安心する。
いつもなら、そうなのだけれど。
「はふぅぅ……」
髪についていた泡を綺麗に落としてから湯船に体を沈めれば、自然と安堵の息が漏れた。
そして、楓華はぽつりと呟いた。
「……消えてなくなりたい」
そう思ったのは、初めてではない。
今までも家族のことを思い出す度に、幾度となく「自分さえ居なければ」と嘆いてきた。
自分さえ居なければ、家族の仲は良好を保っていたのかもしれない。姉は楓華のことを心配などせず、自分のために時間を使えたのかもしれない。
心の器を満たしていたのは、ドロドロとした液体となって際限なく注がれる、後悔という名の黒い液体。
しかし、今日はその言葉に含まれている意味が違った。
「……恥ずかし過ぎますよ。こんなの」
初めて、身内以外の人に
『でも、それじゃ私……また1人に』
弱い所を、隠すことなく
『……体が言うことを聞いてくれないだけです。別に強がってなんか……つよがって……なんかぁ……』
相当参っていたんだな、と自分の情けなさが嫌になった。
『……和樹くん、と呼ばせてもらってもいいですか』
隣に居てやると言われただけでは、すぐに消えて無くなってしまうような気がした。だから、何か繋がりができたという「
自分の1つ1つの
『その……うまく言えないけど、俺は好きだぞ、楓華のこと』
追い討ちと言わんばかりに、どれだけ忘れようとしても消えてくれない言葉が、楓華の脳内を暴れ回る。
もちろんそこに、異性としての好意がないことは分かっている。
楓華にも和樹に対して恋愛感情を抱いたことは1度もなく、「他人に優し過ぎる隣人」として認識していた。
きっとあの優しさは、私以外にも向けられている。特別なものではない。そんなことなど楓華はとうに理解している。
(……なのに、なんで)
そんな考えとは裏腹に、楓華の
嬉しい、という感情の波が込み上げてくるのを抑えることができない。
何故かこれまでの和樹との出来事を思い出すと気が緩んでしまうのだ。
気休めに頭に冷水をかけてみたが、そんなものでは楓華の熱は収まらなかった。
嘆息して、風呂場の鏡に映った自分の顔をまじまじと眺める。
真っ赤に紅潮させた頬、緩く細めた瞳、上がりっぱなしの唇。
(……私ってこんな表情できたんだんですね)
今は1人だからいいものの、こんな情けない表情は姉や和樹の前では見せられない。
滑らないように気をつけながら、楓華はその場にしゃがみこんだ。
「明日からどんな顔をして会えばいいのですか……」
何事もなかったように振る舞えばいいのか、ちゃんと向き合って、感謝を伝えるべきなのか。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。
ただでさえテスト勉強で疲弊していた楓華の頭では、その疑問を解決する術を考える余裕すらなかった。
やるせない気持ちを抱えて湯船に首まで浸っても、ちゃぷちゃぷという音が風呂場に
「……少しだけ勉強して落ち着きましょう」
普段はもう少し長風呂なのでまだまだ大丈夫なのだが、今日は体がやけに火照ってしまっていた。
風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしてから自分の部屋に向かう。
そして軽く復習を済ませてから、ベッドにするりと潜り込んで枕に顔を埋めた。
あとは落ち着いて
「こんな俺でよかったら頼ってくれ、って」
意識が落ちる寸前に、楓華は最も鮮明に残っていた和樹の言葉を呟いた。
しばらく部屋が静寂に包まれたあと、再び頬に熱を帯びた。
「あぁ……恥ずかしい」
溢れてくる熱を抑えるように手のひらで顔を
彼のために、今の自分にできることはなんだろう。
何ができれば、自分を必要としてくれるのだろう。
そんな問いが浮かんでは消え去り、楓華の脳内を混乱させていく。
今はまだ、分からない。
でもいつか、分かりたい。
この曖昧な気持ちの答えはこれから時間をかけて見つけていこう、と心に誓って、楓華はゆっくりと眠りについた。
〘あとがき〙
どうも、室園ともえです。
以前お伝えした通り、今回の話は楓華視点の物語でした。
買い出しでの1件を終え、楓華の心情にも小さな変化が生まれます。この変化が今後の展開にどのように作用していくのか、楽しみにしてくださると嬉しいです。
もしよろしければ応援や感想、星レビューやフォローなど、お願いします。
私情なのですが、来週は受験本番なので、投稿が少し遅れるかもしれません。(受験1週間前に投稿してる奴が何言ってんだ)
予約投稿にはしているので、恐らく問題はないと思います。改稿する必要があるかもしれないけど……多分大丈夫。
それでは、また。
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