第34話 姉がやってきた(1)

 期末テストを終えた週の土曜日。


 学年30位、という満足のいく結果に終えることが出来たのだから、少しぐらい自分を甘やかしてもいいのでは、と考えた和樹は、自分へのご褒美として、何か贅沢なことをしようと家を出ていた。


 真治が以前、楽しそうに遊んでいた新作のゲームを買おうか、それとも何か美味しいものでも食べに行こうか、などといった妄想を膨らませながらエレベーターへと向かう。


 すると、見慣れない女性が2人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 1人は、絹のような艶やかさの黒髪を肩に流しており、その藤色の瞳の輝きもあいまって、クールビューティー、という言葉がしっくりくる姿をしていた。


 平均的な男子高校生より少し上の身長である和樹から見ても、黒髪の女性は背丈が高い。それでいて大柄に感じさせないのは、その女性のプロポーションが均一のとれたものだからだろう。


 起伏に富んだ体にまと薄銀色うすしろがねいろのタイトスカートと黒のライダースジャケットは、有無を言わさぬ貫禄かんろくがあった。


 それに対してもう1人の女性は、日向ひなたで溶けた琥珀こはくのような色合いの栗毛をサイドテールに纏め、ふわっとした雰囲気を醸し出している。


 身長は楓華と同じくらいのようだが、横に並ぶ黒髪の女性と比較して見てしまうと、どうしても小柄に見えてしまう。


 純白色のケーブル編みのオーバーニットは、そんな彼女の小動物めいた可愛らしさを十分に引き立てていた。


 それぞれが少し遠目から見ても、かなりの美人だと思える女性だ。


 どこかで見覚えのある顔立ちのような気もするが、和樹の記憶が正しければ面識はないはずなので、すれ違う際に挨拶でもしてその場を通り過ぎようとした──その時。


「ねぇ、姉さん。あれって楓華の言ってた子にそっくりじゃない?」

「……確かに似ているわね。でも、一応確認するべきだと思うわ」


 そんな会話が聞こえた気がした。


 しかし、気がしただけなのでそのまま挨拶だけしてからその場を去ろうと2人に視線を向け、軽く頭を下げた。


「こんにちは」


 和樹がぺこりと会釈をすれば、2人の女性はお互いに目を合わせてから、こくりと頷いた。


「こんにちは。あの、少し訊きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」


 黒髪の女性に話しかけられ、和樹は人探しか何かだろうかと思いながら2人の顔色を伺った。


「はい、構いませんが」

「ありがとう」


 そう言って、黒髪の女性はにこやかな笑みを和樹に返した。


 そのアイラインの引かれた瞳は目には見えない圧のようなものをひしひしと感じさせ、思わず視線を逸らしたい、と思ってしまう。


「あなたの名前を教えてほしいのだけれど、いいかしら」

「名前……ですか?」

「……名前ぐらい言えるわよね?」

「……え、えっと」


 なんの前触れもなく向けられた眼差しのあまりの鋭さと言葉の圧によるプレッシャーに和樹がたじろいでいると、もう1人の女性が黒髪の女性の頭を軽く小突いた。


「あいたっ……何するのよ」

「姉さんはなんで初対面の人にそんな口調でしか話しかけられないのさ。そんなんだから友達できないんだよ」

「よ、余計なお世話よ……」


 小突かれた頭を抑えながら、黒髪の女性はしゅん、と明らかに表情から色を落とした。


「さっきはごめんね。うちの姉さんってば昔から人に話しかけるときに口が悪くなる癖があって……本人も治そうとはしてるんだけど中々変わらなくて」

「そ、そうなんですね……」

「あ、話の本題に戻るんだけどね。君の名前を教えてもらえないかな?」

「えっと、九条和樹です。和風の和に果樹の樹でかずきって読みます」


 個人情報をあっさりと伝えるのもどうかと躊躇いはしたが、他に話を進める代用案も思いつかなかったので、和樹は自分の名前を目の前の女性たちに伝えた。


 すると、栗色の髪の女性はカラメル色の瞳をぱちぱちと瞬かせる。


「ごめん、もう1回言ってくれる?」

「九条和樹です」

「……ほんとに?」

「……嘘つく必要ありますか?」


 何故か疑われている様子だったので証拠として学生証を提示すれば「本当だ……」と呟きながらその女性は和樹をじっと見つめた。


「ねぇ九条くん。今から何か用事とかってあったりするかな?」

「まぁ、軽く遊びに行こうかなと」

「それって今じゃないと駄目?」

「駄目……ではないですけど」


 用事とは言っても、出かける場所のプランもなしにぶらぶらと出歩くだけなので、どうしても今じゃないといけない、というわけではない。


 明日も休日なので、天候さえよければ今日の予定は翌日以降にまわしても問題はないだろう。


「あ、そうだ自己紹介がまだだったね。私は天野琴音ことね。よろしくね」


(天野……?)


 和樹は頭に浮かんだ疑念に首を傾げつつも、女性の話の続きを聞いた。


「それで、こっちが姉の彩夜さよ。ちょっと性格に難があるけど根はいい人だから、あんまり嫌わないであげて」

「ちょっと、なんで私が既に嫌われてるみたいに言うのよ……」

「初対面の高校生に威圧感マシマシで話しかけた人がよくそんな事言えるね」

「うっ……だって早く楓華に会いたくて……つい無意識だったのよ」

「いい加減その極度のシスコンを何とかしてよ……何をするにも楓華、楓華って……」

「……私は心配してるだけ」


 そんな2人やり取りの中に見知った人物の名前が出てきたので、和樹は反射的に1つ疑念を抱いた。


(……今、楓華って言ったよな)


「……あの、おふたりは、楓華の知り合いですか?」


 和樹が興味本位でそう尋ねると、2人は和樹をじっと見つめ、首を縦に振った。


「知り合いっていうよりは、私たち、その楓華のお姉さんだよ。彩夜姉さんが長女で、私が次女。そして楓華が三女だね」


『私には……2人の姉がいます。とても可愛くて、優しい、自慢の姉さん達です。長女がプロのフォトグラファーで、次女が総合格闘技の選手なんです』


(……そう言えば、2人の姉が居るって言ってたな)


 そんなことを考えていると、いつの間にか両手をがっちりと握られていることに気づく。


「それじゃ、行こっか」

「行くって……どこにですか?」

「どこって、楓華の家に決まっているじゃない。日頃お世話になってるらしいから、私たちから何かお返しをさせてほしいの」

「なんで知ってるんですか。……そもそも俺が急にお邪魔したら迷惑だと思いますけど」

「……九条くんって、意外と朴念仁ぼくねんじんなんだね」

「それってどういう意味なんですか……」

「分からず屋ってことだよ」

「それは分かってますけど……」


 和樹の解答に2人は深く嘆息していたが、和樹はその理由も分からず、首を傾げた。




〘あとがき〙

 どうも、室園ともえです。

 今回も読んでくださった方々、ありがとうございます。


 今回から、新たに彩夜と琴音が登場します。

 ちゃんと役割あるから……無駄な人物じゃないから……。


 魅力あるキャラクターにしていけたらいいなと思っているので、ぜひ楽しみにしてくださると嬉しいです。


 もしよろしければ、フォローや応援、感想や星レビューなど、お願いします。


 それでは、また。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る