第2話 白雪姫との出会い(1)
「和樹、頼みがある」
「なんだ」
「……勉強教えてくれ」
放課後、唐突な真治の提案から始まった勉強会。2週間後に控えた学年末考査のために和樹も残って自習するつもりだったので、復習ついでに勉強を教えることになった。
和樹は特別頭がいいと言うわけではないが、少なくともどの教科も平均点以上は取ることができる。……数学だけは赤点ギリギリだけれど。
和樹と真治は図書室のラーニングスペースへと向かった。和樹は数学の参考書、真治は日本史の単語帳を鞄から取り出す。それぞれが一番苦手としている教科だ。
「そもそもよ。日本史、同じ苗字の人多すぎやしませんかね」
「同じ家系の人物なんだから当たり前だろ」
「……せめてもうちょい覚えやすい名前で産まれてきてくれねぇかなぁ。チワワ太郎とかトイプードル次郎とか」
「そんな寝ぼけたこと言ってないで、重要語句の1つでも暗記しとけ。今回範囲広いんだから」
「……へーい」
凝り固まっていたのか、全身をぐっと伸ばしながら、真治は細々と担任への文句を呟き始めた。
それを聞き流しながら、和樹は筆箱から必要な文房具を取り出す。
「文句言っても点は上がらないぞ」
「やめてその正論は俺に効く」
諦めるように項垂れた後、真治は真剣に自習へと取り掛かった。一方の和樹は数学の参考書の解けない問題に目立つように蛍光ペンでラインを引き、ページを捲る。
その後、解けない問題を単元ごとに分別して、ノートにそれらの問題があるページをまとめておく。これを試験日まで何度も繰り返し解き、公式の使い方や計算の手順を頭の中に叩き込む。
一見シンプルだが、この方法が1番効率がいいと思っている。……点が取れるかは置いておいて。
それから約2時間程、互いに真剣に勉強に取り組んだ。
真治が覚えられない、分からないという箇所は適当に作った語呂を教えたり、重要語句の詳細をまとめてあるノートを貸したりした。
一方、和樹は分からない問題を見つけては教科書を開き、必要な計算の手順や公式をノートに記入していく。
真治に教えてもらってもよかったのだが、真治は和樹とは異なり感覚で理解するタイプなので残念ながら殆ど参考にならない。
以前わからなかった問題を訊ねたとき、『つまりここをギューンとしてバン。文字が同じだろ。これで解ける』といった擬音語だらけの説明に、理解が余計に困難になってしまったことがあるからだ。
ノートにまとめ終えた問題を、和樹は順番に解き始める。
時折、横目で真治の勉強の進捗を確認したが、赤点ギリギリの生徒がまとめているとは思えないほど丁寧にまとめられたノートが完成していて、控えめに言って驚愕した。どうしてこれで赤点を取るのだろうか。
「なぁ和樹」
こちらの視線に気づいたのか、真治はため息をこぼしながら再び全身をぐっと伸ばした。
「担任の愚痴はもう聞くつもりはないぞ」
「違う。1つ相談があるんだよ」
「どうかしたのか」
「……もう集中力がもたない」
真治は机に顔を突っ伏しながら、教科書に顔を埋めた。
「……もう少しだけ頑張れないか?」
「いや、虫のいい話だってのは理解してる。俺だってあんなことなかったらもっと集中できてる筈なんだ」
「まぁ、確かにそれは分かるけど」
──あんなこと、というのは昨日の転校生の1件をきっかけとして起こった出来事のことだろう。
「まぁ、俺もあそこまでからかわれるとは思ってなかった」
「ほんとそれな。てか、和樹は俺より絶対疲れただろ」
「まぁな……。そもそもなんだ『空中大回転男』って」
空中大回転男、それは昨日の1件で和樹に付けられたあだ名だ。「転校生に話しかけたいがために、空中を暴れるように回転した男がいたらしい」という噂が広まり、それが校内のSNSで拡散されてしまった。まさかの動画付き。
そして今日、教室に入った和樹を待ち受けていたのは謎の歓声だった。噂に尾ひれが付き続けた結果「変態と英雄を足して2で割った変人」という扱いになったらしい。
その影響として付けられたあだ名が、空中大回転男。正直、何度思い返しても意味が分からない。
ちなみに真治は「固定砲台マスター真治」というあだ名を付けられていた。こちらも理由は分からない。
そもそも、固定砲台マスターという名付けのセンスの無さに誰も突っ込まないのはなぜだろうか。今時の厨二病でも、もう少しはまともなあだ名を付けるだろうに。
「じゃあ、今日は解散にするか」
「……和樹、ほんとにすまん」
「だから気にすんなって」
「かずきぃ……」
「んじゃ帰ろうぜ。固定砲台マスターさん」
「……お前少し根に持ってるよな?」
苦笑いの裏にうっすらと焦りを隠しきれていなかった真治を見て、和樹は少しだけ勝ち誇ったような気分になった。今日は真治のせいでクラス中からからかわれたのだから、これぐらいの仕返しは許容してほしいものだ。
その後図書室を後にした和樹と真治は、いつもと変わらないくだらない話題を出し合い、談笑しながら帰宅した。
帰路の途中で、真治と別れた。その後は晩御飯の食材を近所のスーパーで購入し、自宅のマンションへと向かう。
スーパーから出たときにうっすらと雪が降っていることに気づいたが、それ以外はいつも通りの帰路。
北風に静かに葉を揺らす木々、地域の住民に見守られながら手を挙げて横断歩道を渡る小学生、セール中だからとついつい買いすぎてしまったせいでやけに重たいレジ袋。
そう、ここまでは、いつも通りだった。
─────
「……こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
本当なら、他人であるはずの彼女を無視するつもりだった。自分から関わるつもりがないと言っておきながら彼女に話しかけることは、大いに矛盾していたからだ。
それは分かっていた。
でも、出来なかった。
彼女の顔がどこか泣きそうに歪んだように見えたその時には、既に体が動いてしまっていた。
まるで、そこにあいつがいたような気がしたからだ。
和樹の呼びかけに、彼女はゆっくりと瞼を上げた。そのルビー色の瞳には、今にも溢れそうな程に涙が溜まっている。
「……大丈夫、ですから」
拒むように、突き放すように。彼女は──転校生は透き通るような声で、そう呟いた。
〘あとがき〙
どうも、室園ともえです。
前回に引き続き読んでくださった方、ありがとうございます。
ぜひ気軽に、感想や★評価、フォローやご指摘などお願いします。
次回は明日に投稿予定です。
(前半は毎日投稿、後々土日投稿に切り替えることにしました)
よろしければ、またこの作品を足を運んでくださると嬉しいです。
それでは、また。
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