白雪姫だの女神様だの謳われている転校生は、君に話したいことがあるようです

室園ともえ

第1話 転校生がやって来た

「ねぇ見た? あの転校生」

「見た見た。あれはやばいって。マジで可愛すぎる」

「だよな。控えめに言って目の保養だわ」


 高校一年生、九条和樹くじょうかずきが通う学校が十二月を迎えようとしていたある日、一人の転校生がやってきた。


 クラスが違うため、和樹はその詳細を知らない。だが、教室内に飛び交う噂を聞く限り、その転校生が今まで見たことないくらいに可愛いらしい。


(……俺には関係のない話だろうけど)


 教室内の喧騒をシャットアウトして、和樹は読み進めていた文庫本に視線を向ける。


 すると目の前に座っていた友人───田村真治たむらしんじがこちらを見ながら、何故かにやにやと笑みを浮かべていた。


「なぁ和樹、転校生の話なんだけどさ」

「興味無い」

「またまたぁ。見に行ってみたら分かるぞ。あれは可愛いとかの次元じゃないから」

「だから俺そういうのどうでもいい」

「相変わらずだな……まぁいい。ここは俺が友人として一肌脱いでやる」

「いやいいから……っておいなんだこの手は」


 真治に無理やり袖を掴まれ、和樹は廊下へと連れていかれそうになる。すぐさま読んでいた本を机に置き、抵抗しようと試みた。


 しかし、真治は野球部でエースを務めている。一方、和樹は帰宅部。体力や力量の差は言うまでもなく真治に軍杯が上がっていた。和樹が多少なり力を込めても、真治はビクとも動かない。


 その後の微々たる抵抗もむなしく、和樹は転校生がいるという教室へと連れていかれてしまった。


「おっ、いたいた。和樹、見てみろよ」


 瞳を輝かせながら、真治は教室の扉から少しだけ顔を出すように転校生を眺める。傍から見ると少し呆れてくるが、辺りには噂の転校生を一目見ようとこういった体勢で転校生を眺めている生徒がちらほらと見受けられた。


「どうしても見ないといけないのか?」

「何もたもたしてんだ。早く」

「だから俺はいいって」

「一瞬でいいから」

「いや興味ないって言ってるだろ」

「この草食系が。こうなったら……」


 そう言うと真治は和樹の制服のネクタイを強引に引っ張ってきた。どうやらどうしても見てほしいらしい。


 和樹としては、転校生が来たからとはいえ、わざわざ見なくてもいいだろうと思っている。しかし、再び真治の半ば強引な手段によって転校生のいる教室内へと寄せられてしまった。


 ───はずだった。


「あっ……」


 まず聞こえたのは、真治の後ろめたそうな声だった。真治は和樹を見上げながら、これでもかと両目を見開いていた。まるで今から何かマズイことが起こるかのように。


「えっ……?」


 次に聞こえたのは短い間抜けな声。

 ──要するに、自分の声だ。


 つい反射的に出たものだったので、その声はどこか他人の声のように聞こえた。気のせいか、足の感覚がない。つい先程まで廊下に立っていた筈なのに、まるで身体が宙に浮いて……ますねこれ。


 最後にドンッ、と鈍い音が教室内に響いた。幸い体への痛みは殆どない。最近体育の授業で柔道をしていたおかげだろう。


 問題は、その後だった。


「えっ?」

「飛んできたよね今」

「いやどういう状況」

「一周まわってセンスあるぞ」


 その教室にいた各々が、和樹を眺めながら呟くように感想を述べていた。


 和樹は状況が整理できず、慌てて真治に視線を向けると、顔の前で両手を合わせ謝罪の意を示していた。


「すまん」

「いや何がどうなってんだ」

「お前が抵抗するだろうと思って全力出したら飛んでった」

「……なるほど理解した」


 実際の所、理解しているかと聞かれれば、全くできていない。引っ張られたので真治の背中に体重を預けようとしたら飛んでいた、と自分に言い聞かせても納得などできるはずもなかった。


 和樹は僅かに痛む肩を抑えながら、倒れていた身体を起き上がらせる。真治もわざとではなかったようで、謝りながら身体を起き上がるのを手伝ってくれた。


 教室内の視線が和樹と真治に寄せられる。


 その中には噂の転校生とおぼしき生徒の視線もあった。数名の生徒が和樹の見覚えのない一人の女生徒を囲うように集まっていたので、恐らく彼女が噂の転校生なのだろう。


 和樹から見た第一印象は、気安く触れてしまえばそのままふわりと溶けていってしまいそうな白雪姫。


 淡雪あわゆきのような儚さを形にしたらこうなるだろう、というような具象化された美がそこにあった。


 その透明感のある薄い銀色の髪からのぞくルビー色の瞳は和樹たちを捉えており、明らかに困惑と焦りが窺えた。


 もし和樹が転校生だったとして、転校初日に教室に飛んできた生徒がいたとしたら間違いなく距離を置くだろう。少なくとも、いい気分にはならない。


 転校生に申し訳ないと感じつつ、そっと彼女に向けて会釈した。


「サンキュ」

「いやほんとにすまん……とりあえず一礼して帰るぞ」

「……後でアイス奢ってもらうからな」

「いくらでも奢るから許して」


 その後、教室の雰囲気を壊してすいませんでしたという意を込め、二人揃って一礼した。教室内はくすくすと笑う人、何事もなかったかのように転校生を眺める人、和樹たちを何かの見世物と思ったのか拍手する人もいた。


 そんなぱらぱらとしたまばらな拍手を受けながら、和樹と真治は教室を後にした。


 ─────


「いやほんとに……ほんとにすまん!」

「だからいいって。別にわざとじゃなかったんだし」

「優しい……俺はお前のような友人をもてて幸せだよ」

「大袈裟すぎる」


 瞳に潤ませながら何故か天を仰いでいる真治をよそに、謝罪を兼ねて奢ってもらった棒アイスをかじった。ソーダ味の爽やかな甘みが口の中に広がっていく。冬に食べるアイスというのも中々に美味い。寒いけど。


「……なぁ和樹。多分俺らってさ、転校生から見たらただの変人だよな」

「だろうな。てか転校生以外にもな」

「まじかぁ。明日から白い目で見られるじゃねぇか」

「別にいいだろ。そもそもお前には彼女いるじゃねぇか」

「そりゃあもちろん由菜ゆなが1番だけど……俺、欲しいものはできるだけ手元に置いておきたい性格なんだよ」

「今の発言、由菜にそのまま伝えとく」

「いや待って冗談! 冗談だから!」


 真治の彼女である由菜とのメッセージアプリの画面を見せると、真治は鬼の形相で和樹からスマホを取り上げた。その後由菜に何も送っていないことを確認すると、安堵したのか仏のような表情になる。


「冗談だってのに」

「今世紀1番焦った……」

「そんなにか?」

「当たり前だ。お前だって溺愛できるぐらい好きな人ができたら分かるようになる」

「……一生分かりそうにない」


 和樹がどことなく気まずそうに視線を逸らすと、真治はバツが悪そうにため息をこぼした。


 和樹はモテたくないのか、と言われれば、もちろんモテたいと答える。しかし、初恋が実らなかった苦い過去があるため、そういった事柄には興味が薄い。


 そのため、恋愛は無理にしなくてもいいと考えるようになっていた。


「お前ってさ、ほんと色恋沙汰とかに興味ないよな」

「あぁ。俺は最低限の友人がいればそれでいいんだ」

「その友人と言うのはもちろん俺も……?」

「……ま、まぁな」

「おい今なんで一瞬躊躇った!?」

「なんでだろうなー」


 真治が腰を小突いてきたが、痛みは感じなかった。日頃からこれぐらい手加減してくれれば有難いのだけれど。


「やっぱ一緒にいて飽きねぇや、お前は」

「そりゃどうも」

「なんだ。俺が珍しく褒めたのにそのシラケた反応は」

「いや、素直に言われるとなんか恥ずい」

「やだ、私キュンときちゃった」

「やめろその言葉遣い。気持ち悪い」


 その後も、和樹と真治はくだらない日常談を続けた。制服が少し破れていたこと、真治の成績が笑えないほど酷い有様になっているということ。特にオチも決まっていない話題を出し合い、ひたすらに笑いあった。


 溶けだした棒アイスが滴っていることになど気づかない程に、ただただ笑った。


 いつも通りの学校生活、いつも通りの放課後。いつもとちょっとだけ違うのは、転校生の前で大恥をかいたことだろうか。


 しかし、こうやって友人と談笑しながら他愛もない話をする、この時間が無くならないのであればそんな些細なことはどうでもよかった。これが、和樹の求めていた日常。


 クラスも違う転校生の彼女と関わることなんて、どうせもうないのだから。


 過去に会ったことがあるわけでもないし、生き別れの妹でも、幼馴染でもない。正真正銘、赤の他人。


 彼女が転校してきた日に、不慮の事故で派手に転んだだけ。悪目立ちしただけ。


 帰路の途中で真治と別れ、アイスが完全に溶けきっていたことに気づくまでそんなことを考えていた。その時は。



〘あとがき〙

 初めましての方は初めまして。

 室園ともえと申します。


 この度は読んでくださってありがとうございます。まだまだ文章力や作法など未熟な点はありますが、次回も読んでくださると嬉しいです。


 よろしければ、感想や★レビュー等、お願いします。もちろん、尻尾振って喜びます。


 毎週土日に更新していく予定です。


 それでは、また。

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