第32話 何も知らないくせに
期末テストを終えた日から数日後の昼休み、和樹は廊下に貼られている学年別の校内順位を確認していた。
上位30名の名前とクラスが掲示されており、同じ学年の秀才達はその数字に一喜一憂しているようだった。
「あ、和樹の名前あるじゃん」
「30位ギリギリだけどな」
「でも前回より結構上がってるだろ。やっぱり俺がお前に教えられたからこそ──」
「寝言は寝て言え」
「……由奈〜。和樹が冷たいよ〜」
「オーヨシヨシカワイソウネー」
「なんか俺だけ扱い酷くない?」
わかりやすく肩を落とした真治を横目で見ながら、和樹はもう一度、学生名が綴られている紙を眺めた。
何度見ても、そこにはゴシック体の文字で『九条和樹』と記されている。
今までの和樹の成績は、学年60位辺りを行ったり来たりしていたので、まさか自分の名前が載っているとは思っていなかった。
(……楓華にはお礼を言っておかないと)
このような満足のいく結果になったのは、間違いなく楓華が和樹の苦手教科である数学を教えてくれたことが1番の要因だろう。
前回までは赤点を取るか取らないかの危険な綱渡りをしていた和樹の数学の点数は、驚くべきことにクラス内1桁を取れる程にまで上がっていたのだ。
試験当日の問題を解いていて「楓華に質問しておいてよかった」と何回思わされたことか。
「天野さんは……やっぱり1位だよね」
「あんなに可愛いくて頭の出来もいいとかスペック高すぎだっての」
「流石俺たちの女神だな」
「それな」
喧騒の中から聞き慣れた苗字が聞こえたので耳を傾けてみると、楓華の話題があがっており、和樹とは交流のない男子達がざわついていた。
いつからお前たちの女神になったんだ、と苦笑しつつ、和樹は僅かに眉をひそめた。
「どうした和樹。嬉しいのは分かるけど、何回見ても順位は上がんねぇぞ」
「……真治の名前はないのかなって探してたんだよ」
「なんだお前、皮肉か?」
「別にそんなのじゃねぇよ」
「なぁ和樹。言っておくが、俺が頑張ったのは由奈と別れたくなかったからだ。成績なんて二の次だってことを忘れるな」
何でこいつはこんなに誇らしげなんだ、と突っ込みたくなったがそっと言葉を飲み込み「お前らしいな」と軽く流しておく。
改めて順位表を見れば、楓華は不動の1位を獲得していた。
他の高順位の人達よりもずば抜けて高い点数を取っており、その学力の高さはやはり本人の能力が他の追随を許さないほどに優れていることを証明していた。
きっと、和樹とは比べものにならない努力をしたのだろう。テスト当日は若干瞼を重たそうにしていたので、寝る間を惜しんでギリギリまで勉強していたのかもしれない。
和樹の周りでは「やっぱり天野さんは凄いな。敵わないや」「天才って羨ましい」などといった彼女を賞賛する声がいくつも挙がっているが、そこに楓華の姿はない。
「あれ、天野さんは見に来ないのかな」
「1位取って当たり前とか思ってるんじゃない? さっきも黙々と教科書読んでたし」
「えー。ただでさえ顔がいいのにこれ以上目立たないでほしいな。普通に迷惑だし」
どこからかそんな声が聞こえて、和樹は思わず体を強ばらせた。
辺りを見渡しても、順位表の周りにはかなりの数の生徒が集まっているので、誰が発言したのかは分からなかった。分かるのは、声の主が先程とは異なり、女性だということのみ。
真治と由奈には聞こえなかったのか、2人に視線を向けても「俺たちの顔に何かついてるか?」と首を傾げられただけだった。
和樹としては「楓華がどうして頑張っているのかも知らないくせに」と思い切り声を上げたかったが、それでは結果的にこの場に居ない楓華にも迷惑がかかってしまうので喉元を押さえ、すっと息を吐いた。
後先考えずに感情を人にぶつけてしまう恐怖を1番知っているのは自分自身だ。2度と繰り返さない、そう言い聞かせた。
改めて周辺を見渡してみたが、楓華の姿はなかった。
もしこの場に楓華が居たら、どんな表情をするのだろうか。
聞こえないふりをするのかもしれない。
作り笑いをして誤魔化すかもしれない。
──あの日のように、溢れる感情を抑えきれず、瞳を曇らせてしまうのかもしれない。
『……大丈夫、ですから』
自然と脳内で再生された聞いているこちらが不安になるほど穏やかな声は、和樹の心を僅かに
「和樹、そろそろ戻らないと昼飯食う時間なくなるぞ?」
「……そうだな。今行く」
胸の内に
〘あとがき〙
どうも、室園ともえです。
今回は少々心残りのある場面で話を終えてしまいましたが、いかがだったでしょうか?
期末テスト当日に取り組む和樹たちの姿を書いてもよかったのですが、物語としては蛇足かな、ということでカットすることにしました。
次回はちゃんと癒し回だから……大丈夫、多分。
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それでは、また。
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