第51話 誤解と過去とこれからと

「お邪魔しました。……今日は突然お邪魔してしまう形になってしまってすいません。楽しかったです」

「全然気にしないでいいのに〜。私も楽しかったよー! また遊ぼ!」

「はい。ぜひ、また遊びましょう」


 和樹が部屋に戻ったあと、楓華は姉さんたちを待たせているから、と渡す予定だったという料理を置いて帰っていった。


 机の上に置かれたタッパーの中にはベーコンやミニトマト、ニンジンによって鮮やかに彩られたキッシュが丁寧に小分けされており、上達の速度が異様に早い楓華の料理の腕に感服するしかなかった。


 訊いた話だと、琴音と彩夜を驚かせようと前々から時間を見つけては1人で料理の練習をしていたらしい。


 そしていざ磨き上げたその料理の腕を披露しようとした際に、つい勢い余ってかなりの量を作ってしまったらしく、和樹にもおすそ分けをしよう、と家を尋ねたのだという。


 なんとも楓華らしいというか、可愛らしい理由だなと思う。


(そういえば、なんか最後露骨に目線が避けられてた気がするな……)


 楓華を玄関まで見送ったとき、何故か楓華と和樹との距離が心なしか以前より遠くなっているような気がした。


 どことなく避けられてる、とまではいかないが、何かを言いたそうにしていたようにも見えた。


 本当にそうだったのかは本人に直接訊いてみないと分からないが、わずかに困惑したような、動揺したような、そんな表情を浮かべていたことだけは明らかだった。なので、楓華からは直接訊かない方が良さそうな気がしたのだ。


 かと言って、少し考えてみたが理由は思い当たらなかった。


 先程までは由奈に勢いよく絡まれてやや戸惑いつつも嫌そうな雰囲気はなく、むしろ楽しそうにしていたので、不機嫌になるような出来事はなかったはずだ。


「……なぁ、真治。1つ訊きたいがあるんだが」


 一応、まったくその要因が思いつかなかったというわけではなかった。


 和樹が考えたのは、自分が居ない間に3人で話している時に何かあったのではないか、というものだ。


 当然、和樹自身にも原因があったのではないかとも考えた。しかし、和樹が合流した後はトランプで遊んだり、由奈がこの前友人と行った駅前の新しいデパートの感想を聞いたりしていたが、特にこれといって楓華に対して和樹が何か失礼な態度や発言をしてしまった覚えは思いつく限りでは無かった。


 楓華に直接訊きそびれてしまった以上、真治か由奈に先程の出来事を説明してもらう必要があるのだが、気軽にこういったことを尋ねやすいのは真治と判断した。


「ん? どうかしたか?」

「いや、楓華が少しだけ様子が変だったから、なんか俺が居ないときに何かあったかなって……いや、なんか俺には何も要因がないみたいな言い方になって申し訳ないんだけど」


 我ながらまどろっこしい尋ね方になってしまったなと後悔しながら、和樹は真治の返答を待った。


 少し考えるような動作をして、真治は和樹を改めて見た。その表情は、どこか


「あー……。多分、いやほぼ俺が原因だと思う」


 いつもの雰囲気なら「なんだ彼女が目の前にいるのに楓華のこと口説いたのか?」とでも軽口を挟めたのだが、その真治の僅かに重々しい口調に、和樹は眉をひそめた。


 和樹がその原因を尋ねるより早く、真治は口を開いた。


「和樹がトイレ行った後、端的に言うと話題が無くなったんだ。それまでは和樹と天野さんに質問してばっかりだったし」

「真治が話題に困るってなんか意外だな」

「なんか学校では関わることないだろう、って心のどこかで距離を置いてたからか、なんだか最初は上手く話せなかった」

「あー、分からなくもない」


 和樹も初めて話しかけようとした時は、無意識にどことなく距離を置いていた記憶がある。あくまで素っ気なく、意識していた頃が懐かしく思えた。


「それで、話の成り行きでどうやって天野さんが俺らと和樹が仲良くなったかについて話すことになったんだ」

「なるほど?」


 別に何も問題のない会話ではないか、と考えてながら和樹が真治たちとの出会ったときについて思い返していた。


『なぁ九条。なんでお前そんな人生悟ったみたいな顔してんだ?』

『別にいいだろ。お前には関係ない』

『関係ないってなんだよ。なぁ、相談なら乗るぜ? くだらねぇ悩みの1つや2つぐらい、この田村真治様が解決してやるぞ』

『……今、なんて言った』

『相談なら乗るぜって』

『その後だ』

『ん? えっと……くだらねぇ悩みの1つや2つぐらい、この田村し────』

『俺のことよく知りもしねぇクセに、くだらねぇなんて勝手に言ってんじゃねぇぞ』

『……す、すまん! 大して何も知らない奴がくだらないなんて言って悪かった!』

『……もういいだろ。じゃあな』

『でも、訊かせてくれよ。お前の助けになりたいんだ』

『なんで他人がそこまでするんだよ』

『……なんなお前が、昔の俺にそっくりだったから』

『は? だからなんだよ』

『あーもう、理由なんざ俺も分からん! 人の役に立ちたいって気持ちに理由なんざ必要じゃないだろ』


 どれだけ振りほどいてもしがみついてくる。


 今となっては申し訳なさでいっぱいになってしまいそうなことだが、何度か、拳をぶつけてしまったこともあった。


 最初は嫌で嫌でたまらなかったが、いつだったか、それを嫌がる自分自身が馬鹿らしくなっていった。何にここまで怒っているのかも、次第に分からなくなっていった。


 ひねくれてしまった思考を今更正すことなんて出来ない。そんなちっぽけなプライドだけが残っていた頃の真治との会話が脳裏を過った。


『……なんでここまで俺に構うんだ』

『うーん、ただ単純に人を助けたかったから』

『それだけでそこまで出来るのかよ』

『前に言ったろ。昔の俺に似てんだよ、九条は』

『どこら辺がだよ』

『そのひねくれた言葉遣い、死にかけの魚みたいな瞳、生命力が枯れ果てたんじゃないかって思えるぐらいの一挙一動その全て』

『ボロカス言ってくれるな……』

『まぁちょっと前の俺もお前ほどじゃないけどすさんでたんだ。でも今こうして俺がこうしてピンピンしてるのは、今の九条にとっての俺みたいな厚かましい奴が居たからなんだ』

『……厚かましいこと自覚してんのな』

『もちろんよ。俺はその厚かましさに助けられた。だから、俺も厚かましさで人を助けられるのなら助けたい。それ以上もそれ以下もない』

『……この前理由なんてないとか言ってたじゃねぇか』

『そりゃ、そう言ったが格好いいだろ』

『……なんだそりゃ』


 出会いこそ当時の和樹の感情が整理出来ていなかったため非常に散々なものだったが、今となっては真治の厚かましさにいい意味で助けられているな、としみじみ感じていた。


「……それで少しだけ話したんだ。俺と和樹がどうやって仲良くなったか」

「別にそれぐらい話してもらってもなんの問題もないんだが……なんでそんなに申し訳なさそうなんだ」

「えっと……どこら辺から話せばいいかなと思って、初めて会ったときから少しだけ話したんだ」

「少しだけ?」

「初めて話してから、和樹に殴られた辺りまで」

「……なんか、めっちゃ印象悪くなってそうだな」


 確かに事実なのだが、それは半年以上前の話で、今となっては、当時の面影もないぐらいには落ち着いていると思う。


「今の俺と和樹にとっては笑って語り合える昔話だけど、何も知らない天野さんからだとまぁ和樹が怒ったり殴ったりするのは想像できないって言ってたな」

「だから帰る時、俺に対して少しだけぎこちなかったのか……」


 それだけを理由にしてしまうのは安直すぎるかもしれなかったが、今の和樹には、他に理由が思い当たらなかった。


 さてどうしようかと頭を悩ませている和樹に対して、真治は勢いよく頭を下げる。


「す、すまん! それ以上は本人居ないからやめろうってことにしたんだが……」

「いや、別にそれを原因と決めつけられるわけじゃないし。そもそも俺が帰る前に直接訊いておけばよかったんだ」


 初めから楓華に訊いておけば、こうして悩むこともなかったことを考えると、下手に気負いしなければよかったと少し後悔した。


「とりあえず、今度変に誤解してないか訊いてみることにするよ」

「か、和樹さん。今日は片付けを手伝うってことで今回の件は不問にしていただけないでしょうか」

「なぁ、由奈と楓華を先に帰らせたのは、俺が少しでも機嫌悪くなったときに弁明するためだったりするか?」


 パーティーが終わり、片付けを始めようとした楓華達に対して「片付けは俺たちがやっておくから先に帰っていいよ」と真治が名乗り出たのだ。


『いやいやいいよ。私もクラッカーとか持ってきたし片付けるよ』

『私は途中でお邪魔しましたし……むしろ外は暗いので田村さんと心音さんは優先して帰る準備を進めた方が』

『いやいやいいの! 俺片付け好きだから!』

『そ、そうなんですか?』


 態度が分かりやすく急変した真治に戸惑いつつも、その後も説得され続け、楓華と由奈は帰宅したのであった。


 和樹の質問に、真治はそっと頷く。


「その考えが無かったかっていうと、嘘になるな」

「別に俺はそんなことで怒らないってのは真治が1番良く知ってるだろうに」

「昔は話しかけただけで半ギレだったのにな」

「あーやっぱり怒ったー。片付け全部やってもらおうかなー」

「ま、待ってくれ。冗談だろ」

「片付けは大好きって言ったのはどこのどいつだったっけなぁ」

「わたくしでございます……」


 もちろん、怒ってなどいない。片付けを全部押し付けることなどするつもりもない。ここは和樹の家なのだから、その実質的な家主の和樹が何もしないのは有り得ないだろう。


 余計なこと言わなきゃよかった……と肩を落としながら、真治はクラッカーの残骸を拾い始める。


 そんな真治を横目に、和樹は今度楓華に会った際もどこか距離を感じるようであれば、誤解をとかなくてはいけないな、と楓華達が帰って誰もいなくなった玄関を眺めたのだった。



〘あとがき〙

 お久しぶりです。室園ともえです。

 半年ぶりの執筆です。大学生となり、勉強やサークル、新しい友人や資格勉強などなど楽しんでいました。

 いや本当に、大学生が人生の夏休みと言われてる理由が身をもって理解しました。如何せん楽しすぎる。


 そんな中、半年前に投稿していこう一切手を付けていなかった趣味があったなとふと思い出し、再び書き始めた次第です。楽しみにしてくださった方がいらっしゃったのかは分かりませんが、これからは少なくとも週1以上は投稿していくと思います。


 趣味が非常に増えたため、以前ほど本を読まなくはなってしまいましたが、自分で始めた物語ですし、完結までは持っていくつもりです。


 よろしければ、フォローや感想、応援など気軽にお願い致します。


 それでは、また。

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白雪姫だの女神様だの謳われている転校生は、君に話したいことがあるようです 室園ともえ @hu_haku

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