第50話 とあるクリスマスの日常(3)
どうしてこうなった、と楓華に対して興味津々な真治と由奈を見ながら、和樹はため息をついた。
近所迷惑のクレームに対して謝罪するつもりが、楓華と遭遇し、それを2人に見られた和樹は、事情を説明するために楓華を一旦家に招いた。
ただの友達だから、と誤魔化そうとしたが、案の定真治に「お前、異性と関わらないとか言ってたよなぁ?」と言われてぐぅの音も出せなかった。なので、正直に今の状況を白状することにした。
間違いなくいじられるが、厄介な妄想をされるよりよっぽどマシだった。
「えっと……私がご迷惑をおかけしたようで、本当にごめんなさい」
「違う。楓華が頭を下げる必要は無い」
姿勢よく座りながら弱々しい声で謝られるが、楓華は一切悪くない。
訊けば、彩夜と琴音が来ていたので楓華の家もクリスマスパーティーをしていたとのことで、料理を作りすぎてしまったので、いくらかおすそ分けをしようとして和樹の家を訪ねたらしい。
一応連絡はしたのですが、と言われてスマホを取り出して起動してみると、確かに楓華から数件のメッセージアプリの通知が届いていた。
予め確認をしていたら今回の事態は未然に防げたのかもしれないが、家に帰って直ぐにパーティーの用意や着替えをしていたせいでスマホを鞄の中に入れっぱなしだったのだ。
むしろ確認を
俺の方こそ余計な手間をかけさせてすまない、と楓華に謝ると、由奈が楓華をまじまじと見つめながらぐいぐいと近づいてくる。
「あのっ、天野さんって和樹と友達だったの?」
「……はい。友達、です」
説明のためとはいえ、面と向かって友達と言われるのは少し恥ずかしかった。
「驚いたな。うちの高校の白雪姫が実は和樹の隣人で、しかも友達だったとはなぁ」
「あの、できればその呼び方はやめていただけると……実は、あまりそのように呼ばれるのは好きではなくて」
「あ、そうなのか。……それは悪かった。ごめん。天野さん、でいいかな」
「はい。すいません、ありがとうございます」
真治の発言に、そういえばそんなあだ名あったな、と思っていると楓華はあまりそれを好ましく受け取っていないのか、控えめに拒んでいた。
「えっと……じゃあ天野さんは和樹と友達で以前から仲良くしていた、ってことだよな」
「まぁ、そういう感じだな」
「和樹くんには何度も助けてもらっていて、その恩返しをしようと思っていたので」
「へぇ……あの和樹がねぇ」
どのような経緯で出会ったのか、交流を深めたのか。楓華の過去については触れないようにしつつ2人に説明すると、由奈は納得してくれたが、真治は引っかかりを感じたのか、眉をひそめていた。
確かに、そう簡単には理解できないだろう。
転校初日に顔を見に行くことすら面倒だと言っていた友人が、今こうしてその転校生と交友関係にあると言われても、簡単には納得することは難しい。和樹が能動的に人に絡むことが苦手だと知っている真治の立場だったら、きっと和樹もそう思う。
「まぁ大体事情は分かったけどさ、1つだけいいか?」
「……おう」
「あんだけ散々、口を酸っぱくして異性に興味無いって言ってたお前がどうして天野さんと仲良くしてるんだ? あ、別にそれが悪いって言うつもりはなくて、単に興味というか、気になったというか」
「えっと……一緒に居て楽しかったから」
「それだけなのか?」
「……それ以外に理由が必要か?」
楓華と親しくする理由はそれだけか、と訊かれれば、それだけでは無い。
人として好ましいことや、クールな印象とは裏腹に意外と子供っぽい一面があるところに魅力を感じていることも、楓華と仲良くしている理由だ。
「別にそうじゃないけど、なんか引っかかるんだよなぁ……まぁいいか」
真治は妙な所で勘が鋭い。
確かに、それ以外にも理由はある。
────面影、とか。
「一応訊くけどさ、2人は付き合ってはないんだよな?」
「断じてない」
相手のことを好ましく思っているのはお互い理解しているが、その間に愛情は持ち合わせていない。
この好意は間違いなくラブではなくライクだろう。たまに視線のやり所に困るのは和樹が異性との交流を意図的に避けてきたことの
おそらく楓華も似たような心情だろう。姉とは別に自分の弱い部分を見せてしまった和樹に対して少しばかりの信頼を寄せてくれてくれているだけで、そこに異性としての好意は無いはずだ。
楓華がちらりとこちらに視線を寄せた気がしたが、直ぐに表情を戻して真治の質問に対して「はい。交際はしていません」ときっぱり否定していた。
「まぁ和樹のことだからやましい感情とかはないんだろうなぁ」
「当たり前だ」
「だろうな。でも何度見ても不思議な組み合わせだな。うちの学校のマドンナと元空中大回転男が隣人でしかも友達とは」
「元空中大回転男ってなんだよ。パワーワード過ぎんだろ」
「あっ、すまん。引退間近じゃなくてまだまだ現役だったな」
「そういう意味じゃねぇよ。アスリートか俺は」
「アスリート顔負けのアグレッシブな動きだったなぁ」
「やめろその件は忘れてくれ」
楓華が居る前でからかわれるのは避けたかったが、もう既に手遅れだった。
ロリコンと呼ばれないだけマシか、と無理やり自分を納得させるしかない。
「そういえば、私に初めて話しかけてくれた時に使っていましたよね。なんですか、その空中大回転男って」
「え、気になるのか」
そんなことの詳細を知ってどうするんだ、と言ってやりたかったが、割と興味ありげにこちらを見つめてくるので断りづらい。
「何それ聞きたい!」
「いや、由奈は俺のあだ名の由来知ってるだろうが」
「もちろん知ってるよ。私が知りたいのはそっちじゃなくて天野さんと初めて話した時のこと!」
「そっちかよ」
これはなかなか面倒なことになったぞ、と視線で真治に助けを求めると、その要請に気づいてくれたのか、トン、と由奈の肩を軽く叩いた。
「まあ由奈。とりあえず落ち着けって」
「えーでも新鮮なイチャイチャ話が手に入るかもしれないじゃん」
「さっき和樹が言っただろ。2人は俺らみたいな関係じゃなくて、互いを助け合ってる隣人であり友人なんだ。なのにイチャイチャ話が欲しいとか言うのは失礼だろ」
「うぐっ……ま、まぁそうだけど」
由奈の性格は基本的に活発で、話し出すと止まらない
本人もそれは自覚しているらしいが、癖のようなものでなかなか治らないらしい。
先程までは和樹をからかっていた真治だが、本気でやめてほしいと思っている時には素直に止めてくれるし、由奈が暴走しそうなときはこうやって
空気を読めていないようで実は1番その場で求められている行動をしてくれる。本当に、よく出来た男なのだ。
真治の説得に納得した由奈は、真治の胸の中にするっと滑り込み、ご満悦そうな表情を浮かべていた。さながら餌を前に甘え始めた猫である。
それを幸せそうに眺めてから、真治は改めて楓華に視線を向けた。
「……えっと、天野さん、今更だけど自己紹介させてくれ。俺は田村真治。和樹の友人だ。いつもうちの和樹が世話になってます」
「いつお前に世話されたんだよ」
「お前は結構手間のかかる奴だったぜ?」
「……まぁ、それは分かってるが」
実際、真治には相当な負担をかけたと思っている。たとえそのきっかけが興味だったとしても、何度も酷い言葉をぶつけてしまったのは苦い思い出である。
真治が自己紹介を終えると、由奈が「私も自己紹介したほうがいいかな」とこちらに顔を向けてきたので、「そこは任せる」と返すと、嬉しそうにはにかんで楓華に視線を向けた。
「えっとね、私は心音由奈。皆からはココナッツって呼ばれてるんだ。真治と同じで、和樹の友達だよ。ちゃんと毎日和樹のお世話頑張ってます」
「お前には世話された覚えがねぇよ」
「……和樹くん、田村さん達に毎日お世話されてるんですか?」
「おい、真に受けないでくれ……頼むから」
不安そうに首を傾げながら和樹を見ている楓華は、冗談に乗っているのかボケているのか分からない。
真剣な眼差しを向けてくるあたり恐らく冗談を冗談と受け取っていないのだろう。
いやこれ冗談だから、と説明するとようやく分かってくれた。
そのやり取りを見ていた真治と由奈は、今にも吹き出しそうな顔だったので、腹いせに2人の脇腹を小突いた。
「……話を戻すけどな、俺と楓華は偶然知り合って、仲良くしてるだけだ。別に隠したいわけじゃないけど、あまりこの関係は知られたくない」
「まぁ確かに、バレたら学校中の男子から間違いなく恨まれるだろうな」
「面倒事には巻き込まれたくないんだ。だから、この関係は人に言うのは控えてくれると助かる」
ここで言っておかねば、後々面倒事になるのは火を見るより明らかだ。
そこに悪意が存在しなかったとしても、1度広まってしまった噂は簡単には消えてくれないのだ。
「由奈も、分かってくれるか」
「絶好の女子トークの話題だったんだけどなぁ……。分かったよ。私、口は堅い方だから」
「ありがと」
「仮に言っても信じてもらえないだろうし」
「その一言がなかったら、この前気になってるって言ってた駅前の新作パフェ奢ろうと思ったんだけどな」
「待って待って嘘だよ! 和樹さんステキ! カッコイイ! 超イケメン!」
「見え透いた褒め方してんじゃねぇよ」
「和樹のケチー」
「ケチで結構」
むぅぅ、と由奈がわざとらしく頬を膨らませると真治がケラケラと笑った。
仮に言ったとしても信じてもらえない。
そりゃそうだろうな、とは思う。
日頃関わる機会が多くてふと忘れそうになるが、楓華は誰もが認める絶世の美女だ。
信じられないと考えるのが普通である。下手したら、
だからこそ、この関係はあまり外に知られたくない。
「あの……天野さん。よかったらこの機会に私達も友達になれたらなぁ、って思ったんだけどさ、ダメかな?」
「い、いえ……駄目ではないですけど」
「やったぁ! ねぇねぇ、連絡先交換しよー!」
「は、はい」
ぐいぐいと距離を詰めていく由奈に困惑しつつも、楓華はスマホを取り出し、連絡先を交換していた。
恐らく、由奈は楓華のことが気に入ったのだろう。その証拠に、いつも以上に瞳をキラキラと輝かせている。
楓華を戸惑ってはいるものの、どこか楽しそうにも見えるので、順調にいけば今の2人の間の溝は、時間が埋めてくれるだろう。
由奈と話しながら口許にやんわりと笑みを浮かべた楓華に、和樹はひっそり安堵して、その光景を眺めたのだった。
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