第49話 とあるクリスマスの日常(2)

「んぅ〜! どれも美味しい!」

「だな。俺はあんまり舌が肥えてるってわけじゃないが、丁寧な味付けがされてるってのは分かる。和樹に頼んで正解だったな」

「そりゃどうも」


 着替えを終えた和樹はリビングに戻り、予定より少し早めの夕食を味わっていた。


 クリスマスと言うことで、ローストビーフやピザなどの日頃作らない料理に挑戦してみたが、評判は割と好評だった。真治と由奈が満足そうに頬を緩ませているのを見て、和樹はほっと胸を撫でおろす。


「しかも盛り付けも結構上手だよね。このパスタとか、小さいクリスマスツリーみたいで可愛いし。ねぇ和樹、これどうやって作ったの?」

「ほうれん草を使ったんだ。あとはパプリカを星型に切って、粉チーズを振りかければ簡単にできる。まぁ調べて作ったんだけど」

「ほへぇ……私も作れるようになりたいなぁ。和樹に教えてもらおうかな」

「あのな、別に俺は人に教えられるほど上手じゃないぞ」

「いやいやご謙遜けんそんを」

「見よう見まねで作っただけだっての……」


 教えて、と言われても和樹が教えられるのは恐らく『猫の手を意識する』とか『牛蒡ごぼうは直ぐに酸化するから水につける』といった基礎中の基礎ぐらいだろう。


 それ以上は殆どがフィーリングのため、教えようとしても首を傾げられるのが容易に想像できてしまう。


 楓華に教えてもらえば、と一瞬考えたが、そもそも由奈が楓華と面識があるかどうか和樹には分からない。


 それに、あまり異性に対していい印象を向けていない和樹が楓華と交友関係にあることは由奈や真治に知られるのは避けておきたかった。


 仮にバレたら、からかわれるでは済まないだろう。下手すれば尋問も有り得る。


「この前は『人並みには』とか言ってたが、これは普通に自信持っていいレベルだと思うぞ。どれもこれもめっちゃ美味い」

「……そりゃどうも」

「なんだ、さっきと同じ返事か」

「……うっせぇ。あんまり褒められ慣れてないんだよ」


 照れているのを悟られぬようにと顔を背けた和樹を意味深に見た真治は、にっこりと笑って由奈の皿に料理を取り分ける。


 さすがは長年交際を継続しているカップルと言うべきか、こういった気遣いはごく自然にされていた。由奈は寄せられた皿を受け取ると、「ありがとね、真治」と緩い笑みを浮かべた。


「なんだ和樹。俺の顔になんか付いてるのか?」

「いや、そういうわけでは」

「ははーん。羨ましいんだな?」

「違うっての」


 真治と由奈にイチャつくのをやめろと言うのは太陽に輝くことをやめろと言っているのとほぼ同義な気がするので、仮に注意しても意味がないだろう。


 ローストビーフを頬張っている由奈は、「ほっぺたが落ちそう……」と幸せそうに天井を見上げている。


 お気に召してくれたようで何よりだった。


 ピンポーン。


 その時、突然来客を告げる機械音が鳴った。


「なんだ。宅急便か?」

「いや、何も頼んだ覚えはないけど」

「他に誰か呼んだの?」

「誰も呼んでないし誘ってない」


 他の階の住人が部屋を間違ったのか、それとも子供のイタズラか。咄嗟とっさに浮かんだのはその2つだったが、真治が少し深刻そうな表情をするので声をかける。


「どうした真治。顔色悪くねぇか」

「あっいや。まさかとは思うけど、俺たちが騒ぎ過ぎて近所からクレームが来てるんじゃねぇかな、って思ってさ」


 確かに、と和樹と由奈はうなずいた。


 そこまで騒いではいないし、クラッカーなど大きなの音が鳴るパーティーグッズは夕食の初めに数回ほど使っただけなので、恐らく迷惑と言われるほどではない。そもそも防音壁なので、聞こえたとしても他の生活音にかき消されてしまうほどの音だろう。


 しかし、現状ではそれ以外に和樹の家のインターホンが押される具体的な理由が見当たらなかった。


「このマンション意外と壁が薄いってご近所さんから聞いたことあるし……有り得なくもない……っていうか、多分そうだと思う」

「えぇ……私、怒られるのやだよぉ」

「とりあえず、クレームだった場合こっちは加害者側なんだし、謝った方がいいよな。俺の家だし、責任は俺が取ってくるよ」


 責任は自分にあるだろう、と玄関に向かおうとすると、真治が肩に手を置いてきた。


「いや、この場合は俺にも責任はあるだろ。パーティーグッズ持ってきたの俺と由奈だし、使うって言い出したのは俺だ。俺にも謝る必要がある」

「……そもそも、私がパーティーグッズ持ってこようって提案したし。私も行く」

「いいのか?」

「おう。その方が誠意も伝わるだろ」

「だね。さっきは怒られるのが嫌だとか言ってごめんね、2人とも」


 俯きながらも、由奈も自分に責任を感じていたようで、全員で謝りにいこうという結論に至った。


 最悪、ひたすらに怒鳴られることも視野に入れて、和樹一行は玄関へと向かう。


 恐る恐るドアノブに手をかけ、和樹は後ろに居る2人に謝罪の手順の確認をした。


「とりあえず、俺が扉を開けるから、3人で一斉に謝るぞ」

「分かった」

「うん。覚悟はできたよ」


 真治は息を飲み、由奈は真治の袖を掴みつつも首を縦に揺らした。


 それを見て、和樹も決意を固める。


「それじゃ、行くぞ」


 扉の先に居るのは果たして黒ずくめの大男だろうか。それとも子供が相手だと分かった瞬間に襲ってくる面倒な大人だろうか。


 ネガティブな考えが脳裏を過ぎっていく。


 せっかく盛り上がっていたのに雰囲気を壊してしまって真治と由奈には申し訳ないな、と思いながら、扉のチェーンを外した和樹は「どうか優しい人でありますように」と祈りを捧げたところで────開いた扉の向こう側から、すっとんきょうな声が聞こえてきた。


「はえ?」

「あれ……確か君は」

「あの、和樹くん……え?」


 最後に聞こえたのは、巨漢な大男の怒鳴り声でもなければ、怒り狂った隣人の金切り声でもなかった。


 代わりに耳に届いたのは、最近聞き慣れてきた甘美で清涼な声。


 最初に全力で頭を下げるつもりだったため相手の容貌はまだ確認できていないが、ただひたすらに嫌な予感がする。


 子供の頃にこっそりおこなっていた悪事が親にバレてしまった時のような冷や汗が頬を伝っていく。


 背後で2人の表情が固まる気配を感じながらゆっくりと目線を上に向ければ、そこには紙袋を腕に提げた楓華が、申し訳なさそうに瞳を泳がせていたのだった。

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