第46話 対等であるための資格
「それじゃ、気をつけてな」
「も、もう少しだけ話したいのですが」
「これ以上猫について語ることがあるのか」
「当たり前じゃないですか」
「……とりあえず日も暮れてきたからさ、今日は解散にしよう。近所だからって男女が夜遅くまで居るってのはまずいだろうし」
「……まだ半分も話せてないのに、残念です」
納得がいっていないのか、ややご機嫌斜めな表情で和樹を見つめる楓華を、和樹は玄関まで見送っていた。
「楽しい時間って、本当にあっという間なんですね」
「同感だ。今日は来てくれてありがとな。凄く楽しかった」
「こちらこそ。とても楽しかったです」
「おう。楽しんでくれたなら何よりだ」
和樹の返答に、楓華ははにかんだような笑顔を浮かべた。
「それでは、お邪魔しました」
「おう。またな」
丁寧に深々と頭を下げた後、楓華は小さく手を振ってから扉を開けた。
「また今度、遊びましょうね」
「あぁ」
「……絶対ですよ」
「分かってるって」
念押しして約束の確認を行う楓華に「子供かよ」と呟くと、むぅ、と頬を膨らませてからそっぽを向いてしまった。
どうやら楓華は子供っぽいと言われるのはお気に召さないらしい。
そういった所が余計に子供っぽいと思ってしまったがそれは表には出さないでおく。
そんなことを考えていると、いつの間にか楓華が目の前まで近づいてきていたことに気づいた。
服の腰の辺りを緩く握って見上げてくる。
本人にどういった意図があるのかは知らないが、思春期の男子高校生としては、服を掴んで上目遣いというのは、なかなかに心臓へのダメージが大きい。
「え、えっと……またね、和樹くん」
和樹が聞き取れるギリギリの声量でそう言い残して、楓華は逃げるように扉を閉めていった。
「お、おう」
ぎこちなく返したが、もう玄関には楓華の姿はなかった。
(……マジで心臓に悪い)
羞恥のあまりその場に座り込めば、先程の楓華の表情が鮮明に
淡く頬を紅潮させて緩んだ口許に浮かべられたあどけない笑みが、頭に焼き付いて離れてくれない。
再び楓華と遊ぶことは楽しみなのだが、同時に、これ以上の心臓への負荷には耐えられる気がしない。
(……何が異性に興味がない、だ)
もう2度と異性に関わらない。そう決めたのは紛れもなく自分自身だったというのに。
情けない、口先だけ、
「真治に見られてたら笑われるな……」
お前やっぱり興味あったんじゃねぇか、と言われて肩をバシバシと叩かれるのが容易に想像できる。
幼い頃の誓い守ることも出来ずに少しずつ楓華を魅力的に感じている自分に、嬉しさと同時に、もどかしさを感じていた。
この時間を愛おしいと思ってしまう感情と、お前にはそんな資格はないと己を
そんな
案の定、めちゃくちゃ痛かった。
──────
『楓華が無事に家に帰ることができた波動を感じる(`・ω・´)+』
楓華が帰ってしばらくすると、和樹のスマホに1件のメッセージが送られてきた。
琴音からのメッセージだ。
楓華を愛でようの会、という本人に見られたら間違いなくよからぬ誤解を生み出してしまうこと疑いなしのトークグループ名は残念ながら変わっていない。
『さっき帰りましたよ』
和樹が返信すると、ものの数秒で返事が返ってきたので、和樹はソファに腰掛けてからスマホをいじり始めた。
『ちゃんと見送りした?(´•ω•`๑)』
『まぁ、玄関までは』
『なんで家まで送ってあげないの(*`н´*)』
『本人が大丈夫、って言ってたので』
『乙女心が分かってないねぇ(´・ω・)』
『そりゃあ俺は男ですし』
『そういう話じゃない( ̄▽ ̄;)』
楓華にも一応訊いたが「すぐそこですし、大丈夫ですよ」と言われたので玄関までしか見送ってなかったが、それはまずかったのだろうか。
『和樹くんにも、いつか分かる日が来るといねぇ(*´ω`)』
『来ないと思いますよ』
以前、由奈と話している時に「和樹は乙女心への理解が足りてない!」と何度か説教を受けたことがあるので、和樹自身、そういった感情や所作を読み取るのは苦手だと自負している。
そんなことを思い出していると、再び琴音から返信が送られてくる。
『いや、来るよ(`・ω・´)+』
『来ませんって』
『来い( ˙꒳˙ )』
『そんな無茶な』
『和樹くんいいね。センスある(`・ω・´)』
『そりゃどうも?』
何を褒められているのか分からずに和樹は首を傾げたが、恐らく尋ねても答えてくれそうにないだろうな、と自分を納得させた。
『それじゃ、私はそろそろ晩御飯の支度をするので( ˙꒳˙ )ゞ』
『了解です』
『今後ともうちの楓華をよろしくね(*´ω`)』
『はい。もちろんです』
和樹がメッセージを送信すると、琴音から「ではさらばだ!」と叫びながら飛び去っていく猫のスタンプが送られてきた。
どうやら、猫好きは姉妹共通らしい。彩夜についてはまだ確定は出来ないが、おそらくは猫好きなのであろうと勝手に推測しておく。
同時に、和樹はひっそりと重いため息をこぼす。
(……本当にいいのか、俺で)
その言葉は、誰に聞こえる訳でもなく、和樹の口の中でしばらく転がった後、溶けるように消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます