第34話 新たな問題


 とある日の睦月邸にて、和馬と和泉が頭を悩ませていた。

 優夜の闇落ちによる諸症状に始まり、神夜に関するトラブル、果ては優夜が見えたという遼の黒い涙。様々な事象が一気になだれ込んできてしまい、どこから手を付けたものかと。


 ダイニングテーブルにメモを撒き散らし、揃って頭を抱え込んでいる始末。既にアルムを元の世界に戻すことには成功しているので、ここで終わらせてもいいといえばそれでもいい。

 だが優夜が見たという遼の未来らしきものが引っかかるというのもあって、和馬はここで終わらせてはならない気がすると言う。せめて遼の身に降りかかる火の粉だけは払っておきたいというのが和馬の主張だそうだ。



「まあ、それは俺も同意だ。……が、なんで遼なんだろうな?」


「優夜のように誰かに恨みを抱えてるならわかるが……あの天真爛漫オカルトマニアにそういうのあると思うか?」


「ねーな。逆にアイツが幽霊から恨まれる側だろ。俺が幽霊側だったら間違いなく恨む」


「だよなぁ。……となると、何が考えられる?」


「うーん……」



 和馬の問いかけに対し、和泉が考え込んだ。優夜のようになにかの恨みを持っているわけでもない遼が、優夜のような症状を患うとしたらどのような状況があるのだろうかと。


 考えられるすべての状況をメモに書き出した和泉だったが、ここで睦月邸のチャイムが鳴り響く。

 ちょっと待ってろ、と和馬が制してインターホンのカメラを見る。



「……あれ、金宮さん?」


「ん?」



 来訪者は金宮燦斗。流石に彼が来たとなれば事務所での応対かと思われたが、どうやら和馬だけに依頼を持ち込んだというわけではないようで。

 詳しく話を聞きたいということでリビングへ通すのだが、和馬はその前にハンドサインでメモを片付けろ、と指示を出してから彼を招き入れた。


 燦斗はどうやら神夜に呼ばれたらしいのだが、肝心の神夜は昼寝中。起きるまで待ちたいということなので、和馬が起こしに行く。

 その間にも当たり障りのない会話を和泉と燦斗で行っていたのだが、和泉はそんな中でも燦斗に対する疑惑が多少なりとも心の中に燻っていた。


 ――彼は、和葉がいなくなる連絡が来る前に和葉の様子を聞いている。


 ただそれだけなのだが、あまりにもタイミングが良すぎる。そして和葉と知り合いとはいえ、彼が和葉のことを心配するのも少々タイミング的におかしいのだ。



「……」



 ただの杞憂かもしれないし、本当に和葉を心配してのことだったのだろう。だが和泉は心の奥で彼に対する疑惑を留めておくことにした。


 そこへ神夜が降りてきた。タンクトップにジャージという、なかなか見せることのないラフな格好でリビングに降りてきたものだから、流石の和泉も驚いた。なにせ、左半身の火傷は絶対に見せないというのが彼の信条だったのだから。



「や、ごめんね。燦斗を呼んでたの忘れてお昼寝しちゃった!」


「あー……まあいいんすけどね。どうします? 部屋変えて話すことだったりします?」


「ん、いやいや。……キミたちに彼のこと、改めて紹介しておこうと思ってね?」


「え。改めて、っていうのは……?」


「いいよね? 燦斗」


「それが貴方が思う最善策であるのならば、構いませんよ」



 微笑んだ燦斗に対し、神夜はよし、と決意する。そして神夜は彼――を紹介した。


 ガルムレイとはまた違う異世界からやってきた、とある事象を調査するために派遣された調査人エージェント。金宮燦斗という名前もこの世界で活動するための名前に過ぎないのだという。

 また彼は神夜が持つ《預言者プロフェータ》に似た力を持っているそうで、同じように未来を見ることが出来るとのこと。故に、優夜のことも気がけてくれていたのだとか。


 そこまで聞いた和泉と和馬は、話が飛躍しすぎてわけがわからねぇから1から話してくれと神夜にツッコミを入れる。



「えー、今までにない最適な説明だったのに」


「いやいやいや、異世界人って言ってる時点でもうわけがわかんねぇし、なんなら神夜おじさんと同じ力を持ってるとかいうのも、もうぶっ飛びすぎててアレ」


「っていうか異世界人? 異世界人なの? 金宮さんが?」


「はい、異世界の人間です。ある事象というのは、ちょっと伏せさせていただきますがー……如月さんには特に、関わりがあるとだけ」


「俺に……?」



 一体どんな事象なのか。そこまでは仕事の秘密にも関わってくるために話すことは出来ないとのことだったが、逐一和泉やその周りの調査をしていたのだと彼は話す。

 だが今回、優夜の闇落ち症状が世界に悪影響をもたらすと知り、彼は本来の仕事を振り払って優夜を助ける手助けをしたという。具体的には話さなかったが、後始末は付けてきた、と。


 そしてこれから先も似たような状況が起こり得る、ということで……今回、和泉と和馬にも話しておこうと決めたのだそうだ。

 ただし燦斗自身は大きな組織の一員であるが故に、ある人物とは顔を合わせることが出来ないとのこと。



「ある人物……?」


「貴方達にも出会っていて、更には如月さんの事務所と例の世界を繋げた人物。……心当たり、ありますね?」


「あ、あー……俺はわかった……」


「え、誰?」


「――レティシエル・ベル・ウォール。確か、今もそう名乗ってませんか?」


「レイさんが……?」



 何故彼との接触を避けるのかと聞けば、組織はレティシエル・ベル・ウォールを指名手配しているためとのこと。本任務でレイとの接触が指示されていない場合は避けるようにとの命令が下っているため、秘密裏に和泉達と協力する必要があるという。


 一体レイが何をしたのかと考えてみるが、まあ、色々と余罪が出てきそうだなと考えてしまったためにこの話は一旦止めた。レティシエル・ベル・ウォールという存在が神にも近しい存在であることを知っているために、余計に。



「まあ、レイさんだしなぁ……」


「レイさんだもんなぁ……」


「レティが何したの……?」


「迷子気質のベルディを連れ回してホテル転々とさせてた」


「優夜やべぇって時にいつの間にか九重市に戻ってきてた」


「えぇー……」



 神夜の顔からみるみるうちに、レイに対する尊敬の念が消えていくのがよくわかる。九重市に来てからというものの、神夜はレイに世話になっていたので、そういうことをしちゃう人だったんだ……と少々がっかりしたようで。


 だがそれもレティシエル・ベル・ウォールという人物なのだと燦斗は言う。……まるで彼のことを知っているかのような、そんな感じだ。



「なあ、金宮さん。アンタ……」



 和泉が彼に1つ問いかけようとして、突如視界がぐらりと歪む。

 次の瞬間彼はソファにもたれ掛かるように倒れ込み、起き上がろうにも力が入らないといった様子。


 何事かと和馬が手を貸してみれば、和泉の身体はとても熱い。どうやら彼は気づかぬうちに風邪を引いていたようで、身体を酷使していたのが原因のようだ。



「わわ、和泉君大丈夫かい?!」


「うぐぅ……なんか今朝からだるいなと思ってたのに、こんな時に……」


「体調悪いのにウチに来るやつがあるかバカ!! 神夜おじさん、一旦俺の部屋に!」


「えっ、お客用じゃなくて!?」


「1階の俺の部屋のほうが楽でしょ、こういうのは!」



 和泉に肩を貸し、和馬は自分の部屋に和泉を連れて行ってベッドに寝かせる。苦しそうなので少しシャツのボタンを外して楽にさせ、身体を温めておいた。


 水分補給用のペットボトル、汗拭き用のタオルなどを準備したところで、仕事に出ている遼からの連絡。優夜、遼、猫助、響で買い物をしたのは良いのだが、買い物の量が多いので迎えに来てくれという連絡だった。

 そして更に神夜の方にも、雪乃の見舞いに行っている竜馬からの連絡が入った。車を和馬が使うということで神夜に任せていたのだが、よりによってこのタイミングで連絡が来るとは思っていなかったと。



「う、嘘でしょ……なんてタイミングだよコレ……」


「どうします? 和泉、だいぶしんどそうですけど」


「状況説明して待っててもらうー……は難しいよなぁ。竜馬は病院では待てないし、4人も重い荷物持ってるし……」


「……となると……」



 ちらりと和馬の視線が廊下へと向いた。廊下では燦斗が待っているので、和馬は彼に任せようかどうか悩んでいる。

 だが彼の正体を知ったとは言え、謎が多い。この状態の和泉を彼に任せて、それで何か起こったら詫びのしようがない。和葉にも何を言われるかわからないので、どうしたものかと。


 それを知ってか知らずか、燦斗がひょっこりと部屋に顔を覗かせた。タイミングよく連絡が入ったことに気づいているのか、自分が和泉の面倒を見ると進んで名乗り出てきた。

 神夜はありがたい申し出に一度は唸ったが、致し方ないと言った様子で燦斗に和泉の看病を任せる。その際、彼は1つだけ約束して、と言う。



「はい、何でしょう?」


「絶対に彼にはキミの全てを話さないこと。……キミは気づいたら、ポロッと喋っちゃう子だからね」


「おやおや、私がいつそんなことを?」


「昔思いっきりやってんだよなぁ……」



 大きくため息をついた神夜は燦斗と入れ替わりで外に出て、和馬は燦斗に室内設備の説明をしてから外に出る。なお、和馬は出る前に遼に連絡を入れ、追加で水分補給用ドリンクの購入を伝えておいた。


 和泉が眠るベッドに近づく燦斗。手袋をしている彼は和泉に触れても特に熱さは感じないのだが、逆に和泉は冷たいのが気持ちいいらしく、燦斗の手に触れ続けた。



「冷たいのが欲しいですか?」


「デコだけでいいから冷たいのがいい……」


「はいはい。じゃあ、少しだけ氷水を準備しますね」



 キッチンへ向かい、氷水を入れた袋を用意。それを和泉の額に当ててあげたあとは、そっと彼の看病を続けておいた。


 そんな中、来客を知らせるチャイムが鳴る。竜馬も和馬もいないため居留守を決め込もうかと思ったが、客はチャイムを連打して来るものだからかなりうるさい。しかも扉もドンドンと叩き始めてしまうものだから、和泉がうるさそうに手で耳をふさいでいる。

 大きくため息をついた燦斗はそのままドアへと向かい、扉を開いた。


 扉の向こうにいたのは、なんとイズミ。彼は気さくに話そうとしたのだが、燦斗が出てきたことを知ると突然バックステップで距離をとった。



「っ、なんでテメェがここにいるんだ……!」


「なんで、と申されましてもねぇ……」



 なんて答えようか。

 まともに答えても、中途半端に取り繕って答えても、彼は聞く耳を持たないかもしれない。


 燦斗がそう考えていると和馬の車が入ってきて、和馬達がぞろぞろと荷物を持って降りてくるのが見えた。イズミに気づいた猫助が近づこうとするものの、彼は大声で5人の動きを止める。



「にゃ、にゃ、いずみん……?」


「ど、どしたん?」


「話は後だ! コイツに、侵略者インベーダーに近づくな!!」


「燦斗……さんが?」



 侵略者インベーダーと称された燦斗はやれやれと肩をすくめる。まるで、そう呼ばれるのは心外だと言うかのように、失礼な発言はやめろと言いたげに。

 対するイズミは燦斗に対する戦闘態勢を取り続けたままだった。過去、彼が燦斗と何かトラブルを起こしたのが原因でこうなっている……と和馬は推測したが、燦斗が悪い人間ではないというのはよく知っているため、一度落ち着かせるためにイズミの前に立つ。



「お前と燦斗さんに何があったかは知らねぇ。だがウチで戦闘やってみろ、テメェはタダじゃすまねぇからな」


「ぐっ……!」


「それに……」



 ちらりと和馬の視線が燦斗に向けられる。後で全部話を聞かせてもらうと言わんばかりの鋭い目つきは燦斗にとってかなり突き刺さったのか、彼は再びため息をついた。


 こんな状況になってしまってはお手上げだ。そう言いたげな態度で両手を上げた燦斗は室内に戻り、イズミと何があったのかを話すと告げて室内へと戻っていった。

 眉根を寄せたままのイズミは戦闘態勢を解くが、彼に対する猜疑心は止まらない。無理矢理に自分を落ち着かせると、和馬達の荷物を持ってあげて室内へ。


 和馬、優夜、遼の3人が話を聞き、猫助と響で和泉の看病を続けることになった。話を聞くならば全員の方がよかったのだが、イズミと燦斗の雰囲気に飲まれるのがちょっと怖いということで猫助と響は避難したそうだ。

 事実、リビングで優雅にお茶を飲む燦斗に対し、そんな彼を睨みつけてコーヒーを飲むイズミの視線が威圧を放っている。常人であれば逃げ出したいと思うほどの圧が室内に漂っていた。

 その威圧をどうにかしなければなるまいと、和馬が大きくため息をついた後イズミに対して問いかける。まずはただ単純に、何故彼がここに来たのかという話だ。



「野良ゲートに引っかかったんだよ。しかも一方通行でこっちからは帰れねぇ。だから和泉に頼ろうと思ったん、だが……」


「いなかったからカズのとこに来て、そしたら燦斗さんに出会った……と」


「まあ……そういうこった」



 少々恥ずかしそうに答えたイズミ。本来ゲートの存在は感知能力を持つ者ならば感知できるのだが、ごく稀に急に開いて急に落とすなんて真似をしてくることもあるようで、今回はそれに引っかかってしまったのだと。


 それがまさか、侵略者インベーダーとかち合うことになるなんて、と呟いたイズミ。その言葉に対して遼が諸々の疑問を出してきたので、まずは燦斗が異世界の人間であることや、ある出来事に関する調査を行っているという情報を明け渡す。



「ってことは燦斗さんはさ、イズミの世界にも行ったことあるってこと?」


「はい、ありますよ。丁度、ジャック・アルファードが世界の敵として認定された日に彼に会ったこともあります」


「んなっ!? テメェ、やっぱり俺にサメけしかけたクソ野郎だったか!!」


「あっはっは、うちのエーデルトラウトに大怪我させたのは何処の誰でしたっけねぇ!」


「……お互い、相当因縁があるみたいだね……?」


「みたいだな……」



 お互いの因縁は相当深いようで、イズミが幼い頃から燦斗がちょっかいを出したりしていたようだ。ジャック・アルファードという存在がどのようにして生まれたのかも、彼が何故世界の敵として認定されたのかも、燦斗はすべてを知っている様子。

 だがそれを話すことは彼の仕事の情報にも抵触するらしく、そこはしっかりと話すことは出来ないそうだ。いずれ話す機会は訪れるだろうから、今回は勘弁してくれという。


 対するイズミは過去ガルムレイで起こった異世界からの侵略戦争において、彼と戦ったことがあるという。彼とその弟達はガルムレイの侵略には加担していないとは言っているが、それでも命のやり取りぐらいはやった、と。

 そのことからイズミは燦斗のことを侵略者インベーダーと呼び、生涯許さないと誓っている。アルムに手をかけなかったことは褒めてやるが、自分の住まう世界を奪われそうになったのは絶対に許さないと。



「うーん、根深そうですねぇ」


「っつーか燦斗さんって今いくつなんだよ?」


「機密事項です。……まだ、ね」


「まだ……ねぇ」



 奇妙な答えを返した燦斗に対し、遼は怪訝そうな目を向ける。

 普段から遼のような信用されてない目つきには慣れているようで、燦斗は淡々と今回の優夜の出来事についても事細かに概要を話し……今後ベーゼに狙われるのはだということを宣言する。



「この中にいる2人……?」



 不意に、優夜と和馬の視線が遼に向く。彼は考え事をしているため視線に気づいていないようで、色々と呟きながらイズミと燦斗を見続けている。

 対してイズミは、誰が狙われるのか、いつ狙われるのかが2人の目線でわかってしまったようだ。この場にいない和泉、猫助、響が狙われることはないことも確認が取れたため、ある程度の絞り込みが出来たと。


 遼が狙われるのは、だいたい予測できた。

 ……では、燦斗の言うは誰なのだろうか。


 優夜は自分のこれが未来予知とは知らないため、どうにかしてその未来を知りたいと強く、燦斗に乞い願う。自分のように狂わされた人を、1人でも助けたいと。

 しかしその言葉に対して、燦斗は返事を返さない。その未来を伝えることは……仕事上、禁止だということで。



「ど、どうして……」


「まあ、これは私の仕事にも関係しておりますので。どうかご容赦を」


「んなこと言うけど、2人ってところは伝えるんだな」


「ええ。『誰が』までは言ってませんからね」


「……アンタ、意外と法の穴をすり抜けて悪事やらかすタイプだな?」


「お褒めに預かり光栄です♪」


「褒めてねぇし!!」



 なんでこんな奴が調査人エージェントという仕事を請け負っていて、侵略者インベーダーなんて呼ばれているのだろう。

 もし和泉が風邪引いてなければ、この課題は全部押し付けてやったのに……と和馬の脳内愚痴は止まらない。


 結局は最初の課題から課題が増えに増えただけで、今日1日では解決できそうにないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る