第13話 造られたシナリオ


 ゲート開放を試した翌日。結局は開かないまま、アルムは帰ることはなかったが。


 和泉は砕牙にペンダントを返し、開く方法を見つけられなかったことが敗因と伝えた。

 どんな動作を行ったらゲートが開くかわからないままだと言うことを念入りに説明し、ペンダントの持ち歩きには注意するように言った。

 それはサライにも同じことが言えたので、特に自宅にいるときには気をつけるようにと念を押す。


 その後は睦月邸へと向かい、和馬との念入りな打合せを行うことに。

 今日は優夜達は全員仕事、アルムは竜馬と神夜が散歩に連れていくということで、睦月邸には現在和馬と和泉以外、誰もいない。



「お茶とコーヒー、どっちがいい?」


「すぐに飲める方」


「あいよ」



 簡単なやり取りをしつつ、和泉は脳内で情報を精査する。キンキンに冷えたお茶が前に出されても、ぼうっと考えたままだ。



 和泉はこの事件の成り立ちが、遼の買ってきたオカルトマニアックスにあることを起点に、遼自身が関係していることを考える。

 先日レイが言っていた『痣を持つ者がいればゲートは開くことができる』という言葉を思い出しながら。


 痣を持っている遼が使うべきは未だ解明されていないが、オカルトマニアックスに書いてあった方法を行ったのは事実なのだから、雑誌を確認すればわかるはず。


 ある程度の構築は出来上がっているものの、その方法を目にした訳では無いので結論を出すのは早いと考えているようだ。



「……雑誌、見ねぇことにはわかんねぇんだよな」


「部屋入る許可は貰ってはいるんだけど、悪ぃ、アイツの部屋は入ったら俺でもヤバい」


「だよな。オカルトって物品を動かすだけでもヤバいって奴があるからな」


「それは遼からもガッチリ念を押されたな。絶対に動かすなっていうやつはどれだとも聞かされた」


「あと、あれだけオカルトグッズがあるってことは、霊と霊の反発が起きてコロシアムもありえるな。ああ、霊同士の共食いとかもあるな。階級制度みたいになってて」



 オカルト嫌いのお前がなんでそこまでオカルトに詳しいんだよ、というツッコミを飲み込んだ和馬。

 むしろ嫌いなものだからこそ理解しているのだろうと考えたが、それにしたってビビり方と知識量がおかしいだろ、と脳内でツッコミを入れた。入れるしかなかったのだ。


 そうして話は数日前のレイからの依頼の話へと移る。

 アルムが残ったため、その依頼を受けれるかはわからないが、後日また会えれば相談してみようと思ったようだ。

 だが和泉には、1つだけ懸念している事があるようで。



「まあ、アルムが手伝うって言ってんだし、心配ねぇだろうがよ」


「ああ、いや、俺が心配してるのは別のこと。あの人、なんか指名手配受けてるって言ってたろ」


「ああ、言ってたな。……あー、そうか……」



 レイがどのような理由で指名手配を受けているのかはわからないが、もし協力した場合は自分たちも似たような状況に立たされるのではないか?となっているようだ。

 彼の事情は分からないが、もしそのような事になるのであれば速やかに対処を練りたいと言うのが、和泉の素直な考えだ。



「この年齢で前科持ちにはなりたくねぇ……和泉じゃあるまいし」


「いや俺が前科持ってるように言ってんじゃねぇよ。持ってねぇよ。お前の方が持ってるような顔してるだろ」


「うるせぇ、顔の傷のせいでそう見えるだけじゃい」



 和馬の顔には、横断するように大きな一文字傷付いている。

 ただ単にトイレで転んでしまっただけなのだが、その時はペーパー棚の扉が開いていた状態で転んで怪我をしてしまったのが原因。

 この傷のせいで彼は25歳だというのに老けて見られるようになっており、結構気にしているそうで。



「ていうか、その傷がついたの2年前だよな? なんでまた」


「……ちょっと、仕事で……」



 和泉に傷の理由を問われても、正直な理由を伝えられない。

 そもそも両親と優夜以外には傷の理由はぼかして伝えており、傷の理由については遼も猫助も響も知らない。

 なので事情を聞いてくる相手に対しては必ず、『仕事で』と説明している。探偵仕事には面倒なものもあるのだという、見せかけにはなっているそうだ。



「仕事ねぇ。……そっち、休業の札かけてねぇけど、仕事来るのか?」


「朔おじさんから1件、裏山の近くの小屋の調査って。お前にも頼もうと思ったらしいけど、裏山近くだから無理だろうなって言ってたぞ」


「あー、それは無理。あそこって妙に鳥肌立つからなぁ」


「そういう訳で、俺は夕方には出かけるからよ。それまではある程度考察しておこうぜ」


「だな。……とはいえ、俺もお前もアルムがこっちに来た瞬間を見ていないから、何をどうしたらいいか、というのはわかんねぇな」



 ふむ、と顎に手を当てて考える和馬。この家に住んでいない和泉に代わりに、当時のことを思い出す。


 和馬は依頼人が来た後の書類整理中だったことは覚えているが、遼の部屋に向かったのは実際には優夜。

 その後のドタバタ劇を聞いてようやくアルムと対面した形なので、ほとんど遼の部屋に近づいていない。

 そしてもっと言えば、遼も優夜も、アルムが落ちてきた瞬間というのは見ていないとの証言が上がっている。2人も音や声で彼女がこの世界に来たということを理解はしたそうで。


 ──和馬の眉間に、徐々にシワが寄っていく…。



「……。」


「そのしかめっ面は、何ひとつ見れてないと受け取った方が良さそうだな」


「仕方ねぇだろうがよ…」



 遼は帰ってきてすぐにオカルトマニアックスを読み始めたっぽいからよ、とぶつくさ呟いた。

 どうやら当時の玄関でのやりとりについては和馬にも聞こえていたようで、そのあたりは思い出せたようだ。

 食材の買い出しのために、竜馬と響も一緒だったこともゆっくりと思い出していく。


 そこで、今更過ぎるが『自分たちも同じオカルトマニアックスを買えば良いのでは?』という提案を和馬が出すも、和泉が即答の却下。

 なぜなら、オカルト嫌いは街中でオカルトの雑誌を目にすることさえも恐怖でしかない、だそうだ。



「なんでお前、百鬼夜行の都市って言われてる九重市に居を構えてるの?」


「言うな……」



 的確すぎる和馬のツッコミに、顔を突っ伏した和泉。

 正直なところ九重市からは脱出したい。だが、自分の現在の環境というのが余りにも良好で、今更この生活を変えることは地獄へ歩むのとほぼ同意義となるのだそうで。

 自分の中で我慢オカルト生き地獄ひっこしを天秤にかけた結果、我慢の方が勝ってしまった。


 なお、和馬の方は『可哀想に』とは思いつつも、『コイツが九重市脱出は有り得ない』という考えが浮かんでいる様子だ。


 そこへ、散歩に出ていた竜馬とアルムが帰ってきた。

 彼女らと入れ替わりに和馬が仕事へ出かけることとなったため、ここで一旦考察は終了。

 和泉はアルムから、もう一度話を聞こうと考えたようだ。



「話……と言っても、初日に話した事ぐらいしか……」


「ふむ……。なら、遼が召喚した時に使ったっていう、魔法陣の形も難しいか?」


「あんまり大掛かりな模様じゃなかったのは覚えているんですけど……。その、あたしが落ちてきた瞬間に掠れちゃって」


「うーん、マジでか。描いた本人でさえもわからないって言いそうだ……」



 遼曰く『全て雑誌に掲載されていた通りにやった』そうなので、その魔法陣の模様も雑誌を見れば良い。

 オカルト嫌いの和泉が頭を悩ませていると、アルムが取りに行こうかと進言する。



「雑誌の形さえ教えて頂ければ、探しますよ?」


「……。いや、すまん。教えたいのは山々なんだけど、その」



 スマホで雑誌の画像を見せればいいかな、と一瞬考えた。考えたが、やはり恐怖の方が勝ってしまい躊躇してしまう。

 なんでも和泉は自身のスマホに履歴が残ることはおろか、そのスマホでオカルト系の話や雑誌掲載情報を確認したという事実があるだけで恐怖するレベルなのだという。

 これには話を聞いているだけの竜馬も苦笑を漏らす。



「え、じゃあ和泉君って普段どうしてんの?? 召喚術関連ならオカルトとは切っても切り離せないよね??」


「遼と響に書類作ってもらって買ってます。書類なら燃やせば跡形もなく消えるし、要は自分のスマホやパソコンの履歴に残らなければいいので」


「あぁ……なるほど、よく考えてる……」



 とは言いつつも、心の中でそっと『手間賃凄そう』と考える竜馬なのであった。

 アルムはアルムで、友情とは凄いのだと認識した。自分には友人と呼べる他人がいないのでよくわからないが、こういうのもまた美しい友情なのだろうと。


 2人がそのように考えている間、和泉の眉間にはシワが寄っている。

 ……そもそも竜馬の持つパソコンを利用すれば良いのだが、オカルトに触れるという考えのせいでそこまで頭が回らないようだ。



「……ダメだ、遼が帰ってくるまで待つぐらいしか思い浮かばねぇ……。部屋に入りたくはねぇし、アイツに黒板と雑誌持ってここまで来てもらうしか……」


「大変ですねぇ、和泉さんも。イズミ兄ちゃんも怖いのは嫌いだから、なんとなくわかる気はするんですけどねぇ」


「……? 同じ、ってことか?」


「はい、そうです。顔が似てると思ったけど、怖いのが苦手なのも一緒なんですねぇ」



 小さく笑ったアルム。彼女に他意はなく、ただ懐かしむように笑っているだけだ。こんな偶然があっても良いのかと、考え込む和泉の事など気にせずに。


 偶然であればそれで良い。だが、自分とアルムの知り合いがほぼ同じな部分に何らかの意図があるのならば、アルムが巻き込まれたのは偶然ではなく必然だったのではないか? 和泉は深く、そう考えてしまう。


 ならば、遼がゲートを開いたことも何かの繋がりがあったのではないか? 否、そもそも彼以前に朔と蓮が巻き込まれら事さえも何かのシナリオのように用意されていたのではないか?

 考えれば考えるほど、様々な出来事や話が『誰かに造られている』ように思えてしまうようだ。


 3人の無言が続く中、竜馬の目が和泉に向いている事に気づく。

 それは何かを問いかけたいという訳ではなく、ただ、本当に見つめているだけ。

 竜馬に他意はないのはわかっているのだが、何故かその目線は気にかけなければならない。そんな気がしていた。



「……竜馬さん?」



 和泉は何の気なしに、声をかけてみる。もちろん何も問題なく、竜馬は返答する。

 ただ、一瞬だけ目の光が揺らいだのはアルムにしか見えていなかった。電球に照らされたその目は、どことなく和泉やアルムに何かを悟られてはいけないと思わせるような、そんな雰囲気だった。


 ああ、もしかしたら疲れているのかもしれない。そう思った和泉とアルムが、竜馬に声をかけた。



「あの、もしかしてお疲れですか?」


「んっんー、かもなぁ。久しぶりにジンと喋ったりしたら、なんか疲れちった」


「でしたらお部屋に戻ったら如何でしょう? 竜馬さん、今日はあたしのために色々と無理してらっしゃいますから……」


「ん、ならお言葉に甘えて。おじさんお昼寝してくるねー」



 陽気な言葉で手を振ってリビングを去った竜馬。その様子は少しだけ、普段の雰囲気とは違っていた。

 それがどのように違うのかは、家族ではない彼らにはよくわからない。

 だがアルムには竜馬が自分たちに何かを隠していて、それを伝えたくても伝えられないようにも見えたようだ。


 時計を見た和泉がアルムに声をかける。



「……さて、どうするかな。今日は俺も夜には書類整理があるから帰らなきゃならねぇし……」


「あ、でしたら明日は遼さんがお休みらしいですし、明日はどうですか?」


「明日か。明日は確か響も休みだって言ってたな。んなら、昼頃来ることを伝えておいてくれ」


「わかりました。お2人が帰宅したら伝えておきますね」


「メールも入れておく」


「め?? よくわからないけど、そうしてくれると助かります」



 よくわからないよな、と軽く相槌を打ってから和泉はスマホでメール本文を打ち込む。

 その動きを見ているアルムは、やはりスマホを触ってみたくてウズウズしているのだが。


 本文を打ち込んだあとは、帰宅準備。和馬が仕事でいないので、このまま長く滞在するのも良くないだろうと思った末だそうだ。

 竜馬によろしく、とアルムに伝えてそのまま車へと戻る。



「……うん?」



 車に戻ると一通の手紙がワイパーに挟まっていた。

 差出人は不明だが、手紙の端に『L』の記載があった。中身を読んでみると、如月探偵事務所で待ちます、とだけ書かれていた。

 依頼人からの手紙か? と考えつつもその手紙を懐に仕舞い、車を如月探偵事務所まで走らせ帰宅する。



「やあ、遅かったね」


「……レイさん?」



 後ろから聞こえたレイの声に、振り向いた。

 レイはベルディと共に情報を──というよりも周囲の地形把握をしていた様子だが──集めていたようで、その最中に気になったことがあるから車に手紙を差し込ませてもらったよ、と告げた。


 立ち話はなんだからと、2人を事務所へと入れて紅茶を用意する。

 毎回紅茶をもらうのはということで、ベルディがお茶菓子を買ってきてくれていたようだ。



「ん、ああ。気にしなくてよかったのに」


「いえ、そういうわけには。いつもいただくのは忍びないので」


「お前って結構義理堅いとこあるんだな。ま、いいけどよ」



 もらったお茶菓子を皿に開け、3人でつまむ。ある程度世間話をしているその最中に、レイが九重市の現状について和泉に問いかけた。


 というのもこの街を練り歩いてわかったのは、不自然にもゲートとなりうる場所が多く、微細なサイズのゲートがいくつか確認できたとのこと。

 地図にメモをとってきたから確認して欲しいと、地図を見せてもらった。



「……。こんなに、あるのか」



 和泉が思わずそう漏らすほど、チェックされている場所が多い。

 中には遼と響がよく行くオカルトスポットにも出来ているようで、更に頭を抱えてしまう。

 しかしレイはその点に関して、もうひとつだけ注意しておかなければならないことがあったからここに来たとも伝えた。



「注意?」


「彼らの痣は、ガルムレイから飛来する魔力を吸っている可能性が高くてね。おそらく、確認したスポットで吸っているかもしれない」


「……」



 その話を聞いた和泉は、あることを思い出していた。


 彼らは何年も前から、ある一定のオカルトスポットに行くと必ず体調不良に陥ることを和泉に伝えていた。

 それは数日もすれば治るし、病院に行っても風邪だと診断されるのでそこまで深刻には考えていなかった。


 だが、レイから得た新しい情報により『遼と響は魔力を吸って体調不良に陥っていた』可能性が出てきた。

 これにより何かが変わるかと言われると、そこまで大した変化は起きないだろう。


 そこで、和泉の頭に例え話が浮かんだ。魔法が使えなくとも、遼の痣が吸い取った魔力に連鎖されてアルムの召喚が引き起こされたかもしれないという、フィクションでよくある考えが。

 流石にそこまで本気にするわけにもいかないので、自分たちがよく見るゲームやアニメではよくある展開だな、と考えを保留した。



 ──『造られたシナリオ』通りに自分たちは生き続けているのではないか?

 その言葉が、再び頭の中を通り過ぎていった。



「……」


「和泉さん?」


「ん、ああ。悪い、考え事をしていた」


「大丈夫ですか? 眉間のしわが凄いことになっていましたよ」


「ん……、いつもの癖だ。探偵業やってると、考え事の時にどうしてもしわが寄る」


「そうですか……」



 流石に自分たちが『造られたシナリオ』通りに生きている、なんて呟いたら笑われてしまうだろう。そんな思いで、彼は呟きかけた言葉を止めた。




 ──彼のその考えが当たっているとは、誰が予想できただろうか。



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