第14話 調査の結果。


 翌日、睦月邸。


 和泉が来る前に、アルムと和馬は遼と響にオカルトマニアックスにあったという召喚術の手法を見せてもらおうとページをめくってもらっていたのだが……。



「あれえ……?? おっかしいなあ……」



 ぺらり、ぺらり、とページをめくる音と、遼のおかしいなあ、という声。それだけがリビングにこだまする。


 というのも、遼がアルムを召喚した日に使ったページが、どこにも見当たらないのだ。

 付箋を貼って目印を付けていたにも関わらず、そのページには召喚術についての過去の技法しか書かれておらず、遼が実際に行ったという儀式の手法は書かれていない。



「りょーくん、ホンマにこの付箋の場所やったん?」


「うん、一番重要なのは丸つけておいたからね。間違いない」


「けど、手法について書かれてねぇな。まさか破ったか?」


「破った跡がないので、それはないと思いますけど……。いえ、そもそもこんなに愛用していらっしゃる本を破るなんてこと、遼さんには出来ないと思います」


「そやね、りょーくんが破くなんてことはせんよ。破るにしても、何らかの事情が起きた時だけやね」


「そんな俺が毎回霊に取り付かれて破いたみたいな言い方やめろよなー。……うーん、マジで見当たらない」



 何度も最後のページまでたどり着いては閉じて、最初のページから開きなおす。

 既に5回程は繰り返されているが、遼が見たという召喚術のページは見当たらない。


 諦めよう、と思いページを畳んだその時。アルムが本から何かを感じ取ったようだ。



「ん……? あの、すみません、ちょっと借りてもいいですか?」


「え? ああ、構わないけど……」


「ごめんなさい、お借りします。……」



 アルムは今一度、遼がやったようにゆっくりとページをめくる。その様子は内容を見るというよりも、本自体に何かがあるような。


 そうして彼女の手がぴたりと止まる。

 そのページには付箋が貼っており、付箋には丸が付けられている。先程遼が言っていた召喚術の記載ページのようだ。


 どんなに目を凝らしても、遼が使った召喚術の内容は記載はされていない。

 だがアルムは記載された中身よりも、紙の外に付着していた何かを探しているような……そんな動きをしていた。



「何してんだ?」


「あ、いえ。実は……なんだか、このページだけ妙な感じがするんです。なんていうのかな……紙の上に別の紙が貼ってあった、みたいな……」


「別の紙?」


「あ、あ、紙って言ってるけど、実態はこう、薄い膜みたいな……」


「薄い膜……。もしかして、魔力みたいな感じだったりするか?」


「そう、そうです! なんかそんな感じなんですよ!」



 同じページを見ては、前のページを開いたりして確認するアルム。

 厳密に魔力であるとは言い切れないし、実際に魔力を使用したという確証もないため、モヤモヤしているのだという。


 念のため、ということでページを開いたままダイニングテーブルの上に設置して和泉の来訪を待つ4人。

 暇になるといけないので、ミニテーブル側に移動してトランプで遊ぶことにしたようだ。



「……何してんだよ」


「あ、和泉。遅かったな」



 やってきた和泉が、竜馬に連れられてリビングへ。トランプをしていた彼らに盛大な溜息をつき、ダイニングテーブルへと近づく。


 しかしテーブルには先程のオカルトマニアックスが開かれており、不意打ちを食らったと言わんばかりに和泉は思わず後ずさり。

 ガタ、と椅子を足に引っ掛けて転んでしまった。



「あ、和泉君気ぃつけてなぁ。オカマニ開いとるから」


「遅せぇよ!! もう足引っ掛けた!!」


「あらまあ、予想も出来ひんで可哀想」


「お前なぁ!」



 ケタケタと笑う響。それをたしなめた遼は、そそくさとトランプを中断してオカルトマニアックスを手に取る。

 中身を見せないように内容を説明し、先程アルムが感じ取ったモノについても説明した。


 和泉も中身を見ないように、雑誌を手に取りページを開く。ページを開いていくと、どことなく違和感があるようにも思えるというのが彼の主張。

 どうやら彼もアルムと同じ主張のようで、同じようにあるページで手が止まった。もちろん、そのページには丸印が書かれた付箋が付いている。



「遼、このページ」


「ん、ああ。そこは俺が印つけてたページだよ。アルムもそのページに違和感があると言ってて。とはいえ俺たちにはわからないんだけどな」


「ふむ……。アルムがわかる、ならまだしも……何故俺まで」


「さあ……? そこは俺らにもわかんねぇ」



 パタンと雑誌を閉じ、テーブルの上へ。閉じた状態でも目に入れたくないのか、和泉はミニテーブル側へと移動する。

 麦茶を持ってきた竜馬に礼を述べつつ、遼からの報告を聞く。



「雑誌については、俺が当時見ていたページがなくなっている。確認はお前もしてもらった通りだ」


「アレはなんだろうな。俺が感じ取るなら、お前らも感じとっていいはずなんだが……」


「俺、カズ君、りょーくんはわからんかったね。普通のページに見えたわ」


「でもあたしも、近くじゃないとわかりませんでした。触ってみて初めてしっかり認識した、って感じです」


「……そこも疑問だが、もう1つ疑問点がある」



 和泉の言う疑問点とは、『魔法を使えないことは証明済みの世界で、何故雑誌に魔力らしいもの付着しているのか』という部分。

 アルムが来た当初に魔法を使おうとして使えなかったのは和泉達もしっかりと目撃しているため、その点に対する反論は来ない。

 むしろ逆に、どのようにすれば魔力が使えるのかという疑問点が浮上した。



「アルムちゃん、もう1度聞くけどホンマに魔法は使えんのよね?」


「はい、あれから何度か試しましたが一切使えないことは把握済みです」


「ふーむ、ほんなら雑誌がどこかで異世界に吹っ飛んだと考えるべきやろか?」


「でも雑誌単体で異世界に吹っ飛ぶってのはどうなんだよ。やっぱりその場で魔法を使ったってのが正しいと思うけど」


「だが、ここでは魔法は使えない。これは事実だろう? 例外があるって言うならわかるけどよぉ……」


「まあ例外ってなら、神様レベルの人とかいたら出来そうだよな。神様だし」


「アカン、りょーくんの語彙力の低下が激しい」



 考えれば考えるほど、この騒動の終着点というものが見える気がしない。

 現時点でわかることといえば、自分たちの計り知れぬ何かが自分たちの周囲を巡っているという事ぐらいだ。


 麦茶のおかわりをして、もう1度飲み干す。皆、喋りすぎて喉がカラカラだ。



「うー、あたしも頭痛くなってきた……」


「まあ俺らでさえ思考放棄したくなるレベルだからな。和泉ぐらいだぞ、まだ考えてるの」



 和泉の方を見てみれば、まだ眉間にシワが寄っている。何かを考える時の彼の表情だ。

 しかし、探偵事務所側の突然の来客によってその顔はスルリと解かれる。



「んお、客か。ちょい行ってくる」


「いってらっさい。お仕事やとええなぁ」



 和馬が離脱し、遼と響と和泉とアルムの4人は次はどうするかと悩む。


 そういえばと、遼とアルムが黒板に書いた魔法陣のことも思い出した。

 ほとんどが掠れているが、何かの手がかりに出来るかもと言うことで遼が部屋から持ってきてくれた。



「……だいぶ掠れてんな」


「一応当時のままではあるんだけど……」



 魔法陣は円を大きく書いた中に、複雑な英文と様々な模様が描かれている。星のマークに始まり、太陽も描かれていたようだ。

 アルムが魔法陣の上に落ちた衝撃で大半の線が崩れているが、円がかろうじて残っている。

 しかし、掠れてしまったコレを見てはっきりと魔法陣とわかるには知識を持っていなければわからないだろう。



「どや、和泉君。今まで取り扱った事件で、こういうのはあったん?」


「……照らし合わせてみねぇことにはわかんねぇが、少なくとも記憶ではここまで複雑に書かれたヤツは見たことがないな。というか、文章的にも模様的にも大分複雑だけど全部書いたのかコレ……」


「おう、全部書いたぞ。雑誌を逐一チェックしながらな!」


「お前はその労力を別のところに回せ……」



 明るい笑顔で答えた遼とは反対に、はぁ、と大きなため息をついた和泉。

 彼のため息には、遼の身を案じる意味も含まれているのだ。


 遼のオカルトに対する情熱というものは、まさにマニアと呼べるもの。

 故に様々な霊障にかかっては憑かれることが多く、響の助けがなければ死んでいたという事象も多い。


 そんな友人が何度もオカルト系の事件に巻き込まれては、探偵という職業柄心臓にくるものがある。これは和馬も同意見で、何度か注意はしている。



「でも、凄いですね。1つの事に打ち込めるって」


「アルムちゃんはそういうのはあらへんの?」


「うーん、そうですねぇ。あたしは城から抜け出すのに必死ですし、むしろそれが打ち込める事なのかも」



 王女として抜け出すのはどうなのか、というツッコミは和泉も遼も響も言葉を出さずに脳内で再生した。

 彼女の事情がわからない以上は、無闇に突っ込んではいけないと判断したようで。


 その後は4人でいくつかの会話を──と言っても他愛のない話題ばかりだが──しつつ、魔法陣の復元を行ってみた。

 文章や模様が多数な魔法陣のため、完全に掠れている部分は復元を諦め、はっきりとこうだとわかる部分のみを復元する。


 復元された魔法陣は形は歪ながらも、それが魔法陣であると判断できる程度にはなった。

 だが、実際に遼が当時に使用した状態では無いため、ここで手詰まりとなってしまう。



「文字も結構書かれてたみてぇだし、ここで手詰まりだな……」


「模様だけだとこれが限界ですねえ。でもそれっぽくはなりましたよ!」


「せやけど、発動させたもんがどんなんやったかわからんと、レイはんも困るんちゃうんかなぁ」


「あー、くそ。雑誌の中身がわかればなあ。過去の俺どうして写真撮ってないんだ」


「過ぎたことに文句言っても仕方ねぇよ。今は、この魔法陣だけでなんとか判断するしかない」



 魔法陣をもう一度よく観察する。

 遼が描いた魔法陣は、多くの召喚術事件を取り扱ってきた和泉でさえ見慣れない文字や模様配置だと思うほど緻密なものだ。

 遼ほどの熱意のある人間でなければ、ここまで書ききるまでに諦めるだろう。


 この魔法陣を準備して雑誌に掲載(紙面に蓋をした)犯人はそういう熱意のある人間でなければ使えないことも重々承知の上で掲載したとも言える。

 もしかすると、遼が使うこともお見通しだったのかもしれない……。


 そんな中、アルムが『別の雑誌に乗ってる可能性はないか』と尋ねた。

 まだ販売されている雑誌なら、もしかしたら載っているのではないか、と。だが、既にその疑問に気づいていた響が答えを返した。



「実は俺、アルムちゃんの言うように、同じ号の別のに載ってるかな~思うて見てきたんやけど……結果は、今りょーくんが見せてくれたんのと同じ。もしかしたらりょーくんのだけかもって思ってたんやが、まさかこっちも消されとるとはなぁ」


「……つまり犯人は、飛ばした相手を帰す意思がないってことになる。アルムが最初から狙われていたとなると、色々と話が変わるな……」



 今回の事件は無差別のゲート開放かと思っての調査だったが、アルムが確実に狙われていたとなるとまた話は違う。

 誰が、なんのために彼女を異世界へ飛ばしたのか。そこから考えて犯人へ辿り着く必要がある。

 何度もこのような事件を起こされては叶わないので、犯人への制裁は確定だ。



「アルム、心当たりは?」


「あります、大いにあります。……この世界に来る以前、あたしがひとつの大きな事件を終わらせたことを話したの、覚えてます?」


「ああ、その時は俺と和馬がいたな。確か、先祖が成し得なかったことを成し遂げたってお前は言っていた」


「実はその事件、首謀者の行方がわからなくなっているんです。生きているなら、あたしかイズミ兄ちゃんを狙って変なことするだろうな~とは思ってました」


「んじゃあ、その事件の首謀者がアルムを狙ってこの世界に吹っ飛ばすなんてことをした……ってことか? そうなると、事件の首謀者がこっちにいることにならないか?」


「はい、遼さんの言うとおりです。……おそらく、ですけどね」



 アルムのいう事件の首謀者……名は、ベーゼ・シュルト。

 アルムたちの世界に蔓延る【闇の種族】を作り出した、神に近しい存在。

 そのベーゼが現在も九重市に存在していて、遼とすれ違いざまに彼の持っていた雑誌に魔力の蓋をして、遼にゲートを開かせたのではないか。それがアルムの出した1つの考えだ。


 遼や響が痣を利用してゲートを開くことが出来ると知るタイミングも、アルムたちに討伐された後に九重市とガルムレイを行き来していれば知ることが出来た。

 彼ら2人を監視する暇はいくらでもあったのだから、愛読雑誌についても直ぐに判断がつく。そこまでアルムは考察を進めた。



「……だが、そうなると……今も俺たちの周囲に居る、という可能性はないか?」


「……否定出来ません。ベーゼはいわゆる『思念体』なので、こちらからの視認が出来ないのが問題なんですよね」


「うわぁ、やばぁ。ほんならその情報、はよカズ君とゆーや君とネコ君にも伝えな。あとお父ちゃんと蓮おじちゃんにも」


「あー、そうか。父さんと朔おじさんにも被害が及ぶ可能性があるのか。ガルムレイと関わりがあったっていう時点で」


「難儀だなぁ……。念のため、竜馬さんにも伝えておいたほうがいいと思うぞ」


「せやねぇ、おじちゃんにはカズ君たちへの説明の時に一緒に話しとこ。な、りょーくん」


「だな。……はー、俺、なんでこんなに色々と巻き込まれやすいんだろ」



 遼の大きなため息がリビングにこぼれた。

 巻き込まれ体質の遼の災難は、まだまだ続く……。

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