第39話 緋色の月
時は戻り、九重市の如月探偵事務所。
遼がジェニー・ジューニュとベーゼ・シュルトに加担している事実を知った次の日から始まる。
猫助に遼を見張ってもらい、和馬と響の2人に遼のぬいぐるみの1つ、彼のお供でもあったハーヴィー・ヴェン・ルーテシオンに話を聞くのが今回の目的……だったのだが、突然の優夜の帰還もあって慌てる事になってしまったのが今現在の状態である。
イズミと共に帰ってきた優夜だったが、あまりにも突然だったのでソファに座らせて和泉がこんこんと説教。いなかったらまあ許せたが、いるときに突然鏡からやってくるというのは心臓に悪いのだそうで。
「突然すぎるから帰ってくる前にアルムとかそのへんに言伝してくれない???」
「ご、ごめん。でも、その、急ぎだったから……」
「急ぎか……。何があった?」
「……優夜が未来を見た節があってな。お前らにも説明しておきたいからっつーことで、俺の同伴が条件でこっちに戻ってこれたんだよ」
「なるほどな。……で、見えたものってのは?」
出されたコーヒーを飲みつつ、優夜は静かに自分が見た光景――緋色の月を背に嗤う遼の姿を伝える。その光景は絶対に九重市では起こり得ないので、確実にガルムレイで起こることだ。
そのため、優夜はこれから向かう可能性がある和泉達に情報を渡したいとイズミと一緒に帰ってきたのだという。
「遼がそんな状況になるってことは、確実に僕らの前に立ちはだかる。だから……」
「だから帰ってきた、ってことか。……というか、お前ちゃんと治ってるのか?」
「試してみようか?」
そう言って優夜は和馬の隣に移動すると、ぎゅっと彼の体を抱きしめた。ようやく抱きしめることが出来た喜びで、思わず優夜は和馬を押し倒すほどになってしまったが、響も和泉もこれは完全に戻っているなとしっかり把握。しばらく優夜は和馬から離れることはなかった。
そして話は、緋色の月と遼の関係に戻る。優夜がいない間に集めた情報を全て彼に渡すと、なるほど、と納得がいった様子でうなずく。
というのも、未来が見えても何故その状況に陥っているのかまでが理解が及ばなかったため、和泉達が集めてくれた情報からある程度の理解が深まったようだ。
「せやから今からハーヴィーに話を聞いたろ~と思っててん」
「なるほどね。……そうなると、イズミ君に緋色の月の話も聞いておきたいから、このまま情報交換といこうよ」
「ん。……まずはハーヴィーの話からだな」
ちらりとハーヴィーに目線を向けると、手に持っているホワイトボードに文字が書かれていく。自己紹介を終えたその瞬間にイズミが倒れたのは言うまでもないが、今はそれをきっちり無視しておいた。そのおかげでしばらくうなだれていたが、誰も手を取ることはしなかった。
ハーヴィー曰く、遼の様子がおかしくなったのは今から一週間ほど前。丁度和泉とイズミが優夜を助けるために精神へと入り込んだあの頃だという。
しばらくはなんとも無かったのだが、急に独り言が増えたり、不要な物品を持ち帰ったりなどが多く、ハーヴィーも色々と気にかけていたらしい。
「なるほどな……独り言の内容はわかるか?」
《すまない、流石に内容までは聞き取れていない。だが、確実に俺ではない誰かへ声をかけていたのはわかる》
「部屋の子たちにも話しかけてるわけでもなさそうだな……。部屋のどのへんで話していたとかは?」
《ああ、それならわかる。ベッドに寝転がって、壁際の方に話しかけていた》
「ってことは、ベッドと壁の隙間に隠してるってことやねぇ……」
「他の子達は気にかけてなかったのかなぁ。響君に伝えるってこともできそうだけど……」
「それは無理やね。あの子らは許可なくりょーくんの部屋からは出ること出来んようになってて、りょーくん、竜馬おじちゃんのどっちかの許可なかったら今度こそ成仏してまうねん」
「ってことは完全に情報遮断してるってことか。……父さんいなかったらマジで詰んでたな、コレ」
溜息が漏れる。間一髪のところで竜馬が手を回してくれたため、情報が完全に遮断されることはなかったが……ここまでやられては、全員が向けていた遼への疑惑は確信へと変わっていった。
そこから、彼が持ち帰ったという物品についての話へと切り替わる。遼は不可思議な物品を持ち帰り、部屋で鑑定した後に何処かへ隠すために持ち出しているとのこと。ハーヴィーは物品そのものについてはよくわからないと言っていたが、何処へ隠したかまでは大体の見当がついているそうだ。
「地図を見ればわかるか?」
《すまん、地図を読み慣れてないからわからん。周辺の建物は覚えてるんだが》
「ふーむ……そうなると、お前さん連れて行ったほうが早い気がするな。稼働時間は大丈夫か?」
《昼間のうちに連れ出すのは少し控えて欲しい。太陽が苦手な家系に生まれたせいか、光を浴びるのはどうにも》
「わかった。それなら、夕方以降に動こう。……で、次は」
ちらりと和泉の視線がイズミに向けられる。ソファに指を立ててドスドス刺してる彼は、やはり元凶たる人物――オルドレイ・マルス・アルファードやジェンロ・ディセンブルと言った名前を挙げて、恨み言を呟いていた。こうなったのお前らのせいだぞ、と。
そんな異様な光景に和馬と優夜がなだめつつ、次に話すは優夜が見た光景である緋色の月についての話になった。遼とともにいるということは、彼にもなんらかの関わりがあるかもしれないからだ。
「緋色の月は……あー、お前らもみたよな? 向こうの月」
「白と青があったよね。赤くはなかった」
「そう、普通は白と青が浮かんでいる。……が、半年に1回、蒼の月のほうが赤く染まってしまう現象が起きるんだ」
「なんでまた。まるで生きてるみたいじゃねぇか、それ」
「詳しい原理は解明されてねぇんだが……闇の種族にはかなりやべえ影響が出てな。普段温厚なやつでも、一瞬で憎悪を増幅されて破壊衝動に襲われちまう」
「あ……」
優夜は事務所に戻ってくる前の、イズミの様相を思い出した。彼の右腕が異常な暴走を引き起こし、それを必死で止めようと祈りの洞に入ってきたことを。
イズミは今はアマベルのおかげで何事もなく探偵事務所のゲートを通れるようになっているが、それも一時的な施し。もう一度向こうに戻るような事があれば、次は間違いなく暴走をしてしまうだろうと苦言を呈す。
だが、それがいったい遼にどんな影響が出るのかと問われれば、イズミは遼本人でなくベーゼに影響が出るのだと告げる。
ベーゼは闇の種族を生み出した王とも呼ばれる存在。そのため、緋色の月の影響はどの闇の種族よりも一番強く受ける。
ただ、1つだけ気になる点があるという。それはベーゼ・シュルトの存在が闇の種族のそれと異なるという点だ。
「前に闇の種族の話はしたよな?」
「それを聞いてたのは俺と和泉君だけやね。カズ君、ゆーや君は聞いてへんよ」
「あー、そうだったか。じゃあ一応簡単に説明しておく」
優夜を助ける際に話した闇の種族に関しての詳細を和馬と優夜にも説明すると、優夜は首を傾げていた。ベーゼ本人に乗っ取られていたため、彼はベーゼと闇の種族のある矛盾に気づいていた。
ベーゼ・シュルト、王と称される自身には誰かへの憎悪は無いことを。
「実際に乗っ取られた僕の憎悪を使おうとしていたし、確かにおかしいと言えばおかしいんだよね」
「でも今の話だと、闇の種族は誰かの憎悪を持つことで存在している……」
「そう。だからアイツの存在は『作り出した本人でありながら矛盾している』。闇の種族であることには間違いないんだが、憎悪が影響してくる緋色の月を受けるかどうかが微妙な判定になりそうなんだよ」
「遼本人に引っかかる可能性は本当にないのか? 優夜が闇落ち症状を引き起こした時のように、アイツが闇落ちしたら……」
「その可能性はごく僅かだが、ある。……けど、本当にごく僅かだ。遼が優夜以上の憎悪を抱えていれば……だが」
イズミが言うには優夜と同格、あるいはそれ以上の憎悪が遼本人の中にあるのならば、十分に闇落ちする可能性はあるそうだ。
だが和泉も和馬も優夜も響も、彼が闇落ちするような憎悪は持ち合わせていない事をよく知っている。そのため、緋色の月があったとしても彼が闇落ちに至ることはないのではないか、と結論づける。
……ただし、ジェニー・ジューニュが関わってしまえば、遼の持つ憎悪は関係がなくなってしまうかもしれないとのことだ。
彼の神夜に対する憎悪は未知数。協力している遼に被害が出ないとも限らないし、逆に遼がそれを受けて己に憎悪を侍らせる事態になる可能性もある。そのため遼と接触した際はまず彼がどういう状態に陥っているかを判断しなければならないのだ。
「イズミ君やったら、りょーくんの状態わかるん?」
「なんとなく、目を見れば。完全に確定させるには右腕が使えたらいいんだが……」
「右腕、向こうに戻ったらまた変わっちゃうんだよね……?」
「暴走一歩手前だからな、アレ。ギリギリ理性を保って抑え込む事も出来るが、合理的じゃないし下手すりゃ失敗する」
小さく震える右腕の調子を確かめつつ、イズミは大きくため息をつく。最悪のタイミングで遼の情報が出たもんだ、と呟いては苦虫を噛み潰したような顔になった。
だが闇の種族関連の事件には自分とアルムが出向く必要があるため、イズミは決意を示す。和泉たちが遼を止めに行くのならば、例え緋色の月の中でも進んでやると。
そこまでの決意を聞いて、和馬が疑問に思った事を口にする。関わりはほとんどないのに、どうしてそこまでやるのだろう、と。
「……遼はお前とは関わりはほとんどないんだぞ?」
「むしろ俺とお前が城の幽霊部屋にいた時にアホみたいに笑ってた奴だぞ」
そう、どちらかと言えばイズミにとっての遼はオカルト嫌いを更に助長させてくる相手だ。幽霊であるオルドレイのいる部屋で寝泊まりした日、響と一緒に出入り口を塞がれて幽霊の下で寝ることになったのは記憶に新しい。
そんな奴だけど本当にいいのか? と問われれば、イズミは表情も変えずに淡々とその日のお返しでもしてやりたい、と告げた。
「悪いことをやったらちゃんと跳ね返ってくるっていういい例になってるね……」
「アカン、そしたら俺もそのうち跳ね返ってくるパターンやん」
「響のことは今度どうにか復讐してやろうぐらいには考えてる」
「アカンて」
どうどうと窘められるイズミをよそに、和泉が深く考え込む。
もし、遼が本当に影響を受けてしまうことがあれば、優夜同様こちらに害をなす可能性もありえる。誰が狙われるかまではっきりしない以上、自分たちも護衛手段を持つ必要があるかもしれない、と。
そこまで考えたところで、猫助からの連絡が入る。どうやら遼が外出を始めたため、尾行を開始したとのこと。事務所方面に向かっているそうだが事務所が目的というわけではなさそうだ。
「……何処に向かっていると思う?」
「ゲートを開くことが出来る場所か、あるいはさっきハーヴィーが言っていた隠し場所か。……お前らの話を総合すると、遼はどうにも自分でゲートを作ろうとしている節があるから、前者かもしれねぇが……」
「カズ君の調査、竜馬おじちゃん達の調査、そしてアリス姐さんの話……うん、確かにりょーくんは既に作ってあるゲートは使おうとしてへんし、隠し場所に向かうのは今はちょっと不自然に感じるわぁ」
「だとすると……」
これまでの情報を基に、和泉は九重市の地図を開いてそれらしい場所を探す。これまで竜馬達が見つけたゲートやアリスから聞き出したゲートの場所は既に地図に書き込んでいるため、和馬が見つけたというゲートの場所も同様に書き込んで遼の向かう場所に目処を立てた。
今、1番彼が向かいそうな場所は事務所よりもう少し先に進んだ場所にある
しかしイズミが言うにはさっきから右腕が反応を示してしまっていて、どうにも抑えが利かないとのこと。ゲートか、あるいは別の何かがその神社にあるだろうと彼は告げた。
「ええと、確かイズミ君はゲートの探知ができるんだった……よね?」
「ああ。今はそこの鏡が1番大きい反応だから他のやつは反応しづらいんだが……なんか、さっきから右腕が震えてるんだよなぁ……」
「なんだよ、ビビってんのか?」
「バカ言え、別の反応だよ。……っつっても、こんな反応見たことねぇんだよな……」
首を傾げ、反応の様子を伺うイズミ。そのうち反応が消滅したのか、右腕の違和感がなくなったと伝えてきた。本来ならばそのようなことは無いのだが、無くなったものは無くなったのでなんとも言い難いと彼は口を濁す。
ふと、ここでハーヴィーが揺れ動き、ホワイトボードに文を書く。緋音神社はどんな場所なのか、どこをどう進んだら到達するのかが気になったらしい。
「緋音神社なら、えーと……」
「あ、イズ君パソコン借りていい? のーぐるストリートカメラで見せた方が早いかもしれないよ」
「ああ、その手があったな。ちょっと待ってろ、ノートパソコン持ってくる」
「何台持ってんだお前」
「俺2台の和葉3台」
「多すぎん??」
この夫婦の財力は一体どこから来ているのだろうか。和馬達はそんな疑問が浮かびながらも、和泉が持ってきたノートパソコンの画面を見つめる。
世界中の色んな道路を見ることが出来る『のーぐるストリートカメラ』は、地図を立体的に見ることが出来るサイト。どんな風景を見ることが出来るか、どんな風に道が入り組んでいるのかを簡単に確認することが出来る優れものだ。
如月探偵事務所をスタート地点に設定し、緋音神社への道を少しずつ辿っていく。本物の道を歩いて動いているような感覚に対し、ハーヴィーは驚きを見せていた。
《なんだこの、なんだ!? 俺は今どこにいる!?》
「大丈夫、事務所におるて。見えてるのは今現在のこの道の様子やで」
《なんなんだこの世界…………って、ちょっと止めろ!》
「うん? どこだ」
《そこの赤い、なんか、縦に長いやつ!》
ハーヴィーが言っているのはどうやら大手チェーンのコンビニの看板。カメラを一旦止め、ハーヴィーにじっくりと見せていると……彼はこの場所に見覚えがあると文を書いた。普段から通っている道なのかと思ったが、どうやら違うらしい。
『遼が持ち帰った物品の隠し場所』。それが丁度、緋音神社だとハーヴィーは言うのだ。場所の名前までは読めなかったが、このコンビニの看板がかなり印象に残っていたおかげで場所を割り出すことに成功した。
そしてその情報の結果、イズミが緋音神社方面に奇妙な気配を感じ取ったのは遼が持ち帰っているという謎の物品が緋音神社に集まり、イズミが感じ取ることが出来るほどの力が出来上がっているのではないかと。
「……ってことは……」
「消えたっつったよな、さっき……」
「じゃあ、なんで……消えたの?」
「……アカーン、嫌な予感するぅ……」
和泉も、和馬も、優夜も、響も、顔が一瞬で青ざめる。
隠している物品を何処かに移動させたか、あるいは何かに使用したのかと。
既にイズミの右腕の震えは収まり、反応がなくなっていることを示しているが……遼が外出したという連絡を受け取って、まだそこまで時間が経っていないのが気になるところ。
ひとまず、彼らは緋音神社へ向かうために外出の準備を済ませて事務所から外へ出た。車を使うため、和泉の車と和馬の車それぞれに向かったとき……響が何かに気づいてビルの向こうを見つめていた。
「……アカン、和泉君。見張られてるよ、俺ら」
「何……?」
見張られている。
――誰に?
その言葉の意味を聞き返そうとしたが、響はスマホのチャットアプリで和泉へ短信を送った。
――『遼がこちらを見ている』と。
「……」
すぐに和泉は和馬、優夜、猫助、響のアカウントを集めたグループチャットを作り、猫助から現在の状況を聞き出す。
すると、現在遼は事務所より少し離れた別の商業ビルの屋上にいるという。商業ビル屋上は小さなテーマパークとなって人が結構いるため、猫助も見つかってはいないそうだ。
『そのまま尾行を続けてくれ。俺たちは今から緋音神社へ向かう』
『うい! りょーがそっちに向かったら、すぐ連絡するね!』
『無茶だけはするな。何かあれば即座に離脱するように』
『うい!』
チャットを済ませ、車のエンジンをかける和泉。イズミを隣に、後ろに響を乗せた和泉の車がゆっくりと発進すると、それに合わせて和馬の車も動き出す。
(……考えたくはねえが、遼は今……ジェニーを使って俺らを追いかけているだろうな……)
嫌な考えを思い浮かべながらも、車を走らせる。
それでも、真実は知りたい。1つの欲望を解決するためだけに、黒と白の車は道を走ってゆく……。
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