第?話 はるか、遠くへ


 時は少し遡る。

 和泉達が緋音神社へと向かう直前、彼らが車に乗り込むまでの間。



「……気づかれた、か」



 商業ビルの屋上。様々な大人や子供が歩き向かう中で、遼は小さく呟く。

 何かを見ていた彼の様子は他者から見れば何の変哲もない、ただの一般客の行動にしか見えない。もちろん、眼下に広がるのは九重市の一部だけ。


 だが、彼にとってはその九重市の一部を見ることこそが目的であり……『誰か』を見張るためにここにいる。



「さーて、どうしようかねぇ……。猫助が俺を見張って、和泉と和馬と優夜と響が神社に向かってる、か」



 既に見張られていること、そして彼らのその先の行動を何故か知っている遼は考えを巡らせる。どのように動くのが自分にとって最善であり、最適解なのか。

 ……そして、どう動けば彼らを欺けるのか。ただただ、それだけを考えていた。


 しかしその思考も、別の誰かからの声掛けによって中断。語りかけてきた主――ジェニー・ジューニュに対し声をかけるが、視線はしっかりと前を向いたまま。猫助を欺くために、出来る限り声を小さくして喋り続けた。



『――■、■■■■』


「ん? いいのか? 俺から離れても」


『――■■■。■■■、■■■■■■■■』


「客?」



 姿見えぬ者ジェニーの言葉に耳を傾け、視線を自分の後ろへと向ける。

 そこにいたのは……長月蓮と長月鈴。自身の両親が彼の後ろにいた。



「……マジか」



 焦りが遼の中に広がっていくのがわかる。現場は普通の一般客が訪れる商業ビルの屋上、別に誰と会おうが何ら問題はない。だが今は自分の現在の状況――闇落ち一歩手前の状況を知られてはならないのが、何よりも最優先事項。

 色々と悩む前に、遼は先に声を上げて2人の出方を伺う。もちろん、2人から声をかけられるのも待つことは出来たが、返答の声で判断されるのもまずいと考えてのことだ。



「父さんと母さんも来てたんだ。何、2人もなんか気になる光景があった?」



 普段と変わらぬ笑顔で、普段と変わらぬ口調で、普段と変わらず接する。何ら変わりないはずの行動だと言うのに……蓮も鈴も、その表情は暗いまま。


 ――ああ、知ってる。この表情はもう俺のことを知っている。


 そんな考えが頭の中に広がる。でも、今の遼の事を知っているからと言って彼らが何か出来るわけじゃあない。それは自分がよく知っている。

 だから、必死で、取り繕った。自分が『何も変わっていない』と証明するために。



「いいや。……竜馬君に話を聞いてな。お前の様子がおかしいから、ちょっと見に行ってくれないかって言われて」


「え? 俺の様子? ははは、やだなー。何も変わってないんだけど」


「その割には……1人なのね、遼ちゃん」


「あー、実はひーくん達と別々に捜査してるからさ。オカルト絡みなら、俺とひーくんは別れて探したほうが、ほら、いいじゃん?」



 嘘に、嘘を折り重ねて、自分が自分でなくなっていく感覚が積み重なっていく。目の前にいるのは自分の両親なのに、もう、血の繋がりのない赤の他人のようにしか思えなくなってきている。闇落ち症状の一歩手前、入り込むギリギリのところまで突き進んでしまっているのがよくわかる。

 もう全て洗いざらい話してしまおうか。そう思い悩んだが、自分の中にいる何かが止める。


 目の前にいる人々を巻き込むな、と。



「遼。……お前、やっぱり何か抱えているだろ」


「え、いや」


「遼ちゃん」



 周りは雑踏でうるさいはずなのに、父親の声が、母親の声が耳にしっかりと入り込んできた。雑踏で紛らわしたいのに、どうしても、何やっても、入り込んでくる。

 蓮と鈴の視線が突き刺さって仕方ない。心配している母親と、息子を止めようとする父親の視線。


 踏み込むなと叫びたいけれど、何かが自分の身体を止める。

 行動を起こしたいけれど、何かが自分の呼吸を荒くする。

 視線を逸らそうとしても、何かが自分の眼を固定する。

 言葉を遮ろうにも、何かが自分の動きを制限している。


 制限が重くのしかかる。けれど何か言葉を言わなければ両親は前から去ることはないだろうし、逆に疑いをかけることになってしまう。

 何を言おうか。それを考える前に、既に遼の口からは言葉が漏れ出ていた。



「……もう、戻れないところまで来てるんだよ」



 思わず呟いた言葉に、蓮も鈴も目を見開いた。信じられないという表情が2人の顔に浮かんでいる。否、本当に信じたくなかったのだろう、蓮が掴みかかってきた。



「遼、お前、本当に……!!」


「っ……」



 闇落ちの症状を受ければ、人を愛することも、愛されることも出来なくなる――とは、イズミの言葉。それをしっかりと聞いている2人は、自分の息子がそうなってしまったことに深い悲しみを覚えている。

 蓮の腕は怒りのままに遼の襟を掴んでいたが、次第にその力はゆるく落ちて、最後には離れていった。


 息子がこうなってしまったことに蓮は自身の過去の行いを怨み、鈴は自身の出自を恨んだ。

 でも、それは……。



「大丈夫、父さんと母さんのせいじゃないよ」


「っ……?!」


「遼ちゃん……」



 優しく、いつものように微笑んだ遼。その瞬間だけは、本当にが存在していた。何ら変わりない、和泉達と共に遊んで、笑い合ってる彼の姿が。




 ……そして、彼はゆっくりと歩き出す。

 両親、友人、大好きなもの。全てを放り出して、別の道を歩むと言うように。

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