第6章 探偵、はるか先へと

第40話 緋音神社


 ――歌えや、踊れや、生者達。

 ――舞えや、笑えや、死した者。

 ――音は生も死も関係なく、等しく誰にも訪れる。


 ――緋色に染まったその場所で、歌を歌えば時巡り。

 ――緋色に浮かぶ空を眺めて、世界を嗤え。


 ――ここは既に、死者の国。

 ――緋音の神社へようこそ。



「なーんてのが、緋音神社に昔からある歌なんやて」


「「やめろおおおおぉぉぉ!!!!!」」


「くかかー! やっぱオカルト嫌い2人おると反応おもろいわぁ!」



 緋音神社に向かう道すがら、響が緋音神社に伝わるというオカルト話をあろうことかオカルト嫌いの和泉とイズミしかいない車内で伝えていた。

 緋音神社の情報も大事な情報源の1つだからと和泉が彼に聞いたのが始まりだったが、予想外に怖い話が飛んできたので、もう悲鳴をあげるしかなかった。


 悲鳴の大合唱が前列で起こり、後列ではゲラゲラと笑う響の姿。運転してる和泉は冷静になろうと一旦近くのコンビニで駐車し、呼吸を整えることにした。

 当然、後ろを追いかけていた和馬の車も何があったのかと気になって同じくコンビニに駐車。優夜が車内を覗きに来たところで、和泉が優夜に掴みかかった。



「わ!?」


「優夜!! 今すぐ、今すぐお前と響を交代しろ!! じゃなけりゃ響をそっちの車に乗せろ!!」


「え、え? 何? どうしたの……??」


「こ、こい、こいつ! ひびき! おれと和泉がいるの、わか、わかってて! こわ、こ、こわいはなし!! するなっていわれたのに! に!!」



 子犬がきゃんきゃん鳴くように、和泉とイズミが騒ぎ立てる。イズミに至ってはもう、涙を目一杯溜めている。

 そんな2人をよしよしと慰めながらも、優夜は響に目線をやる。出発前にオカルト話をしないようにと伝えておいたはずなのだが、それでも楽しそうに笑ってる響に呆れ返ったようだ。



「あー……響君」


「いやぁ、どんな反応するか聞きたかってん。りょーくんがおったらもーちょいおもろく脚色してくれるんけど」


「運転に支障が出るからやっちゃ駄目って言ったでしょ」


「やー、和泉君に緋音神社ってどういう場所? って聞かれたから答えただけやで。せやから発起人は俺やのうて、和泉君」


「はぁ……もう。じゃあ僕と響君交代ね。和馬にも言ってくる」



 呆れ返った優夜は白の車に近づき、和馬に一言二言告げる。その後、スマホを見せられた彼は同じように自分のスマホを確認し、響と入れ替わって黒の車内へ。



「イズ君、ネコちゃんから連絡入ってる」


「おう、なんて?」


「蓮おじさんと鈴おばさんが、遼に接触したみたい。何を話しているかまでは聞こえなかったそうだけど、蓮おじさん達はもう気づいてるっぽくて」


「まあ、それが親ってもんだからな……」



 猫助と合流するか悩んでいる和泉はひとまず煙草に火をつけて一服。和馬と響も食事の買い出しに出たため、しばらくは休息をとることに。


 その間にも猫助との連絡を取り続けた。蓮と鈴に会わせようかも悩んだが、合流を目指すならば今は彼らと会話する時間さえも惜しい。出来るだけ早いうちに、近くのコンビニに来るようにと連絡を入れた。



「じゃあ、ネコちゃんが来るまで待つ?」


「そうだな。飯も食ってねぇし、アイツにゃ腹いっぱい……」


「え、買ってくれるの?? やったぁ、いじゅみ太っ腹ー」


「……!!??」



 いつ来るのかと思っていた猫助が、白と黒の車の間にいた。ただそれだけなのだが、異常過ぎる到達速度に思わず息が止まりかけた。イズミも優夜も、同じように驚いてしまっていた。


 何故こんなにも早く到達出来るのか、尋ねる前にイズミが思い出した。

 猫助が神無月勇助――運動神経が異常に発達する力・《傭兵メルセナリオ》の持ち主であるオルチェ・オウトゥブルの息子だと。



「ああ、そういやイズミが初めてこっちに来た日に勇助さんを追いかけたな……アレがそうだったのか」


「俺も本気出さなきゃ追いつけないからな、あれ。……しかし、猫助がなぁ」


「なんか早く走れるーって思ったら、お父ちゃん由来かぁ」


「遼の奴も案外びっくりしてるかもな。俺と響もビビったし」



 買い物を済ませた和馬と響も、いつの間にか来ていた猫助に驚きを隠せなかったのか身体が僅かに跳ねた。なお彼らは猫助の分を買ってないとのことなので、もう少し休憩の時間を伸ばしておいた。


 しばらく食事をしていると、響から連絡が入った。まだ遼に見張られているそうで、コンビニで待機している間にも車を見ているという。

 ここでイズミと和泉が疑問を呈する。響が遼に見張られているとわかるのは、何故なのかと。



「……響ってそこまで視力いいわけじゃないよ、な?」


「ううん。あのメガネはおしゃれ用だから、響君の視力はいいはずだよ。本来メガネを掛けなきゃならないのは遼の方だから、そこは覚えてる」


「え、じゃあマジで見えてるってこと? 遼の姿が?」



 ドアを開け、周囲を確認して回る和泉。しかし近場には遼の姿は何処にも見当たらず、見張られているとわかる範囲を見ても遼の姿はない。一体何処から見張っているのかを響に問うと、少し離れた道路で見ているのだとか。


 あまりにもおかしい視力にイズミと和泉がついにビビる。オカルト由来のなんやかんやが彼に作用して、彼に力を与えているのではないかと。



「ま、まあ、でもほら、僕らみたいに何か力を受け継いだとかあるかもしれないし、ね?」


「いや、でもアイツはお前らと違って異世界の人間の血は混ざってないから、それはないはずだぞ……??」


「うっ。そ、それはー……こう、なんかの壁を乗り越えてきた、とか?」


「あるいは縁が引っ張ってきたとかかねぇ……。和泉、アイツはゲートのあるところに行ったことがあるんだっけ?」


「らしいが、遼ほどの魔力は吸ってないって聞いている。まあ痣を隠すより前に何かを受け取ってたなら、イズミの線もあり得る」


「うーん。となると、十二公爵の誰かの力が流れ込んだ路線か……そうなると絞れん。後回し」



 もぐ、とサンドイッチを口にしながらイズミは考えを辞めた。今は目の前の問題、すなわち遼の問題を解決するのが優先だからと。

 和泉と優夜と猫助もまた、同じく考えを止める。響の視力に関しては特に害になるわけでもないので、この件は別に今考える必要はないだろうと。



 食事を終わらせ、猫助を和馬の車に乗せてから再び2つの車は出発。緋音神社へ真っ直ぐに走らせたどり着く。もうすぐ秋も近いからか、辺りの木々はうっすらと黄色みを帯びた葉を付けて揺れていた。


 駐車場にたどり着いた時、優夜は真っ先に声を上げる。父・神夜の車がある、と。



「なんでまた。……竜馬さんもいる、か?」


「多分な。じゃないと、ジェニーに襲われちまう」


「とにかく、早く行ってみようよ。……僕、父さんに聞かなきゃならないことがあるんだ」


「んなら、急ぐぞ。ジェニーが追いついてたらヤバいしな」



 合流後、すぐに奥へと向かう和泉。嫌な予感が胸の中で広がって消えてくれないからか、焦りが顔ににじんでいる。


 真っ直ぐに鳥居を潜り神社の境内へ入り込むと、ピタリとイズミの足が止まる。何かを感じ取っているのか、わずかに後退りする様子が見て取れた。オカルト的なものではない、また別の何かが彼だけに作用しているのだという。



「……俺らには特に何もないみたいだが……」


「ちょっくら周囲を探索してみる。全員、イズミのそばにいてくれ」



 念の為、《祓魔師エゾルシスタ》の力を持つ和馬が使える力を展開させて周囲を探索。霊的なものがないかの確認をとってみたものの、特にその様なものは見受けられなかったため、何が原因なのかを考えつつイズミの身体を押して先へ進む。

 イズミの身体はまるで石のように重く、動かしづらかった。鎖でも巻き付けられているのかと思うほどに手足は固く、それでも意識だけははっきりしているものだから余計に混乱を招いている。


 ふと、和泉は思い出す。そういえばこの感じは、睦月邸に初めてイズミが訪れたときに似ていないか? と。

 竜馬がここにいてこの場所に結界を張ったというのであれば、イズミが入れないのにも納得がいく。彼の力によって張り巡らされた結界は如何に強力な闇の種族といえども、反抗の意思さえ表すことは出来ずに封殺されるのだから。



「あー、じゃあ竜馬おじちゃんに言ってきたほうがええんかなぁ。このまま押していくのは流石に時間かかるで」


「うにゃー、じゃあ僕ちょっと探してくるよぅ。ここで待っててー」



 そう言って猫助はさっさと竜馬を探しに境内の奥へ。その間にも和泉達でせっせとイズミの身体を押しては進み、階段などに差し掛かれば無理矢理に押し上げて先へと進んでいた。

 その数分後にはイズミの身体が解放される。猫助が竜馬と合流し、彼が認識を変えることでイズミが結界内に滞在することが許されるようになった。それでもオカルトな現場に向かうということで、少々足が引けていたようだが。


 そして猫助と再び合流し、竜馬と神夜のいる境内奥へ。大きな銀杏の木が葉を揺らし、2人を守るかのように大きく構えているのが見える。



「竜馬おじさん、父さん」


「なんだって2人ともここに……」


「妙な気配を感じたのと……ジンがちょいと、不穏なモンを見たって言うんでな。その調査に兼ねてだ。一応遼君の外出もあったし、ここもヤバいかなと」


「ああ、じゃあもしかして結界を張ったから俺の右腕の反応がなくなったのか? ここに妙なもん集めてるってハーヴィーが言ってたんだ」


「おっと……マジか、そうなると隠し場所は何処だろうな」



 周囲を見渡し、物品を隠せるような場所を探す。緋音神社は比較的小さな場所ではあるが、林に囲まれているため隠す場所としてはうってつけ。とは言え、物品のサイズがわからない以上はむやみに散らばらないほうがいいだろうというのが和泉と和馬の考え。この場所では何が起こるかわからない以上、あまり個別に動くのは得策ではない。


 その考えがあったからなのか、遼がこの場所にやってきた時、誰もがその姿を見ることが出来た。――彼の手に握られたぬいぐるみから溢れる、憎悪の力。ジェニー・ジューニュが持つ文月神夜ジェリー・ジューリュへの、憎しみが。

 ぐちゃぐちゃ、どろどろに濁った青くて真っ黒な悪意。神夜の何もかもを憎み、生きることさえも許さないと言った憎しみはジェニーの言葉さえも濁していた。



「……どうやら、果てしない憎悪を僕に向けているようだね、ジェニー」


『■■■■、■■■■■■■■』


「見つけたと言われてもね。僕は、ずっとこの世界にいたんだ。キミに会いたくても、会えなかったんだよ?」


『■■■■、■■■■、■■■■!!』



 ジェニーの言葉は常人には何を言っているのかはわからない。この場で彼の声を聞くことが出来るのは、彼の親族である神夜と、同種族のイズミと、持ち主の遼の3人だけ。それ以外の人間にはただの悲鳴か、あるいは言葉として機能しないほど耳をつんざく叫びだけが聞こえていた。


 そんな中でも、遼は静かにイズミを見ている。まるで彼が目的だと言いたげなその視線は、あまり気分が良いものではないのかイズミも和泉も睨み返す。多少の圧は受け入れると言った様子で2人共遼の出方を見張っていた。



「おいおい、なんだよその目。ホント、気に食わねぇんだよなぁお前ら2人。同じ顔で、同じ動きで、ホント……アイツを思い出す」


「誰の話をしているのかは知らねぇが、ベーゼ、とっととその身体から出ていったらどうだ。それはテメェが軽々しく使っていいような身体じゃねぇんだよ」


「ははっ、そいつは無理な相談だね。コイツが俺との契約をしてくれたんでなぁ」


「…………?」



 イズミは少しだけ、首をかしげる。目の前にいるのが遼の身体を奪ったベーゼ・シュルトであるというのは理解しているのだが……それにしては、人格が代わりすぎていないかと。こっそりとそのことを和泉に伝えると、彼も同様に考え込んだ。

 ベーゼが人格破綻を起こしているのか、遼の外面を取り繕っているのか、あるいはそれがベーゼの本性なのか。いずれにせよ和泉はこの違和感には何かがあると踏んでいた。


 一触即発な雰囲気の中、ゆっくりと優夜が前へ出る。自分の憎悪を喰らい生きた者に向けて……ではなく、己の父に憎悪を向ける者に対して聞きたいことがあるという。



「あなたは……あなたは、父さんと仲良く過ごしていたと聞いてます。それなのに何故、今父さんを恨んでいるんですか!! 恨むなら、最初から恨んでおけばよかったのに!!」


『■は■■■た時■ら、■っと■を恨■■いた■! そ■に■■かせて■■■のは、■■■の■■■! 何も、■■悪く■■!』



 少しだけ、和泉たちにも聞こえる言葉がジェニーから流れ込んでくる。だがノイズのかかったような声では全容を知ることは出来なかったが、なんとなく、最初からジェニーが神夜ジェリーのことを恨んでいたのはわかった。

 それならば、優夜の言うように仲良く過ごしていたというのは嘘になるのだろうか? その疑問を尋ねるべく、竜馬フォルスが前へ出てきた。



「ジェニー、確かにお前とジェリーは国民でさえ仲良しだと知っていた。……だが、もし最初からジェリーを恨んでいたというのなら、あの楽しそうな表情も、嬉しそうな表情も嘘だったというのか?」


「おいおい、ジェニー本人が『恨んでいた』っていうんだ。仲良しこよしも全て嘘に決まってるだろ?」


「黙ってろクソ野郎。今お前にゃ聞いてねぇよ」



 言葉を遮るように、和馬が遼を取り押さえようと動いた。だがその一瞬の合間にジェニーは遼の前へと飛び出し、和馬はジェニーの霊体をすり抜ける。彼の収まりきらない憎悪は和馬の脳を揺さぶり、精神をずたずたに引き裂こうとしてきた。

 和馬が倒れる直前に優夜が和馬の身体を引き寄せ、しっかりと抱きしめて落ち着ける。ヒビが入った精神が崩れてバラバラになる前に、外側に散らばらないように、形を保てるように抑え込んで……睦月和馬という人格がそこにあることを証明した。



「チッ。ジェニーの憎悪を受けて、なおも自分を保てるとは……」


『■■■、■■、■■■■■■■■■■■■?』


「ああ、構わないぜ。こいつら全員、この場で……」



 ベーゼがジェニーに指示しようとしたその時。遼の身体が動かなくなり、目から黒の涙が溢れてくる。それを押さえつけようと必死に手で顔を覆い隠すのだが、その際に遼は自分を取り戻して必死で言葉を紡ぐ。――逃げてくれ、と。



「りょーくん……!!」


「悪い……俺は、どうにも……自由が、効かないか、ら……本殿の、奥に、ゲートを……作って、置いたから……そこから、逃げ……」



 苦しむ遼は必死でベーゼを抑え込もうと、頭を押さえつける。響が思わず手を伸ばしたが、今は彼に手を伸ばしてはならないとイズミが響を止め、本殿への道を竜馬と神夜に問う。今はまだ彼と渡り合うほどの力を有していないということで、離脱を先決させるようだ。


 和泉達は竜馬と神夜の先導を受けながら、本殿へ走る。ゲートの存在を感知できる距離まで近づいてきたのか、イズミも先導する立場へとなって走った。


 内部に入ると、小さいけれど広い本殿が広がる。どこにゲートが存在するかを探していると、レイの声が聞こえてきた。



「みんな、こっちだ!」


「っ、レイさん!?」



 声が聞こえると同時に、全員の身体が少しずつ溶けるように消えてゆく。レイがゲートを広げてくれたためか、ベーゼに追いつかれる前に全員がガルムレイへと飛ばされた。


 これで大丈夫。そう思った矢先、レイは身体に鋭い痛みを覚え、崩れ落ちる。倒れた自分を見下ろす遼に向けて、彼は小さく、名を呼んだ。



「……《死神モルティア》……っ」



 彼の意識は、そこで闇に閉ざされる――。

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