第41話 分断される
「……う……っ」
次に和泉が目を覚ました時、そこはボロボロのベッドの上。
遼の言っていた緋音神社のゲートを通り、ベーゼの魔の手から逃げ切ったことまでは覚えている。その際、色んなメンバーがいたことも。
頭が徐々に覚醒した和泉は自身がベッドの上で寝かされている事実に気がつくと、すぐさま飛び起きて周囲の状況を確認した。
「……あれ……??」
服が着替えさせられている。最初に気づいたのはその点で、次に気づいたのは和泉以外が誰もいない事。複数人が寝ているような部屋ではなく、1人が寝泊まりするような部屋に彼は放り込まれていた。
……そうなると、他のメンバーは何処へ行った? それが気になってしまった和泉はゆっくりと起き上がり、部屋の扉を開ける。
少々古びてはいるが小綺麗な廊下。掃除が隅々まで行き届いているおかげで埃っぽさは全くない。人の手がしっかりと入っている証拠だ。
一体ここはどこなのだろうか。思い悩むうち、奥の扉からイズミがやってくる。どうやら和泉の様子を見に来てくれたようで、出歩けるほどになっている事に少々嬉しそうな声を出した。
「お、起きたか。悪い、服がそれしかなかったらしくて」
「いや、それはいい。ここはどこなんだ?」
「ああ……それについてなんだが……」
バツの悪そうな顔をするイズミは一度部屋に戻ってから話すということで、また元の部屋へと和泉を連れて行く。ソファと椅子に座った後、彼から聞かされたのは『全員バラバラに飛ばされた』という事実だった。
和泉とイズミの現在地点は第六連合国コリオス国。海岸に打ち上げられていたイズミと和泉をギルド『ダブルクロス』のメンバーが見つけたらしく、そのまま宿へと運び込まれた。
イズミはすぐに目を覚ましたのだが、和泉はゲートを通った時の衝撃でしばらく目覚めることがなかったらしく、まる1日は眠っていたのだそうだ。服は流石に濡れていたため着替えさせ、今は洗って干してくれている。
「他のメンバーが何処にいるのかはわかるか?」
「和馬、優夜、猫助がディロス、竜馬と神夜がアンダスト、響がロウンにいるそうだ。それぞれ、明後日行われる領主会議の際にロウンに連れてくるってよ」
「そうか。……いや、ホッとしている暇はないんだよな。どうにか向こうに戻って、遼を探さないと」
「いや、それには及ばない。……どうやら遼の奴はこっちに来ているらしい」
「マジか。……なんでわかったんだ?」
「あー……まあ、ベーゼの探知が出来る奴が、ギルド『ダブルクロス』にはいるんだ。そいつ曰く、俺達がこっちに飛ばされた数時間後に来たらしい」
持ち込んだタバコに火を付けて、ゆっくりと煙を吸い込むイズミ。遼の目的、ベーゼの目的がわからない以上、合流を急ぐべきだと彼は言うのだが……現在、ギルドマスターと領主との間でどう動くかの判断が二分しているそうだ。
領主としては闇の種族の最上級眷属であるイズミが乗船する以上、彼に海に住まう闇の種族を治めてもらえば早い段階でたどり着けるのではないかという考え。船の損傷を少なくし、更には闇の種族たちに敵意がないことを知らせることが可能なので、イズミと和泉の乗船を許可したいという。
しかしギルドマスター側としては、明後日に控えた領主会議に向かうために人数が許容出来る船を準備する時間が無いというのと、王族であるイズミが乗った場合彼を守る必要まで出てしまい、異世界人である和泉を保護しながらとなれば更に手間が増えるということで別行動を取るほうが良いのではないかという意見が出ているとのこと。
「そうか、お前一応王族なんだったな……」
「何だよその『今明かされた衝撃の事実』みたいな顔。継承権は捨ててるけど、王族である権利は捨ててねぇからな?」
「いや……流石にその格好を見て王族だって判断できるやつはいねぇだろ……」
イズミの衣装は上半身半裸なところに、黒のレザーベストとレザーズボンという誰がどう聞いても王族とは程遠い衣装。アルムも大概簡素な衣装ではあったが、イズミの場合はもう王族という権利さえも捨ててるんじゃないかと言いたいレベル。でも和泉は一応そのことについては口を噤んでおいた。言ったら地雷を踏むような気がしたからだ。
ともあれ、現在の状況を鑑みて和泉は結論を導き出す。領主の言い分もギルドマスターの言い分も間違っていない故に、両者の話をもう一度聞いてみようと思い立ったようで、イズミに2人に会えないか聞いてみた。
「領主さんとギルドマスターさんに話を聞くことは?」
「出来るが……ギルドマスターの方は後回しにしとけ。アイツにお前が捕まったら、一日中その右肩の傷でこねくり回されるぞ」
「えぇ……なんで……??」
「ギルドマスターの方は相当の傷マニアでな。銃弾の傷なんてのはこの世界じゃ珍しいから、もうはしゃぎまくってたのなんの。お前から話も聞きたいっつってたぞ」
「うわぁ……マジか。それなら領主さんの方に先に話を聞きに行きたい」
「オッケー、ヒューバートに連絡入れてくる。お前は飯貰ってこい」
そう言うとイズミは食堂の場所に案内し、そのまま外へ。宿の主人が用意してくれた温かい食事を口にした和泉は、現在の状況をもう一度整理する。
まず、散り散りになってしまった件については遼のゲートの作成方法になんらかのミスが生じていた可能性があると当たりをつけた。彼はレイのようにゲートの作成を出来る人物と言っても、その作り方までは完全に習得できていない。ベーゼから話を聞いた程度での作成では失敗もありえるのだろうと。
ただ、気になるのは本来のゲートの行き先。現在ばらばらになってしまったメンバーの居場所の中に本来の行き先があったかもしれないと思うと、今ロウンに集まるのはもしかしたら早計ではないかと。
(とはいえ、遼本人の目的がわからん以上は皆を連れてきてもらうのが1番なんだよな。竜馬さんや神夜さんは特に、昔の影響とかも出てきてそうだし……)
胃を満たしながらも考えるのは、過去この世界にいたという睦月竜馬と文月神夜の状況。もし彼らが影響を受けてしまうのならば、時間の流れによって何かしらの悪影響が出ているかもしれないと考えてしまう。
九重市では40年でも、ガルムレイでは2万年という遥か長い時間が既に過ぎている。既に他人として扱われていてもおかしくないが、万が一ということもあるわけで。
食事を終わらせた和泉は再び部屋に戻り、荷物のチェック。持ってきているスマホは電源が落とされつくことはなく、煙草の本数もそこまで多くはない。あとは財布や免許証が無事なのを確認すると、自分が眠っていたベッドに座り込む。
(……そういや、何処で話するんだろ。領主さんだし、やっぱ官邸なのかなー……俺あの雰囲気ちょっと苦手なんだよなぁ……)
今だから言える事実。ロウンの領主官邸の雰囲気とは違うと思うが、でもやっぱり格式高い場所というのは少々苦手な和泉。御影会や七星組といった組織の屋敷も苦手なので、出来たらもっと気軽に話せる場所がいいな、と考えていた。
だが無慈悲にもイズミから持ち込まれたのは、領主官邸での会話。やっぱりそうなるよなとため息を付いたのだが、和泉が現代人故に不慣れであることを知っているイズミは少々場所を変えてくれるという。
「何処に?」
「まー、ノエルの部屋かな。アイツの部屋、領主官邸だっていうのにそれっぽくねえし。なんなら一般家庭並だぞ」
「ノエル……?」
「ああ、領主ヒューバートの弟な。兄であるヒューバートの守護騎士を務めてるから、一緒に官邸に住んでるんだ。俺と同じ」
「ふぅん……?」
この世界の国システムにはあまり詳しくない和泉は軽い返事を返し、出かける準備をする。宿の主人に礼を述べた後に外へ出てみれば、薄ら寒い風が入り込んできた。季節で言えば夏と秋の中間、涼しい風が入り込んでくるのに太陽は夏の暑さを残している。
なんとも不可思議な季節だと思いながらも、イズミの後ろをついていく和泉。道中、街の人々が自分を見ては驚いている様子が伺えたが、イズミと同じ顔故にそう驚かれているとわかったため、何も言わずにただついていくだけに徹した。
コリオス国・領主官邸。
この世界では一般的に領主官邸は敵襲が起きる場合に備えて騎士団宿舎に配置される場合が多いのだが、コリオスの領主官邸はまた違う。ギルド『ダブルクロス』の支部の隣に併設されており、騎士団宿舎を遠い位置に配置しているのが特徴だ。
というのも、領主であるヒューバート・アルヴィン・ウィンターズが『守るのは街の安全から』という思想の持ち主のため、騎士団宿舎を複数箇所に配備することで安全を保持し、領主の安全よりも人々の安全という志のもと騎士を育てている。
そんなヒューバートは青と灰のグラデーションカラーの髪を持った、とても優しそうな男。和泉が見ても、かなりの切れものであることを推察しているようで。
「やあ、ジャック。いらっしゃい」
「ん。ノエルの部屋でいいんだよな?」
「ああ、そうだね。そちらの外界人の方が楽にできるようにね」
「ノエルは?」
「部屋の片付け中だと思う。もう少ししたら……あ、ほら来た」
ヒューバートの視線の先に、赤と灰のグラデーションカラーの髪を持つ男が現れたのだが……和泉はその顔を見て、固まった。
というのも、多少可愛らしさが強めではあるが、その顔は自分やイズミにそっくりなのだ。アルムが来た時に言っていた自分と同じ顔の持ち主が彼であるという情報がなければ、ここで叫んでいたかもしれない。
少々心を落ち着けさせて、改めて自己紹介をする和泉。ジャック・ノエル・ウィンターズと名乗った青年は少し人見知りなところがあるのか、自己紹介を終えると兄の後ろにゆっくりと隠れていった。
「……ノエル、お客様の前でそれは失礼だと言ってるだろう?」
「う、えっと、あの……やっぱりその、初めての人を前にするのは、ちょっと怖いと言うか……」
「はぁ……すまないね、和泉君。この子、騎士だけどこんな調子なんだ」
「は、はあ。いや、別にいいんすけど……顔が怖いからって避けられることあるし」
「あっ、えっと、顔が怖いとかじゃなくて! 顔が怖いのはフォンテとジャック君のほうがめっちゃ怖いから!!」
「あ"?」
「ぴえっ!! そういうところだよぉ!!」
イズミの睨みに対し、ノエルは慌ててヒューバートの後ろに隠れる。騎士同士よく会うとは言え、イズミの強面に対してはあまり慣れている様子ではなさそうだ。
部屋に入った後、ヒューバートは逃さないと言った様子でノエルを待機させる。というのも、これから先は領主であるヒューバートが動けない代わりにノエルが和泉達を支援することになるため、らしい。
イズミの隣に座らされたノエルは身体が小刻みに震えている。慣れてない他者――和泉との会話もそうだが、強面なイズミの隣に座るというのもなかなかビビリには難しいようで。
「……イズミ、場所代わるか? たぶん、俺が隣の方が良いと思うんだけど……」
「いいや、このままでいい。コイツには慣れさせる必要があるからな。俺を」
「ぴぎぃ!! ジャック君が怖いよー!!」
「まあ、ノエルの人見知りを治して貰う必要があるし、そのままでいいかな。ということで、お話続けようか」
「兄貴のバカー!!」
ノエルの泣き叫びを軽く笑って流したヒューバートは今回の件について、と題を置いてから和泉との会話を開始した。共に和泉とイズミを連れて行くことでイズミに海に住む闇の種族を鎮めさせ、損傷を少なくしたいというのが領主ヒューバートの提案について和泉はいくつかの質問をヒューバートに提示した。
闇の種族という存在についてはまだわからないことばかり故、彼が闇の種族を鎮めることが出来ることは知らない和泉。それを行っている間、彼の身動きが取れるのかどうか、また海賊といった悪漢の類などはいるのかどうかと言った疑問点を次々に述べていく。
それらに対しヒューバートは少々考え込んだ。和泉は『イズミに鎮めてもらっている間は身動きが取れない』という点を気にしていたのだが、まさにそれは的中。イズミが闇の種族と会話している間は彼は身動きは取れず、海賊等の外敵がやってきた場合は闇の種族が敵に回らないように彼に制して貰う必要があるという。
「だから、俺はフォンテの言い分もわかっているんだ。船の許容人数がギリギリだから、闇の種族以外との敵の戦闘になったらかなりやばくって」
「じゃあ、船を2つに分けることは……?」
「今回は民間船借りちゃったからねえ……もう1台となると、ちょっと予算的に厳しいかな……」
「あー……。そうなると、俺とイズミは普通の船とかで向かったほうが良くないですか?」
「いやぁ、それがね……アルムちゃんに一緒に連れてくるねーって言っちゃったから、連れて行かないと俺の首が物理的に飛ぶ」
「なんでそんな軽々しく約束したんです?? あと物理的って」
「いやぁ……レディからのお願いごとは断れない質なんでね、俺」
ははは、と軽く笑ったヒューバートの様子に対して和泉は気づいた。この男、見た目からして切れ者っぽく見えるが、中身は比類なき女好きでどうしようもない男なのだと。
ちらりとノエルに視線を向けると、肝心のノエルはごめんね、という申し訳無さそうな顔を浮かべている。どうやら普段からこういった女性からの頼みを断れずに問題を引き起こすことが多くあるようで、騎士であり弟であるノエルでも止められない事が多いようだ。
さて、そうなるとどうしたものかと考える和泉。船の許容人数がギリギリな以上、ギルドマスターの男の意見の方が正しいようにも思えてくる。ヒューバートといくつかのやり取りを交わして、どちらを採用するかは和泉に委ねるとのことで今日のところは引き下がることになった。
玄関でノエルと会話を交わし、外へ出ようとしたその時。扉が開かれ男が入ってきた。
「と、客人がいたのか」
「フォンテ!」
「……!?」
フォンテと呼ばれた男の顔を見る和泉は、またしても焦りの表情に満ちた。
言わずもがな、その男もイズミや自分と全く同じ顔をしている。髪の色や目の色に大きな違いはあれど、顔つきは全く同じ。驚いて声が出なくなっていると、ノエルがこっそりと彼について教えてくれた。
彼の名はフォンテ・アル・フェブル。ギルド『ダブルクロス』のリーダーで、ノエルとは兄弟同然に育った男。半裸にシースルー1枚という薄着だが、その身体に傷をつけて帰ってきたことはないと断言できるほどの実力者だそうだ。
実際、彼の身体は鍛え上げられた肉体は目にするものの、傷は何処にも見当たらない。一般人である和泉でもその様相ははっきりとわかるもので、じっとフォンテを見つめてしまっていた。そのせいか、視線の主である和泉にフォンテは話しかけてくる。
「お、お前起きたのか。傷は大丈夫か?」
「ん……ああ。古傷は痛むことはないし、大丈夫だ」
「そうか。と、ヒュー、悪いけどちょっと来てくれ。港の方で面倒事」
「その面倒事はお前で解決できないのか? ……もしかして、今日ジャン君もアマベル君もレオ君もハルマーニ君もいないとかいうオチ?」
「そのまさかだ。カサドルしかいねぇから交渉役が誰もいねぇ」
「あちゃー……」
ぺち、と目を覆い隠すように手を当てたヒューバート。どうやらギルド『ダブルクロス』のメンバーは現在別の仕事に出向いているそうで、お鉢がヒューバートに回ってきたのだそうだ。フォンテはそういうことはだいたい彼の仕事だからと言って笑っているが、ノエルが顔を引きつらせて笑っていることから、和泉はこれはダメだなと感じたという。
そこで、和泉は自分から進んで交渉役に名乗り出た。ヒューバートという領主を危険に晒すわけにも行かないし、なによりフォンテと会話する必要があったため、それを終わらせないとフォンテは解放されないだろうからと。
「探偵稼業やってるから、その手の交渉事は任せてほしい」
「おっ、そうか。じゃあ手伝ってもらおうかな。ジャック、こいつ借りてくぜ」
「借りてくぜ、じゃねえんだわ。俺も行くに決まってんだろ」
「は? 何も出来ねぇ王族サマは黙って待ってろってんだ。そんな危ない橋渡るわけじゃあるめぇし」
「コイツの護衛として隣にいるだけだ、文句あっかクソ野郎」
どうやらイズミとフォンテの様子を見ると、彼らは犬猿の仲のようだ。王族とギルドマスターという立場上、何度も衝突を繰り返してきた故の関係性なのだろう、和泉も少々引いている。ノエルに至っては、いつものことだ、と済ませていたが。
ともあれ、和泉はまず港で起きている面倒事を終わらせるため、フォンテについていく。その際、世界情勢などについては知らない事が多いため、イズミとノエルも一緒についていくことになった。
こうして、和泉の長い異世界での暮らしが始まりを告げた――。
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