第42話 面倒事は毎度のこと
コリオスの港。今現在、ちょっとした面倒事が起きているとのことで領主ヒューバートが呼ばれたが、彼は別の仕事で手が離せないので和泉が代理人として交渉役を務めることとなった。
しかし、現地から少し離れたところで和泉は足を止め、問題事に向けて指をさしながらフォンテへと1つ問いかける。
「……なあ、フォンテ?」
「なんだ」
「……面倒事って、アレ?」
「そうだが」
和泉が指さした先にあったのは、海に引きずりあげられた人以上に巨大な魚がびちびちと跳ねてる様相。どう見ても交渉関係ではないし、むしろこれは漁師の役割では? と首を傾げていた。
フォンテがヒューバートに頼もうとしていたのは、この魚の所有権が漁船と領主どちらにあるかという話をするため。定められた所有権の裁定が少々難儀なことになっているのだそうだ。
だがびちびちと跳ねている魚はピタリと動きを止めると、イズミと和泉に向けて声を上げてきた。頭の中に響いてくる声は魚から聞こえているのかと思ったが、どうやらそうではないようで。
『たーすけてー!』
「えっ。……喋った!?」
ピクリとも動かなくなった巨大魚は、相変わらず助けてと連呼している。助けてという以上は海に戻してあげるべきなのではと和泉は考えていた。
だがイズミが巨大魚に近づいて右腕で魚の肌に触れていると、中に何かがいる事が判明した。大方、食われてしまって逃げ場を失ったのが答えだろう。
「あー……わかった、これ腹の中に闇の種族がいるな? 種族がなにかわからんが……この魚、捌いたほうが良さそう」
「おっと、マジか。ちょっと待て、許可もらってくる」
「え、許可ないとダメなのかこの国。めんどくさ」
「海無し国に住んでる王族サマにはわからんだろうよ。ノエル、ヒューに連絡入れてくれ。俺はおやっさんに連絡入れてくる」
「ん、わかった」
この国では基本的に、一般人が魚を捌くことは決して無い。魚介類も豊富で海の幸が定番なのがコリオスという国なのだが、海で過ごす闇の種族がどの国に比べても多く、今のように魚に食われる闇の種族が多いため危険性が非常に高い。
そのため漁業ギルドだったり、フォンテのような国から公認を受けている公式ギルドの人間でなければ捌くことは出来ず、また巨大魚となれば場所の申請も行う必要があるために許可が必要なのだ。
フォンテとノエルで二手に分かれて連絡を入れる間、イズミはどの辺りに飲み込まれた闇の種族がいるかの確認を取る。その合間に和泉は周辺の人々に聞き込みを済ませ、この魚が突然陸に飛び上がってきたという証言を引き出しておいた。
「許可がないと魚が食えないって不便だな……」
「だが、アンダストに比べれば良いほうだ。あっちでは生魚なんて食えないし、せいぜい燻製か塩漬けか、氷漬けのものを食うしかないからな」
「そう思うと、お前の国って不便なんだな。魚好きがそっちに迷い込んだら可哀想なほどに」
「俺にとっては魚なんてもんは高級食材だからなぁ……。食べることが出来たのは、アルムに会うときだけだったわ」
「マジかぁ……」
2人が戻ってくるまで何もすることがない和泉とイズミは巨大魚が横たわる側で適当に休憩を取り、それぞれの持つ情報を交換しておいた。とは言っても、あらかたの情報交換は済んでいるため、世界の細々とした常識などの話をしていたが。
ガルムレイでは常識的なことが九重市では非常識だったり、逆に九重市では常識的なことがガルムレイでは非常識だったり。世界が違えば常識も違うのだと、再び身に沁みたようだ。
やがてフォンテが戻り、ノエルが戻る。両者の許可をきっちりと得たとの事なので、イズミとフォンテの剣術で巨大魚を捌いた。
身は厚く、程よい脂がのっていて目にするだけでこれは美味いだろうと考える和泉。すぐさま切り分けると漁業ギルドによって丁寧に梱包され、加工場まで持って行かれた。
そして次に内蔵の処理へ。まずは囚われた闇の種族を救出し、それから改めて処理を施した。
「どう? ジャック君、助けられた?」
「ああ。……なんでか、いつもロウンの領主官邸にいるプチスライムがな」
ひょいっと持ち上げたその身体は和泉も見たことがある。初めてガルムレイに来た時にイズミと勘違いして着いてきたあの小さなスライムだ。言葉は発したことはなかったはずだが、巨大魚に喰われた影響で危機を脱出しようと進化した可能性が高い。
しかしイズミ曰く、普段は領主官邸の周りをウロウロする程度で海には近づかない子だそうだ。何か特別な事情があったのかと聞いてみるが、プチスライムは口を割らない。
「変だな……俺の言うことはだいたい何でも聞いてくれるんだが」
「ロウンの外に出ちゃって、怖い思いもしちゃったからかな?」
「どうだろうな。ともかく、急いで匿わないと面倒事が起きる」
「どういうことだ?」
「このコリオスではな、闇の種族を助けるなんて御法度だからだよ」
そう呟いたイズミだったが、途端に眉間に皺を寄せた。見つかって欲しくないヤツらに見つかったと言わんばかりに舌打ちすると、和泉にプチスライムを預けてその姿を隠すように前へ出た。
やってきたのは騎士。それも、ヒューバートの動かす騎士ではなく、コリオスの国にのみ住まう貴族達が持つ騎士で、彼らは闇の種族が出たという通報を聞きつけて港に来たようだ。
なお彼らが来た瞬間、フォンテも和泉の後ろに隠れる。ギルドと貴族は仲が悪いようで、イズミが察してくれてフォンテも後ろへ追いやった。
しかしイズミは闇の種族であるため、王族であるが貴族院とは仲が悪い。そこで貴族騎士達とイズミが衝突しないようにノエルが彼らの話を聞くことに。
「失礼、通報があったようですが」
「ああ、それならもう終わったよ。キミ達がどうこうする暇はないよ」
「しかし、ジャック・アルファードの存在が」
「彼は無害だってこと、何回言えばわかるんだい? これ以上難癖をつけるようであれば、貴族院は国……いや、世界に反抗すると見なすけど」
鋭く言い放つノエルの雰囲気に気圧された貴族騎士達。国のみならず、世界を敵に回すという発言に彼らは自分たちだけで判断してはまずいという考えに至ったのだろう、そのまま潔く身を引いた。
去り際にはイズミや闇の種族に対する悪辣な台詞を吐いてもいたが、いつもの事だ、とイズミは気にする様子はない。
「ノエル、悪いな」
「ううん。キミが悪くないのは知ってるし、何より……」
ちらりとノエルの視線が街の人々に向けられる。彼らの視線はイズミに向けられているが、その目の輝きは恐れを抱いておらず、むしろ興味本位な視線を向けていた。
本来であればガルムレイに住む全ての人間が嫌悪する存在、闇の種族最上級眷属ジャック・アルファード。それが今目の前にいるというだけで恐怖に打ち震えてもおかしくないはずなのだが、コリオスの人々は昔から探究熱心で知りたがりなところがあるようで、逆にイズミを研究したいという視線が多かった。
思わずその視線から目を背けたノエルは苦笑を浮かべつつも、イズミに軽く注意。その表情は和泉でさえもなんとなく同じ気持ちになったようだ。
「……まあ、捕まらないようにね?」
「極力和泉と行動する。……で、プチスライムをどこに連れていこうかね」
「フォンテに話も聞きたいし、どこか安全な場所を取れるといいんだが」
「それならうちのギルド本部だな。アマベルもいるし、そいつが口を割らない理由もわかるんじゃないか?」
「あーそうか、スライム系はアイツの管轄か。ならアイツに任せた方がいいな」
「今はまだ留守にしているが、カサドルがいるし会話ぐらいならなんとかなるだろう。もう夜も遅いし、飯はギルドで食うか」
「えーと、じゃあ俺は……」
「お前もギルドで飯」
「うえぇ……緊張するんだから勘弁してよぉ……」
ノエルをズルズルと引きずり、フォンテは和泉達をギルド本部へと案内した。少しだけ古びた外見の平屋構造の建物だが、中に入ってみると意外と綺麗なもので。
フォンテはすぐにギルドマスターの部屋、つまりは自分の部屋に和泉達を案内すると、少し待っていろと告げてから部屋を出ていく。現在、フォンテの部屋にいるのは和泉、イズミ、ノエルとプチスライムだけだったので、今のうちにプチスライムと話をしてみようと声をかけてみた。
「え、ええと、俺の言葉ってわかるのかな……?」
「闇の種族は人間の言葉ならわかるぞ。まあ、生まれたばかりの最下級とかだと難しいが、コイツはもう何年もロウンで人間と遊んでるから言葉は理解してるはずだ」
「それに、さっき俺とイズミには声が聞こえたから言葉を発するようになってるのは間違いないはずだ。頑なに口を閉ざしている理由はわからないけど……」
「まあ……コリオスの貴族の話ぐらいはロウンの人々から聞いたっていう可能性はあるんだよな。ロウン国民とコリオス貴族の考えは水と油だから、向こうの人からすると最悪な印象しか持たねえだろうし」
「まあねえ……。ええと、どうしよう。ご飯とか食べるかな?」
「プチスライムは草食だから、サラダとかなら食べるぞ。あ、でも確かこいつはレタス嫌い」
「そっか。じゃあええと……」
フォンテの机にあったメモを借り、ノエルはさらさらとメモを取る。どんな食事なら大丈夫で、どんな食事なら危険かを細かに書き記し、夕食はきちんとしたものを届けてあげたいと願っていた。
そんなノエルの様相にプチスライムは首を傾げていた。まるで、コリオスに住んでいる人なのにどうしてこうも優しくしてくれるのだろう、と言いたげな表情だ。
どうやらプチスライムは少し誤解をしていたようで、コリオスの貴族が悪い……ではなく、コリオスに住まう人々全体が悪いという印象を与えられていたようだ。故に口を割らなかったのは、コリオスの住民であるノエルやフォンテがいたため、喋ってはいけないと勘違いを引き起こしていた様子。
「あー……まあ、プチスライムの理解力なら仕方ないか」
「ま、まあでも、俺やフォンテは悪者じゃないってわかってくれたならいいかな?」
「お人好しだよなぁ本当に。……で、何があった?」
ぷよぷよとした丸い身体はイズミにあれたこれやを伝えようと必死で色々と喋る。その中でも1番の出来事と言えば、別国の闇の種族がロウンに上陸した話だ。
エスケンガルド方面がおかしな事になっていて、そこから逃げてきたであろう闇の種族達が数匹ほどロウンで大暴れしたという。ここ数日、アルムやガルヴァスがそれを止めるために必死の活動を続けているそうだ。
プチスライムは命からがら、既の所で襲撃から逃げ切ったものの、そのまんまるとしたぷよぷよボディは急ブレーキをかけられずに海まで真っ逆さまに落ちてしまったのが真相らしい。
幸か不幸か、スライムの特性上食われても平気な身体だったのと、現在の海流がコリオス国に向いていたため巨大魚に食われても食われていなくてもイズミに合流できたところは運が良かったと言える。
「エスケンガルド方面か……。となると、そこに遼が来た可能性はあるな」
「そうなると全員集合後に向かう形になるか?」
「だな。ただ、海流の関係で行くのに時間がかかるのが痛いところだ」
「そっか、一旦ロウンで集合するんだっけ。じゃあレイオスガルム方面に向かってからじゃないと行けないね」
「結構痛いんだよな……。海流変わるのっていつだ?」
「えーと……」
フォンテの机に立てかけてあったカレンダーを片手に、ノエルは思案する。現在のガルムレイは冬の月の始まり……九重市で言えば12月の初週に値するそうで、海流の流れが変わったばかり。次は春の月にならなければ変わらないため、強行突破でエスケンガルドに向かう必要があるな、とイズミは納得した。
が、まずはロウンへ向かう船にどう乗ってやろうかと画策。フォンテの言い分は『和泉とイズミは別行動』の方向に向かっており、和泉もヒューバートの話を聞いた後ではフォンテの言い分のほうが正しいのではないかという思考に傾いている。
……そう考えるも束の間で、フォンテが戻ってこないので何があったのかと首を傾げた。自身がマスターを務めるギルド本部で迷うなんてことはないだろうし、何かトラブルが発生したのかもと。
「遅いな、フォンテのやつ。何処行ったんだ?」
「そういえば、カサドル君しかいないって言ってたね。……ご飯食べさせてるのかな?」
「だったら俺らも呼べばいいだろうに……。ノエル、呼んできてくれないか?」
「ん、いいよ。キミ達はここで待っててね」
快く承諾したノエルが部屋を出ようとすると、プチスライムも一緒に部屋を出ようと着いていく。それに気づいたノエルがお留守番だよ、と優しく諭すとプチスライムは大人しくイズミのもとへ戻ったが、あれ? と言いたそうな表情でイズミと和泉を交互に見つめていた。
和泉はその様子に少々不可思議な考えが浮かんでいた。もしかしてプチスライムはイズミと判断する要素をあまり掴めていないのではないのかもしれない、と。
「さすがに闇の種族だから魔力で判断してると思うが」
「いや、前に調査したら俺とお前は全く同じの有り得ない構成って言われただろ? だからそれで判断出来てないのは確実だなと」
「……ってことは今ノエルに着いてったのは」
「彼も俺たちと同じ……って可能性はあるんじゃないかな、と」
「あー……ってことはコイツには俺を俺だと認識させる手段が必要になるか……」
「その辺は出来るのか?」
「最下級だからなー、スライム系統は。知能的に難しいかもしれん」
「というか、どこまであるんだよ闇の種族って」
「ん、そのへんも教えとくか」
フォンテとノエルが戻るまでに、イズミは闇の種族についての情報を語る。
最下級に始まり最上級までが存在し、現在最上級眷属としてガルムレイに名を馳せているのはジャック・アルファードとジェニー・ジューニュ、そしてアマベル・ライジュのみ。
最古の闇の種族はアマベルだとか、ジェニーだとか、ベーゼだとか議論されているらしいが、闇の種族の誕生の経緯からしてベーゼとジェニーが最古であるのは間違いないのだそうだ。
「え、じゃあお前は最上級眷属って言っても新参なのか」
「まあ、まだ15年ぐらいだからな。最古のベーゼとジェニーは2万年だし、アマベルはそもそも存在が謎」
「……それよりもっと古くからいるやつはいない、んだよな?」
「そうだな、俺の知る限りでは。歴史書でも2万年前にベーゼが誕生し、ジェニーが活発化させたみたいな話になってる」
「その他に最上級眷属は?」
「前は俺の兄貴がなってたが、今は認定取り消しがあった。……兄貴の場合は救いがあってよかったよ、ホント」
ふう、とため息を付いたイズミは虚空を見上げて、少しだけ目を閉じる。兄が認定取り消しを受けたことを喜ぶべきなのだろうが、イズミの表情はあまり晴れやかではない。
それについて和泉が言えることは、何もなかった。彼のことを知り尽くしているわけでもなく、知り合って間もない自分があれこれ言うのは何か違うような気がしたそうで。
「……遅いな、フォンテとノエル」
「なー。……まあもう少し待ってみるかぁ……」
ギルドマスターの一室で、ただゆっくり。
和泉もイズミも、時間の流れに身を任せていた。
如月和泉の探偵備忘録 御影イズミ @mikageizumi
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