第16話 夏の思い出。


 とある日の夜。

 睦月邸では、普段通りの日常が続いていた。


 夕食を食べ終えてから、全員でボードゲームで遊ぶ。

 今日はトランプでポーカーをしているのだが、アルムの引きの強さに皆それぞれが驚いている。もちろん、引いている本人も。


 そんな中で今日は何やらショッピングモールが少し楽しそうだったと、アルムは和馬と優夜に楽しく報告する。

 九重市の花火祭り──市で行われるお祭りの宣伝ポスターが所々に貼られており、店もほとんどが花火祭りに関する商品で溢れていたそうだ。

 アルムはその時に金魚の形をした寒天菓子を購入しており、みんなで分けて食べていた。



「にゃー、今年こそは花火が上げられるといいねー」


「せやなぁ。去年は大雨で中止になってしもて、お祭りどころやなかったもんねぇ」


「今年は快晴だって言ってたし、いつものところで花火見れそうだな」


「はなび……」



 花火とはなんだろう。

 名前を聞いただけでは、アルムもよくわかっていない。一緒に買い物に来てくれた遼が簡単には説明してくれたが、見たことも無いものなので想像がつかない。

 一応ポスターを眺めてはいたが、ポスターに描かれていた絵も簡素なもの。花火のイメージはあるが、アルムにとっては判断材料とはなり得ないようだ。



「アルム、花火を知らないのか?」


「あたしの世界では見たことも無いですねぇ。話も聞いたことはありません」


「それなら、いい思い出になるじゃねぇか。夏の風物詩って言われるぐらいだから、よく目に焼き付けとけ」


「はぁーい」



 楽しみだなぁ、と軽く口にするアルム。しかし花火祭りまでは日数が長く、待ちきれないというのも本音の様子。

 今日の日付を確認しては、花火祭りまでの日数をカレンダーで指差して確認し、落胆する様子が見えた。


 彼女のそんな様子を見た猫助は、どうにかしてあげたいなぁと思い立ち、閃いた!と言ってはすぐに出かけて行く。

 先にポーカーを抜けた猫助以外は誰もついていかなかったので、猫助が出て行ったあとの扉を4人で凝視している。



「……ネコの奴、花火買ってくるつもりだぞ、和馬」


「はー……、外にいる親父にも絶対伝えてる……」


「え、えーと、どうしようか? 流石に和馬の家は花壇もあるし出来ないよねぇ……」


「アカン、もう俺はネコ君が『かじゅ達のじーちゃんち行こー!』言うのしか思い浮かばへんわ……」


「???」



 アルム以外、これから起こることがわかりきっているようで。

 猫助はアルムが待ちきれないのを理由に、手持ち花火を買いに行ったのだと説明。手持ち花火がどういうのかもわからないので、アルムは更にそわそわしてしまった。

 逆効果だったかと頭を抱える和馬に対し、優夜はたしなめた。



「ま、まあ、ほら。僕らも手持ち花火で遊んだのは小学生ぐらいまでだったし。この機会にやるのもいいと思うけどなぁ」


「んなこと言うけど、どこでやるんだよ。響の言うようにじいちゃんちしか思い浮かばねぇよ、俺」


「え、えーと、僕んち……は、父さんがダメって言うだろうな。遼の家はー……」


「俺んちはマンション」


「あぅ。響君は……」


「いやぁ、俺んちでやるならじいちゃんちに行けって言われそう」


「あ、あはは……」



 これは今から出かける準備するべきか……そう悩んだ優夜のスマホに一通のメールが入る。

 差出人は父である文月神夜。なんてことはない、出先で大量に花火を買う猫助と出会ったので、これからどうするのかを尋ねるメールだ。



「……。」



 彼のもとへ父親からのメールが届くのは、今に始まったことではない。

 今回は特に、ただの偶然だ。だからこそ余計なお世話だと返したかったのだが、文章を入力中にもう一通、神夜からのメールが届く。



「……え?」


「ん? どうした、優夜」


「え、いや、あの……」



 困惑している優夜に、遼がスマホを覗き見る。そこにはたった一言だけ、『うちで花火やっていいよ』とだけ書かれていた。


 もちろん優夜は和馬の家も、遼の家も、猫助の家も、響の家も使えないとは伝えていない。それなのに、まるで知っていたかのようにこの返信を送り届けてきた。

 優夜はその様子に若干の恐怖を覚えるが、それよりも先に遼の声が上がった。



「おっ、優夜んちでやっていいってさ!」


「おー、ホンマに? でもゆーや君、ええの?」


「う。それを聞かれると、ちょっと答えづらい……」



 響のその言葉に、思わずたじろいでしまう。

 しかし、せっかく仲直りしようと足を踏み出したところなのに、父の好意を受け取らないわけには行かないと判断した優夜。

 和馬が自分のそばにいることを条件に、文月家へ行くことを父に伝えた。


 アルムもアルムで、その様子を見たときは少しハラハラしていたようだが、決心したのを見てホッとした様子。



「そんじゃ、今から行くかァ……あ、和泉と和葉ちゃんにも連絡入れとけ」


「はいはい。それじゃあ僕んちに現地集合させるね」


「多分、サライ君と砕牙君も来るやろ。休み言うてたし」


「あー、じゃあバケツは多めにしといたほうがいいな。特にあの2人、花火やったことなさそう」


「有り得る……」



 神妙な顔をしてバケツなどの必要道具を用意する4人。

 アルムには彼らが何故その道具を準備しているのかがよくわからなかったが、とにかくこれから花火が始まるのだと思うとワクワクが止まらない。


 再び優夜にメール通知。今度は和泉と和葉からで、響の予想通りにサライと砕牙も連れてくるとのこと。

 また、猫助だけでは購入も大変だろうからといくつかの花火も購入してくるとの連絡が入った。この連絡にはアルムも思わず嬉しくて飛び跳ねた。



「ってことは、今日は夜通し花火大会! ってことですか?!」


「いや流石に夜通し……いや……僕んちに泊まれば、まあ……いけなくもない?」


「いいのかよ。いや、いいって言うだろうな、神夜おじさんなら……」


「花火を楽しみにしてる~ってのは、多分もうネコ君から伝わっとるやろし。ええよ~って気軽に言いそうやなぁ」


「父さんのことだから言いそうだぁ……」



 喋っている間に帰ってきた猫助の手には、手持ち花火の袋で大量だ。

 アルムだけでなく、自分たちも目いっぱいに楽しもうという気持ちから大量に購入したのだとか。




「にゃ、そしてね、なんとね、神夜おじちゃんがおうち使っていいよ~って言ってたの。多分ゆーやの方に連絡行ってるんじゃにゃい?」


「ああ、うん、届いてる……。パジャマも用意してから行こうね」


「にゃは! ゆーやんちにお泊まり会だぁ~」


「何年ぶりかねぇ、優夜んちに泊まるのは」



 嬉しそうにする猫助や和馬を横目に、優夜の表情は少し硬い。父親との和解についても、つい先日和泉に言い出してから特に進展がなく、このまま会っても良いのか? という懸念に苛まれる。


 だが、それでも和馬達の嬉しそうな表情を見ると、父への黒い感情が和らぐのがよくわかった。1度深呼吸をすると、優夜は外出の準備をする。




 ──文月家。

 九重市より少し離れた所に優夜の家があり、少し庭の広い普通の一軒家。周りに家は無く、文月家所有の畑が広がっている。

 元々は母・文月優奈の土地らしいが、神夜と優夜では管理が難しいということで、現在は御影会総出で畑を耕して使っているのだとか。

 旅行ガイドブックを読むのが好きな和馬曰く、秋には稲穂が満遍なくその実を揺らす事から、絶景スポットにも認定されているらしい。



「にゃは~、いつ見ても広いよねぇ」


「花火するし、近所に迷惑かからないのはいいよな」



 パジャマなどの寝具類をリビングへ置かせてもらい、花火とバケツを持って外へ。既に和泉達が到着しており、ランタンをいくつかセットしてくれていた。

 ランタンはサライが普段作業用で使用しているものなので、少し明るいが花火をやる分には問題ない明るさになっている。

 アルム達が到着したことに気づいた和泉は、様々な準備を済ませてから花火の実演をしてみる。



「まずこういう手持ち花火からだな。ここの紙の部分はちゃんとちぎるように」


「えっ、ちぎらないとダメなのか!?」



 和泉の実演に、思わず声を上げてしまった和馬。

 同時に、和葉も優夜も遼も猫助も響もそれぞれが「初耳だ」と言わんばかりに顔を向けている。

 ……和泉の方から盛大なため息が聞こえた。



「確かにちぎらずにやるのをよく見かける。が、そもそも袋にも書いてんだろうが」


「じゃあなんでコレついてんの!? 要らないのでは!?」


「昔の名残だよ。昔は今よりも火薬が脆くて崩れやすかったからしっかりとねじっておく必要があって、紙はそのねじった先の残りだったんだよ。んで、現在の技術なら別に強くねじる必要はないんだが、長くその形を保っているとそっちの方がいいってなるわけで」


「ほぁ~……和泉兄ちゃん物知りだねぇ」


「そう言っても、僕の受け売りなんですけどねぇ」



 神夜が追加の花火を持って帰ってきた。一瞬、優夜が和馬に寄り添うのが見えたようで、少し離れつつ彼は和葉と和泉の近くへ歩みを進める。

 和泉の説明に追加するように、彼は花火の袋を開けてそれぞれに手渡した。



「和泉君の説明に追加させてもらうと、今の技術で作られた花火は少し火が付きにくくなっててね。紙をそのまま燃焼させると火薬が加熱されて、本当にごくまれだけど破裂する可能性があるんだ。だから、ちぎる方がいいよっていうのはそういうのもあるんだよ」


「ほあ~、神夜おじちゃんも物知りやった……和葉ちゃんは物知りさん2人に囲まれとるんやねぇ」


「えへへぇ、神夜さんは色々とお詳しいですから!」


「ふふ、僕は子供を喜ばせる知識だけは、俊一よりもたくさん持ってますよ~?」



 茶化すように和葉の言葉を受け流した神夜は、そのまま手順通りに花火を付ける。シュ、と花火に着火する音が聞こえると、一歩ずつ下がって全員にはっきりと見えるように光源から離れてゆく。

 手持ち花火というものを初めて見たアルムの表情が、みるみるうちに変わっていくのが誰の目にも見えていた。



「わあぁ……!! なんですかこれ! しゅわー!って しゅわーー!!って!」


「これが花火ですよ~。あたしも最初は同じ反応したっけなぁ」



 それぞれが手に持っていた花火に火をつけ始め、楽しみ始めた。

 和馬と優夜は隣り合って同じ花火に火を点けてはどちらが長く燃えるか競い、遼と響は隣り合って花火に火を点けて合体技!と叫んだり。

 サライと砕牙もビビリながらも花火を楽しみ、和泉と和葉はどうせ大量にあるから両手持ちという楽しみ方をしている。


 そんな中、アルムは猫助に見守られつつ花火を楽しんでいた。溢れる火花に当たらないように注意しつつも、どうして火花の色が変わるのか、どうして弾け方が違うのか等々、猫助に色々な質問をしては答えてもらったりしていた。



「アルムの世界に火薬は無いんだよねぇ、確か」


「かやく……??」


「火薬は火をつけると燃えたり、爆発する物質だよ。花火はその火薬を調整して使ってるんだぁ」


「ほぇ~……」



 詳しい原理はよくわからないけど、と追記を述べつつも猫助は花火を点ける。色とりどりの花火はアルムと猫助の足元に花を咲かせた。

 あまり難しいことはよくわからないが、安全に扱って綺麗ならばそれで良い。王女の考えはそのぐらいの軽さだったようだ。


 アルムが楽しむ一方で、神夜と優夜のやり取りに不安を見出している和泉。

 和葉の様子をチラチラと見ながらも、以前相談を受けているためか親子の会話がどうなるかと気になって仕方がない様子。



「……」


「……」



 神夜と優夜の間に言葉は交わされていない。

 間に和馬を挟んでいるからというのもあるのだろうが、それ以前に2人の間で出来る会話内容というものが思い浮かんでいないようだ。


 母を亡くしてから10年という年月の間、優夜は神夜を避け続けた。

 そのため自分から何から話せば良いのか、また父はどういう話が好みなのか、何について語れば食いつくのか。そのような様式さえもわからないでいるのだ。


 ぎゅ、と和馬の腕を軽く握っては後ろに隠れる。それを見た和馬が呆れつつも、優夜をたしなめた。



「……優夜、ちょっとくっつきすぎ」


「う。だって……父さんと対面で話すの、10年ぶり……」


「……マジか。いや、そうか、よく考えるとそうだ……」



 幼い頃から長い付き合いのある和馬も、優夜のこの状況はよく知っている。知っているからこそ、この状況はどうにかならないのかと少し悩んでいるものだ。

 和馬自身が親と仲がいいのもあってか、余計にこの2人の仲をどうにかしたいと思うほどに。


 (知り合いとは言え)他人の家族のことだから放っておけばいいと考えたくても、いつも世話になっている優夜のことだからか頭の中では仲直りして欲しいと考える。

 和馬自身も悪い癖だと自負しているが、優夜のことなので優先的になってしまう。



「あははー、和馬君ごめんねぇ。うちの優夜、いつもそんな感じでしょ?」


「は、はあ。……いや、もう何年も昔からなんで慣れはしましたけど」


「そっか、もう24年だもんねえ、2人が出会ったのは」



 つらつらと神夜は和馬と優夜の昔話をし始めた。優夜と会話出来るようにと、幼い頃の話題をいくつか選びつつ。

 あの頃は優夜が女の子っぽく見えていたから和馬君は勘違いしていたよね、幼稚園に入ってから活発な子になっていったよね、などなど。神夜はどんどん、昔話を続けていく。


 それでも優夜は和馬の後ろから出ることがなく、和馬の腕を軽く抱きしめながら花火を点ける。

 小さく神夜の昔話に首を振りつつも、言葉を交わすことにはまだ抵抗があるようだ。


 だが、神夜がある昔話──母が亡くなった時の話を始めた途端に、優夜の顔つきが変わった。

 当時、神夜が帰れなかった理由については、やはり語られることはなかった。彼が自主的に語ることを防いでいるのだろう。



「あの時、僕が帰ることが出来ていたら、優夜は僕を許していたのかな」


「───っ、誰が許すもんか!!」



 神夜の台詞を聞いた優夜が、思わず声を荒らげた。

 周りにいた和泉達にもその声は届いており、一瞬だけ時間が止まったかのように誰もが親子の方に目を向ける。


 一方で、神夜は謝罪の言葉を述べた。それは当時のことを、今までのことを、全て謝罪したいと願う親の態度。

 否、個人としてしっかりと謝罪したいという態度も現れている。


 だが、頭に血が上った優夜はそれさえも受け入れられなくなっていた。


 やがて優夜は周囲を見渡せるまでに落ち着くと、やってしまった、と頭を抱える。

 隣でずっと支えてくれた和馬に声をかけて、部屋に戻ることにした。



「……和馬、僕は部屋に帰るよ」


「……ああ。頭、冷やしてこい。明日には落ち着くだろ」


「……ん」



 ふらふらと足取りが重そうな優夜に、猫助が付き添うことに。

 1度静まり返った花火大会だが、ほとんどを使い尽くしているため、後片付けへと入る。


 片付け中、和泉とアルムが神夜の様子が気になったために声をかける。



「ん、ああ。大丈夫だよ。予想してたから」


「で、でも……」


「それに、僕が悪いのはあの子の言う通りだからね。反論出来ないのさ」


「……それでもアイツは、貴方と仲直りしたいと思っています。少しでもいいから、ちゃんと事情、話してやってください」



 和泉がそこまで言うと、2人はサライと砕牙に呼ばれる。彼らの様子を目で追いつつ、神夜はポツリと呟いた。



「事情、か。……話せてたら、とっくの昔に話してるんだけどなぁ」



 ──神夜の呟きは誰に聞こえるでもなく、夜闇へ溶けた。

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