第37話 予測は可能、回避が不可能


「……ハッ!!!!」


 数時間後の睦月邸。遼の部屋で倒れ、客室に運ばれた和泉が目を覚ます。

 既に夜の帳が降ろされており、リビングの方では和気藹々とした声が聞こえている。和葉もその輪に入っているのだろう、彼女の声も聞こえていた。



「……えーと、確か……」



 倒れる前に何をしていたかの記憶を掘り起こし、ハッとなる。ハーヴィーに話を聞こうとしていたところで神夜からオカルトまみれの部屋で話を聞けるのか? と尋ねられた直後にぶっ倒れたので、結局ハーヴィーからの話は聞けていない。

 なので彼に話を聞きに行かなければと考えていたところで……神夜と竜馬が客室へとやってきた。



「おっと、起きてたか。大丈夫か?」


「ええと、すいません。遼の部屋に入ったあと、倒れてしまって」


「いや、いいんだ。すげぇ悲鳴だったから何事かと思ったよ」



 けらけらと笑う竜馬。和馬から和泉のオカルト嫌いの話は聞いていたが、そこまで悲鳴を上げるもんなんだなぁとしみじみ実感したそうだ。

 ……しかしそんな笑いとは裏腹に、2人の顔は少々深刻だ。その雰囲気を感じ取ったのか、和泉は2人に事情を尋ねる。


 まずはじめに、ハーヴィーからの事情聴取は竜馬と神夜が鈴と勇助を呼びつけた上で行ったという。和葉に事情を聞かせようとも思っていたが、彼女は今回の件に関しては無関係のためにあまり聞かせるような内容ではないと判断したため、鈴を呼びつけたという。



「……? 勇助さんはなんで?」


「ああ、和泉君には言ってなかったね。ハーヴィー・ヴェン・ルーテシオンは勇助……オルチェ・オウトゥブルの実弟なんだ。だから、鈴だけじゃなく兄である勇助も一緒にいたほうがいいかなと思って」


「まあ、感動の再会とは程遠い会話内容だったけどな」


「どんな話を?」


「……遼君の様子がおかしいって話と、彼がある日からハーヴィーを連れて行かなくなったって話をな」



 真剣な目つきになった竜馬は客室のベッドに座ると、メモを一つ取り出す。和泉に情報を渡すことが出来るように、鈴が書き留めてくれたものだそうだ。


 ハーヴィー曰く、遼の様子がおかしいと気づいたのはここ数日のこと。出向かなくても良いタイミングでの外出が増え、更には何やら妙な物品を持ち帰ることが多くなっているという。

 妙な物品についてはハーヴィーが詳しくなかったというのもあって、何なのかまでは聞き出すことが出来ていない。そのため、もう一度改めて遼の部屋に入ることが推奨されているそうだ。


 ここまで聞いた和泉は今一度、情報を更新して頭の中で構築。導き出される答えの中から、1番気になった問いを竜馬へと聞いた。



「……竜馬さん、直に聞きたかったんですけど……遼のぬいぐるみって結界をすり抜けることが出来るようになってるんですか?」


「ああ。俺がいない日もあるから、彼が持っているぬいぐるみだけはすり抜けられる。……その中にベーゼやジェニーがいる場合は、完全にすり抜けられるな」


「となると、やっぱりアイツの人形が怪しいっすね。……新しい人形を持ち帰っているとも聞いているので、多分、何処かに隠しているんでしょう」



 しかし、和泉には1つだけ疑問があった。

 睦月邸で振り分けられた部屋では各人の部屋はだいぶ狭い。遼の部屋はオカルトグッズも置いてある上に、霊を封じたぬいぐるみが所狭しと並んでいる棚があるため、隠す場所が限定的になってしまう。

 だがあの瞬間、パッと見て特別に疑問に思うような場所はなかった。普段どおりの、オカルトしかない部屋が広がっていたのだから。


 となれば、増えたぬいぐるみは何処に消えたのか。そこを確定させるまでは、和泉の疑問は晴れることはない。



「……もう一度、アイツの部屋に入りたいんですが」


「それは……難しくなりそうだ。彼はさっき、長期の休暇申請をとってきたらしくてな。和泉君の調査の手伝いと言っていたが……」


「チッ……室内を探させない気か、アイツ。ますます怪しくなってきたじゃねぇか……」



 どうしたものかと悩む和泉。このままでは遼に証拠をもみ消される可能性を考えると、今からでも動いたほうがいいのではないかとさえ焦ってしまう。

 だが、竜馬はむしろ動かないほうがいいだろうと苦言を呈する。今動いたほうが確実に証拠は手に入れられるかもしれないが、別の理由で隠された場合が難しいだろうと。



「今は耐え忍ぶ方がいい。遼君は用心深いから、逆にそれを利用するという手もあるからね」


「確かにアイツは用心深くしてても、絶対どっか抜けが出ますもんね。なら、そっちを利用するほうがいいか……」


「あるいは、俺が抜き打ち調査って形で調査する手もある。最近やってなかったから、やっておきたいのもあるしな」


「じゃあ、その時にハーヴィーさんを連れ出すことは?」


「出来るぞ。俺たちのこの会話も、距離が近いから聞いているだろうし」


「だったら、俺の事務所まで連れてきてもらったほうがいいかもしれないです。ベーゼやジェニーもこの会話を聞いていないとは限らないわけですし」


「そうだな……じゃあそのときは、カズに預ける。それでいいか?」


「OKっす。神夜さんは動けないでしょうし、和馬と……あと、響に」



 猫助には遼を見張ってもらい、和馬と響にハーヴィーを預けるという形で今回は動くことに。少しでも遼が怪しければ猫助から連絡をもらい、すぐに遼を問い詰める行動に移すという。

 それで良いと竜馬と神夜にも了承を得ることが出来たので、ひとまずは和泉の休息のために今回は解散。和泉も少し身体を休めるために布団へと潜り込んで眠ることに。


 布団に入った後は、またいつものように頭の中で考えを巡らせる。

 遼の行動におかしな点はなかったかどうか、ハーヴィーの言う『ある日から』がいつからなのか。気になる点はいくつもあれど、和泉の頭の中はこの2つで埋め尽くされた。



(……あ、そういや夕飯どうなるのか聞いてなかったな……)



 夕飯も取らずに眠りにつくと、夜中に目が覚めたときが面倒だからと起き上がる。少しだけ伸びをして身体の調子を確認して扉を開いたところで、廊下で遼と出会った。



「お、和泉。大丈夫か? 風邪引いてるのに無理したらしいじゃん」


「ん……まあ、職業柄無理するのは慣れてるんでな」


「あんまり和葉ちゃんを困らせるなよ? あの子、お前がいなくなったりでもしたらそれこそ後追いとかしそうなんだからな」


「わかってるっつーの」



 普通に会話をしていても、特段気にするような様子は見受けられない。響の計らいによって和泉が倒れていた場所が遼の部屋であることを悟られていないため、そこはなんとかなっている。

 しかしそれでも和泉には何かが引っかかるような気がしてままならないのだが、ここで追求してはすべてが水の泡。遼と一度別れ、リビングの方へと向かった。


 リビングでは猫助と響が唸っている様子が見て取れた。和葉も和泉のために遼の動作や言葉遣いなどを逐一観察していたようだが、何も見つからなかったという。



「ごめんね、和泉兄ちゃん……」


「いや、いいんだ。むしろ俺が倒れてしまって迷惑をかけちまったな」


「や、それはええんよ。お風邪引いてるんやし、しゃーなしやで」


「かじゅもゆーやもいないし、僕らでなんとか頑張ろうって思ったんだけどねー……」



 そういえばと辺りを見渡してみると、和馬がいない。彼がいないことはこの睦月邸においてはよくあることなのだが、今日は依頼を受けたわけでもないはずなのにいないので、猫助や響も不思議がっていたそうだ。

 彼の身に何かあったのか? そう考えていると、和馬からの連絡が入った。



『和泉、起きてるか?』


「起きてる。お前、今何処に?」


『ちょっと前に遼が行ったっていうオカルトスポットにいる。……アイツの様子がおかしいのは、アイツの集めた霊達から聞いてたんでな』


「マジか。いつの間にそんな芸当身につけたんだ」


『親父の力――《祓魔師エゾルシスタ》だっけ? アレ、俺も引き継いでるらしくてな。少し前から、遼と響の捕まえた霊とは話をしてたんだよ』


「……おいおい、マジかよ……」



 まさかのカミングアウトに言葉を失う和泉。ひとまず猫助と響と和葉にも話を聞いてもらうためにスピーカーに接続し、遼が向かったというオカルトスポットについての話を和馬から聞いた。


 すると驚くべきことに、遼が踏み入れたオカルトスポットには全て微小なゲートが存在していたという。人が通れるほどではないが、どの場所へ向かってもゲートが残されていたという。

 更に和馬は今回の出向いた先のゲートは『遼が発動を促した』説を唱えた。元来であれば見つかることのないゲートが和馬の目に触れることができるのは、ゲートの存在は知っているけれどその存在を隠すことが出来ない人物が作ったからだと。



「……和馬、それは本気で言ってるのか?」


『本気だ。確かに俺の目視だから、いつ出来たものかまでは特定出来ないからアイツが作ったとは考えられないかもしれないが……仮にレイさんが作ったとしたら、あの人は隠す。お前の事務所のゲートのようにな』


「ふむ……一理あるな」



 和馬の言葉に少しだけ考え込む和泉。その間にぴろりん、と猫助と響に同時の通知が入った。和馬から地図の添付がされており、その中にはいくつかの丸印がつけられていた。



「かじゅ、コレ、場所は地図に記入した?」


『ああ。ネコと響、個別に送っておいた。流石にグループチャットの方だと遼に感づかれるからな』


「ほんならキミが帰ってくるまでにこっちでも調べといたるわ。……言うても、俺は霊との会話が難しいから時間かかるけどな」



 そうと決まればとスマホを取り出した響は一度自分の部屋に戻り、一番仲が良い幽霊の入ったぬいぐるみを持ってくる。カタカタとひとりでに揺れるぬいぐるみに対して和泉は小さく悲鳴を上げたが、今はそれどころじゃないからとなんとか我慢する。


 和馬と通話を切ったところで、響のぬいぐるみ――アリスという名前の女性幽霊と話をすることになったのだが、やっぱりというか、ここで問題が一つ。



「アカン……いつもりょーくんにお願いしてるから、何言うてるかわからへん!!」


「にゃんでこの子連れてきちゃったのかなぁ!? どーするの!?」


「か、カズ君戻るまでなんとかする……??」


「いや、それよりも竜馬さんに頼んだほうが早い。アイツが戻ってくるのもまだしばらくかかるだろうしな」



 そう言って竜馬の部屋まで出向いた和泉。丁度竜馬と神夜がチェスを終わらせたところだったので、ぬいぐるみの霊との会話をお願いしたいと伝えたところ竜馬は快く引き受けてくれた。

 リビングに来た竜馬と神夜。しかし彼らを見るや、アリスのぬいぐるみはこてん、と横に倒れて動かなくなってしまった。何があったのかを尋ねようとした矢先、竜馬がぬいぐるみを掴んで顔を近づけた。



「おいおいアリス、つれねぇじゃねぇか。元同僚にそんな態度はねぇだろぉ?」


「……は?」



 何言ってるんだろうこの人。そう思っていたのだが、和泉はふとガルムレイ側でいなくなったという霊魂の中に、『アリス』という名前の人物がいたことを思い出す。

 竜馬が元同僚と称して、更にガルムレイ側にいない人物――アリス・ノヴェンブルを。


 まさか本当にそうなのか? それを聞こうと思ったところ、神夜が申し訳無さそうな顔をしているので、このぬいぐるみの中にいるのは本当にアリス・ノヴェンブルの霊だと和泉も猫助も響も瞬時に理解した。



「キミ達の話を聞いたときに、なんとなく予想はついてたんだけどね……」


「実際に会話できるのは遼君、響君がいるときじゃないと俺も会話出来なかったんでなぁ。……でもなんで響君が持ってるんだ?」


「あー、それ俺が捕まえたヤツやないねん。お父ちゃんからもらった」


「朔ニキから? ってことは、死んですぐにこっち来て朔ニキに取り憑いてたってことか……」



 まあそこは後日聞いてみようと話を置いといて、竜馬はアリスとの対話を続ける。和泉達が持っている疑問や、和馬から受け取ったゲートの詳細位置の地図を見せながらいくつかの問題を少しずつ潰していく。


 すると、いくつかの情報が浮かび上がってきた。

 まず1つは、この数日で《魔術師マゴ》の力がこの九重市に流れ込んでいる量が増えていること。アリス曰く《魔術師マゴ》の力は通常ではガルムレイから流れ込むことはなく、ゲートが多量に作られたことによって増えているという。

 2つ目は遼の行き先について。彼はアリスが知っているゲートの場所と竜馬達が過去に見つけたことのあるゲートの場所には一切出向いておらず、全て新しく出来たゲートの場所にしか出向いていない。これは確実に遼がゲートを作ったという1つの証拠でもあるそうで、ゲートの作成方法については別の誰かから吹き込まれたのだろうと。


 そこまで聞いて、猫助は思い出す。和馬、優夜、遼、猫助が睦月邸にいながらゲートに巻き込まれたあの事件の時のことを。



「にゃ、そういえば……あの時って、ゆーやの中にベーゼがいたってことになるんだよね?」


「そうだな。そしてそれはベーゼが作ったんだろう、というのが見解だった」


「……そーなるとさ、今度はりょーの中にベーゼがいるってことにならにゃい?」


「……まあ、そうなるわな。だが……」



 ――遼がベーゼに魅入られる理由がわからない。

 唯一つ、この部分だけが決定的に欠けているせいで断定が出来ない状態だ。


 優夜のときには神夜への憎悪が糧となるから、彼に協力を囁きかけた。それが闇の種族という存在を維持する方法だから。

 だが遼は誰に対する憎悪を持つことはほとんどない。天真爛漫で純粋無垢なその様子は、むしろ称賛に値するほどに清々しいもの。だからこそベーゼが入り込む隙など何処にも無いはずなのだ。


 和泉も響も考える。ただし、考え方を『何故ベーゼに魅入られたのか』ではなく、『どうやったらベーゼに魅入られるのか』へとシフトチェンジしながら。

 あらゆる状況から細かな情報まで、今まで手に入れた全ての会話を無理矢理思い出しながらも頭の中でしっかりと整理をつける。


 そんな中、ふと和泉が思い出す。響と遼は6人の中でも早い段階で魔力を手に入れる事が出来ていた、ということを。



「早い段階で……? どういうことやねん」


「ほら、レイさんが言ってただろ。お前と遼の2人は朔さんと蓮さんが子供の頃にガルムレイに行ってる影響で痣があって、その痣がゲートから漏れてる魔力を吸ってるって」


「ああ、そういや。オカルトスポットにあったゲートに近づいたからりょーくんが体調不良を起こし……て……」



 そこまで言ったところで、響は気づいた。ベーゼが狙っているものは、何も憎悪だけではないのかも、と。


 ベーゼ・シュルトの存在は不完全なものだ。精神体となって浮遊霊のように動いており、実体を持たない存在。もし必要なパーツ――憎悪と魔力を手に入れることで実体を得ることが出来るのだとしたら、優夜と遼が狙われるのは必然だったのでは、と。

 同じ痣を持つ響が狙われなかったのは、響は体調不良を起こすほどの魔力吸収を行っていなかったため、自然と魔力量が多い遼へ引き寄せられてしまったのもあるだろうと検討をつけた。



「けど、そうなるとジェニー・ジューニュに加担している理由がわからねぇな。優夜だけでは足りなかった……か?」


「んや、もともとはジェニーの方に加担してたはずや。でもゆーや君もいい感じに憎悪侍らせとったから、ゆーや君を先に利用したって感じやと思うよ」


「そっか、ゆーやならおじちゃんの結界すぐに通れるもんね」


「ほんでまあ、和泉君がゆーや君からベーゼ追い出したタイミングでりょーくんに引っ付いた……って考えるのが自然かもな。あのタイミングなら結界内やし、出られんかったからな」


「あー……っつーことは俺とイズミがタイミングミスったっつーのがデカいか。悪ぃ、マジ」


「しょーがないよ。そこまで予測は立てられないし、いじゅみやいずみんが悪いわけじゃないよ」



 よしよしと猫助に慰められた和泉。あとはこれを和馬と優夜にも伝えるだけだなと共有したところで、遼がリビングに入ろうと扉を開ける。

 咄嗟に和葉が遼とぶつかって視線を逸らさせ、アリスのぬいぐるみやメモを隠させる時間を作る。彼女が動き出したのは和泉も察知していたため、素早い連携で隠すことに成功した。



「うわ、ごめん! 大丈夫だった?」


「す、すみません! お父さんから連絡入っちゃったので……ちょっと廊下失礼します」


「ん、ごめんごめん」



 横に捌けた遼の手は、和泉達から何かを隠すように動いている。和葉はそれに気づいていたため、スマホのカメラで隠しているものを写しておいた。

 そんなことを知ってか知らずか、遼はこれから出かけるという言葉を残した。夕飯の仕込みは終わらせているから、あとは神夜や響に任せた、といった感じで彼はそのまま外出していった。


 彼が外出して、数分後。演技をしていた和葉は動画撮影を終わらせ、和泉達に共有。わずかに見えることが出来たぬいぐるみに対し、竜馬が口を開いた。



「……おいおい、こんなぬいぐるみは俺は知らねぇぞ……?」



 遼の手に握られていたぬいぐるみは、

 小さな蛇のぬいぐるみと、少し形がいびつな猫のぬいぐるみ。

 どちらも竜馬や響が知らないぬいぐるみであり……存在が隠されているものだとわかった。



「……遼がベーゼとジェニーに加担しているのはわかった。だが……」



 此処から、どう先回りするか。

 和泉達は持てるだけの知識を振り絞り、考え続けた――。

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