第?話 一方その頃
世界と世界を繋ぐ世界、ガルムレイ。……の、8つ目の国であるロウンの領主官邸。いわばアルムの実家的な場所。
現在、領主の執務室では3人の男たちが頭を抱えていた。
1人は、領主でありアルムの実兄のアルゼルガ・アルファード。愛称はアル。
国王とはまた違い、国民目線で国のあれこれを決定する人物。
猫好き領主として国民から支持されており、アルムにとても甘いことが国民にバレバレ。
もう1人はアルムの守護騎士であるガルヴァス・オーストル。
アルムが0歳の頃から彼女に仕えており、もう1人の父親といっても過言ではない人物。
オーストル第一騎士団の団長であり、アルムにとても甘いことが騎士団員にバレバレ。
最後の1人はアルムの剣の師匠であるベルディ・エル・ウォール。
ガルヴァスとはまた違う目線で彼女を支えており、彼女に剣術とはなんたるかを教えた人物。
過去に任務に失敗した時点で没落騎士と呼ばれているが、その実力は本物。アルムにとても甘いことが色んな人にバレバレ。
3人はそれぞれ別々のことで悩んでいるが、共通点は全員『アルムがいない』ことで頭を抱えている状態だ。
「……どうするよ、ホント」
「アルム様が脱走するからこんなことに……」
「いえ、そもそもゲートの発動を感知できなかった私の責任でもありますし……」
「ベルディは悪くないだろう。お前に感知ができなかったら、私でもガルヴァスでも感知出来ないんだ。そこまで自分を卑下にするんじゃない」
「……ありがとうございます、アル様」
気にするな、とアルゼルガは笑顔を返す。彼のこういう部分が国民にも支持される理由なのだろう。
話題は再びアルムの話に戻る。彼女が行方不明になった理由がゲートの発動というのもあり、3人はさらに頭を悩ませた。
ゲートの発動については本来、外界(ガルムレイ外の世界)から開かれることはほとんど無い。
外界から開かれるのは、実際に自由にゲートを開くことができる人物がガルムレイに戻るために開く以外には無く、それ以外での発動については報告がないのだ。
それ故に、アルゼルガとガルヴァス両名はある結論にたどり着いた。
「……アルムに仕返ししたがる奴が、1人は思いつくよな」
「ベーゼ・シュルト……私の先祖である、マール・ヴァレンに取り付いていた闇の種族の王……ですね。あの件に関しては、アルム様には本当に感謝しても足りないぐらいです」
「そうか。戻ったらもっと褒めろ。俺の妹だぞ」
「どうしてそうなるんですかね。……ともかく、ベーゼが関わっているのは間違いないと思うんですが……」
「ベーゼは確か、マールから抜け出たあとはどうなったのかわからない……んだったな?」
「ええ。アルム様もイズミも、どうなったのかは知らないそうです」
ふむ、と軽く考える仕草を取ったアルゼルガ。ベルディもまた、同じように考える仕草を取る。
彼らにベーゼという人物に対する知識が少なく、考察が上手くはかどらないのが原因なのだろう。
もしベーゼがアルムに仕返しをするとしたら、という仮説を立て、3人は一番行われそうな行動をあげた。
1つ目は直接対決。異世界へ飛んで苛立っているであろうアルムの血の気の多さを逆手にとって、ベーゼが彼女と直接対決を行うという行動。
これは流石に一度倒されてる身としてはやりづらいかもしれないが、候補の1つとして上がる。
2つ目は間接的にアルムを陥れること。これは前回のマールの事件と同じく、移動した先の誰かの身体を利用してアルムを弱らせる行動。
誰に取り付いたかまではアルゼルガたちも予測がつかないため、これも視野に入れることに。
3つ目はアルムに一切関与せずにゲートの発動だけを促すこと。ベーゼは闇の種族の王と称されるため、ゲートについての把握はついているはず。
であれば彼女をガルムレイの外へ追い出すことで、不安を煽るような真似をするのだろう、と。
「……3つ目ってどう考えても子供がやるようなことでは?」
「ベルディ、言いたいことはわかるんだけど。実際にね? いなくなってるんだからね? ありえそうでしょ?」
「アル様も昔は誰かを追いやりたかったから思いついたとかじゃないですよね?」
「失敬な!! いやイズミを追いやりたいなとはげふげふん」
「気持ちはわかりますけどね。領主という身分を弁えて頂きたい」
「むぅ……。しかし、私でも思いつくならベーゼでも思いつくだろうに」
「ですね。……そうなってくると、次の課題は『どの世界に行ったのか』という課題がのしかかってくるんですよね」
通常、ゲートを開いた先の探知は不可能。そのためアルムがどの世界へ飛んだのか、彼らには一切わからない状態。彼らが頭を悩ませていた理由というのが、これも一つの原因である。
アルゼルガとガルヴァスにはこの状況を打破することができる人物に1人だけ心当たりがあるのだが、その人物について話す前にベルディへと気まずそうな目線を投げた。
「……なんですか。アレに連絡を入れるから、私が不機嫌になるとでも?」
「いや、まあ……うん」
「正直ですねアル様は。100点あげましょう。……じゃなくて、いや、別に呼んでもいいんですよ? ですが、そのあとのやりとりについては私は一切関与しませんからね」
「だってお前、あの人を呼んだら不機嫌で眉間のシワが凄いことになるじゃないか。こっちとしても怖くてたまらないんだよ……」
「そうですか? 息子を見捨てた父に対して、怒りを見せるのは至極当然のことだと思いますが」
「いやそうだけどさぁ……レイさんだってちゃんと事情を説明しているんだろう……?」
レイ、という人物の名が上がったその瞬間だけ、ベルディの額のシワが増えたようにも見えた。
どうやらその人物こそがベルディの言う『息子を捨てた父』。どんな事情があるにせよ、ベルディは父を許すことは出来ないと豪語する。
しかしアルムを救出するためには、レイという人物の力が必要不可欠。そのため今回は、ベルディの方が折れることとなった。
アルムの無事を確認するまでは気が抜けないから、とのこと。
「……今回だけですからね!!」
「はいはい。ああ、そうそう。ベルディ、お前もレイさんに同行してくれ。ガルヴァスが動けないから、事情を知っているお前を派遣したい」
「ぐぅ!? ……きょ、拒否することは」
「ダメ。前回、前々回と拒否しているから3回目はないぞ」
「むぐぐ……!」
観念した様子のベルディは、1度墓参りに行くとだけ告げて部屋を出た。心の整理をつけるためか、はたまた誰かに言いたい愚痴を墓に眠る誰かに聞かせたいのか。
ベルディの足取りは普段と変わらないように見えるが、顔はいつもよりしかめっ面だ。
領主官邸を出て、森を抜けては北上し、王城へ……ではなく、道を逸れた岬の方へと向かう。彼の墓参り場所は、常にこの場所なのだ。
何も無い岬の先、その先端まで歩くと彼はその場に座る。そうして、誰もいない空へと言葉を投げた。
「母さん、私は後に父と仕事へ行くことになりました。何年かはまた会えなくなるかもしれないので、墓参りだけは済ませておきます」
誰の返答も得られないまま、ベルディはしばらく無言を貫いた。
それは、死した母からの言葉を待つ子供のようにも見えた。
……彼は世にも珍しい、人と魔族のハーフ。人間の母は追いつくことが出来ずに、1000年前に亡くなった。
最初はきちんとした墓がこの岬の近くにあったのだが、1000年という年数が経ってしまい、墓は無くなった。
それでも尚、ベルディはこの場所に墓参りに行くのをやめることは、ない。
潮の流れが魔力の風に乗って変わり始めたのを確認すると、ベルディはゆっくりと立ち上がり……後ろにいた人物に、怪訝な顔をうかべた。
「やあ、ベルディ。今気がついたのかい?」
「……」
烏羽色の髪に、ほんの僅かな金のメッシュが特徴的な男性。服装は燕尾服と、この場には似つかわしくない。
だがこの男がここに来るのは、至極当然の理由がある。
「アルスのお墓は無くなったのに、律儀だねえ」
「死者の弔いを忘れれば、魂は闇の種族と成る。……忘れた、などとは言わせんぞ。レティシエル」
鋭い目付きで『レティシエル』と呼んだ男性を見つめるベルディ。男は薄氷色の瞳で、ベルディを見つめ返す。
この男こそが彼の父であり、先程アルゼルガやガルヴァスが言っていた『レイ』と呼ばれている男。どうやらレイの名は愛称のようなもののようだ。
「んもう、大丈夫だよ。僕だって逐一見てるんだから安心してよねえ」
「……はぁ。それで、アル様から依頼は」
「ん、ばっちし。キミも連れてくようにって言われたから迎えに来たよ」
「私はお前と行動するのも反吐が出るのだが。……アルム様を見つけられなかったら承知せんぞ」
「大丈夫大丈夫。だいたいの目星ついてるんだ。ただ、ちょっと準備が必要だからもうちょっと待ってねーってだけ」
「おい、それは私の同行は必要なのか??」
怪訝な顔を2度も浮かべるベルディ。その顔に対して、レイは軽い様子ですぐに「必要じゃないなら迎えに来ない」と返答を残し、その場を離れていく。
準備のために城下町へ行かなくては、と提案するレイに、ベルディは後ろをただ着いていくのみだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます