第6話 日常。
アルムがやってきて、何日目かのある日。
今日は仕事が休みの優夜と響がアルムの相手をしている。
もちろん、テレビに近づきすぎては引き剥がす作業を何度も繰り返ししていた。
その後、夕食の準備のために買い物に出かける。
だが今は和馬が車を利用しているので、徒歩でスーパー『ここのん』へと行くことになった。
アルムを置いていくと何が起こるかわからないので、彼女も連れて行くことに。
もちろん徒歩でアルムを連れて行くということは、異世界文化を目の当たりにする彼女を抑える必要もあるというわけで…。
「響さん、アレなんですか! アレ!」
「アレは信号機やねぇ。赤になったら止まって、青になったら進むんやで~」
こういったやりとりは響の方が得意なようで、のらりくらりと応対する。
柔らかな口調で彼女に語りかけるためか、名称を聞くとアルムは大人しくなる傾向にある。
すぐにまた見たこともないモノを見ると響に話しかけては、大人しくなるのループだ。
また、アルムが飛び出しそうになったときは優夜の瞬発力で彼女を止めたりしていた。
こういう危険行為を容易く行われては命がいくつあっても足りないので、優夜と響でアルムを挟み込む形で歩いている。
それでも、ここのんにたどり着くまでは2回ほど飛び出しそうになってはいた。
そうしてようやく、スーパー『ここのん』へ到着。今日は特売日のためか、駐車場には車が並んでいる。
優夜も響も揃って「車で来なくてよかった」と呟いた。
「さて、今日は3日分は買い込まなきゃね。アルムさんも欲しいものがあったら言ってね? 本当に必要だったら買うから」
「はい、ありがとうございます。……といっても、こっちの世界の食糧事情とかよくわかりませんが!」
「あー、せやねえ。同じとは限らんから、なんかあったらちゃんと俺らに聞いてなぁ。あと、絶対にはぐれんこと。ええね?」
「はーい」
カートにカゴをセットし、アルムと響もカゴを持って店内を練り歩く。
優夜はまず青果を見てまわり、3日分の昼食と夕食のメニューを呟きながら商品の値段を精査する。その姿はさながら主夫。
響の方はメモに書かれている必要材料だけを手に取り、次々とカゴに入れていく。
後で取りに行くことがないようにという配慮と、考え込んでいる優夜がメモを忘れて必要品を通り過ぎるということが多いためである。
アルムの方は、まずその商品の多さに驚いた。次に店内が凄いと驚いた。最後に商品の値札が沢山あることに驚いた。
文字は世界を渡った時の作用が働いているのか、なんとなく読める。それでも、種類のある値札に思わず楽しそうな声を上げた。
小さくはしゃいでいるアルムを横目に、優夜と響で献立の内容を話し合う。
今日の夕飯さえも決まっていないので、まずは何を食べたいかだけを上げてから献立を決めることに。
「ねえ響君、ここ数日の夕食って麺類に偏ってるから、そろそろお肉食べたいよねぇ」
「お肉なぁ。せやったら俺、生姜焼き食べたいなぁ。ネコ君の生姜焼き」
「ああ、ネコちゃんの生姜焼きは美味しいもんねぇ。じゃあ後で声をかけて、作ってもらおっか」
「せやね」
「……? 猫助さんはお仕事中でいないのでは?」
「ふふ、そう思うでしょ? でも、ほら」
アルムの疑問に対し、優夜が指を差す。その先には鮮魚コーナーで切り身パックの陳列作業中の猫助の姿があった。
どうやら彼は、ここで働いているようだ。既に猫助は3人の姿に気づいており、ちょいちょい、と手招きをしているのが見える。
「や、ネコちゃん。今日は何がお買い得?」
「今日はこちらの切り身がお安くにゃっておりまーす。本日のお夕飯に照り焼きはいかがですかー」
「うーん、露骨に今日の夕飯を照り焼きにしてと言われている。はいはい、遼にも伝えておくからね」
「にゃはは、ありがとうございまーす。で、アルムと一緒に買い物に来たのはどうして?」
「誰もおらんからね。1人でお留守番させるよりは、外の空気吸わせたったほうがええかな~て」
アルムを1人で留守番させていたら、何かあった時に対処が効かない。そういう意味も込めて彼女を連れ出したのもある、と響は付け加えて説明する。
壊すなどはないだろうが、テレビに近づきすぎる時点で心配というのも響の中ではあったそうだ。
なおこうやって優夜と響と猫助が喋っている間に、アルムは並んでいる魚たちがどうしてこんなにも冷えているのかとびっくりしている。
仕事中の猫助と数日の献立の話を終え、次に向かうは精肉コーナー。そこでは遼が値引きシールの作業を行っていたため、声をかけては献立を聞く。
「俺は優夜の餃子食いたいなー、海老餃子も添えて」
「餃子かい? となると、ひき肉が足りないなぁ……。担当さん、ちょっと1キログラムほど用意できる?」
「ん、容器分けて準備するからちょいと待ってな。その間に見回ってくれりゃいいよ」
「ありがとう。ええと、じゃあグルッと回ってくるからまた呼ぶね」
「おう、そうしてくれ」
遼とも別れ、店内を見て回る3人。献立は遼と猫助の意見を取り入れて、和馬とのメール連絡のやり取りを経て、いくつか候補が上がったそうだ。
そうやって見て回っていると、和泉の姿があった。
隣には、アルムによく似ている女性もいる。その女性が優夜たちに気づいたため、アルムたちもまた彼らに気づくこととなる。
和泉の隣にいる女性の名は
和泉と和葉は夫婦関係にあり、2人共休みの日にはこうして買い物に出ているという。
今日は和葉の実家の方で予定しているバーベキューの買い出しに来たとのこと。和葉の家でバーベキューと聞いて、響とアルムが目を輝かせたのは言うまでもなく……。
「優夜さん! バーベキューってお肉を焼いて食べるアレですよね!!」
「えっ、あ、うん、そうだよ。……えっ、まさか行きたいのかい!?」
「お肉ですよ!? しかも超焼きたてを食べれるっていうバーベキュー! あたし、名称は聞いたことはあるんですけど実際には経験したことないんです!」
「ああ~そうか、アルムさんは王女様だから、バーベキュー未経験……」
「ゆーや君、これはアカンなぁ~。王女であるアルムちゃんがバーベキューをご所望やでぇ?」
「う、これは和葉ちゃんちのバーベキューに参加させろという強い意志……」
アルムと響の強い意志に、優夜はすぐにでもハイと言いたかった。
だが、彼がすぐに返事を出せないのには理由があり、少し困惑していた。言えない事情というわけではないが、言いづらい事情のようで。
5人で話をしていると、和葉と和泉の2人に話しかける男性の声がアルムたちの後ろから聞こえてきた。
アルムが振り返ってみれば、そこにいたのは左目を髪で隠した若めの風貌の男性。和葉はその男の名を『神夜』と呼び、優夜はその男の姿を見ると顔をしかめる。
アルムから見ても、優夜がこの男に強い嫌悪感を抱いている様子は伺い知れる。
和葉に声をかけられた神夜は、少し照れつつも返答した。どうやら和葉と神夜は、『主』と『従者』のような関係性のようだ。
「神夜さん、何処に行ってたんですかぁ」
「すみません、和葉お嬢様。下っ端達を労うならと考え込んでたらはぐれちゃいまして」
「もう。声かけたのに」
「ありゃ、気づかずにすみません。ですが、いい方法が浮かんだので後でお伝えしますね」
「はぁい」
そこまで話して、神夜は優夜に気づいた。
優夜の嫌悪感をある表情は彼と目を合わせた時点で見せなくなっているが、声色はまだ嫌悪感が混ざっている。
それを気にせずに神夜は近況を聞いたり、今日の夕飯は何かと聞いたりしているのだが。
優夜の様子についてアルムが響にこっそり尋ねてみると、優夜の父であり過去に母を亡くした際にいろいろあって拗れてしまい、優夜が神夜を毛嫌いしている…という話を聞く。
優夜が和馬の家で暮らす理由も父親と暮らすことを嫌っているからだと。
「だから、あんな……」
「うん。せやから、あんまりゆーや君には神夜おじちゃんのこと、話さんほうがええよ。どんなに機嫌が良くても、一瞬で機嫌が悪ぅなってまうからね」
「わかりました。……でも、なんだか……」
なんだか、寂しそうと口にしようとしたが、彼女は口を噤んだ。
優夜の心の奥底など誰も知ることが出来ないのだから、異世界人である自分が尚更口にしてはいけないと思ったようだ。
会話を終えた優夜は響とアルムに声をかけ、早急にその場を離れる。歩く速度からして、神夜との会話中は相当堪えていたようで。
「ゆーや君、ごめんなぁ。止めれんで」
「ううん、大丈夫。ごめんね、こっちこそ。いつも気を遣わせちゃって」
「ええんよ。人には誰しも、そういうとこはあるんやし」
「……キミのそういうところには、ホント、助けられてばかりだなぁ」
優しく微笑んだ優夜は、響の声掛けによりある程度は落ち着いたようだ。
歩く速度が先程よりは緩やかになっているのが、アルムでもよくわかる。
再び歩き、精肉コーナーに戻る3人。先ほど準備してもらったお肉を受け取り、もうすぐ勤務が終わるからと遼と猫助を待つことにする。
荷物が予定よりも多くなってしまい車もないため、分散して持って帰ることにしたようだ。
帰り道。
5人でゆっくりと歩きながらもアルムが飛び出さないように見張りつつ、話題は御影家のバーベキューの話題に移り変わる。
遼が勤務中、肉を買いに来た和葉からお誘いを受けたのだという。
「え。……遼、まさか了承したとか言わないよね?」
「流石にお前に相談しないで行くなんてことはしないって。ただ、ほら、アルムのこともあるし、父さんも朔おじさんも誘いに来るだろうし、どうかなぁって」
「……うぅん……」
「にゃー、ゆーや、無理しなくていいからね?」
「カズ君が行くから僕も行く、なんて考えんでええよ。ゆーや君の好きなようにしぃ」
「……僕が邪魔じゃなけりゃ、行きたいんだけどねぇ……」
「……お父様のこと、ですよね。優夜さんが心配しているのは」
「うん……。アルムさんには見せたくなかったんだけど、見られちゃったからなぁって。だから別に、行ってもいいんだけどね」
小さく笑顔で答えた優夜。その表情は、嘘偽りのない笑顔だ。
父親とのわだかまりさえなければ、すぐにでも行きたいという思いの表れでもあるのだろう。
むしろそのバーベキューで、父親とのわだかまりを解消したいという思いもあるのだろう。
帰り道に悩みに悩んだ結果、優夜が出した答えは『行く』との一言だった。
「ホンマにええんやね?」
「うん。僕だけが留守番だなんて、なんだか寂しいしね。……それに、僕はアルムさんと一緒にいるようにすれば、彼女の不安も取り除きつつ、僕の不安も取り除けると思うんだ」
「あっ、それはいい考えだと思います! あたし自身、知らない人が多いと萎縮しちゃうので……」
「ふにゃー、そしたら僕らも周りにいた方がよさそうだねぇ」
「? どうしてですか??」
「……和葉ちゃんち、アルムにとっては、テーマパーク」
──猫助のこの一言で、その日の夕飯時に全員がアルムの質問攻めに合うハメになるとは誰も思わなかった……。
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