第2章 探偵、大仕事開始
第11話 騎士参上、探偵動く。
和泉の家に集合する2日前のこと。
今日は優夜の父である神夜が遊びに来てくれた。
なんてことは無い、彼はアルムに興味を持ったからと言うだけだ。それ以外の理由は無い。
無論、神夜が来ると知った優夜は悪意の感情を悪化させないために部屋に篭りきりになった。
後程和馬が部屋に行くのが見えたため、優夜に関しては特に心配は要らないと竜馬は言う。
「優夜さんと仲が悪いのは、なんて言うか……」
「見てて、つらい?」
「……そうですね」
「うーん、ごめんねぇ。僕はそんなつもりじゃないんだけど、優夜はどうしても僕を許せないって言っててねぇ」
「許せない?」
うん、と相槌を打った神夜。そこから彼は簡潔に、『母を亡くした時に自分がいなかった』ことが原因であることを伝えた。
これを聞くだけでは、ただ単に神夜が仕事で帰って来れなかったのが原因と思われる。
だが、原因は根深いところにあるようで。
「ちょっと僕、事情があってね。嫁と優夜にはあまり会えなかったんだ」
「えっ。やっぱり、お仕事で……?」
「うーん、これは説明がしづらいんだけども……まあ、2人を危険に晒す訳にはいかなかったからね。事情が事情なんで、優夜には何も話せてないんだけど」
事情──アルムの知らない、神夜が異世界人である事──を話せていない状態で更に別の事情が重なったため、優夜は神夜に対する悪意の感情がますます強くなってしまったのだと神夜は語る。
それをどうにかしたいとは思うものの、彼に課せられたとある事象が阻み続けているのだそうだ。
悩ましいと思う反面、優夜に話せないのかと語るアルム。神夜も神妙な面持ちで考えはするが、今は話せないのだという。
「今は、ですか」
「いつか語る時は来る、んだけどね。その時がいつになるのかはわからないんだ」
「……早く来ると、いいですね」
「うん。ありがとう、アルムさん」
神夜の表情は変わることはないが、どこか重さの無くなった表情だ。それはアルムにも感じ取ることが出来ていた。
2人の会話が終わったところで、竜馬がおやつを持ってきてくれた。
神夜は竜馬が持ってきたおやつに対し、驚愕の声を上げてから出されたおやつを見る。
なんでもない普通のホットケーキなのだが、神夜にとってはそれは『竜馬が持ってきたもの』であることが重要なのだそうで。
「竜馬、キミが焼いたの!? 雪乃さんや優夜に料理禁止って言われてるでしょ!?」
「禁止って言われてるけどレンチンなら料理の内に入らないじゃん??」
「入るんだよなぁ! 今回はほぼ無傷だから良かったけど!」
「え、なに、俺が料理下手みたいな言い方……ひどい……」
「実際に作って僕に食べさせた料理を食べてから言ってほしいんだよなぁ!!」
事実、竜馬の料理はやばい。神夜だけではなく、友人達は皆そう語るのだ。
ツッコミを入れつつもホットケーキを一欠片口に入れた神夜。
それは冷凍食品をレンジで温めたものだったのだが、温め時間が足りずに口の中でシャリっ!といい音が鳴った。
これには温かいものを食べれると心の中で喜んでいたアルムも撃沈。
「時間足りてなぁい!!」
「あっれー? 1枚で30秒なら、2枚重ねれば1枚になるんだし30秒」
「袋の裏ちゃんと読めって言ってるでしょ!! もお!!」
アルムの皿と自分の皿を再びレンジに突っ込み、再度温め直す。その間にも、竜馬は首を傾げていたままだった。
ふと、竜馬のそんな様子にアルムは自分の剣の師匠もそんな感じだったなぁ、と思いを馳せる。
その剣の師匠はいつも食事の味付けの塩が『ひとつまみ』ではなく『ひとつかみ』だったり、火力が強ければ強いほど時間短縮になると信じていたり、砂糖と塩は相反する味付けだと信じていたりとキリがないほどだ。
──そんなアルムも、大概ではあるのだが。
温め終わりの合図が聞こえると、神夜がすぐにホットケーキを持ってきてくれた。
ほこほこと湯気の立つホットケーキは口に入れるとほんのり甘く、満足のいく温かさだった。
そこへ、過去の召喚術事件の資料を持ってきた和泉がやってきた。が、何やらスマホにメモしているのかチラチラと見ている。
「和泉さん、さっきからどうしたんです?」
「ああ、いや……妙な連中に会って、プチ依頼受けたもんでさ」
「妙な連中? まさか抗争系か?」
「いや、そんなんじゃないっすよ。2人組だったんですけど……なんか、目の虹彩が赤かったんですよ、片割れの人が」
「赤……」
ホットケーキを食べ終わり、食器を片付けるアルム。またしても思い出されるは、己の剣の師匠だ。
よく訓練をつけてくれた剣の師匠も目が赤かったなぁ、とぼんやり思い出す。
「和泉君、その連中は何を?」
「なんか女性を探してるって。写真がないから特徴しか聞いてないんだけど」
「特徴だけだと難しいな。俺らも手伝えそうか?」
「一応、そのために来たんで。えーと、聞いた特徴が……」
スマホにメモしておいた特徴を読み上げる和泉。
彼が出会ったその2人組は『ラベンダー色の髪を持った』『青い眼をしている』『推定150センチの身長の』『若草色の服を着た女性』を探しているそうだ。
そこまで聞いて、竜馬と神夜の目線がアルムへと移る。和泉が挙げた特徴が、ほぼ彼女に一致しているのだ。
「……あたし??」
「アルム、心当たりは?」
「そう言われましても、実際にあたしの知ってる人かも分からないし……」
「……ふむ。まあその2人組が、依頼ってことでここに来るかもしれないな。和馬にも一応伝えておこう」
「お願いします。……あれ、そういや今日は和馬いないんですか?」
「いや、いる。今は優夜君の部屋にいるよ」
「ああ、なるほど」
神夜を見て納得するように頷いて、資料を竜馬に預ける。
和馬と話をつけておきたかったが、と漏らすが今回ばかりは仕方ないと自分に言い聞かせる。
そこへ、来客を知らせるチャイムが鳴る。
竜馬が応対のために玄関へ向かうのだが、先程の2人組かどうかと気になった和泉とアルムが、リビングからひょっこりと顔を覗かせる。
来客は烏羽色の髪の男性と、紅桔梗色の髪の男性。竜馬が睨んだとおり、2人組は睦月探偵事務所への依頼を持ち込んだようだ。
「やっぱり、和馬に頼むつもりか」
「でもなんだか、竜馬さんとお知り合いのような……?」
竜馬と烏羽色の髪の男性は知り合いのようで、玄関先で和気藹々と喋っている。
そんな中で紅桔梗色の髪の男性が和泉とアルムの視線に気づいたのか、チラリと竜馬の影から顔を覗かせた。
その男の顔を見たアルムが、そしてアルムを見つけた男が、思わず声を上げた。
「──ベルディさん!?」
「──アルム様!?」
そう、和泉が出会った2人組というのはアルゼルガからアルムの捜索を依頼されていたレイ・ウォールと、アルムの剣の師匠ベルディ・ウォールの2人。
彼らが写真を持っていないと言うのは、ガルムレイという世界では写真を撮る技術がないためであり、特徴を伝えるぐらいしか出来なかったからだ。
お互いの声が家中に響いたせいか、なんだなんだと和馬と優夜が部屋から出てきた。
2人は状況を見ただけでは全く理解出来ていなかったが、アルムとベルディの会話を聞いて、彼女を探しに来た人物だと理解した。
玄関先で話をするのもなんだから、と優夜が2人をリビングへ案内する。
彼らの話を神夜と竜馬も共に聞くことにしたが、神夜がいるということで優夜は2人にお茶を出したあとは部屋に戻る。
「本当に、ご無事でよかった」
「ベルディさんはゲートに巻き込まれなかったんですか?」
「いえ、アレに巻き込まれたのはアルム様ただ1人です。ですので、アル様もガルヴァス様も今回は事件性を疑っておられます」
「うへぁ、事件性アリかぁ。……あれ、じゃあどうしてベルディさんが?」
「それは……」
ベルディがチラリとレイの方へと目線を移し、すぐにアルムに向き直る。レイは手袋をしている右手を振り、自分もいることをアピールしておいた。
ベルディはレイのことを『自分の父親』とだけ紹介して次の話へと進めた。その目線は、和泉へと向いている。
「それにしてもイズミ様と一緒だったのですね。ご無事でよかった」
ベルディのこの言葉を聞いて、彼はイズミという人物と和泉同一人物に見ていると気づいたのか、アルムは咄嗟に彼がイズミと呼ばれる人物ではないことを伝えた。直後、ベルディとレイは驚愕する。
「え、イズミ様ではないんですか?」
「名前は同じなんですけど、別人なんですよ。凄いですよねぇ」
「いやいや、アルム様、これは凄いで片付けるようなものじゃないでしょう。……本当に違う、んです……よね?」
「そんなに言うなら免許証見せてやってもいいけど」
「めん……?? よくわかりませんが、身分の分かるものをご提示頂けるのであれば」
免許証すら通じない世界なのかと少し驚きつつも、和泉は自分の免許証を見せた。ベルディもレイも免許証を確認しては、顔を見比べている。
怪訝そうな顔を浮かべた和泉は、ひったくるように免許証を取り返して財布に入れた。
まだ信じられないといった顔をするベルディとレイに対し、和泉は共通者だからではないのか?と伝える。
しかしその言葉に対するレイの答えは、和泉や和馬が立てた今までの推理を覆すものだった。
「僕でも、そこまで顔がそっくりで名前が同じの共通者は知らないよ。数多の世界を見てきたけれど、キミとイズミ君のような人間は今の今まで1人もいなかったんだから」
「なら、和泉とアルムの従兄弟がいるっつーのは……奇跡?」
「奇跡、かどうかはわからないなぁ。こればかりは僕の知識でも計り知れないね」
レイはうーん、と軽く唸りつつもその表情からは困惑や疑問を浮かべてはいない。むしろ、和泉については興味本位という様子だ。
故に彼は、和泉と和馬にある依頼を伝えてきた。
その依頼とは、『アルムを九重市に追いやった犯人を捜して欲しい』というもの。
レイ1人では九重市の情報には疎く、ガルムレイと九重市の行き来のことも考えると協力者を作っておきたいのだそうだ。
しかし和泉も和馬も、自分たちは異世界の事象について全く関係性がないのでは?と首を傾げる。
アルムが彼らと関わりを持った以上は手を貸すのには問題はないのだが、それにしても簡単に異世界のことに首を突っ込んでいいものなのか?と疑問が浮かんでしまう。
そんな疑問に対し、レイは竜馬と和馬を軽く交互に見ては『キミは最初からガルムレイの事象に首を突っ込んでいるんだよ』と答えた。
この言葉に対し、和馬は全く身に覚えがないため、首を傾げる。
「……最初から、ってどういうことだ」
「ふふ、それはその時が来ればわかるさ。僕からは何も言えないのでね」
「??」
レイの追加の一言に、余計に首を傾げてしまった和馬。和泉もその言葉の意味がわからないため、ひとまず言葉を覚えておくために手帳に軽くメモを取る。
一方で竜馬は自身の秘密──自分が元ガルムレイの人間であること──をいつ言うか考えあぐねている様子が伺えたが、和泉も和馬も気づいていない様子だ。
それで、と先ほどの質問に対する答えを促したレイ。彼は協力する、しないに関わらず『仕事の返答』を聞きたいようで。
数分考えた後に、和泉はレイにアルムを帰したら返答すると答えた。
「ほう?」
「色々とやることが多いんだ。彼女を帰す手段さえもわからないから、それを確立させてからにしたい」
「なるほど。でもそれは、僕たちが来たから成功も同然ではないのかな?」
「ああ、確かにそうだ。だが、今後の事を考えるとこれは俺たちの手で解決しておきたい。ゲートの存在、異世界の存在……それらは俺の仕事にも関わりを持つんでな」
「……ふむ。ならば尚更、僕とベルディも付き合わなきゃならないかな?」
レイの一言に、和泉の視線がベルディとレイを交互に移る。
ふと和泉の脳内に、彼らはどうやってアルムが九重市にいるのか突き止めたのか、突き止めたとして何故来ることが出来たのか、という更なる疑問点が浮かんだ。
その疑問点を軽く精査し、次のようにまとめた。
来る方法については、レイかベルディのどちらかがゲートを作ることが出来る程の力を持つ者であると予想は立てることは容易だった。
アルムがこの世界にいると突き止める事が出来る方法については、何らかの力を利用した、あるいはアルムに紐付けされた何かを追ってきたのではないかと予測を立てた。
であれば、彼らの協力はアルムを帰すには必要不可欠ではないか、と和泉は考える。
だが実際の所、既に砕牙に協力を申し出ている以上彼らよりも砕牙のペンダントを利用する方を優先させたい、と言うのが和泉の気持ちだった。
その考えを代弁してくれたのが、他の誰でもない、帰される本人であるアルムだった。
「あ、あの。和泉さんは2日後にじむしょ?の方に帰って試すことがあるらしいので、それを確認してからでも遅くはないかと」
「おや、ゲートがあるのかい? ならばそちらを使った方がいいね。短時間に僕が作ると、ちょっとした面倒事に巻き込まれちゃうからさ」
「面倒事?」
「僕、異世界では移動を繰り返すからってことで指名手配受けてるからね」
なんでそんな大層な指名手配受けてるのにこの仕事を引き受けたんだ。とツッコミを入れようとして、言葉を飲み込んだ和泉。和馬もまた同じ意見のようで、目付きがとても遠い。
アルムはよくわかっていない様子なので、竜馬と神夜が何も知らないままでいいんだよと優しく伝えた。
その後ベルディが和泉と和馬に頭を下げ、アルムを無事に帰すためには自分も協力を惜しまない、とはっきり伝えた。
騎士という職業柄、彼は主の協力者にも礼儀は欠かさないようだ。
しかし、そんな中で和泉も和馬も少々困惑の顔をしている。
というのも、まだ確実な方法を見つけておらず、確定で帰すことが出来るとは言いきれないからだ。
「あー……いや、確実に帰せるって決まったわけじゃないんで、なんとも言えないんですけど……」
「それでもあなた方がアルム様を保護してくださったのは紛れもない事実なのですから、私にも協力させて頂きたい」
「……この人、結構義理堅いのか??」
「さあ……?」
和泉も和馬も困惑してしまうほどに頭を下げているベルディという騎士。
後にこの男が壮絶な料理を和泉の前に持ってくるのは、また別のお話。
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