第10話 説明。解説。支度。


 睦月邸。

 バーベキューの日より、2日経っていた。


 というのも俳優である砕牙の仕事のスケジュール上、どうしても2日間は外せない仕事が入ってしまっていて会話の時間が取れなかったのが原因だ。

 なのでサライだけにでも話を聞こうと思ったが、サライは砕牙のペンダントについては何も知らないという、やはり本人に聞かなければならない状況に陥っていた。


 ようやく砕牙のスケジュールに空きができたので、睦月邸に来てもらって話を聞くことになったのだが、集合2時間前に砕牙から1つの連絡が入った。



「ネーム持ってっていい??」



 睦月邸で待っている間に届いた連絡で、和馬も和泉も頭を抱えていた。

 というのも砕牙は俳優業の傍ら、同人誌製作を行っては頒布している歴戦の戦士。夏と冬の2回は必ず戦士としての力を発揮するほど。なお、俳優業の傍らに製作していることは和泉達6人とサライと和葉しか知らない。


 今回は喋っている間にネームが出たら最高だなという考えの元、質問を投げたのだという。


 実際、砕牙のモチベーション維持のためには必要ではある。

 だが、あまりのめり込み過ぎると今度は話題に入らずに熱中してしまうのが欠点だ。そのため和泉は『熱中するのはいいが話に参加するように』とキッチリ注意しておいた。

 そうしなければならないほど、砕牙は趣味に時間を使ってしまう。



「さ、砕牙さんって凄いんですね……」


「実際、仕事の傍らで別の仕事やってるようなもんだからな、アレ……」


「にゃー、いじゅみも和葉ちゃんがいるから似たようなものじゃん?」


「いや俺はトーン貼ったり、ささくれ消したりする手伝いしてるだけなんで……」



 和葉の手の届かないところを手伝ってやってるだけだ、と和泉は呟く。

 だが、彼の行う『手伝い』とやらは和馬達にとっては未知の技術のようなもので、優夜はそこにツッコミを入れる。



「イズ君イズ君、普通の人はそういう技術は持ってないよ」


「そうなの!? お前らも持ってないの!?」


「いやなんで持ってると思うて喋ってん??」


「猫助や優夜ならまだしも、俺とかひーくんとか和馬には無縁の技術だからな??」


「どうして……」


「どうしても何も、和葉ちゃんと結婚したからとしか言えにゃいよね」



 落胆する和泉の手をつかんでは、やれやれと起こしてあげた猫助。このやり取りにも慣れているのか、手早く和泉を正常に戻した。


 その後、サライと砕牙が到着。砕牙は仕事先で買ってきたというお土産を片手に、もう1つの仕事道具を持っていた。

 アルムはその未知の道具に目をキラキラと輝かせているが、響の手によって鎮められた。



「優夜っち、これお土産ね。竜馬さんと和馬っちはこれ」


「わ、ありがとう~」


「んお、ありがとさん。いつも悪いな、お土産ばかり貰っちまって」


「日頃から世話になってるからな。気にすんなよ」



 歯を見せてニッと笑った砕牙。その笑顔はとても美しいものだ。


 彼らをソファに座らせ、各々が自らの定位置についた。

 だが、何処から話をしたらいいものかわからず、しばしの無言が続く。その無言を解いたのは、サライだった。



「砕牙のペンダントについて聞きたいと言っていたが、何かあったのか? 例えばいわく付きだったとか……」



 そこまで呟いた瞬間、サライも砕牙も顔に恐怖を滲ませた。

 彼らもまたオカルト嫌いであり、いわく付きのペンダントともなれば捨てたくなるほど。

 しかしオカルトマニアの響がそれを否定し、何処で手に入れたのかの情報を得る。



「このペンダントは気づいたら持っていたんだ。枠に名前が彫られてたっぽいんだけど、もう掠れて読めないんだよね」


「名前……。ちょっと見せてくれ」



 砕牙からペンダントを受け取り、詳しく調べてみる。

 確かに傍目からではわかりづらい枠の部分に、傷のような彫り物のようなよく分からないへこみが見つかった。

 更に詳しく調べるために、響が趣味で使っている拡大鏡を利用して調べてみる。



「ふんふん……。砕牙君、これ最初からこんな感じやった?」


「ああ、俺が幼い頃からこの状態だったそうだ。それが?」


「んや、これなあ、傷の度合いから見て砕牙君が幼い頃よりも前に付けられた傷かもって思って。もう1回聞くけど、これは誰かからプレゼントされたワケやないんやね?」


「ああ。高校時代、養父から聞いた。施設にいる頃からずっと肌身離さずに持っていたと」


「……そうかぁ。大事にしぃな? 貴重なもんやさかい」



 響は礼を述べて、ペンダントを砕牙へと返す。

 その際に一瞬だけ石が自ら煌めいたのが和泉には見えたが、太陽光による反射だと気にしなかった。


 そして6人はアルムと共に、彼らに異世界のことを話すか否か悩んだ。

 砕牙のペンダントは彼が異世界にいる頃からつけているものであると傷の度合いで判断され、ペンダントに付けられた石がゲートを開くためのアイテムである可能性は高くなった。

 そのため、如月探偵事務所のあるビルの5階に住んでいる彼らが巻き添えを食うことを考えている。


 だが、『異世界の概念』というのは経験しなければわからないのが現状。

 アルムのように異世界人を召喚する、あるいは実際に異世界に飛んだ等といった経験が無ければ真実としては受け止めづらいだろう。


 6人とアルムが無言で睨み合っている様子に、サライも砕牙も少々たじろいでいる。



「な、なんだ。お前たち、無言で睨み合って」


「お嬢ちゃんまで和泉みたいな顔してる……」



 あまりに空気が重くなったため、アルムが深呼吸をすると同時に和泉達も同じように深呼吸。

 そして和泉が目配せをすると、皆揃って頷いた。まるで、全員が許可するといわんばかりに。



「……サライ、砕牙。先に謝る。すまん」


「え、何が? 何が??」


「これから話すのはお前らにとっては、訳の分からない事だと思う。だが、協力して欲しいからこそ全てを話させてもらう」


「……それは、俺と砕牙が何かしらの危険に晒されていると解釈しても?」


「サライは鋭いな……。ああ、そう捉えることも出来るな」


「……わかった。理解し難い事象でも、一応は聞いてやるよ」


「恩に着る」



 安堵のため息がそれぞれから聞こえてくる。彼らが拒否することも考えられていたため、この答えに安心を得たというところだ。


 彼らには、アルムの事を含めて全てを話した。

 異世界からやってきた彼女を帰すことを優先中であり、そのためにも砕牙の持つペンダントの石がキーパーソンとなっていることや、サライと砕牙が記憶喪失の異世界人である可能性があることも、全て。


 その話に軽く相槌を打っていた砕牙は、特に自分たちの話にはかなり食らいついてきた。

 以前、俳優業の傍らで自信喪失をしていた時に、何故自分には親がいないのかと自問自答をした事があったそうで、この話を聞いて心がどこかスッキリしたのだと言う。



「そっかぁ……俺たちに実の親がいないのは、異世界で誕生して、ここに飛んできたからかぁ……」


「俺たちが和泉と顔がそっくりな理由にも合点がいった。話してくれてありがとよ」


「あれ、もしかしてサライ、ドッペルゲンガーの話を知ってたからビビってたのか?」


「ぐっ……。遼、お前鋭いな……」


「いや、オカルト嫌い3人衆だしそうなのかなーって思っただけ。マジだったか」



 けたけたと軽く笑った遼に、恥ずかしそうな顔をするサライ。

 彼はオカルト系列の話となるとどうしても恐怖が勝るので、遼には勝てないのだ。


 合点がいったところで、砕牙のペンダントを事務所ビルの何処で使うか話となる。


 ビルは1階から5階まであり、どの階で使えばいいのかはまだわかっていない状態だ。

 順当に行けば1階で使用すればいいのだろうが、空きテナントのため下見などに来た一般人を巻き込む訳にはいかないというのが和泉やサライの意見。

 また4階も事情を知らない心療内科の先生に迷惑がかかるからと使用しづらいというのが砕牙の意見だ。



「と、なると。和泉の家、事務所、サライと砕牙の家のどこか、だな…」


「実際に使えるかどうかはともかく、場所を決めておかないと後で大変なことになりそうですね……。あたしが帰るだけで大きな迷惑をかけてしまうのは忍びないんですけど……」


「そこはまあ、仕方ない。俺の事務所を建てた場所が悪かったってだけだ」


「和葉ちゃんに絆されへんかったら、こないなことなってへんやろに」


「うるせぇ。俺に口答えする前に結婚してみろバーカ」


「いやぁ、俺はもうりょーくんと一緒におるから実質結婚してますぅ~~」



 ぎゅむ、と遼を抱きしめた響。それに釣られるように優夜も和馬をぎゅむぅと抱きしめた。

 和馬と遼は既に慣れており、菩薩顔の猫助は淡々と話を進めようとする。なお砕牙が和馬達4人の光景を見て、もう1つの仕事道具の進捗が捗ったのは言うまでもない。


 そんな和馬達の様子を見たアルムが、『仲睦まじい』の一言で動じないことに猫助とサライが驚く。



「アルムが動じにゃい……!?」


「アルムは普通の人かと思ってたんだが、砕牙と同じ歴戦の戦士なのか?」


「れきせ……?? あ、いえ、あたしのお兄ちゃん……1番上の兄が似たようなことを、従兄弟のお兄ちゃんにしてるので……」


「おぉっと家族が既にそんな感じだった」


「アルムの兄弟どうなってんの……??」


「あ、あたしに兄は3人いるんですけど、どれも個性の塊なんですよぉ」


「個性の塊」



 思わず復唱してしまうほど、和泉は『逆に会ってみたい』と思ってしまった。何故なら、思うだけならタダだからだ。


 アルムだけでも充分個性が強いと思っていたが、そのアルム自身が個性の塊と称する程の人物達。

 興味が無いと言ってしまえばそれまでだが、ほんの僅かな興味が湧いてしまったために、頭の片隅から離れない。

 探偵とは記憶力が命なので、1度頭に入るとなかなか離すことが難しいものだ。



「和泉さん、どうしてあんなに怖い顔してるんです?」


「イズ君は気になることがあると、とことんあんな顔だからねぇ」


「っていうか、どう考えてもアルム以上の個性の塊について考えてるぞ、アレ」


「アルムちゃん以上の個性の塊なぁ。そもそも和泉君も充分個性の塊やんけ」


「そーそー。いじゅみだって、探偵始めたきっかけが充分個性の塊だよ」


「……。」



 猫助の言葉に『その和泉に釣られるように探偵になった俺はどうなんだ?』と声には出さずに頭の中で呟き、真顔になってしまった和馬。

 彼もまた、和泉の探偵開始事情を知る1人なので心の中が虚無に等しい。それだけ、和泉が探偵になった理由というのは個性が強い。


 その様子を見たサライが『個性の塊大戦争』と呟いて砕牙が吹き出したので、この話題は中止となった。


 話題が止まり、しんと静まり返る。そんな中でアルムが和馬にパソコンを触らせろという目線を投げてきたが、リビング用パソコンは竜馬が触ってからでないと彼女に触らせてはいけない。

 事情を話したのに完全に忘れているであろうアルムに対し、瞬間的にアイコンタクトを取って連携をとった睦月邸住居者5人。

 響が新たな話題を3秒で落とし、それに同調するように話を続けた。



「せや、和泉君のビルがゲート不発やった場合に備えて、次の候補場所考えとかん??」


「おう、そうだな。九重市は狂気の街って呼ばれるぐらいだし、市内を探せばありそうだな」


「ってなると何処が候補になるかねぇ。専門の和泉と、オカルト好きなひーくんと俺はだいたい予想は立てられるんだが」


「今までの仕事の資料見ねぇとあやふやな部分があるが、まあ候補は思いつくぞ」


「にゃ、さっすがぁ。じゃあ僕ちょっとマップ取ってくるねぇ」


「あ、僕は飲み物用意するよ。サライ君と砕牙君も麦茶でいい?」


「おう、いいぞー。丁度俺の方もネタが煮詰まってきたところだから、水分補給しておきたい」


「お前まだ書いてたの」


「完全新作が来月に上がりそうです」


「煌びやかな笑顔をこっちに向けるな。俺を見るな。地面を見ろ」


「サライが辛辣ぅ」



 砕牙とサライのやり取りに思わず笑ってしまったアルム。

 砕牙が今やっている仕事についてはよく分からないが、2人のやり取りはきっといつもこうなんだと思うと、自然に笑みが零れたという。


 そんなアルムに対し、幼い頃から2人共仲が良かった証拠だと、砕牙はハッキリと答える。



「そういや幼い頃から~って俺らもだけど、和馬っち達もだよな?」


「ん……ああ。俺と優夜と遼と猫助は、特にな」


「俺ら、母さんと竜馬おじさんと神夜おじさんと勇助おじさんが仲良かったからなあ。その流れで生まれた時からの付き合い」


「ん?じゃあ和泉と響っちは?」


「俺はりょーくんとカズ君は従兄弟関係やけど、ゆーや君とネコ君は2人から教えてもらった感じやね」


「俺は高校時代からの付き合い。優夜は……和葉を通じて神夜さん経由で知り合ったってのもあるが」



 和泉のその台詞を聞いて、ほんの僅かだが優夜が顔を顰めた。

 その様子に気づいた和泉はすぐに謝罪したが、なかなかその感情を拭い去ることが出来ないようだ。


 無論、優夜の家庭事情を知らないサライと砕牙は何があったのか尋ねる。



「ん……僕、ある事が起きてから父親を許せなくって。今みたいに関連した話でも、ちょっと受け付けられないんだ」


「ありゃ、そうだったのか。ごめん、優夜っち」


「ううん、こっちこそごめんね。普通の会話だったのに」


「……実親がいない俺が言うのもなんだが、あんまり抱え込みすぎるのも身体に毒だからな?」


「……いつかは話さなきゃならないと思うんだ。でも、話をしようと思うとどうしても心の奥がグルグルと渦巻いて、真っ黒になっちゃって」


「相当だなぁ、優夜っち。あんまり無理するんじゃねーぞ?」


「ありがとう、砕牙君。ところでその新作と言うのは誰モチーフ?」


「おっ、よくぞ聞いてくれました。今回のは和馬っち&優夜っちで──」


「あーあーあーあー! 砕牙、その話は別所でやろうなー!」



 詳細を聞きたがった優夜と詳しく話そうとし始める砕牙を引き剥がし、強引に話を終了させたサライ。

 普段ならこんな事はしないのだが、アルムがいるからと言うのと、今後の話が進まなくなるからということで強制終了させた。


 そんな様子をつゆ知らず、猫助は九重市のマップを持ってきてくれた。

 和泉、遼、響でそれぞれ詳細位置を書き込み、事務所の土地が不発だった場合は次回休暇時にそれぞれで回ってみようという話になった。



「まあ、まずは和泉の家に全員で行ける日を作らねぇとな」


「あー、じゃあ僕らは有休消化しなきゃいけないし、みんな取っちゃおうか?」


「だなぁ。確か俺とネコは来週確定で取らなきゃいけないから、ひーくんと優夜も合わせれば?」


「そーするぅ。申請書は明日出しとこ」


「でも、和葉ちゃんがいたらどうするの?巻き込まれちゃったら……」


「ああ、じゃあ俺と砕牙が預かるよ。砕牙のダンス訓練に付き合わなきゃならないからな」


「助かる。……となれば、この日だな」



 和泉は持っていた手帳の日付にチェックを入れ、全員に確認をとる。

 和馬も優夜も遼も猫助も響もしっかりと確認し、アルムも確認を終える。

 今のうちにと優夜たちスーパー勤務組はスマホで各々の上司や同僚に連絡を入れ、準備を済ませておいた。

 和馬もまた、父竜馬に連絡を入れて返答を確認する。



「……よしっと。もしこれで向こうに行っても、親父からおじさんたちに連絡が行くだろ」


「助かるわぁ。お父ちゃん達はうるさいからなぁ」



 からからと笑う響を横に、何やら不安そうな顔をしている和泉。

 その予感が当たる気がしてならないのか、和馬に対して和葉、サライ、砕牙の事も竜馬に頼めないかと尋ねた。



「ん、構わねぇが……どうしたんだ急に」


「いや……急に不安になってきた。俺が巻き込まれるならいいんだが、その3人が巻き込まれるのを考えると、ちょいとな……」


「ああ……イズ君、確か御家族とは連絡取ってないから、唯一の家族である和葉ちゃんが巻き込まれるのは見たくないよねぇ」


「だから、頼んでおきたい」


「あいよ。親父はそこまで厳しくねぇし、問題ないさ」



 和泉の不安そうな顔を横目に、和馬は再び父に連絡を入れた。その後了承の連絡を受け取ったので、念の為にサライと砕牙の連絡先を父に送付する。

 その後再びマップを利用して、ゲート候補になる場所を選定、チェックを入れていく。



 その日が来るまで、彼らは情報を集めるのみ──。

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