第30話 夜に生まれた優しい子


 黒く染まった闇の中、神夜とイズミとアルムの3人は九重市の裏山の入り口で星空を眺めていた。

 今日は月も綺麗で、星空がくっきりと見れる晴れ模様。神夜がジェニーの阻害無く空を眺めることが出来るのは、ひとえに竜馬が一時的な保護術をかけてくれているからだ。



「へぇ……これだけ町中に明かりがあるから、見えないもんかと思ってたが」


「まあ、九重市は田舎っぽい都会で、都会っぽい田舎だからね。場所によってまちまちなんだよ」


「それでも、お前にとっては故郷なんだろ?」


「うん、そうだね。……そう、だね」



 そっと左目を隠している髪に触れ、目を閉じる。

 神夜の脳裏に思い起こされるのはこの九重市にやってきてからの40年。膨大な出来事と、その中でも一番大好きな記憶。同じ星空の下で優奈を愛し、告白した日の出来事が今も尚目に浮かぶそうだ。


 山の中を歩きながら、優奈の人柄についてアルムが問いかける。



「……優奈さんって、どんな方だったんです?」


「うーん、そうだねえ……簡単に言うと、和葉お嬢様と砕牙君を足して2で割ったような……そんな感じかな??」


「つまりはあの2人と同列に語ることが出来る方だった、と……」


「多分あの2人より興奮を抑えきれない感じに語るかな? 優奈は好きな物事になると兄弟さんでも止められなかったらしいからね」



 小さく笑い、優奈のことを語る神夜。

 最初に出会った時のこと、喧嘩した時のこと、プロポーズした時のこと、結婚式をあげたあとのこと……様々な出来事を、彼はまるで子供のように話した。


 話はその後に息子である優夜の話になり、彼の名前の由来を語り始めた。


 『夜』に生まれた『優』しい子。

 当時神夜は昼の仕事が多く、昼間に生まれてしまえば会えないかもしれないと危惧されていた。

 いつでも帰ってもいいと言われていたのだが、神夜は仕事熱心故に帰るのも少々憚られていたとのことで……。



「あの子ね、僕が到着するとにやぁ~って笑ったんだ。僕のことを、お父さんだってちゃんと理解して笑いかけてくれたんだ」


「……その時、その左目は?」


「ああ、当時から髪で隠していたよ。万が一見られても大丈夫なように、あの子と遊ぶときはちゃんと眼帯をつけてね」



 7つの呪いのうちの1つ、子を殺す呪い。

 発動条件まではわかってはいないが、出来る限り優夜の目に入れないよう、また神夜が優夜を見ないようにと必死で隠してきた。

 それは今も変わらない。左目を髪で隠し、誰にも見られないよう、誰も見えないようにとしてきたのだから。



「でも、危険度合いは変わらなかったんですよね?」


「うん、まあね。だから出来る限り自分から近づかなかったけど、あの子、僕と遊ぶのが大好きだったからねえ……」



 優しげに、後悔しながら微笑む神夜。これまでの自分の行いが正しかったとは言い難いが、間違っていたとも言えないという、なんとも表現しがたい感情が彼の中に渦巻いていた。

 アルムもイズミも、そんな彼には言葉をかけづらかった。彼ら親子がどんな人生を歩んできたかは彼らの言葉でしか知らないために、余計に。



 そうして歩くこと、10分と少々。裏山の中腹へとやってきたアルム達は一度休憩を入れる。

 傾斜が少し高めなこの山は、遊歩道なども一応整備はされている。しかし中腹以降は整備もままならないため、ここから先は獣道を掻き分けての手探りとなってしまうと神夜は言う。



「……となると、もしここにいた場合はかなり厄介だな……」


「いる、とは断言できないけど……。《預言者プロフェータ》が捉えた光景だと、ここも当てはまるからね……」



 《預言者プロフェータ》の力は『未来予知』。僅かな時間ではあるが、神夜は自分自身、あるいは親しい者達の未来を見て予測することが出来る。

 今回、優夜の居場所を特定するために力を使ってみたが、どうしても『洞窟内に優夜がいる』としか見えなかったため、九重市周辺に存在する洞窟をいくつか探し回ってみることとなった。


 和泉、和馬、猫助の3人は海岸沿いの祠を。

 遼、響の2人は九重市のオカルト系列では有名な天海あまみ神社裏の祠を。

 竜馬、勇助の2人は九重市を少し離れたところにある山の洞窟を。

 朔、蓮の2人はそれ以外に当てはまる土地を。


 それぞれが探しに回るということで来ているのだが、他のメンバーからの知らせでは優夜はいなかった、という連絡しか来ない。

 となれば、自動的に九重市の裏山に優夜がいるということになる。



「……どーすっかな。探知を使おうと思えば、使えるんだが……」



 右腕をじっと見つめ、指を動かしてみるイズミ。

 しかしそんな彼に対して、アルムはその手を握りしめて止める。再び彼が人ならざる者へ成ってしまうことだけは、絶対に避けたかったからだ。



「ダメ。イズミ兄ちゃん、その腕は絶対に使っちゃダメ」


「わかってるよ。……でも緊急時には使うからな?」


「う。……き、緊急時だけだからね!」


「はいはい」



 軽く流したイズミは、ふとある一点に視点を向ける。目の前に広がる闇の中に、ひとつ、洞窟を見つけたようだ。

 だが彼は先へと進もうとしなかった。なにかの罠が張り巡らされている感覚がしているとイズミは言うのだが、アルムも神夜もそれに気づくことは出来ていない。……むしろ、イズミだからこそ気づいていると言うべきだろうか。



「……神夜、こっちに誰か向かっているか?」


「和泉君のチームが。一応、竜馬と勇助も駆けつけるそうだ」


「そうか。……なら、先に行っても問題ないな」



 そう言うとイズミは手を虚空にかざす。光の柱が彼の手に集まったかと思えば、少しずつ光が2つの剣を作り出す。むしろ作ると言うよりかは、呼び寄せたと言う方が正しいかもしれない。

 その光景には神夜もだが、アルムも驚いた。現代ガルムレイ人は皆、それぞれ武器を異空間に収納出来る『武器転送』が使えるのだが、魔術同様にそれはガルムレイの魔力を受け取れないと使用ができない。故に、今現在イズミが武器転送を出来るのは異質なわけで。



「な、なんでイズミ兄ちゃん、武器転送出来てるの!?」


「ん? お前は出来ねえのか?」


「出来ないよ! ……魔術も使えないし」



 もう一度、魔術を使ってみるが……やはりアルムには何も出ない。武器転送も同じく試みたが、彼女の手には何も現れる様子はなかった。

 その様子に首を傾げたアルム。自分が異質なのか、イズミが特別なのか、どちらにせよどちらかがこの世界において別な扱いを受けているのだろうと考察をする。



「どっちにせよ、考察は後回しだ。……神夜、覚悟はいいな?」


「…………」



 イズミに問われて、神夜は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 心の中ではもう決心はついている。でも、頭の中ではまだあの子に会う義理はないと考えながらも……時は待ってくれないのだと言い聞かせて、決意を胸にイズミにしっかりと目線を送った。


 彼の決意を受け取ったイズミは、その手に握り締めた2つの刃、アンダスト国の宝剣ローディ・ツェインを構えて洞窟の奥へと進む。

 アルムと神夜に手出しされないよう、自分が盾となって前を位置取って。



 1歩、また1歩。歩みを進めるごとに、アルムと神夜の顔が険しくなる。

 洞窟の奥は真っ暗闇。しかしその奥から溢れる強烈な悪意が、アルム達に突き刺さっては外れない。



「……当たり、だな」



 イズミが軽く剣を振りかざすと、風が洞窟の奥へと吹きすさび……その風を返すように、洞窟の奥から血の匂いが混ぜられた風が戻ってくる。

 素早くイズミは前へ出て剣を振り下ろし、暗闇の中にいるであろう"彼"の動きを封じるも、"彼"は2つの刃を右手で受け止めていた。



「やあ、イズミ君じゃないか。どうしたの、こんなところで」


「テメェ……」



 闇の中から現れた"彼"――優夜はいつものように優しげで、けれど身体中を赤く染めた笑顔でイズミに笑いかけていた。まるで、街中で偶然にも出会ったように。

 しかしその身体にまとわりついた死の匂いだけは、応対したイズミにはよく目についた。特に口元と喉周りに付着している血は、食事中だったことを知らしめるかのように、乾いていない。


 思わず、イズミは右腕の力を解放しそうになった。だが後ろに控えているのがアルムと神夜だという事実を頭に押し止めると、解放を押し留めて己の力だけで優夜を洞窟の奥へと押しやる。

 闇の奥へと追いやられたせいか、優夜はまだ、神夜の存在を見つけることはなかった。故に彼は、イズミに問う。



「どうして、キミが来たの? イズ君や遼が来るならともかく、キミが来るのは想定外なんだよねぇ」


「俺が来る理由なんざ1つしかねえだろ。テメェの中に潜んでるクソ野郎と決着を付けるためだ」


「僕の中? さて、誰のことを言っているんだい?」


「しらばっくれても無駄だ。テメェの中にあのクソ野郎――ベーゼ・シュルトが存在することは、既に確認してんだよ。こっちで接触したせいで、お前は魔力を持つことになったことも全部、聞かせてもらった」


「――……そう。なら、隠す理由はもう無いね」



 その次の瞬間、イズミに大きな衝撃が襲いかかる。

 咄嗟に剣を構えてガードを試みたものの、衝突の勢いが強かったせいで洞窟の外にまで吹き飛ばされてしまった。おかげで、後ろに控えていたアルムと神夜の姿が優夜の目に映り込む。


 そこから先は、神夜だけが狙われていた。

 《預言者プロフェータ》の瞬間的な予知によって神夜は優夜のナイフを紙一重で躱し続けては、体勢を崩すを繰り返して時間を稼ぎ続ける。イズミが復帰するまでは時間を稼がなくてはと考えたようだ。


 しかし不思議なことに、月明かりしか見えない洞窟の中だというのに、何故か、お互いの姿が見えなくてもそこに存在することを知っているかのように2人は動き続けていた。



(……あれ?)



 アルムはその光景に、何か違和感があるように思えた。

 彼らは至って普通の人間で、暗闇の中を視認できるような力は持っていない。神夜ならば《預言者プロフェータ》であるいは、と考えているのだが……そうなると優夜も《預言者プロフェータ》と同様の力を持っていないと、お互いの存在を知ることは出来ないのではないか、と。


 そこまでの考察が重なったところで、アルムの方に強い殺気が漂ってくる。咄嗟に回し蹴りを放って襲いかかってきた者を蹴飛ばしたが、獣の甲高い鳴き声にハッと、気づいてしまった。

 ――優夜が闇の種族を作り出していることに。



「神夜さん!!」


「っと、やっぱりか! 優夜、キミやったね!?」


「なんのことだろうねぇ! 僕が野良犬を喰らった影響で闇の種族が生まれたとか、僕の憎悪が勝手に形を作ったとかかなぁ! アハ、アハハハハ!!」


「このっ……!!」



 高笑いする優夜に対して怒りを顕にした神夜だったが、それ以上はダメだ、と自身でストップをかける。いつ、どんな時に7つの呪いが発動するかも分からない状況下、自分の手で彼を殺すことだけは避けたかったから。


 それを知らない優夜は、どんどん神夜に向けて攻撃を繰り出す。鈍色に光るナイフは虚空を斬るが、それでも徐々に神夜の皮膚に近づいていった。


 更には闇の中を駆ける闇の種族の存在がアルムと神夜の動きを阻害しようと動き続けている。おかげでアルムは神夜と優夜の間に入ることが出来ず、神夜も足を取られそうになって回避行動に障害が出始めていた。

 そんな様子に痺れを切らした優夜は、暗闇の中で大きく、泣き叫んだ。癇癪を持った子供のように、欲求を晴らせずにイライラしてしまっている様子だ。



「ねえ、どうしたのさ! いつものように、諦めてしまえよ!! 母さんと僕を見捨てたように、全てを諦めろよ!!」


「それ、は……」


「お前は僕が生まれた後、ずっと、ずっと! 僕を視界に入れないようにしていた!! 僕を見ないように、僕をいないように扱って!!」


「――っ……」



 真相を知らない、実の息子からの言葉のナイフ。

 幼子の頃の記憶は無くても、気づいたときから既に彼の視線からでは神夜がそういうふうに映っていたのだろう。神夜も反論が出来なかった。


 実の息子の言葉に動揺した神夜は、がくり、と体勢が崩れる。咄嗟に身体を捻って優夜の攻撃を避けようとしたのだが、優夜はその動きさえもように、ナイフの切っ先を神夜の着地点向けて振りかざした。



「ぐっ……?!」



 腕を切り裂かれた。それはまだわかるのだが、神夜は喉にも手を添えられていることに気づいた。暗闇の中、何が起きているのかがわからない神夜は手探りで優夜の腕を掴む。

 ギリギリと締め付けられ、呼吸が荒れてゆく。絶対に殺してやるという気概が、優夜の左腕からしっかりと読み取れたようだ。



「死ね、早く死ね!! 早く、早く、早く早く早く!!!」



 優夜の絶叫とともに、神夜の喉に添えられた手に込められる力が一層強くなる。両手を添えて、持てる力を全て神夜の喉に伝えていた。

 彼の爪が皮膚に突き刺さり、じわりと血が流れる。酸素が脳に届かず、眼前の闇がチカチカと光ったかのように見えてきた。もはやこれまでかと、神夜が諦めようとしたその瞬間……1つの光が洞窟の入口側から2人を照らす。



「優夜!!」


「神夜おじちゃん!!」



 その明かりの正体は猫助が持ち込んでいた懐中電灯。どうやら和泉と和馬と猫助の3人がイズミを見つけ出し、彼と共に駆けつけたようだ。


 明かりに目がくらんだ優夜の手が、一瞬緩む。その隙に神夜は残っていた力を振り絞って拘束から抜け出し、大きく息を吸って全身に酸素を届けて優夜を抑え込んだ。出来るだけ彼を視界に入れないように、『子を殺す』呪いだけは発動させないように。



「っ、この……!!」



 もう一度掴みかかろうとしたその瞬間、優夜の背を何かが貫く。それと同時に、和馬と猫助の悲鳴が洞窟中に響き渡った。

 それもそのはず。イズミは両手の剣、ローディ・ツェインで優夜を背から胸を貫いているのだから。


 血は流れずとも、その光景はもはや殺人現場。慌てた猫助と和馬がイズミに向かって怒鳴る。



「っにゃーー!!?? いずみん何してるの!!?」


「おま……おい!! 優夜を殺す気か!?」


「安心しろ、そのつもりは無ぇ!! コイツの精神を眠らせるだけだ!!」


「が、ああ、あああぁぁぁっ!!」



 精神を眠らせるために剣を突き立てても、優夜の身体はイズミに反抗しようと必死でもがく。しかし徐々に『文月優夜』の精神は掌握されて、彼の動きもゆっくりと止まっていった。


 これで安心……かと思ったが、イズミはまだ剣を抜く様子はない。それどころか、己の身体全体で優夜を押さえつけ始めた。



「くそっ、流石に俺1人だと優夜眠らせるのが精一杯だ!! フォンテかノエルがいなきゃ、ベーゼが身体乗っ取っちまう!!」


「うにゃにゃ、そんなこと言ったって!」


「アルム!! どうしたらいい!?」


「そ、そんなこと、言われ、ましてもー!!」



 アルムもアルムで、優夜が作り出した闇の種族への対処で手一杯。

 万事休す、と思われた矢先……和泉がふと、優夜に手を伸ばす。



「あ、バカ……!!」



 イズミが彼を止めようとした。危ないから離れておけと。

 しかし、和泉はその言葉を聞くこともなく――。


 ……そこで、和泉の意識は途絶えた。

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