第29話 思惑と思案


 少し時は遡り、睦月邸。



「ねえ、和泉君たち今から向こうに行ける?」


「は??」


「なんで……???」



 そんなレイの一言から、話が始まった。

 というのも、睦月家で話をしていては動かせる事態も動かせないというもので。


 レイが言うには和馬達と合流し、アマベルから事情を聞いたあとすぐに優夜を探す必要があるという。ベーゼの正体やら何やらは、レイが話すよりも多少は彼が詳しいからと。



「けど、向こうに居ないってことはこっちに優夜がいる可能性が高い。そうなったら神夜への危険性が高いだろ」


「うーん、それはそう。でも、和馬君たちはまだ魔力調査中だし、向こうから戻れる可能性は……」



 そこまでレイが言ったあと。

 和泉へ和葉から、響へ遼から、レイへアマベルからの着信が同時に入った。

 どうやらアルムとアルゼルガ2人の計らいで和馬達の調査は免除となり、アルムが付きっきりという条件で九重市へ戻ってくることに成功したようだ。アマベルは彼らを届けたよ、という連絡を残し、ガルムレイ側に残ったという。



「ってことはそっちに迎えに行けばいいか?」


『ん、えーと、燦斗さんが丁度砕牙さんたちを送った後みたいだから、送ってくれるって。ジンさんのところにも行かなきゃならないらしくて』


「あー、神夜さんなら和馬んちいるから、ついでに来てもらった方が早いな。伝えといて」


『はーい』



 電話を切った3人。電話する動作にビビっているのか、イズミが少々後ずさり気味だ。こちらの世界に来てまだ1日も経ってない故に、慣れるまでには時間がかかるのだろう。


 ともあれ合流出来そうな雰囲気だったため、先にレイとベーゼの関係性だけ聞いておくことにした和泉。ここで聞いておけば多少の対処がしやすいためだろう。



「ベーゼ・シュルト……というのは当時の人々が名付けた名前。本当の名前は、えーと……どっち名乗ってるんだろうなあ、アレ」


「どういうこっちゃ?」


「ああ、ええとね。アレは2つの意識が織り交ぜになって生まれたものなんだ。僕がいろんな世界に配置した『レイ・ウォール』という存在が、死んで僕のもとに戻ってきた精神体……って言えば良いのかな?」



 よくわからないけど、と軽く注釈を入れたレイ。

 いくつもの精神体を生み出しては様々な世界に配置しているために、仕組みの詳しいところまではよくわかっていないそうだ。


 そこまで伝えた後に、イズミが眉間にシワを寄せた顔でレイに問いかける。

 どうにも彼はレイに対して、少々苛立ちを覚えている様子。



「……ってことは、そのクソみてぇなツラが何千、何万っているのか?」


「アンダスト王子様、僕に対してなんか恨み持ってない??」


「ベーゼ・シュルトの生みの親なんだろ? お?? こちとら先祖の尻拭いのために伯父行方不明になって、アルム攫われて、俺の右腕ぶっ壊れて、兄貴ぶっ倒れたんだぞ??」


「アッ、ハイ。そこに関しては本当に申し訳ございません」



 イズミの周りでは何やら色々と起こっていたそうだが、その怒りの矛先をベーゼに向けるのも癪だと感じたらしく、ベーゼを造った張本人に向けることにしたそうで。

 レイはそのことに関しては間違いなくベーゼを造った自分が悪いと言い切り、緩やかに土下座をした。ベーゼの動向は見張っていたが、そこまでは手が伸ばせなかったこともきちんと謝罪。


 まあまあと響にたしなめられて、話を続ける。

 ベーゼ・シュルトという存在が2つの存在から成り立っているというのは、竜馬達も初耳なのだそうだ。



「ってことはなんだ、お前が用意した精神体……確か、今は6人だったか?」


「そう。『執着』『嫉妬』『暴走』『死神』『神聖』『邪悪』の6つ。……このうち、『死神』と『邪悪』は3万年前には僕から抜け落ちてるんだ」


「その2つがまぜこぜになって出来たんが、ベーゼってことになるん? でも、精神体って言うから身体はあらへんのやろ?」


「するどいね、響君。そこで彼が準備したのが、オルドレイたちが行った――」


「「――魔力定着実験か!」」



 イズミと勇助の言葉に、そのとおり、と相槌を打ったレイ。


 魔力定着実験とは、その名の通りガルムレイという世界に魔力を定着させるための実験。提案者はアリス・ノヴェンブルであり、それを補助していたのはオルドレイ・マルス・アルファード、ジェンロ・ディセンブル、そして……当時のレヴァナムル国王の子息マール=ヴァレン・オーストル。

 しかしその実験はアリスの家系が準備したと言われているが、実際にはベーゼ・シュルトが準備した偽の実験企画書。その実験を行うことで魔力の定着が起こることはなく、ベーゼに肉体を与えるというものだった。


 そこまで聞いて、朔と蓮がハッと何かに気づいた。

 丁度、彼らがガルムレイに飛ばされてしまった時に出会っていた人々が同じなのだと。



「まさか、俺らの記憶が消されて継ぎ接ぎにされたんは……その実験を見られたからか!?」


「おそらくはね。外へ持ち出すことは許されていなかったし、なによりその技術が別の世界で使われては崩壊が起きる。そこでアリス・ノヴェンブルが《魔術師マゴ》の力で記憶を改竄したんだ」



 レイの見解では、その時点では既に研究は最終段階に入っていたのもあり、魔力のない世界から来た人間であると考えた上で朔と蓮に記憶改竄の術を使ったのだろう、とのこと。

 どうやらその当時の双子はとにかくやんちゃで言いふらしたがりだったのもあったようで、その辺を考慮した上で改竄が入ったのかもしれないと。


 そこまでレイが口にすると、勇助がゆっくりと事件の顛末を尋ねる。



「そんで、実験は……失敗、だったんだよな?」


「ああ、うん。オルチェ、キミが何度も止めたにもかかわらず、アリスは死亡、マールはベーゼに肉体を奪われ……あとはジャック・アルファード、キミが知るとおりだ」


「オルドレイは子孫にこの事件の解決を託し、ジェンロは1人では許容できない魔力を2つの肉体に分けて、更には魔族になった……か」


「……んん??」



 首をかしげる神夜。少し、何かが違うと。

 というのもイズミの言葉に何か違和感を感じたらしく、ジェンロ・ディセンブルの現在の様子をもう一度事細かに聞いてみることに。



「っつっても、言ったとおりだよ。魔族になって、2人になって」


「じゃあ、《騎士カヴァレイロ》はどうなったんだい? 戦闘になると指揮能力が発揮されて、どんな戦いでも有利を掴むことが出来るんだけど……」



 ――《騎士カヴァレイロ》。

 十二公爵・ディセンブルが持つ戦闘特化の力。

 武力行使による侵略戦争が多かった2万年前は《騎士カヴァレイロ》の力を他の十二公爵の力と組み合わせて使うことで、侵略を食い止めてきた。

 戦場全体を見渡すほどに広く視界を保つことが出来、その視力は凄まじいほどに上がる魔眼並になるそうだ。


 当時の《騎士カヴァレイロ》の所有者は『ジェンロ・ディセンブル』。

 だがジェンロは子孫を残すことはなく、若くして魔族として肉体を2つに分けた『ジェンロ・デケム=ベル』と『ジェンロ・ディセンブル』に分かれ、今も長く生き続けている。

 イズミ曰く、どちらも《騎士カヴァレイロ》の力を使うことはなかったそうで、イズミ自身もその力の所有者に出会ったことはないという。



「んん……もし、ベーゼが所有していた場合が、ちょっと怖いね」


「神夜が《預言者プロフェータ》持ちだったよな、確か。未来視はどうなんだ? ベーゼの状況」


「うぅん、ジャック君には申し訳ないけど……僕に見れる未来視は家族とここにいるメンバーぐらいしか見れないんだ。だから、ベーゼの状況までは見れない」


「マジかぁ……。アイツが持ってたらこっちの勝ち目がないんだが……?」



 げんなりとした様子のイズミ。ベーゼには何が何でも打ち勝ちたいという彼の意欲は、竜馬も勇助も褒め称えていた。


 そんなところでチャイムが鳴り、燦斗が和馬達を連れてやってきた。が夜闇の中でも、クッキリと見えている。

 和馬達は急いで室内に入り、神夜と入れ替わりになった。竜馬は結界の外には出ないようにとだけ伝えると、和馬達にも諸々の事情を話した。


 当然だが、和馬も遼も猫助も、寝耳に水の情報がわんさか飛び込んできた。

 自分の父や母が元はガルムレイの人間だったという話は、特に頭を痛める内容だったようで。

 あまりにも突然な話なので、和馬は竜馬を投げ飛ばしておいた。事の大事さを思い知れ! という、息子からの声なき言葉だと。



「にゃ……じゃあお父ちゃんがちっちゃいのに運動神経がめちゃくちゃいいのは、その力のおかげってこと?」


「そうなるな。あと俺はちっちゃくない」


「僕とアルムの隣じゃなくて、いじゅみといずみんの隣に立ってから言ってくれる??」


「息子が冷たいぜ」



 しょぼしょぼとソファに座る勇助。苦笑するアルム。竜馬達の正体についてあまり驚いていない様子のアルムに、猫助は首を傾げてしまった。

 どうやらアルムはアマベルに事前に話を聞いていたそうで、それでもかなり驚いているのだという。ただ、イズミが先に驚いてるだろうから表情変えてまで驚くことはないかな、と。



「オルドレイ様に教えたら成仏しそうな気もしますけどねぇ」


「ああー、そういや心配してたもんねぇ……。って、あれ? ちょっと待ってアルム」


「なんでしょうか?」


「オルのお話だと、アリスって人ともう1人行方不明になってなかったっけ?」


「……あれ? そういえば……?」


「ん、誰か俺らと同じようにいなくなったってのか?」



 猫助とアルムの会話に、竜馬と鈴が気になって混ざり始めた。

 というのも、竜馬達4人は同時に同じ場所へ辿り着いているため、もし他にもいなくなっているのなら九重市に存在する可能性が高いためだ。


 シャネル・フェヴレイロがいないという話を聞いて、竜馬と鈴は首を傾げた。というのも彼女らしき人物は見たこともなく、神夜の《預言者プロフェータ》でも捉えたことはないためである。

 もしシャネル・フェヴレイロが同じように九重市にいるのならば、ベーゼ・シュルトは彼女も狙う可能性があるという。



「何故ですか?」


「シャネルはね、《鑑定士ヴェーリア》といって……人の心を『鑑定』することが出来る力を持ってるの。ベーゼが人の憎悪を好むというのなら、隠れた憎悪を『鑑定』することで見つけたり出来る力なんて……欲しがるでしょ?」


「にゃ、確かに……!」


「でも、竜馬さ……フォルス様たちが見つけてないなら、ベーゼも見つけてないことになりますけど……」


「そうなるな。あとアルム、俺らのことはいつもどおりの呼び方でいいぞ?」


「う。……でも、あの、一応オルドレイ様と同じ立場の方々、なの、で……」



 礼節を重んじるアルファード家だからこそ、こういう場でもきちんとしていたいというのがアルムの言葉。だが、既に彼らへの呼び方が定着しているために、竜馬も鈴もあまり気にしていない様子だ。

 長く定住していて前の名前で呼ばれるのは久しぶりだからと、竜馬も鈴も勇助も、そしてリビングに戻ってきた神夜も気にしないのだという。



「うーん……みなさんが、それで良ければ……?」


「うん、僕も構わないよ。そもそも立場が近くても、年齢で言っちゃったらジェリー・ジューリュは14歳のままだしね」


「ハッ……!!」


「ってことは元の年齢で言ったら、神夜おじちゃんって俺らより年下ってことになるんか??」


「それどころか、俺と勇助もだな。フォルス・ジャネイロが23で、オルチェ・オウトゥブルがー……」


「俺24。ジェンロとオルより年下」


「オルドレイより年下だったのか。んじゃあ、リナリアは……」



 イズミと和泉が鈴に目線を向けた瞬間、神夜と竜馬の手がそっと2人の顔の方向を変えた。年齢の話題は世界が変わったとしても、リナリア・セテンブルもとい長月鈴にはご法度なのだそうだ。

 なんでも鈴は自分の年齢の話題になった時には、それはもう鋭くなるという。実際にガルムレイ時代でもそういうことがよくあったのだとか。



「母さんこえー……。いやまあ、時折そういう片鱗見せることはあったけども」


「そういやりょーくんがおばちゃんの年齢の話してたときもめっちゃ見張ってはったもんな……」


「あー……あったわ……。セツ兄とお前らと一緒に話してる時にめっちゃ見張ってたな……」



 和馬、遼、響は大いに心当たりがあるそうで、少しだけ身震いした。この感じをベーゼも味わえばいいのにと思ったのは、響のみだったそうだ。



 そうして、話はベーゼへの対抗手段の話になる。

 レイの話によれば、イズミが対抗する手段を持っているためそれを使うことになるだろうと。

 しかしその手段を使う相手は優夜かベーゼか、どちらかを選ぶ必要がある。イズミ1人で2人分の相手をするにはかなりの負担がかかるため、どちらかを残さなければならない。



「優夜を止めてもいいし、ベーゼを止めてもいい。だが、どちらを止めても必ずこちらに牙を剥くだろうな」


「正常な判断のつかない優夜を残せば何をするかわかんねえし、ベーゼを残せば優夜の身体を使って乗っ取る……だろうな」


「せめてイズミと同じ技術を持つやつがいりゃぁ、楽だったんだろうけど……」


「いるにはいるんだが……流石にすぐに呼び寄せるのは無理だ。俺が抑えている間に、お前らでなんとかするしかない」


「マジかぁ……」



 苦い顔をした和泉と和馬。本気になった優夜というのは和泉達でもあまり相手にしたくないようで。

 どうやって優夜を取り押さえるか、どうやってベーゼを取り押さえるか、どちらも対処が取れるようにと作戦会議を10分で済ませた。


 その結果、神夜の《預言者プロフェータ》を使って、優夜の攻撃を躱し続けるのが最適解だと神夜本人から告げられる。

 家族である彼の僅かな先の未来を見ることはたやすく、またこの後に起こる事の未来を既に知っているからこそ、神夜が取り押さえてみせると。



「だが、その目の呪いはどうするつもりだ? 優夜を見たら発揮するんだろ?」


「うーん、眼帯をつけて抑え込むしかないね。普段から使ってない方だし、眼帯つけてもまあなんとかなるさ」


「にゃ……おじちゃん、無理しないでね……?」


「うん、せやで。俺らもお手伝いするから、遠慮せんで言うてな……?」


「ありがとう、猫助君、響君。でも、あの子を止めるにはもうこの方法しか、僕には思いつかなくてね」


「うにゃ……」



 柔らかに微笑んだ神夜に対し、和泉とイズミは眉根を寄せる。彼が優夜に狙われているとわかっている以上、本当にこれが正しい道になるのかと。また別の方法はないのかと必死で考えた。


 だが……時間はもう残り少ないことが、神夜から告げられる。

 この後すぐにでも、優夜を探しに出なければ……優夜は二度と人の姿に戻ることはないだろうと。



「……チッ。仕方ねえ、神夜は俺とアルムでなんとかする。和泉、お前らは……」


「優夜のいそうな場所を探せ。……そういうことだろ?」


「話が早くて助かる。……神夜、頼むから……」


「離れるな、ってことでしょう? 大丈夫だよ、僕はそんなにやんちゃじゃないからね」



 微笑んだままの神夜に調子を狂わされているイズミ。

 はてさて、この後の展開や如何に。

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