第19話 進展、ちょっとだけ。


 夕方の睦月邸。

 郊外の館で手に入れた本の内容について確認する和泉と和馬とアルム。


 本当は3人揃って七星家に泊まろうとしていたのだが、今日は次期総長候補の朔が戻ってきたことでハッスルした部下たちによるドンチャン騒ぎがあるそうなので、蒼馬が巻き添え食う前に帰れと促してくれた。


 ダイニングテーブルの上に本を置いて、3人で唸り続ける。

 ガルムレイの本。しかも、アルムの先祖が生きていた頃の文字で書かれたもの。

 本そのものは古びてはいるのだが、中身は保存状態が良好だったためかそこまで朽ちてはいない。


 ―――もっとも、そんなものがこの九重市にあること自体おかしな話なのだが、3人は全くその点について気づいていない。



「あの屋敷ではこれを使って、ゲートが開いたって可能性があるんだよな。でもあの屋敷の人間はどうやって文字を読んだ?」


「異世界の文字なら、語りかけてきたというのもあり得る。まあ、アルムが違うといえば違うだろうが……」


「2万年前の文字ですからねー……。あたしでもわからないです、そのあたりは。喋るかもしれないし」


「だよなぁ……」



 どうしたものかと悩んでいると、優夜が帰宅する。

 出迎えてみれば優夜の服が汚れており、和馬が何かあったのかと慌てて問い詰める。

 問い詰められたとしても、普通の笑顔でなんでもないよと優夜は答えたが。



「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっと貧血起こしちゃって、ベルディさんに助けて貰っちゃってさ」


「ベルディさんが?? 迷子になってるかと思ったらまさかの」



 和泉はアルムには事情―――ベルディが優夜を見張っていることは話してはいるが、和馬と優夜には話していない。

 故に、彼はそのまま口を噤んだ。話すのはもう少し後になってからだと考えていたためだ。

 彼女もまた同じように、何も言わずにいてくれた。ベルディが何を見て、何をしていたかは事情がわかってから話そうとしているようだ。



「あ、今日はお好み焼き作るね。最近食べてなかったでしょ?」


「ん、ああ。手伝うことは?」


「ホットプレートの準備と、生地作り」


「わかった。こっちでの考察が終わったらすぐに行くよ」


「うん、よろしく」



 優夜はそのままキッチンへと向かい、和泉達3人は再び考察を始める。


 本がどうやって世界を渡ってきたのか、どのようにして家主は本を入手したのか、本の内容をどうしたら理解できたのか。

 様々な謎を解き明かすために3人であれこれと話をしていたが、どれも決定的になるような話には至らなかった。


 むしろ、それらを裏付けるための知識が不足しているのだ。

 本がアルムのいる時代から2万年前のものであることは彼女の言葉からも明らかだが、だからといって彼女自身が2万年前の知識全てを持っているわけではない。

 ゲートによる移動があったのはわかるが、誰が持ち込んだのかまでの特定さえもできないのだ。


 この本に関する考察はここで終わりか……そう考えていると、睦月邸のチャイムが鳴る。優夜が手を離せないため、和馬が出てみることに。



「……あれ、レイさん?」



 来訪者はレイ・ウォールとベルディ・ウォールの2人。

 ―――ほんの僅かだが、優夜の顔が歪む。


 2人はどうやら和泉に用があったらしい。ベルディがホテルにいないことをレイに伝えていなかったらしく、その分のお礼をしたかったそうだ。

 しかし……2人の目は、やはり本へと目が行く。



「……これを、どこで?」


「俺のじいちゃん……七星蒼馬からの依頼で調査していた家から」


「この地図だとどのあたりかな?」


「ああ、地図だと―――」



 レイが広げた地図に印を書き込む和馬。

 よく見ると屋敷を中心に、レイが別に付けておいた印がたくさん見受けられた。

 彼が言うには細かなゲートが発生していた箇所らしいが、これほどの量は異常なのだとか。


 しかし、今日。本を見つけたことで納得が行ったそうだ。

 本を手に入れた者はいくつか試してみたが、全てが微細なゲートを発動させるしかなかったため、レイが見つけるまで放置状態だったのだろうと。


 本を渡し、レイに読んでもらう。どのような文章が書かれているのか、またどのようにしてこの世界の住人が読んだのか、そのあたりの判断をしてもらうためだ。



「……これは……」


「なにか……わかりました?」


「……《魔術師マゴ》の一族の本だよ、お姫様」


「……《魔術師マゴ》、って……」



 ―――《魔術師マゴ》。

 アルム達の時代には既に滅んだ国、レヴァナムルの十二公爵の一人が持っていた『唯一魔法を扱うことの出来る』者。

 元々ガルムレイでは魔法という存在は現実には存在せず、限られた者のみが使用できる技術。その一族は世界で最も優れた魔法使いだったという。


 現在では血筋も途絶え、書籍も全て灰となったと言われており、現存する《魔術師マゴ》の手がかりといえば歴史書や文学書のみ。

 不思議な術は人々の生と死を操ることが出来ていたが、負担の多い力だったとか。


 そして今日、その途絶えた一族の本が見つかった。レイにとっては驚く他なく、ベルディとアルムにとっては奇跡の瞬間を見たようなもの。

 和馬と和泉にとってはちんぷんかんぷんだが、食材を切り刻んでいる優夜がわかってない二人に対して口を挟んだ。



「その一族は、もしかして書籍を"生かす"なんてことも出来たんじゃないの? 目の見えない人に向けて、喋る本を作ったとか」



 その言葉に、レイはまた驚く。優夜の言った言葉は一字一句間違いなく、当たっていた。

 当時文学に疎かったり盲目だった等の様々な理由で本を読めなかった人々に向けて、《魔術師マゴ》の一族は本を"生かした"そうで言葉さえ理解できるのならば誰でも本の声を聞けたという。

 そして今、和泉達が見つけた本はまさに優夜の言う"生きた本"そのものなのだ。これにはレイも驚かざるを得ない。



「一族の力は異世界にまで及ぶと言われているから、例え世界を移動したとしてもその力は途絶えない。きっと、キミ達が向かった屋敷の主人もこの喋る本を使ったんだろうね」


「けど、今はなんで喋らねえんだ? そんなに力があるなら、まだ動いてても良さそうだが」


「推測するに、世界移動の際に魔力を消費していたんだと思う。それに加えて、ゲートを試しに作ろうと微細なものを作っていたから消費も多かった。最後に一家の人間を飲み込むほどの大きなゲートを作った影響もあって、魔力切れになったんだろう」



 くるくると本を動かし、魔力の残存を確かめていたが……ダメだという顔がレイに浮かんでいる。

 彼はそのままテーブルに本を置いて読み始めるが、内容を読むというよりは本の状態を確認するといった感じに近く、内容までは理解している様子はなさそうだ。



「状態は良好、魔力さえ残っていたら喋っていたかもしれないね。……あとは特筆する点はないね。基礎的な魔術に関する本のようだ」


「ということはガルムレイに戻したら、超文化遺産として登録されそうですねえ。ガルヴァス、読めるかなあ」


「ああ、かのオーストル国王の血を継ぐなら読めるかもね。それと、キミが救い出した彼もね」


「あ、そうか。マールがいたっけ」



 ぽん、と手を叩いたアルム。この本を読める人間を思い出したようで、帰り道さえ確保できれば中身の確認は容易だと和馬と和泉に伝える。

 未だに帰る手段を見つけていないため中身の解明には時間がかかるだろうが、それでも解明できる人間を確保できることは大きいそうだ。


 しかし、それに対して優夜はあまり乗り気ではなかった。

 解明したとしても事件の解決にはなんにも役に立たない気がすると称し、和馬と和泉の言葉にも消極的な姿勢を見せていた。


 普段の彼ならばここまで消極的になることはあまりない。

 その様子には和馬も和泉も不安を感じていたが、アルムがゲートを使って移動した時点から不安だから、と呟いた時には反論することが出来なかった。



「優夜……」


「なんていうか、ごめんね? 最近色々なことが重なりすぎてて、倒れちゃうぐらいになってるのかも」


「……あんまり無理するんじゃないぞ?」


「うん、ありがとうイズ君。あ、今日はお夕飯食べていくかい? お好み焼きなんだけど」


「ん……今日は和葉もいるし、事務所の方に帰るとするよ」


「そっか。じゃあまた今度ね」



 柔らかに微笑んだ優夜の顔は、少しぎこちない。

 それに気づけたのはこの中でもただ1人、和馬だけ。


 和泉が帰ってから、レイとベルディも帰った。レイはともかく、ベルディは事務所の一室を借りている身だから早めに帰りたいというのが彼の言葉。

 ……実際は、和泉よりも後に帰ると申し訳無さでいっぱいになる、というのが本音らしいが。



「……。」


「……。」



 和馬と優夜の間に、言葉はなかった。

 それは仕事に出ていた遼たちが帰ってきても、変わらない。何があったのかと問われてもなにもないと答える2人に、猫助も頭を抱えた。


 ここまで2人が喋らないのは、また珍しいこと。

 和馬と優夜は幼い頃からずっと仲がよく、このように口をきかない状態に陥るのはお互いの喧嘩が発生したか、あるいは意見が拗れに拗れたか。

 しかし遼と響が原因を考えるも、ここ数日の様子では喧嘩も意見の拗れも無かったように思える。



「やー……これはもう、和泉君やアルムちゃんに聞いてみるしかあらへんねぇ」


「だなぁ。いやしかし、長年付き合ってる俺と猫助でも原因がわかんねぇとは」


「うにゃー、それほどまでに面倒な問題が発生したんだろうねえ……。あ、いじゅみとアルムには僕が聞いとくね。お夕飯食べてから」


「ん。ゆーや君には俺が聞いとくわ。りょーくんはカズ君お願いなぁ」


「はいはい」



 3人それぞれで会議を終えて、リビングへ。

 するとそこでは、優夜がぼぅっとした様子でソファに座り、テレビ画面を見つめている。既に準備を終えたので、後は焼くだけなのだろう。


 普段なら、支度を終えたら和馬の仕事を手伝うに行っているところなのだが、珍しくも優夜は手伝いに行こうとしない。

 その様子があまりにも不気味に思えた響は、開口一番こんなことを口にする。



「ゆーや君が……グレた……!?」



 何を言っているのか自分でもよくわかっていないが、とにかく響にとっては和馬のもとに行かない優夜が反抗期のそれにしか見えなかったようで。

 優夜もまた、自分自身の行動に驚かれていることに苦笑を漏らす。普段なら、大きく笑って返すところにもかかわらず。



「いやぁ……ちょっと僕、最近調子悪くって。和馬の所に行ったら、和馬も調子悪くなりそうで」


「あー、そやなぁ。カズ君、結構感受性高いから同じように引っ張られるかもしれんしなぁ。賢明な判断やで」


「ありがと。えーと、もうお夕飯食べるかい?」


「んや、みんな揃ってからにしよーや。俺らが先に食べたらネコ君が泣く」


「そうだねぇ」



 のんびりとした会話が繰り広げられていると、またも来客者。

 誰だろうとインターホンを見てみれば、優夜の身体が固まった。


 神夜が来た。

 ただそれだけの出来事で、身体と心が動かなくなってしまう。



「おん? 神夜おじちゃんやないの。お夕飯食べに来たんかな?」


「う、えっと。買い物の時に、食べに来たいって言ってて」


「そうかぁ。……どないする?」



 このまま追い返すことも出来るよと、響は口に出さずにアイコンタクトをとる。

 不安げな顔の優夜は、言葉に詰まって声が出てこない。


 誰も来客に出ないためか、和馬がドアを開けて対応する。神夜だと知ると、1度優夜に声をかけたいと言ってリビングの方へ。



「優夜、おじさん来てるけどどうする?」


「う、と……父さん、は……えっと」



 そこから先の言葉が出ない。

 ……出そうとすると、悪意の言葉しか出ないから抑え込んでいるとも言うべきか。


 カウンセリングを受けて、自分も父も1度話をしなければならないことはわかっている。だからこそ、これは願ってもないチャンスだ。


 それでも……優夜は、勇気を出せなかった。

 普段通りにすることが出来そうにない気がしてしまい、首を軽く横に振った。



「……そうか。体調不良って言っておくよ」



 くしゃくしゃと和馬が優夜の頭を撫でる。反応を出せただけでも偉いと褒めるように、勇気を出してくれてありがとうと感謝するように。


 すぐに和馬は玄関へと向かい、神夜に断りを入れる。

 心配そうにしている神夜だったが、優夜の心に負担をかけさせる訳にはいかないからと潔く引いた。

 しかし流石に何もしないのは親としてどうかと思われそうだからと、神夜は懐から何かの包みを取り出し、和馬に渡した。



「……キャラメル?」


「お、和馬君覚えててくれたんだ。そう、手作りのキャラメルだよ。仕事柄甘いもの食べなきゃやってられないんで、自作したの。良かったらみんなで食べてね」


「……ありがとうございます。優夜も喜ぶ、と思います」



 キャラメルの包みを受け取った和馬は、神夜を見送った後ですぐに優夜のもとへ。

 彼はやはり、ぼぅっとした様子でテレビを見つめているままだ。


 そんな様子を廊下から見つめるアルムと猫助。どうやら2人とも、優夜がこうなってしまった原因を探るために優夜自身を見張ることにしたのだとか。

 それは難しいだろうとツッコミを入れる和馬は、2人を引っ捕まえて自室へと連れ込む。



「お前らが今見張っても意味ないと思うんだが?」


「いやいや、今の優夜さんならポロッと何かの情報を出しそうじゃないですか!」


「そーだよ! ふにゃふにゃゆーやだし、いつもみたいな隙の見当たらない感じとは全く違うって!」


「えええぇぇ……??」



 そう言ってまたも優夜を見張る! と言って廊下に出る猫助とアルム。

 和馬はただ彼らの行動にため息を付いて、貰ったキャラメルを1つ口へ放り込む。



「……うまい」



 残りはあとで優夜に渡そう。

 そう誓った和馬は、仕事の残りに手を付け始めるのだった。

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