第22話 到達、異世界


 無重力空間にとらわれて数秒後。

 目を開けば、鬱蒼と生い茂る昼過ぎの森の中。

 前日に雨でも降ったのか、和泉の肌が少しだけしっとりと濡れていた。



「……着いた、みたいだな……?」



 キョロキョロとあたりを見渡してみると、先に来ているはずのベルディが見当たらない。今は和泉だけしかおらず、何処へ向かえばよいのかわからない状態だ。


 もう少しだけ待ってみるか、と立ち尽くしたのも束の間。赤い、ぽよぽよとした何かが和泉の足元にぽよんとやってきた。赤い何かはぷるぷるとした表面を持ち、つぶらな瞳で和泉をじぃっと見つめ続ける。



「……なんだ、お前?」



 当然ながら和泉にはその何かの正体なんて知らない。だが、赤い何かは和泉を知っている……というよりも、誰かと間違えている様子だ。和泉が動こうとすれば赤い何かもぽよぽよと動き、和泉に着いてくる。


 一体どうしたらいいんだと悩んでいると、響がやってきて、アルムがやってくる。レイは日本側に残るとのことだそうで、このまま先に進んでも問題ないとのこと。



「あ、丁度良かった。アルム、こいつどうにかしてくれ」


「こいつ??」



 足元にいた赤い何かを指差し、アルムに訴える。すぐさま彼女はしゃがみこんで赤い何かを撫で、ここに目的の人物はいないという事を教えた。

 どうやら和泉をアルムの従兄弟であるイズミと勘違いしているようで、そのことについてもしっかりと教えておいた。赤い何かは、『別人……?』と言いたげな目線を和泉に向けていたが、アルムの言葉にどこか納得がいったようだ。



「だからね、イズミ兄ちゃんはどこか別のところにいると思うんだぁ。後で一緒に探そうね」


「ん、そのイズミってのはこの国にいるのか?」


「うーん、多分? あたしがいなくなったなら、リイねーさんの命令を受けるまでもなくすっ飛んで来そうだし……」


「どんだけアルムちゃんの事気にしとんねんソイツ」


「あたしに0歳の時に告白したそうです」


「アカン」



 イズミという人物はアルムのためならば何でもやる、ということなのだろう。響は頭を抱えたが、ふと隣にいる人物のことを思い出して視線をそちらに向け、アルムに付いていきながらもそれとなく昔の話を聞いてみることに。



「そういや和泉君も昔、和葉ちゃんに0歳で告白した言うてへんかった??」


「……どう……だったっけな……。俺自身は覚えてないけど、兄貴達なら覚えてそう……」


「そんならこっから帰った後に聞いたろ」


「やめろ。人のプライバシーを掘り下げるな」


「ごめんごめん。……でも、その辺りまで似てるんやね」



 和泉と響は、これから会うかもしれないアルムの従兄弟とやらに少しだけ恐怖を感じる。それでもその従兄弟に会ってみたい思うのは、同じ顔がどこまで同じなのかを確認してみたいからだろう。


 やがてアルムの先導で森を抜けると、ぐるりと森の外周を歩いて道を見つけて再び森の中へ。少し歩けば洋館が見つかり、アルムは扉を軽く叩いてすぐに中へと入ってゆく。

 赤いぽよぽよとした何かは入り口で待つ、というようにぷるぷると震え、ドアのそばでごろりと寝転がった。入口付近は暖かい日差しが入るので、絶好のお昼寝場所なのだろう。



「ただーいまー。ガルヴァスー、アルお兄ちゃーん」



 彼女が声をかけながら入った直後、どたどたと騒がしい足音が2つ。和泉と響が扉を開けて入ってみれば、緑髪の男性と青紫髪の男性がアルムを取り囲んで彼女の無事を祝っていた。

 彼らからすればアルムは長い時間行方不明だったこともあり、心身の様子などの確認をしたかったらしく、すぐに彼女を奥の部屋へと連れて行こうとしていた。



「ま、待って待って! あの、お客様もいるから!」


「「客?」」



 男2人は和泉と響を見るや、和泉が服を着込んでいることに驚きの声を上げた。やはり彼らも和泉を別の人物と間違えているようで。

 アルムが2人に和泉が違う人物であることを伝えると、まじまじと和泉の姿を眺める男性組。似てない所を探すほうが早いと彼らはつぶやく。


 男たちはそれぞれ自己紹介をした。緑髪の男性はアルゼルガ・アルファード、青紫髪の男性はガルヴァス・オーストルというそうだ。

 アルゼルガの方はアルムの兄であり、この国の領主たる人物。彼女がいなくなったことで情報を集めていたようだが、こうして無事に戻ってきたことで安堵の表情を見せている。

 ガルヴァスの方はアルムの守護騎士という立場にいながら、アルを支えている人物のようで。アルムがいなくなってもアルを支え続けていたようだ。


 アルもガルヴァスも、和泉が違う人物とは思いにくいらしく、未だに眉間に皺を寄せて彼を見ている……。



「その、俺に似てるイズミってやつは今いるのか?」


「ん、いや、今は外界の人達と共に外に出ているよ。今日の夕方には帰ってくるんじゃないかな」


「外界……??」


「え、誰か来てるの?」


「うん。えーと、名前は……忘れたけど、1人は顔に一本傷が入ってる子」


「……まさか」



 特徴を聞いて、すぐに思い浮かんだのは和馬。しかし本当に和馬かどうか分からなかったため、スマホの写真を見せよう……としたところ、スマホが動かない。充電は先程しっかり行っていたため、つかないということはないはずなのに。

 慌てて響が普段から財布に入れて持ち歩いている和馬、優夜、遼、猫助の写真をアルとガルヴァスに見せると、この4人がこの国に来ていることを教えてくれた。今は、イズミと共に城の方へいるそうで。



「手続きとかがあったからな。その4人と、男女2人組が一緒に向かったよ」


「男女2人組?」


「えーと……そうそう、女の子はアルムに似てたような? こう、髪の毛をぐーっとヘアバンドで伸ばしてる子」


「まさか、和葉と玲二さん……?」


「ん、そうそう、そんな感じの名前だったかな?」



 絶句する和泉をよそに、響は冷静に彼女たちに会えないかとアルとガルヴァスの2人に問う。

 答えは……今後領主官邸に戻ってくるようであれば、可能だということ。ただし正式な手順を踏んでの異世界渡航ではないため、いくつかの検査を受けてから元の世界に送り返されるそうだ。



「正式な手順? ってことは、俺らもアカンってことになるん?」


「きちんとゲートを固定させたところを通ってない、ってこと。キミ達はどうやらレイ殿が作ったゲートを通ってきたようだし、問題ないよ」


「そうそう、きちんとゲートを固定させてないと…………あれ??」



 ふと、アルムは気づいた。

 ―――これ、自分も検査対象になるのでは? と。


 もともとアルムは遼が行った術式によって、九重市へ飛ばされた。それは和泉も響も知っての通り。

 だが遼はレイのように作れるとは言え、ゲートを固定させておらず、そのまま閉じてしまったので……アルムはガルヴァスの言う、いわゆる不法手段で九重市へ飛んでしまったことになる。

 なので否応なしに彼女も検査対象として扱われる……と、いうことだ。



「うわああぁぁぁ」


「苦手な検査でしょうけど、アルム様も対象ですので」


「あ、あ、あたしの場合は何を……?」


「採血と魔力調査、あと手順が面倒な方の身体検査ですね」


「いやあああぁぁぁ」



 絶望に瀕した顔のアルムは崩れ落ちる。ちょっと巻き込まれただけなのに、一番苦手な検査が自分に舞い込んでくるとは予想外だった故に。


 そんな検査は真っ平御免だ! といわんばかりに和泉と響の手を引いて官邸を出て行くアルム。すぐにでも城に向かい、和馬達との合流を目指すことにして、検査のことを忘れてやろうという魂胆のようだ。



「ええのん? 検査で悪いとこ見つかるかもよ?」


「すっっっっごく面倒で1日かかってもですか」


「……先にりょーくん見つけたいな!」


「でしょう!?」


「いいのかそれで……」



 大きくため息を付いた和泉は、ひとまず一旦アルとガルヴァスに断りを入れて和馬達を探しに行く。こっそりと、アルムには必ず検査を受けさせるように約束をして。



 城下町に着いた時には既に夕暮れが近く、周囲を兵士達が巡回するようになっていた。ロウンの国は魔物との共存関係を築いているとは言え、魔物の凶暴化が起こりやすい夜には必ず兵士が見回るそうだ。

 アルム達はまっすぐに王城へ向かうものの、既に城門が閉じられてしまっていて出入りが出来なくなっていたため、キッチン側の出入り口を使って城の中へと入る。



「あれっ、イズ君!?」


「おわっ、優夜!?」



 キッチンで仕込み作業を手伝っていた優夜とばったり鉢合わせ。予想外の出来事に一瞬慌てはしたものの、夕飯の準備中だからということで会話は後回し。

 他のメンバーもいるのかどうか聞こうとしたが、忙しさのあまりに聞くことができなかったのでアルムの帰還報告がてらに城内を探してみることに。


 帰還報告は騎士たちにも伝えられ、彼女の父・リアルドや母・ミースにも伝えられた。いつものお転婆気質な彼女のことだから無事で戻ってくるだろうと思っていたので、そこまで心配はしていなかったようだが。

 しかし、隣にいた和泉を見てリアルドもミースも首を傾げた。先程異世界の人々を連れてこなかったか? と首を傾げており、やはり2人もイズミと間違えているようだ。



「いやホンマ、どんだけ似とるん」


「まあ、あたしが一番最初に間違えるレベルですからねえ……」


「アルムが俺を間違えたように、和葉も間違えたよな、きっと……」



 次に向かった先は応接室。異世界の人々はまずここで書類を書かされて、ある程度の聞き取り調査を行うのだが……和馬達はいない。それどころか、メイド達が掃除をしているので邪魔にならないようにとさっさと出た。


 一体彼らは何処にいるのやらと悩ませていれば、カラカラと夕飯を運ぶコックの姿が和泉の目に映る。同時に優夜が出てくる様子も見えたため、彼に着いていくことに。



「本当は官邸に戻ってきてねって言われてたんだけど、思った以上に聞き取り調査で時間食っちゃって」


「それで今日はお城の方に泊まることになったわけですね。……何処の部屋使ってるんです?」


「んと、3階の東側。アルムちゃんの部屋に近いところだよ」


「ああー、そこならあたしも気づかない……! なにせそこ、空き部屋だったので……」


「確かに埃っぽかったから、和葉ちゃんと玲二さんが掃除してたっけなあ」


「すみません、本当に……。あそこ、おばけが出るっていう噂があるから、メイドさんたちも手を付けようとしなかったんですよね……」



 おばけが出る、と聞いて……当然ながら、オカルト嫌いの和泉の顔がひきつった。だがそんなこと、響にとってはいつものことなのでガッチリと腕を掴んで彼を無理矢理連れて行く。



 部屋には和馬、遼、猫助、玲二がいた。和葉はいない。

 どうやら和葉は異世界の技術を見てみたい! ということらしく、今は騎士団の宿舎の方で勉強をしているらしい。夕飯であることを鐘の音で知らせているため、勝手に帰ってくるだろうとのこと。



「とりあえず全員無事ってことだな。はぁ~よかった……」


「良かったとは言うけどよ、和泉。俺らがこうなった原因は突き止めたのか?」


「その点についてはレイさんとベルディの調査でわかったんだが……どうにも、お前らが狙われてるってのが大きくってなあ……」


「にゃ? どゆこと?」



 ゲートの開き方の違いを語り、開き方からして和馬達のうちの誰かが狙われていたということ、そしてそのゲートは絶対に遼が開いたものではないという調査結果を伝える。和馬も遼がやったのではないかという結論を出していたが、調査結果を伝えられてからは考えを改める。

 また、和泉は玲二に睦月邸へ向かったかどうか、その最中にどのルートを通ったかの確認をとった。これは彼女たちが無差別ゲートによって巻き込まれたかどうかを確認するためだ。



「ふむ、確かに私と和葉様はその道を通ったよ。いつも使うルートが工事中だったのもあってね、一番近い道で向かったよ」


「あー、そういや確かに和葉ちゃんちからカズ君ちに向かうルート、工事中やったもんねぇ。ほんならあの道通ったのはしゃーなかったってわけかあ……」


「なら、無差別のゲートに巻き込まれたのはガチの偶然ってことだな。……はー、よかった……狙われてたとかじゃなくて……」



 ほっと胸をなでおろした和泉。そんな彼の下へ、ようやく和葉が戻ってきた。彼女は様々な異世界技術をメモしてきたらしく、とても上機嫌だ。

 だがしかし、その隣にいた男―――イズミを見て、和泉は固まった。衣装は違えど自分がいるという驚きに、瞬きしか出来なくなっていた。


 怪訝そうな顔をしたイズミだったが、隣にいたアルムを見て警戒心を解いてくれた。どうやら和泉の話は聞いていたらしいが、魔物の類が変化系の魔術を使っていた場合が怖かったとのことで警戒していたらしい。



「ホンマに和泉君やん!? えっ、ヤバない!?」


「おー、やっぱひーくんもそういう反応だよな? 俺らなんて和泉が隣にいなかったから、余計混乱してたぞ」


「にゃー、そうだねえ。僕らでさえ、最初はいじゅみと勘違いしたぐらいだよ」


「しかしこうして並ぶと、違いが服着てるか半裸かどうかってのが……やべぇな」


「まあ確かにイズミさんは半裸のベスト衣装ですから……ねえ……」


「イズミ兄ちゃんは見習ってほしいものだよ、和泉さんを」



 ずばずばと響、遼、猫助、和馬、和葉、アルムに言われてしまうイズミ。アルムにまでツッコミを言われるとは思ってなかったらしく、ちょっとだけ落ち込んでしまった。一応優夜が慰めてはいたが、俺だってちゃんと服着るもん、と拗ねてしまった。


 ひとまず全員揃ったので夕飯タイムに入るのだが、残念なことにアルムと和泉と響の分はない。なので普段から響が持ち歩いているブロック型栄養食をちまちまと食べつつ、水分補給を行うことに。

 そんな様子に見かねた和葉と猫助が少しずつ分けてくれたので、多少の満腹感は得られた。今日の夕飯は香ばしく焼いたパンにクリームシチュー、鶏肉のバターソテーだったので2人にとっては少し多かったようで。



「あぅ……もうちょっと早く帰る連絡すれば料理長のクリームシチューいっぱい食べれたのになぁ……」


「しゃーないよ、アルムちゃん。俺らがこっちに来ること自体、そもそも伝える方法があらへんかったんやから」


「うー……」



 アルムの小さな嘆きと共に、この日は過ぎてゆく。

 情報精査などは、また明日の官邸帰還に行うこととなったのだった。

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