第23話 情報提供


 夕飯を食べ終えた和泉達は、眠るまでに時間があるということで今回の事件についての詳細をイズミに教えることになった。

 イズミは断片的な話だけしかアルとガルヴァスから聞いておらず、ゲートが原因かどうかまでの話は伝えられていないようで。



「マジでゲートが原因だったのか?」


「ああ。そこの長月遼とかいうクソオカルトマニアが毎月購入してる雑誌に載っていた召喚術を興味本位でやってしまったのが原因だ」



 俺が原因です、と言わんばかりにダブルピースをする遼。流石にイズミはそれに関しては怒りたくても怒れないので、遼は煽る意味でもダブルピースをしているようだ。


 遼が何故ゲートを開けたのかというイズミの疑問については過去に血縁者がこの世界に来たことを伝え、更にその血縁者がイズミとアルムの先祖であるオルドレイ・マルス・アルファードに会っていたと伝えると……イズミはこめかみを押さえる仕草をし、眉間にシワを寄せた。

 その表情と動作もまた、和泉そっくりなものだから響が軽くおぉ、と声を上げる。



「……あー、まあつまり……遼の父親に会ったかどうかは、ってことか……」


「本人?」


「ああ。……俺はあんまり会いたくないんだけどよ」



 はぁ、と大きくため息を付いたイズミは、ちらりと壁にかけられた絵画―――ロウンの風景が描かれた絵に目を向ける。彼が目に向けた風景は、何もないただの丘と海を描いたものだ。

 だが、もう一度大きくため息をついて観念した様子のイズミは、まずこの部屋の真実を語り始める。


 アルムの部屋の隣にある客用の部屋は、当初はガルヴァスの部屋。現在は彼の部屋は移転しているため、メイドたちが使っていたのだが……奇妙な話がメイド達の中で広まり始めたのが原因で、それ以降は使われることのない部屋だった。

 メイドたちが目撃した『絵が動く』『鳴らないはずの柱時計が鳴る』『光鉱石が入ってないライトが思いっきり動く』などなど、和泉にとっては聞きたくもない内容だし、イズミに至っては喋りたくもない内容の出来事がいくつも起こっていたという。


 そんな現象が起こるのか! とワクワク顔の遼と響だが、真相はここからだとイズミが語り始めると……ふいに、和馬の背を誰かが叩いた。



「あれ、優夜? お前今、俺の背中叩いたか?」


「え? ううん、僕何もしてないよ……?」


「えっ」


「えっ」



 じゃあ、今のは。と顔を青ざめさせた和馬と優夜に対し、何もないと言わんばかりに軽く両手を叩いたイズミ。彼もアルムもこの現象に心当たりがあるらしく、その犯人に向けて声をかけた。



「おいオルドレイ。テメェが犯人って言おうとしたところで悪さしてんじゃねぇよ」


「ダメですよ、オルドレイ様。和馬さんたちが驚いちゃうし、和泉さんなんてもう白目向いてますよ?」



 隣で猫助によしよしされている和泉をよそに、犯人である何かは小さく舌打ち。

 ゆらりと和馬と優夜の背後をゆらめかせると、ぽつり呟く。



『ちぇ。ジャックも脅かしてやろうと思ってたのにな』



 一言、誰でもない声が聞こえると、その姿が先程イズミが見ていた絵画の前にゆらりゆらりと姿を現した。


 アルムに似た髪型を持った男性が、うっすらと透過した姿で現れた。どうやら彼こそがアルムとイズミの先祖であり、朔と蓮が出会った男、オルドレイ・マルス・アルファードのようだ。

 彼が響に対し、遠い昔に出会ったガキにそっくりだと言ったことで朔と蓮がガルムレイにやってきて、オルドレイに出会ったことが証明される。



「ええと、じゃあ、遼と響の親父さんに会ったのは間違いないんですか」


『おう、間違いない。そっちの銀髪坊主がそっくりなんだわ』


「まあ確かに俺はお父ちゃん似って言われてるからなあ。りょーくんは、鈴おばちゃん似やもんねえ」


「うん、まあ。だから俺が長月蓮の息子って言ってもあんまり信じてもらえない」


『……』



 なにか言いたそうにしているオルドレイだが、彼は口を噤んだ。これ以上言ってはいけないという、何かに対する秘密を守るかのように。

 そんな様子に猫助は何か気づいたようだが、敢えて言及はしなかった。ここで聞いてはいけない、内容によっては自分たちに何か不安要素を残す……そんな感情が渦巻いたせいで。


 朔と蓮の話はオルドレイから詳細に聞けたため、彼らの話が本当だったことを裏付けた。

 しかし彼らの記憶に関してはオルドレイも干渉したことはないため、以前アルムが想定していた『アリス・ノヴェンブルが記憶操作をした』可能性が高くなったそうで。

 これに関してはオルドレイも何かの糸口はつかんでいるそうだが、彼女の魂が無い今は聞くことも出来ないという。



「アリス・ノヴェンブルの魂が……」


「無い……って、あの、オルドレイさん、それはどういう……」


『どうもこうも、俺が探してもガルムレイの何処にもいねぇんだわ。本来なら有り得ねえんだが……1つだけ考えられるのは』


「あたしのように異世界に移動した……?」



 アルムの言葉にそのとおり、と軽く相槌を打ったオルドレイ。ただし、アリスはオルドレイとマールとジェンロが行った実験で死んでいることは確定しているため、霊体が移動しているという結論に至るらしい。



 そこでふと、オルドレイはアリス以外にも見つかっていない十二侯爵を思い出す。


 《祓魔師エゾルシスタ》フォルス・ジャネイロ。十二侯爵の中ではかなり影が薄かったが、その力で悪霊や憑依状態を救ったために、民からの人望は厚かった男。オルドレイとは遠い血縁にあたるらしい。


 《鑑定士ヴェーリア》シャネル・フェヴレイロ。気の強い女性であり、誰にでも親しく話しかけては励ましの言葉を送ってくれる。が、オルドレイはとある秘密を握られていたので逆らえなかったという。


 《預言者プロフェータ》ジェリー・ジューリュ。14歳でありながら侯爵の立場を受け入れ、その力で幾度となく国を救った最高の逸材。双子の兄ジェニーと並ぶと、全く見分けられなかったとオルドレイはつぶやく。


 《仕立屋アーファヤーテ》リナリア・セテンブル。オルドレイが最も苦手とした人物で、シャネルよりも気が強い女性。十二侯爵の中でも発言力が強く、おかげで議会が滞りなく進んでいた。オカンみが強かったと本人がいないのでオルドレイはこっそり愚痴る。


 《傭兵メルセナリオ》オルチェ・オウトゥブル。悪運がその身にしみ着いた代わりに、最強の力と判断力を手に入れて他国の進行を退けてきた男。弟アゴストに身長奪われたのかというレベルで背が小さく、オルドレイは会話の度に首を下げてたので痛めるのが日常茶飯事だったらしい。


 以上の5人とアリスの魂が見つかっていないとオルドレイは言うのだが、霊体となった者がガルムレイの外に出るには特殊な条件を揃える+許可が必要だから、本来であれば難しいはずだと苦々しい顔をする。

 それでも許可が取れればどんなサイズのゲートでもくぐり抜けることが出来るため、九重市にもやってきていた可能性はあるそうだ。



「霊体が僕らの住んでる世界に飛んでいたら、何かしらの悪影響はあったりするのかにゃ?」


『うーん、流石にそれは俺にはわからん。その世界がどういう環境かによるが、まず間違いなく悪霊化するんじゃないか?』


「え、じゃあもしかして俺とひーくんが今まで出会ったことのあるのって」


「……俺が和泉から渡されたガチめのオカルト依頼のアレとかも……」



 顔を引き攣らせた和馬と遼は、お互いの顔を見合わせる。もしかしたら、本当にこの世界にいた住人の魂が九重市に流れ着いていて、それを祓ったり封印したりしてしまったのではないかと。

 流石になんとも言えなくなってしまったのか、猫助が慰める対象を和泉から和馬と遼にチェンジ。今までの事を思い出してしまうと、2人共背中が妙に冷えるらしい。



「……でも、そうなると僕はちょっと気がかりな点があるかなあ」


「優夜、今の流れでなんか気づいたのか?」


「気づいたって言うか……ゲートの作用が霊体に及ぶってのが、なんだか不思議だなあって」


「ん……俺らガルムレイの人間にとっては霊体も等しく生物みたいな考えだから、特に違和感はないと思うが」


「うーん、世界の違いが顕著に出ているなあ。そもそも霊体って、オルドレイさんみたいに透けてるものなの?」


『そうだな。生前1番楽しかった時の姿で、こうしてうっすらと透けるんだ。ただ、人の身体には触れるから全部をすり抜けるわけじゃあない』


「ああ、だからさっき和馬を叩けたんですね」



 ふむ、となにか軽く考察をする優夜。気がかりな部分は早めに潰しておきたいという、和泉や和馬の気質が彼にも伝染しているようだ。


 しかしそこで、猫助が大きなあくび。長い距離を歩き、夕飯を食べ終えた後だからか余計に眠気が強いようで。



「ふにゃおー、僕もう眠いよぅ……」


「あっと、ごめんごめん。でもお風呂まだだから、もう少し起きてよう?」


「うー……」



 ゴシゴシと目を擦る猫助。それを察知したかのように、扉がノックされた後に開き大浴場が空いた知らせが届く。

 ところが、知らせを届けに来てくれた騎士ロイ・オーランドは扉を開けた途端にアルムにビビって後ずさり。



「お、お姉!? あれ、いつ帰ってきてた!?」


「さっきだよ? あ、騎士宿舎行ってないからそっちには情報来てないかも?」


「嘘だろ!? ちょ、ヴィレンさんにも伝えねぇと!」


「あ、じゃあ今日は大浴場でお風呂入るよー。その方が連絡早そう」


「お姉はマジで、自分が王女って自覚して!?」



 ロイの反応に対して、確かにと大きく頷くアルム以外のメンバー。この一瞬だけは全員の気持ちがひとつに纏まった。



 騎士宿舎の大浴場。

 ロウンに在籍する騎士は男性8割、女性2割。どちらの浴場も疲れを癒やすために、魔石を利用したバブルバスなどのユニーク風呂があるという。

 疲れには風呂が1番という外界人が何百年か前にやって来たのがきっかけで、様々なユニーク風呂が建設されてここまで設備が整ったのだとか。


 アルムと和葉は揃ってお風呂に入るのだが、その際に和泉を追いかけてきた赤い何か―――プチスライムが一緒に入浴する。



「あれ、いいんです? この子が入ってきちゃっても」


「ああ、いいんですよ。その子って女の子なんで、イズミ兄ちゃんと一緒にいるために綺麗になりたがってるんですよねー」


「へー、女の子だったんだあ」



 ぷるぷると震えて嬉しそうなプチスライムは、アルムと和葉が浴場に入ると先に身体を洗いたいと桶を頭に乗せてアルムの前へ。

 イズミからしっかりと身体を洗ってから入るように言われているのだろう。はやくはやくと、アルムにぺちぺちする。



「結構躾られているんですね……」


「これでもこの子、あたし達より年上なんですけどねえ……」



 苦笑を漏らしながらアルムはプチスライムの身体をボディソープを使って優しく洗う。もにゅもにゅとした柔らかな身体は泡の中で丁寧に掃除され、洗い流された時にはつるつるてかてかの綺麗なスライムボディへと変貌していた。

 そのつやつやもちもちな肌には、思わず和葉もおお、と声を上げる。プチスライムは身体を洗ってもらって大満足な様子で、アルムと和葉を待ってくれた。


 しっかりと汚れを落として、湯船に浸かる2人+1匹。少し熱めの湯は意外にも和葉に好評だったようで、彼女はずるずると湯船でリラックスする。



「はぅあ……あったかぁい……」


「やっぱりこっちのお風呂が最高だぁ~……」


「しばらく浸かっていたいですねー……」


「でも騎士さん達が来ちゃうから、ほどほどにしてから上がらないとー……」



 アルムもアルムで湯船に浸かってリラックスしているのもあってか、女性騎士達が入ってくるまではずっとのんびり浸かっていた。



 入浴後、プチスライムは我先にとイズミに飛びついてごろごろ。ペットか何かのように扱うイズミは城の中ではおとなしくするようにと自分の頭の上に乗せて、会話の続きを開始。

 いくつもの話は湯船で済ませていたのもあってか、すぐに話題が尽きる。そのため、話題はイズミの頭の上のプチスライムへと移行した。



「……にゃー、アルムにはこの国は魔物と仲良しって聞いてたけど……」


「まさか頭に乗せるまで出来るとは……」


「いや、普通はここまで出来ねえからな。コイツがなんか俺に惚れてるとかでこうしてるだけで」


「ん、なんで惚れてるとか分かるんだ?」


「まあ……ちょっと諸事情でコイツらの言葉が分かるんだよ」


「へぇ……」



 ジロジロとイズミの頭から足までを見つめる優夜。そういえば、とふと思い出したのは和馬達がこの世界にやって来た後ドラゴンに助けられたときのこと。

 倒れたドラゴンに薬をかけ、起き上がった後に会話していたイズミ。その光景は和馬達にとっては忘れることも出来ない光景となってしまっているのか、優夜の言葉で和馬も遼も猫助も思い出す。



「確かにいずみん、ドラゴンと会話してたよねぇ」


「ここの人達みんな喋れるわけじゃあないんだな……」


「ああ。ただ、言葉そのものはわからなくても動作とかで分かるらしくてな。アルムもコイツとはちょっと会話する」


「そういや、俺と和泉君が来た時は和泉君はちゃうよ~言うてたもんなぁ」


「こちらの言葉はソイツにはわかるが、ソイツの言葉は俺たちにはわからない……ということだな」



 ぷるぷると震えたプチスライム。やがてアルムに同調するようにあくびをし始めたため、そろそろ寝ようと提案が上がる。

 和葉はアルムの部屋に行き、男性陣はオルドレイのいる幽霊部屋に寝泊まり……するのだが、イズミと和泉が脱出したそうにジリジリと扉に近づいたため、オカルトマニアの遼と響でブロッキングした。



「なんで!! なんでぇ!!!」


「やー、なんで言われても……なぁ?」


「お前らの悲鳴を聞くのも、俺らの趣味ってことで!」


「このクソオカルトマニアァ!!」



 ―――その日、イズミと和泉の悲鳴は眠るまでに2時間ほどは響いていたと、隣の部屋のアルム達は証言していた……。

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