第25話 盤上遊戯


 調査が終わった、翌日のロウンの領主官邸。

 渋い顔をして検査結果を見る王女アルムと、その婚約者イズミ。

 そんな2人を柔らかな微笑みで見つめている優夜。

 互いの視線が交わると、アルムもイズミも、更には和泉と和馬もどうしたものかと頭を抱えた。


 というのも、優夜には世界に来る前から魔力を身体に定着させている、という結果が出ていたのだ。

 これは遼と響にも出ていたが、彼らは父親のゲート移動が原因で付いた痣が魔力を溜め込んでいたのが理由とされている。

 だが、優夜はどうだろうか? 彼は両親がガルムレイに移動した証を持っていないし、ゲートから漏れる魔力を体内魔力に変換するには一度ガルムレイに来るか、ガルムレイにいる者から手ほどきを受けなければならない。

 故に、彼の今の状態は異質だと、アルムとイズミが顔を渋らせ、和泉と和馬も何処でそうなったのかと悩ませていたのだ。


 ……だが、優夜は知っている。自分が何故、こうなったのかを。

 だからこそ、彼は隠し通すために笑う。見抜けるなら、見抜いてみろと。



「あ、はは……どうして、だろうね?」


「ゆーや……」


「お前……」



 作り笑いを浮かべる優夜に心配そうな顔を向けた猫助と和馬。

 彼がこのような状態になっているということは、自分達の預かり知らぬところで影響を受けているということ。彼が1人で何もかもを背負い込むことを知っているからこそ、余計に心配しているのだ。


 このままでは優夜は再検査となり、同じゲートを通ったであろう和馬、遼、猫助もしばらく滞在することになるわけで。



「……となると、俺、響、和葉、玲二さんは先に戻って向こうに事情説明してきたほうが良さそうだな」


「ふむ、確かに。私と和葉様は特に、あらゆる方面に迷惑をかけているだろうしな……」


「せやなぁ。あんまり長居は許されへんやろし……」


「うーん、残念。もうちょっと楽しみたかったんだけどなぁ~……」


(その楽しみってのは多分、和馬と優夜のことなんだろうな……)



 和葉の『楽しみ』が何なのか見当がついてしまった和泉は、そっと和葉を撫でた。なんかごめんな、と言いたげに。

 優夜もまた察してしまったのか、ごめんね、と言いたそうな目線を向けていた。


 ひとまず優夜の調査結果はおいといて、朝食を取ることに。

 今日は人数が多いため、サンドイッチと目玉焼きのみというシンプルなもの。サンドイッチを食べれない(というよりマヨネーズ大嫌いな)和葉と和馬とアルムは別途麺類を用意してもらうことに。



「あれ、和馬も食べれないっけ」


「優夜以外のヤツが作ったサンドイッチは食べれない」


「まあ、和馬の嫌いなもの全部外してるからねぇ、僕」



 やんわりと微笑んだ優夜は和馬より少し離れた席につき、食べ始める。

 そんな優夜の優しさに何かを悟った和葉は、真剣な顔でサンドイッチを食べている。その目つきはまさに、歴戦の戦士が獲物を捉えたときのような目だ。



「やはりか……」


「やはりって何、和葉」


「この2人なら当然優夜さんは甘やかす側だよねって」


「砕牙いねぇのに急に悟るな」


「てへへ」


「まぁお前が楽しそうならそれでいいけどよ……」



 呆れつつもサンドイッチを食べ終えた和泉は、この後どうするかと考えた。

 すぐに九重市に戻ることは可能だが、和葉が官邸の壁の補修依頼を引き受けたのもあって、和泉は何かあった時のために残っておかなければならない。しかし彼女の補佐は既に玲二がいるため、暇になるのだ。

 別口で暇潰しを考えなければならないのだが、現代日本人故にスマホが使えないのが1番心苦しいようで。


 仕方ないからと今日はイズミが色々と相手をしてくれるそうだ。

 ……と言っても彼も王族なので、民の娯楽については非常に疎いところがあるのだが。



「まぁ、盤上遊戯が俺のオススメかな」


「盤上遊戯……ボードゲームか?」


「複数の駒を使い、相手の陣地を奪うってやつだ。難しいもんじゃねえよ」


「チェスとか将棋みたいなもんか? まあ、昼飯までに暇潰せそうならやる」


「決まりだな」



 部屋に戻った和泉達。イズミの準備してくれた盤上遊戯が気になるのか、輪になって遊んでみることとなった。


 盤上遊戯はチェスに似ているが、ギルド側とモンスター側に分かれ陣地を巡って戦うものとなっており、自分の手番に好きなだけ自分の駒を動かすことが出来る。

 ギルド側はモンスターを倒すことで捕虜を助けて新たな駒を仲間にすることが出来、モンスター側はギルド側の駒を奪い取ることが出来るというルール。武器や防具を駒にカスタマイズも出来るという。

 時間や手番の数を取り決めた上で、1回の自分の手番にすべての駒を使いどれだけ自分の陣地を広げることが出来るかが勝負となる。なお駒の移動範囲については進む際に自分から教えてくれるため、自分から覚える必要はないという。



「へえ、便利なんだな。将棋やチェスと違って、駒の移動範囲を覚える必要がないのか」


「そっちは覚えなきゃならねえのか? なんかめんどくさそうだ……」



 和泉とイズミが席につき、2人でやってみるという。チュートリアルがてら少し狭めたフィールドを使い、カスタマイズや陣地取得条件などを確認してからの勝負になるそうだ。



「とは言え……5年前に兄貴とやったっきりなんで、あんまりお手本にはならねぇと思うが」


「へえ、兄ちゃんいるのかお前」


「ああ。……今は、何処で何をしてるかは知らねぇけどな」



 少しだけ寂しそうに笑うイズミは、気を取り直してとチュートリアルを進めた。彼の丁寧な説明には、和馬達も聞き入ってしまうほど。


 しかし、数分後。そんな説明会の中に突然入ってくる男が1人。和泉も和馬も優夜も遼も猫助も響も誰だ? と首を傾げているが、イズミだけが驚いた顔をしていた。

 イズミ自身、驚きすぎて声も出せなかったのか、数秒後に出てきた言葉は『兄貴』だった。何処で何をしているのか、全くわからない状況で帰ってくるのは予想外なわけで。



「な、な、なんで……」


「ん? いや、昨日の内にアルから連絡入ってよ。ちょっと見て欲しいヤツがいるから~って。お前に話聞けばわかるって聞いたんだけど……」



 イズミの兄はちらちらと、イズミと和泉で視界が移動している。顔が全く同じという点が、彼にも悩みのタネを増やしている。

 思わず優夜が2人の見分けはついているのかと問いかけると、ついてないという返答が戻ってきた。実の兄でもわからないレベルで同じすぎて、もう服で見分けるしかないと判断しているそうで……。



「あ~……まあ、気持ちはわかるよねぇ。僕らも最初はそうだったし……」


「兄貴の俺でもわからんレベルはちょっとなあ。……と、そういやお前らは外界人か? 見慣れねえ顔だけど」


「今更?? いやまあ、そうですけど」


「おー、じゃあアルが言ってたのはお前らの事なのかな……? と、俺はイサム・ロックハートってんだ。イズミの兄貴」


「? ……ファミリーネーム、違うんですね?」


「まあ、いろいろあってな。一応アルムとは従兄弟の関係だぞ」



 よろしくな、と手を差し出したイサムは各々と握手をする。

 和馬、遼、猫助、響は彼と難なく握手をしたが、和泉と優夜だけは握手を拒否した。和泉は握手するときに右手が少々痺れてしまうからということで、優夜はイズミやアルムと同じ血筋ならば王族に対して手袋の上なのは失礼だからと。

 これらに対しイサムは軽く笑っていたが、目つきは鋭いものだった。その視線はイズミも見逃すことはなく、和泉と優夜に注視するようになった。


 その後、ちらりと視線を盤上遊戯の方へ移すイサム。懐かしいなあという呟きとともに、盤面をじっと見つめていた。



「で、盤上遊戯してたのか?」


「してた……っていうか、今はやり方教えてたんだよ」


「ははぁ。こういうのはな、やってるのを見せるほうが早いんだぜ?」



 そう言うとイサムは和泉と交代し、イズミと対面。心底嫌だという顔をしたイズミだが、兄の言うことが最も過ぎて反論できない。そして和泉達もまた、既プレイ者のお手本を見てみたいと声を上げたので、イズミの逃げ場が無くなった。

 観念した様子のイズミはギルド側の駒を取り、イサムはモンスター側の駒を集める。今回使用するフィールドや駒の装備などを整え、配置につかせて遊戯開始。


 最初は、ギルド側の優勢が目に見えてわかった。

 イズミの駒はイサムの駒から受ける弱点を考慮できるように配置されており、また弱点を突ける装備を配置換えしたりして上手く対処出来るように動かし、陣地を制圧していった。

 イサムの駒はイズミの駒に対して弱点を突くように動かしているが、装備の配置換えによって対処をされたりと色々と苦戦の様子を見せている。陣地も、未だにほとんど制圧できていない。



「おー、これイズミ君の方が勝つんちゃう?」


「……いや、これは……」



 優夜はじっと盤面を見て、その戦況を把握する。

 イサムの駒はイズミの駒に次々と倒され、陣地をまっすぐ奪われていく。猪突猛進になるように、


 優夜がその事に気づいてから事が運んだのは、すぐだった。

 イサムがこっそりとフィールドの端に動かしていた駒が、背後から少しずつイズミの駒を取り囲む。イズミの駒は目の前のモンスターとの戦いで体力を削られていたため、一気に攻勢が逆転してしまった。



「なっ……?!」


「はっはっはっ。……兄ちゃんが昔からこの手法なのを忘れたか?」


「て、テメェ……!!」



 ニヤリと笑ったイサムの駒は、次々にイズミの駒を倒しては自分の手元に集める。そして最後にフィールドに残されていたイズミの駒を取り、順繰りに陣地を制圧していった。

 おしまい、という声とともにフィールドの色は全てモンスター側の色へと変貌。イサムの勝利であることが記される。



「すげぇ……」


「マジかよ……イズミの方が有利だと思ってたのに……」


「伏兵ってやつだね。……イサムさん、駒を動かすときに2つ手にとって、片割れを置いたらイズミ君から見えないように置く時の腕で隠していたし」


「えー!? そうにゃの!?」


「ほう……」



 ちらりと、戦術を言い当てた優夜に目を向けたイサム。ならば次はお前と遊ぼうじゃないかと指を差され、優夜はイズミと交代した。

 お手柔らかに、と軽く笑う優夜。先ほどと同じ手順で駒を決め、フィールドを決め、装備を整える。イサムは相変わらず、モンスター側を使うようだ。


 優夜は先程のイサムとイズミの攻防を見ただけで遊戯の仕組みを理解したのか、難なく駒を動かす。イサムの伏兵にも着実に対処を取り、イズミとは別の戦略でイサムの駒を倒し陣地を広げていく。

 いつの間にか優夜側の駒がイサムの陣地を広く押し留め、円を作るように囲いを作り始めた。逃さず、確実に全滅させる意志を持った陣形を作っていたようだ。



「ははぁ……やられたな。俺の伏兵の真似事をするとはね」


「さて、なんのことでしょうね? はい、これで陣地は僕が全て制圧です」



 最後の一手を打つと、フィールドが全てギルド側の色へと変貌する。その光景にはイサムも参ったと言わざるを得なかった様子だ。

 ありがとうございました、と言って席を立とうとする優夜。……だが、イサムはフィールドを眺めた後、彼にただ一言だけ問いかけた。



「――お前、な?」


「――……なんのことでしょう?」



 優夜は、その問いかけに顔色一つ変えずに答える。何もないと。

 そんな彼の答えにイサムは小さく笑うと、そのまま席を立って部屋を出ていった。


 だが、今のやり取りでなにかの違和感を感じたのか、和泉も部屋を出てイサムに今のやり取りの意味を聞いた。



「あの、優夜に何か」


「ん? ああ、いや。……そうだな、お前には伝えておいたほうがいいか」



 軽く頭をかいたイサムは、部屋から少し離れた場所へ移動する。誰にも聞かれないようにという配慮なのだろう。


 領主官邸の、とある部屋の前。ここなら和泉達が使っている部屋から距離があるので、誰にも気づかれないとイサムは言う。

 壁に背を向けたところで、先程の意味合いについて和泉が再び問いかけた。



「俺と対戦したヤツ……えーと」


「優夜。文月優夜って言います」


「そう、優夜。アイツはガルムレイの存在と接触して、それを取り込んでいる可能性がある」


「……は?」



 唐突に突きつけられた言葉に、和泉は頭の中の整理が追いつかなかった。頭の中に『そんなことが起こり得るのか』という言葉が支配されると同時に、彼の口からも同じ言葉が出てきた。


 イサムの返答は……『あり得ない』の返答。

 ガルムレイに存在する者はその世界で誕生した者、あるいはガルムレイで生まれた者の血を持つ者にのみ接触が可能。故に、本来であればアルムやイズミと接触できる和泉達もおかしいと言えばおかしい。



「和葉と玲二って2人は無作為のガルムレイのゲートに巻き込まれたから、接触に関してはゲートを通った時点でクリア出来ている。お前さんは正式なゲートを通ってきたんだろ?」


「はい。……あれ、でも……それじゃあ」


「俺が気になったのは、その3人以外の外界人。……響っていうヤツは、正式なゲートを通ってきたんだっけ?」


「ああ、はい。俺と一緒に」


「それじゃ、響は大丈夫だ。……が、残りの4人は?」


「……」



 和馬、優夜、遼、猫助。彼らもゲートに巻き込まれたとは言う。

 しかし無作為のゲートに巻き込まれたのは、和葉と玲二の方。残る4人のゲートは、誰かが開いたゲートであり……その誰かがわかっていない。

 もしかしたら、イサムの言う優夜が取り込んだ何かの仕業なのかもと。


 そこまで考えた和泉は……いいや、ちょっと待て、と。

 もっと早い段階から、おかしな点があるじゃないかと気づいた。



 遼が造ったゲートによってアルムが呼ばれてしまった。彼の場合は父親である蓮が過去ガルムレイへと飛んでしまったという状態が影響しているため、彼女を呼ぶことが出来た。

 そこまでは良い。だが、今のイサムの発言で気がかりな部分ができてしまった和泉は、ある事を1つ問うことに。



「……なあ、イサムさん」


「ん?」


「ガルムレイの人間が異世界に行った時って……すぐに、認識できるものなのか?」


「……いいや。その世界で数日経たないと、世界の人々には認識されない。出来る世界もあるだろうが……お前さん達の世界では、それは当てはまらないだろう」


「……じゃあ、やっぱりおかしい!」



 イサムの発言のおかげで、自分の中に出来ていた異物を浮かせることが出来た。

 優夜が取り込んでいるものについてもそうだが、アルムを召喚した時点で優夜や和馬や猫助が彼女をすぐに認識出来ているのは……どう考えてもおかしいのだ。


 そして……何もこの問題は、和馬達5人に当てはまる問題ではない。

 ――睦月竜馬。和馬の父も同じように、アルムを認識できていたのだから。



「……あ、れ……?」



 竜馬も認識できるのはおかしいと気づいたその瞬間。

 彼の中に、竜馬に対する疑問が次々に浮かんでくる……。



「……どうやら、あの優夜ってヤツのこともそうだが……別の問題も、浮かんだな?」


「……みたいです。すみません、職業柄こんな感じなので」


「ハハッ、いいって。……だが、状況は思ったより芳しくない感じか?」


「ですね……猫の手も借りたいぐらいに」



 様々な問題が浮上して大きくため息を付いた和泉に対し、イサムはニヤリと笑ってただ一言だけ言い放つ。


 それなら、イズミも連れて行け! と……。

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