第4話 その日の夜の会話。

 アルムが来てから数時間が経過。


 彼女の住まいは睦月邸の部屋の何処かを貸すことで締結、衣服などは後日和泉が自身の嫁に事情を話して準備することとなった。


 色々とこんがらがったが、ここからは情報収集の時間。まず彼らは知識を受け取るため、アルムの世界について聞くことになった。

 剣と魔法の世界と言われても、彼らの頭の中ではゲームでよくある世界を想像する程度。

 中世の時代で、勇者がいて戦士がいて魔法使いがいて僧侶がいて、魔王や魔物がいる……という、昔ながらの剣と魔法の世界を思い浮かべていた。



「へぇ、そういう世界もあるんですねぇ」


「アルムさんの世界はどんなところ? やっぱり、殺伐としてる?」


「うぅん、今は比較的平和な方ですよ。闇の種族……魔物みたいなのもいますけど、あたしの国ではおとなしいですし」



 想像する魔物と言えば大体が襲いかかってくるイメージが強いため、魔物がおとなしいとはどういうことなのか。


 話をよく聞いてみると、アルムの住む国では闇の種族は人を襲うようなことはせず、むしろ友好的に接してくるのだという。

 そのため、襲われた場合以外での闇の種族の殺生を国法で禁じるほどなのだそうだ。



「ほぁー、すっごいにゃー。魔物と友達になれるんだねぇ」


「そうですねぇ。ただ、他の国に住む人からは驚かれますね。闇の種族と友好的関係を築いてるっていうのは」


「ああ、それはなんとなくわかるかなぁ。僕も今、ちょっとびっくりしたし」


「でもそういうふうに魔物と友好的になるっていうのを題材にしたゲームもあるし、魔物=悪いってわけじゃねぇんだもんなぁ」



 遼の言葉に、うんうんと頷く響と猫助。その手のゲームをやりこんだ3人だからこその反応には、和泉も苦笑をこぼす。


 そうして気になってくるのは、先に述べた魔法について。特に、竜馬が食いつくように話を聞いてきた。



「え、と……竜馬さんが思うようなものではないですよ。あたしたちからすると、みなさんが使う機械のように日常を支援するために使うものが多いです。もちろん、戦闘訓練は積みますけどね」


「そうなのか……。魔法で水を出したりするのか?」


「飲料水とか、焚き火用の火とか……そういう生活に必要なエネルギーは、全て魔石で補ってます。国によって採れる魔石が違うので、交易もほぼ魔石がメインなんですよ」


「ということは、機械類は一切ないんだな?」


「そうですねぇ。もう2万年前に滅んでしまっていて、あたしも話に聞いたぐらいなんです。なので……」



 ちらりとアルムの目が皆の視線から外れ、別のものを見る。

 その視線の先には、テレビやエアコンなどの電化製品があった。彼女の目に映るあれやそれやは、アルムのいう話に聞いた機械文明。

 とにかく今はその機械文明に囲まれているという事実だけで、彼女は興奮を抑えきれない様子。



「……あとでもっと面白いもん触らせてやっから、今は抑えてくれよな」


「はぁい」



 和馬のいう面白いものとは、パソコンのこと。今ここで彼女に見せれば話が滞るのは間違いないだろうと確信したため、話を終えたあとに見せることにした。

 アルムの方も、話を終えたら古代に失われたという機械文明に触れられるという嬉しさから、体をゆらゆらと揺らしている。



 そうして彼らの話は、【ゲート】の話へと移った。

 アルムがこうして睦月邸にいる原因となったゲート。その作用についてを、和泉は詳しく聞くことに。



「ゲートが暴走したと言っていたが、何度も暴走して異世界に吹っ飛ばすものなのか?」


「いえ、そんなことは。……あたしの今の状況も、本来であれば有り得ないはずなんですよね……」


「まあ、りょーくんが魔法陣描いて~呪文詠唱して~ってしたから、ゲートが開いたのも有り得るんよね?」


「……ごめんなさい、あたしもそこまでは詳しくはないんです。ただ、以前お兄ちゃんから聞いたことがあるんですけど、ゲートが開けるのはある一部の人だけで、その人が開いたゲートはどんな世界にも繋がる……そう言ってました」


「えっ、つまり俺はそのある一部の人の仲間入り??」


「……ってことに、なるな……」



 何やら嬉しそうにする遼を尻目に、大きなため息をついた和泉。

 特に和泉の方は、これから先のことを考えてしまい、ポツリと休業の札を貼っておいてよかったと呟いた。

 休業中の家庭事情を考えると長くは休めないので、和泉の胃痛はさらに加速する。遼の方は念願が叶ったと言わんばかりのいい笑顔だ。


 なお、アルム曰く一度ゲートが開いたのであれば、その世界の何処かには必ず別のゲートが作られるのだという。

 和泉たちはまず、そちらを探すことを目標に立てる。

 ……最も、現状では探す方法について、一切何もわかっていないのだが……。



 再びアルムが実際に使う魔法について、話題に上がった。


 今度は実際に見てみたいという猫助の発言により、アルムが実演してみようとするものの……彼女の魔法は発動しなかった。

 何度も何度も詠唱を唱えてみても、うんともすんとも言わず。自らの手の先から出るであろう魔法が出ないことに、アルムは首をかしげていた。



「あれぇ? おかしいなぁ……」


「にゃー、今まではどうだったの?」


「他の世界だと使えたんですよ、問題なく。あれぇ……?」


「……ところで、アルムさん。なんの魔法を出そうとしてたの?」


「あ、あたしは炎魔法しか出せないので炎魔法を」


「下手したら家が火事になっちゃうから出さないで正解!!」



 優夜の必死な顔はアルムにもしっかり伝わったようで、それ以降魔法を出そうとするのはやめた。

 家がなくなってしまったら路頭に迷うのは間違いなく、竜馬と和馬だ。それだけは避けなければならない。


 ふと、気になった疑問を竜馬が投げかけてみた。

 それは、アルムの魔法を使用する動作についてだ。彼女が何度も手を見つめていることが気になったらしい。



「魔法は手からしか出せないのかい? 目からとか、息に変えるとかは?」


「出せるのは手か足だけなんです。えーと、確か……頭のてっぺんから外の魔力を吸収して、体内で魔力を練って、それを手足から放出する……だった、かな? ごめんなさい、あまり使わないから覚えてなくて」


「んー、絵にしてみるとこんな感じやろか?」



 響がメモ帳を使って簡易的な図解を描いてくれた。わかりやすく、魔力の色は赤ペンで書き込んでくれている。

 アルムはそれにさらに別の色ペンを利用して、『体内にもある魔力』について追記をする。外の魔力と体内にある魔力を練り合わせて発動するのが、アルムたちの世界で使われる魔法のようだ。



「なるほどなぁ。アルムちゃんの言うとおりなら、この世界には魔力が漂ってへんから使えんよ~ってことになるなぁ」


「そう、でしょうか……? でもほかの世界で使えてたのはなんだったんだろう……」


「まー、世界もいろいろあるんやったら、条件もいろいろあるんやろね。それで締結しとかんと、一生考え込むことになりそ」


「う。確かに」


「響君の言う通りだな。いくつかの要因はあるだろうけど……この世界では使えないって事で、この話はおしまい」



 竜馬が手を叩いて話の終わりをつけた。だが、竜馬本人は少し口惜しそうではある様子だ。魔法という未知の技術を見てみたかったのかどうかは、定かではない。


 やがて会話を続けていると、アルムの方から空腹音が聞こえてきた。もう、そんな時間のようだ。



「あぅ、ごめんなさい。あたし、お昼食べてなくって……」


「ありゃ、そうだったんだ。じゃあ時間も丁度いいし、お夕飯作ろっか」


「あ? 今日は優夜の当番だっけ?」


「んや、ゆーや君は明後日やったはず。今日ネコ君やなかった?」


「にゃー、ゆーや、僕が作るよー?」


「ああ、いや、ネコちゃんはアルムさんの相手をお願い。これからパソコン触らせるなら、ネコちゃんがいた方がいいしね」


「あー、確かに。ネコ、俺やひーくんより教えるの上手いしな。優夜に飯任せて、ネコと和馬でアルム見張ってた方がいいかもな」


「うにゃ、そう言われると断れにゃい。わかったー」



 パソコンという未知の道具の名前を聞き逃さなかったアルム。まるで子供のように目を輝かせて和馬を見ており、和馬は自宅だと言うのに居心地が悪そうな顔でリビングにある共用のパソコンを起動させる。

 アルムは最初、起動音に驚いたものの、すぐに映し出された美しい景色に手を伸ばした。もちろん、それは画面なのでガツン、と指が画面に当たる。



「ええぇ、山に行けると思ったのにー」


「にゃ、そっちの発想だったか。これはね、写真なんだけど……写真ってわかる??」


「あ、うちに来たことのある外界の人に聞いた事あります。その時の景色を残しておく技術ですよね。これもそうなんですか?」


「そうだよー。このお山は誰かが撮った写真だねー。あ、でもこれ僕らが撮ったわけじゃないんだぁ」


「??? じゃあどうしてそんな風景があるんですか?」


「こういうのはー……うーん、なんて言えばいいんだろ。アルムにネットの話は絶対難しいよねぇ……」


「ネット?? 網ですか??」


「うー、いや、間違いじゃないけど……難しいにゃぁ……」


「まあ、遠いところの写真をこうやって共有する方法があるんだよってことを覚えておきゃいいよ」


「なるほど。機械文明って凄いなぁ……」



 触れることのなかった機械文明に感銘を受け、この世界をほんのわずかでも理解しようとするアルム。


 和泉とアルムの、前途多難の日常が今ここに始まった。

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