第?話 その想い、何処へ


 優夜が真壁心療内科で相談している頃。

 睦月邸では、竜馬、神夜、鈴、勇助の4人が揃っていた。


 元々通話だけで情報交換をしようとしていたのだが、とある事情により全員が集合せざるを得なかった。

 冷たい麦茶と醤油せんべいを持ってきては、3人に配る竜馬。



「悪いな、ジン、鈴、勇助」


「そろそろ時期が時期だし、しょうがねぇって」


「そうよ、気にしちゃダメよ。2ヶ月に1回は集まらなきゃ、ね」



 勇助は豪快にも笑い、鈴のその手はちくちくと針仕事をしていた。何かの御守りを作っているようで、装飾の薄い布を縫い上げている。

 神夜はと言うと、台本の読み込みをしていた。内容は竜馬たちに見せないようにしつつ、自分の出る出ないに関わらず全てのシーンに目を通しているようだ。



「ジンって結構細かいのな?」


「勇助が大雑把なだけだよ。僕はエキストラとは言っても、自分の出るシーンが全体を通してどんな場面なのかを考えながら演出したいからね」


「だから俊一からも何度か声かけられてはエキストラ出演してんだっけ。お前よく持つよなぁ」


「僕1人じゃ優夜を支えるのも大変だからね。優夜の為にも頑張らなきゃ」



 優夜のために、と口にした神夜の顔はとても誇らしげだ。父親として支えていきたいという強い想いの表れなのだろう。

 しかしそれは、裏を返せば過去に優夜に対して何かをしたから償わなければならないという想いの現れなのかもしれない。

 長年の付き合いのある竜馬達でも、彼の暴走とも呼べる愛情を止めることは出来ないのだ。



「ジン、お前あんまり気ィ張り詰めんなよ?」


「えっ、僕そんな風に見えるかい?」


「見えるわね。優奈ちゃんが亡くなったあの日から、ずっとアンタは優夜君のために、って働き通しでしょ」


「う~ん、そう見えるのかな? 僕としてはなんともないんだけど」


「俺らからしたらお前はだいぶ働きすぎ。シュンも言ってたけど、心に余裕を持とうや」



 な? と勇助が神夜の肩を軽く叩き、笑顔を向ける。その笑顔に心が少しほぐれたのか、神夜はパタンと台本を閉じる。

 ここ数日、ずっと読みふけっていたのだろう。

 ホッとした様子の鈴と勇助は、それぞれのやることをやる。といっても勇助はやることがないので、ぐで、となっているだけだが。



「それにしてもよー、毎度毎度竜馬んちに集まんの飽きたんだけど」


「んなこと俺に言われても。勇助んちは夏樹なつき君がいるし、鷹人たかひと君が地下レコーディングルーム使うことがあるだろうよ。彩芽あやめちゃんと天音あまねちゃんも、仕事から帰ってきたら各々やることがあるんだろう?」


「ナツとタカには外出してもらいますぅ~~。アヤと天音にはお部屋から出ないように言いますぅ~~」


「アンタってホント、娘には激甘よねぇ」


「せっちゃん遼ちゃんって言いながらせつ君と遼君を甘やかしてる鈴には言われたかねぇ~~~」



 げしげし。テーブルの下で勇助と縫い物を終わらせた鈴の足の突きあいが始まった。

 昔からよくあることなので、竜馬と神夜は気にすることはない。気にするとしたらどちらかが怪我をしたときぐらいで、それ以外での足の突きあいはよくあることで終わらせる。



「平和だねぇ、竜馬」


「ああ、平和だな」



 ゆっくりと麦茶を飲んでは、2人の突きあいを眺めている竜馬と神夜。

 変わらないなぁと眺めていると、ふと、神夜はこの世界に来る以前──彼らがまだ異世界にいる頃の話を思い出す。



 彼らは異世界ガルムレイの12人の公爵と国王の議会によって国の全てが決まるという、少し特殊な国の出身。

 それも、4人ともその12人の公爵のメンバーであり、国王や王子からも認められていた者達だ。


 故に、この世界に来る前から仲が良かったかといえば……特にそうではない。

 以前の鈴と勇助は特に家系的にもギスギスしやすい立場でもあったし、竜馬と神夜はそもそも年齢の差が激しく、神夜側が萎縮していたというのが日常的なものだった。

 更には議会のこともあり、より一層『会話』というものに恐れを抱いていたのも事実。


 今のように4人で笑い合い、他愛のない会話をするという『一般的な日常』というのはそれまでの彼らからすると非日常的なものだったのだ。


 それが日常的だった彼らは、とある事情により見知らぬ世界に飛ばされる。

 それは自分たちには全く非はなく、むしろ『世界に判断されたため』にガルムレイの外へと追いやられたようなものだ。


 また、対策もなしに異世界を移動したことによって4人の時間が逆戻りになり、肉体の時間を奪われて10歳に逆行してしまっていた。

 記憶は維持されていたものの、状況をはっきりと理解するまでに彼らはさまよい続けていた。


 そこを助けてくれたのが、今も彼らを支え続けてくれている御影俊一。

 同年齢だった彼が4人を見つけなければ、今頃どうなっていたのだろうか。それを考えるだけでも、神夜は身震いする。



「ん、どうした?」


「あ、いや。こっちに来てすぐのことを思い出しちゃったなぁ、って」


「ああ、あんときなぁ。俺も勇助も鈴も理解が追いつかなかったのに、お前だけやたら冷静だったよなぁ」


「うん……。僕には、ね」


「……《預言者プロフェータ》の力、か」



預言者プロフェータ》。

 彼らの国の12人の公爵のうち、7番目の地位を持った公爵が使っていたもの。その名のとおり『未来を見ては預かり、言葉にする者』。

 とは言え、預言出来る未来は唐突に現れるため、対処の時間がある場合とない場合が明確に分かれている。


 神夜は元の地位がその7番目の地位を持った公爵だったため、力を持っていた。

 彼ら4人が九重市へ飛ばされることは既に予知していたことではあるが、非現実的だった故に話せずにいた。



「その力、歴代の連中よりもお前のが一番優れてる……んだったか」


「本来なら僕自身や国のことしか見えないはずなのに、何故か僕の周りの人々の未来までもが見えているんだよね」


「で、その理由については一切不明。ありとあらゆる事象を預言する者になっちまったわけか」


「そういうこと。まあ、幼かった僕はみんなに頼られてるのが嬉しかったから、どんどん預言して……」


「七番目の公爵は、今や異世界でヤクザの二番目やってんだもんなぁ……。人生ってよくわかんねぇな」



 ため息をついた竜馬は、おかわりの麦茶をコップに注いでは飲み干す。

 神夜のコップも空になりかけていたため、そのコップにも注いだ。カラン、と氷が転がる音が聞こえる。


 しかし、神夜の瞳はどこを見るでもなく、虚空を見つめたままだ。まるで、今この場にある全てよりも別のものを見ているかのような、そんな顔をしている。



「……ジン?」



 不安に思った竜馬が、神夜に声をかけた。それでも彼は答えることはない。

 事態を察した鈴と勇助も神夜を揺さぶったりしているのだが、彼は全く反応を示さない。虚空を見つめたまま、30分程だんまりを貫いていた。



「……もしかして、神夜ってば《預言者プロフェータ》の力が発動しちゃってない?」


「あー、かもなぁ。今度は何を見てんだろうな」


「ここ数年は発動してなかったはずなのに、どうしたってんだ……?」



 3人がそれぞれ神夜を心配していると、不意に神夜の右目から涙が一筋。

 どんな未来を見ているのかは3人には計り知れないが、神夜が涙する程の未来であることは察したようだ。


 その後、神夜は意識を現代へと戻す。心配そうに顔を覗き込む鈴の姿に驚いたため、一瞬だけ身体を仰け反らせる。

 その反動でひっくり返ったところで、彼は自分が泣いていたことに気づいた。



「あれ……僕、泣いちゃってた?」


「ああ。どんな未来を見たんだよ、お前」


「ん……それは、優夜に関することだから言えない、かな。本人にそれとなく伝えたい」


「……」



 本人にそれとなく伝えたいと答えた神夜に対し、竜馬も鈴も勇助も答えることは出来なかった。

 何故なら、まだ子供達に真実を話していない。4人がガルムレイと関わりがあったことは、子供達が確信を得たときのみにしようと決意しているからだ。



 神夜の見た未来。それは、いつ伝えられるのだろうか……。

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