第26話 真実を知る時


 九重市・如月探偵事務所。

 ガルムレイから戻ってきた和泉は、響とともに頭を抱えていた。


 ガルムレイの人間を認識するためには、数日が必要という情報。

 そしてそれを経過することなく認識するためには、ガルムレイの者かその血を引くもの、あるいは遼や響といったようにガルムレイに関わりを持ってしまった人の血筋であることが必要だと。


 そして、その情報を使えば……和馬、優夜、猫助はもちろんのこと、竜馬もおかしいことになるという事実が浮き上がったということが、2人の頭を悩ませていた。



「まさか、そないな情報が出てくるとはなぁ……」


「イサムさんが言うには、優夜はなにかに接触したのは間違いないということらしい、が……それよりも先に竜馬さんの問題が浮かんでしまってなあ……」


「大変なんだなあ、お前ら」



 ずるずるずるとストローでアイスコーヒーを飲んでいるイズミ。

 ……イサムが連れて行っていいぞ、なんて言うものだから、王女であるアルムが来れない代わりに彼が九重市へとやってきた。

 当然、彼はこちらに来るのは初めてだ。そのため、数日間は九重市の人々には認識されることはない。


 だがイズミも和泉も、コレはチャンスだと言う。

 この状態で竜馬に出会い、もしイズミを認識できるようであれば……彼はガルムレイと関わりがあったと言える。それをひた隠しにしている理由はまだわからないが、暴くのも時間の問題だろうと。



「竜馬おじちゃん、なんで隠してたんやろなあ」


「まあ……あの人のことだから、和馬のためとか言いそう」


「あ~、ありそ。ああ見えて竜馬おじちゃんって過保護やもんねえ」



 からからと笑う響の声にまじり、トントンと扉を叩く音が聞こえる。

 客が来たのかなと扉を開いてみれば……そこには、神無月勇助の姿があった。どうやら和泉が帰ってきているかどうかの確認をしたかったようだ。



「おっ、いたいた。響君の笑い声が聞こえたから、帰ってきてるかなって」


「ああ、すみません。数日は留守にしてたんですよ」


「いやぁ、よかった。猫助探しは順調かな……って……」



 言葉が徐々にゆっくりになった勇助。何があったんだろうと彼の視線を巡ってみると、その先にいたのは……アイスコーヒーを飲んでいるイズミ。

 彼を認識出来ているとわかったその次の瞬間、勇助はしまった! という顔を見せていた。



「ゆ、勇助おじちゃん、まさか……見えてるんか!?」


「見え、あ、いや、その……!」



 どうにか話術でこの場を切り抜けようとする勇助なのだが、イズミを認識出来ている時点で言い逃れは出来ない。もはや物理的に逃げるしか無いと判断したのか、彼は一気に走って逃げ出してしまった。



「響、イズミ、追うぞ!!」


「あいよ! ちまこい勇助おじちゃんやし、車で来とらんはずや!!」


「俺もか……」



 事務所を出て、すぐさま勇助を追いかける。勇助は誰かに電話をしながら走っているようだが、速度が一向に落ちる様子はない。むしろ和泉達の動きを見切ってるのか、素早い動きで彼らを翻弄していた。

 勇助の速さは、一般人の出せる速さではない。追いかける内にイズミがそれを理解したのか、和泉と響に合わせて走るのをやめ、本気を出して走る。



「うおおぉぉ!? 俺に追いつくやつとかいるのかよ!?」


「残念だったな。俺は3分の2ぐらいは人間じゃないんでな」



 どうにか勇助を捕まえることが出来た……と思った矢先、イズミの身体が宙を舞う。誰かが、彼を引き剥がすために腕を掴んで引っ張っていた。


 イズミを引っ張っていた者の正体は……文月神夜。まるでイズミが勇助を捕まえることを、そして捕まえ方を知っていたかのように、軽くイズミを引き剥がした。



「じっ、神夜おじちゃん!? なんで!?」


「うぅん、なんでと言われてもなぁ。……立てる? 勇助」


「あ、ああ……悪い、ジン……」



 勇助の手を取り、立たせてあげた神夜。

 そんな彼らのやり取りを眺めながらも、和泉は冷静に神夜に問いかける。

 イズミのことが見えているのか、と。



「うん、見えているよ。アレでしょ? ガルムレイの人間は、数日経たないと認識できない。……ガルムレイという世界に関わりを持たない限り」


「なっ……?!」



 和泉の頭の中にまた新たな疑問――何故、神夜がガルムレイという世界の名を知っているのかという疑問が浮かんでしまった。

 彼は御影俊一の付き人であり、和葉の良き理解者であり、優夜の父親。その情報以外は和泉には入っていないが、至って普通の人間じゃないかと。

 ――イズミを投げ飛ばしている時点で、普通の人間とは程遠いとは思うが。


 だが倒れていたイズミは投げられてわかったのか、砂埃を払いながら立ち上がる。少々神夜に対する敵対心を浮かべながら。



「……和泉、コイツはガルムレイの人間だ。投げ飛ばされてわかったよ」


「イズミ。……なんで、そう思った?」


「さっきの投げ技……、昔ガルヴァスにやられたことがある。レヴァナムルに代々伝わる技法で……もう知っているのは、ガルヴァスぐらいしかいないんだとよ」



 起き上がったイズミは神夜の目をしっかりと見て、言い切った。彼がガルムレイの、レヴァナムルという国の人間だということを。

 その指摘に対し神夜は……ただ、小さく笑った。答えを返すことなく、逆に答えを知りたければついておいで、と言葉を残して勇助と共に3人の前を歩き始めた。



「……和泉君、どないする?」


「……めちゃくちゃでかい爆弾を投げ込まれそうな気もするけど、これは行くしか無いだろうよ」


「せやねぇ……」



 特に何も言うことなく、和泉達は静かに神夜と勇助の後ろを歩く。彼らが向かった先は言うまでもなく、睦月邸。既に玄関ドアの前には竜馬がおり、鈴も共にいた。勇助が電話をしていた相手はどうやら竜馬だったようだ。

 そして、竜馬と鈴の視線は和泉や響ではなく、イズミに向けられている。もう隠すつもりはない、ということなのだろう。



「勇助から話は聞いた。……俺らのことを、気づいたみたいだな」


「気づいたっていうか、勇助さんが自分からボロを出しましたけどね。……でも、竜馬さん、アンタだけは最初から色々と気がかりだったんだ」


「ほほう? まあ、積もる話は色々あるだろうがまずは中に入りな」



 軽快に笑う竜馬はまず全員を家へと招き入れるのだが……イズミだけは、何故か動こうとしない。まるで何かに阻まれているといった様子で、体が動かないとか。

 なんでだろうと首を傾げている竜馬だったが、勇助が先程のイズミの発言――自分は人間とは程遠い存在だという言葉を聞いたのを思い出し、それを伝えた。



「人間じゃない……?」


「なんか、3分の2は人間じゃねぇっつってたぞ。俺とっ捕まえるときに」


「あー……じゃあそれが引っかかってんのかね、結界に」


「結界?」


「そ。九重市はガルムレイから飛来する霊が変質して悪霊まみれになってるから、俺が結界張ってんの」



 そう言って竜馬は指を軽く鳴らす。ただそれだけだったが、イズミは先程と違ってすんなりと入れるようになった。竜馬が張った結界を通れるように何らかの施しを行ったようだ。


 リビングには、いつ駆けつけたのか朔と蓮もいた。彼らは既にガルムレイと関わりがあるためイズミを見ることが出来ているのだが、和泉とそっくり過ぎて思わず双子かと声をかけるほどだった。



「いや、違います。ほら、アルムが言ってたでしょ、従兄弟がいるって」


「せやったか? いやぁ、でも瓜二つなんは流石におもろすぎるて」



 笑っている朔に対し、蓮は竜馬や鈴のことがバレたんだなと感づいている様子だ。そんな様子に対して響が朔と蓮にも尋ねてみると、彼ら4人と知り合った当初から既に話は聞いているのだとか。

 まさかそんなことになろうとは、と頭を抱えた和泉と響。であれば、疑問は唯一つだ。



「……イズミ、この4人に心当たりあったりするか?」


「さあ。向こうからの持ち物を見せてもらえれば、おそらくは判断がつく」


「あら、じゃあコレでいいかしら?」



 そう言って鈴が首飾りを取り出し、イズミに見せる。それとほぼ同時に彼は思いっきり咳き込んでしまった。

 オルドレイの話の中にあった《仕立屋アーファヤーテ》の力を持つ公爵、リナリア・セテンブル。その身分を示すための紋章がそこに描かれていたからだ。

 これには流石のイズミは大慌て。オルドレイに昔から聞かされていた、いなくなった者達の話を思い出してしまったのか、竜馬、神夜、勇助の正体についても見当がついた様子。



「ちょ、ちょ、ちょっと待っ、まさか!!??」


「ん? ああ、じゃあ俺のも見る?」


「僕のはここにあるよ~」


「はい、俺のはコレ」



 次々と現れる《祓魔師エゾルシスタ》フォルス・ジャネイロの紋章、《預言者プロフェータ》ジェリー・ジューリュの紋章、《傭兵メルセナリオ》オルチェ・オウトゥブルの紋章。連続して現れる紋章の形に、イズミは一度固まった。

 行方不明だと称されていた公爵達が、まさか4人も同時に現れるなんて誰が想定していたことだろうか。当然だが、イズミはそんな想定もなくいきなり連れてこられた先で出会ってしまったものだから、混乱が激しいわけで。


 情報の処理が脳内で追いつかなくなったイズミは、白目を剥いて倒れてしまう。

 その呟きにはこの現状を作り出した元凶への恨み言も含まれていた。



「イズミィーーーー!!??」


「はは……ははは……なんで、あはは……ジェンロのクソ野郎マジぶち殺すぞあの野郎」


「アカン、イズミ君の混乱がやばい!! ひーくん氷! 氷持ってきたって!!」


「お、おお、おう!」



 熱暴走を起こしてしまったイズミに氷水を入れた袋を当てて冷やす。そんな中でもイズミはジェンロという人物に向けての恨み言と、オルドレイに対する愚痴をずっと呟き続けていた。その呟きに対し、鈴と勇助がうんうんと相槌を打っていたところは……和泉は見なかったことにした。


 そしてイズミが落ち着きを取り戻したところで、竜馬達の持つ紋章をそれぞれテーブルに置いてもらう。

 竜馬の銀のチョーカー、神夜の銀の懐中時計、鈴の銀の首飾り、勇助の銀のドックタグ。それぞれに公爵家の紋章が刻まれており、イズミは間違いなく彼らがガルムレイの人間であること、更にはイズミの生きている時代から2万年前の人物であるということが確定された。



「ってことは、キミは……」


「……イズミ・キサラギ……いや、アンタ達にはこういったほうが良いのか。ジャック・アルファード、と」


「え、俺ら初めて聞いたんねんけど?」


「すまん。諸事情で王族の名前の方は、公式の場以外では出さないようにしてるんだ、俺」


「……それは、さっき言っていた人間じゃないことも関わってるか?」


「まあ……ちっとはな」



 少し話しづらそうにするイズミに対し、和泉はここで話を終わらせた。イズミもまた、助かる、とだけ感謝の意を述べる。


 アルファードの名を聞いて鈴と神夜が反応を示したが、共通して言うのは『オルドレイに似てない』の一言。別に貶しているとかそういうわけではなく、ガルムレイの人間の血筋というのは大体が一貫して似ているため、血筋の中からこんなにも似ていない子が誕生するものなのかと驚いているようだ。



「まあ……自覚は、あります。俺よりは、兄貴やアルムの方が似てるかなって」


「確かにアルムさんは似てたね。……あっと、アルム様って呼んだほうがいいかい?」


「ああ、いや、多分アルムはそういうの望んでないです。アイツ自身、あんまり様付けで呼ばれるのは好きじゃないそうで」


「そういや、ロイって騎士はお姉って呼んでたな。それもその影響か?」


「年上の騎士からアルム様って呼ばれるのはいいらしいが、年下の騎士から呼ばれるのはなんか気持ち悪い、だそうで」


「じゃあ、いつもどおりに呼んだほうが良さそうだね」



 意外なところでアルムの苦手なことが発覚したところで、彼らの話へと移行する。

 竜馬達が何故九重市にいるのか。そして、何故戻ってくることが出来たというのに戻ることがなかったのかということを。



 彼らは全員、オルドレイが行った実験――即ち、魔力を世界に定着させるという実験によって世界に魔力が蔓延った結果、4人の体内に魔力が定着出来ないと世界に判断され、世界から落とされ……10歳まで若返り、記憶を保持したまま九重市に降り立ったという。

 その時に出会ったのが、朔と蓮の双子。ガルムレイに来たことのある彼らは竜馬達を見つけることが出来たため、路頭に迷うことがなかったという。



「だから俺らは朔ニキと蓮ニキには頭あがんねーのよ」


「そうよねぇ……。もし2人がいなかったらって思うと、ホント、ゾッとするわ」


「はっはっは、よせやい。俺らだってオルドレイがいなかったら、こっちに帰ってこれなかったんだし」


「…………」


「ん、和泉君とジャック君、眉間にシワ寄せてどうした?」


「いや……俺はそういう事、あるんだなあって思って」


「俺はこっちの世界に十二公爵来すぎじゃね? ってのと、ジェンロのクソ野郎をどう処刑してやろうかと考えてるだけなんで」


「殺意がマッハぁ」



 眉間にシワを寄せて、片割れは事象に頭を悩ませ、もう片方は元凶に頭を悩ませる始末。同じ顔の2人がこんな調子なので、代わりに響が情報をまとめ上げた。


 優夜が取り込んだ何かについては、ガルムレイの者か血を引くものでなければならないという部分がネックとなっていたが、今の話を聞いたことで神夜が元ガルムレイの人間であるからという理由が当てはまる。

 そして和馬、優夜、猫助の3人がすぐにアルムを認識できるようになったのは、同じく元ガルムレイの人間である竜馬、神夜、勇助の血を引いているからだと。

 そうなれば、優夜が接触して取り込んだものは何なのかという話になるわけで。


 ふと、響は優夜の挙動に違和感を思い出す。

 なんてことはない、普通の動作をしていた優夜。なのに……響は何故か、酷く違和感を感じていた。



「……そういやぁ、ゆーや君、なんか変やなかった?」


「変……っていうと?」


「や、ほら……夕飯作りで手伝いに行ったりとか、遊ぶ前の朝食で1人離れたりとか……なんや、カズ君に近寄ったりせーへんかったやん?」


「そういえば……」



 普段の優夜であれば、どんな状況でも……というより、異世界に飛んだという状況ならば余計に和馬に抱きついて、離れたりはしない。和馬に何かあっては優夜の心の拠り所が無くなってしまうからだ。

 だというのに、ここ数日の優夜は何かがおかしい。大好きなはずの和馬に近寄ろうとせず、近寄りがたい異質な空気が彼に付き纏っていた。


 この話を聞いて首を傾げたのは、他でもないイズミだった。



「それの何がおかしいんだ? 友人じゃあないのか?」


「あー、そうか、イズミにはあの2人の関係性教えてなかったよな」


「関係性?」


「カズ君なあ、ちまこい頃にゆーや君に『けっこんしてください!』って告白してもーてんな。で、その言葉を受けたゆーや君は、もう一生カズ君についてく! 好き! って宣言してはるん」



 いつ聞いても、とんでもない告白だよなと笑いあった和泉と響。この話は竜馬も神夜もよく知っている話で、伝え聞きの鈴と勇助もよく知っている。当時はどうしてそんなことに発展してしまったのかと笑っていた。

 だがイズミだけは違った。口元に手を当てると、それはまずい、といった表情を見せている。優夜の身に起きていることと、今の話を合わせれば……ある1つの事象が優夜の心身に起きている、と。



「何が起きているってんだ?」


「……ガルムレイで、人が魔物になる現象……"闇落ち"だ……」



 イズミの放ったその一言は、神夜に残酷な真実を告げた――。

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