第24話 魔力調査


 翌朝、ロウンの城下町入り口。

 領主官邸に戻ろうとしていたのだが、アルムがどうしても戻りたくないと言い出して踏ん張っており、イズミと和泉がどうしたものかと悩んでいた。


 というのも、戻ったら検査が待っているという事実が彼女を留まらせる理由。

 アルムの一番苦手な身体検査―――現代社会で言うところのシャトルランが待ち構えているとのことで、それが嫌だと。


 ガルムレイの人間が異世界に行った場合、その世界の空気に馴染めていたかどうかの確認手段として用いられる。異世界によっては瞬発力の著しい低下が見られることから、検査項目に加わったそうだ。

 アルムは幼い頃に本でこの項目を見かけ、ちょっと試しにやってみたらとんでもなくキツかったらしい。故に、トラウマレベルになったという。



「アレって、にゃんかトラウマ認定されやすいよね」


「確かにアレは俺も苦手やなあ……」



 シャトルランに苦い思い出のある響と猫助が、揃って顔を歪めた。

 逆にシャトルランが大好きだった優夜はニコニコ笑顔でアルムを説き伏せようとしているのだが、その言い方が恐ろしすぎて逆効果となっている。内容については、かなり生々しいので割愛。


 優夜の必死の努力虚しく、アルムは城壁の後ろに隠れて外に出なくなってしまった。ので、イズミが俵担ぎで無理矢理連れ出すことに。



「やぁだぁーーー!! 走るのやだぁーーー!!!」


「普段から脱走してるやつの言う言葉じゃねえよ」


「普段は外出したいから走るんだもーーーん!!」



 ジタバタと暴れてはなんとか抜け出そうとするものの、イズミの右腕から抜け出せそうにもない。

 それもそのはず。彼の右手の握力は人のものではない上に、ホールド力もばっちりだ。どんなにアルムが暴れようとも、その力で押さえつけられては彼女も脱出はできない。


 俵担ぎのまま2時間ほど歩いて領主官邸へ。

 たどり着く頃にはアルムも諦めモードに入っており、逆にイズミに交渉を持ちかけて検査量を軽くしてもらえないかと願っていたのだが……検査担当じゃないからと一蹴された。


 じゃあ検査担当って誰なんだ? と疑問に思ったところで、検査担当であるガルヴァスが出迎えてくれた。既に準備は完了しているようで、このまますぐにでも検査を開始したいという。

 そのためイズミはアルムをソファに座らせ、遼と猫助で板挟みにした。こうすることで同じ検査を受ける者がいるという安心感を与えるのだと、イズミは言う。……彼らはアルムと同じ検査を受けるわけではないので、その効果が実際に現れるかはわからないところだが。



「じゃあ、アルムここに置いとくな」


「すまないね。……ああ、そうだイズミ。リイから伝言が来ているぞ」


「姉貴から? ……だいたい予想はつくけど、なんて?」


「『アルムのそばにいてあげなさい』だそうで。しばらくはこちらにいろ、とのことだ」


「知ってた。じゃあ、俺はコイツらの部屋の準備でもしておくよ。往復持久走の時は俺も手伝う」


「ああ、ありがとう。……それじゃあ、検査を開始しましょうか。アルム様から」


「うぅ、はぁい……」



 諦めた様子のアルム。とぼとぼと自分の部屋に戻り、動きやすい服に着替える。その間に逃げられては困るので、イズミと和葉が様子を見に行ったが、大人しくしていたそうだ。


 ふと、和泉と響は自分達はどうなるのだろうと気になった。許可のある者が作ったゲートなら検査を受ける必要は無いとは聞いているが、自分達も参加出来るのだろうか、と。

 というのも、検査内容に『魔力調査』というものがあり、魔法の使えない世界からやってきたのでちょっと気がかりなのだ。



「ふむ、気になると言うのなら魔力調査を受けてみるかい?」


「いいんですか?」


「魔法が無い環境から在る環境に来たのだし、ま、土産話にやるのはいいよ。検査は簡単だしね」


「ほんなら、俺と和泉君のも調べてもらお。楽しみやねぇ」



 身体で楽しみなところを表現する響は、遼と共に検査の開始を待つ。まずはアルムに行われる往復持久走から始まるようで、ガルヴァスは室内から魔石を持ってくるとアルムと共に森の外へと向かった。

 その間は和馬達は暇になるので、官邸に入ってすぐの応接室へ。全員は座れなかったため、和泉、和馬、玲二は立っておくことに。



「でも、いいなあ。シャトルラン、僕もやりたかったぁ」


「ゆーやってシャトルランは毎年ぶっちぎりだったもんねえ。どしたらそんなに反射神経高くなれるの?」


「さあ……? 気づいたらそうなってたとしか」


「まぁガキのころから俺を追いかけ続けてたらそりゃあ……なあ?」


「ああ……」



 和馬の視線を受け取った猫助は、なんとなく優夜の瞬発力が高い理由を察した。

 幼い頃の優夜は和馬に「けっこんしてください!」と告白されたため、和馬を見つけるとすぐに駆け寄って一緒にいることが多かった。幼馴染である猫助はそれで瞬発力を身に着けたんだろうな、と判断する。

 それでも未だにその瞬発力が衰えていないのは、好きな和馬がまだ近くにいるからなのだろう。


 やがてアルムとガルヴァスが戻ってくる。アルムは疲れ切った様子で汗を拭い、大きく深呼吸をしている。長めの時間を走っていた様子の彼女は、応接室に入ってくるとぐったりとテーブルに突っ伏した。



「衰えが無かったから良かったけど、もうやりたくなぁい……」


「よしよし。ほら、次は魔力調査だぞ、アルム」


「イズミ兄ちゃんおんぶして……」


「はいはい」



 ギュッとイズミに抱きついて、ひょいっと持ち上げられる。アルムにとってはこの瞬間が1番安らぐひと時で、より一層嬉しそうな顔を見せた。

 それを見た和葉もまた、アレやってほしい! と和泉に懇願。出来るかなと試して見たが、和葉の服の裏に隠れたスパナやらドライバーなどの工具が邪魔で、断念。



「うーん、工具は手放せないからしばらくは無理かぁ」


「なら、向こうに帰ってからの休みの日にな。ほら行くぞ」


「はぁーい」



 そのまま、和泉達はアルム達に連れられて一番広い部屋へ。

 床には何やら魔法陣らしきものが書かれた布が広げられており、ガルヴァスからそれぞれ1枚ずつ印紙が配られる。


 印紙を利き手に持ったままで魔法陣の中に入ることで、元から魔力を持っているかどうか、また魔力の許容量とその人間の持つ《先天属性》を調べることが出来る。

 今回の場合、和泉達は元から魔力を持っている可能性は限りなく低いため、許容量と先天属性を見るだけで良いとガルヴァスは言う。



「とは言え検査は紐付けされているから、持ってたかどうかまで調べることになるけれどね」


「なるほど。もし持ってたとわかった場合どうなるんです?」


「追加の検査が必要になるだろうね。その魔力がガルムレイ由来かどうかを調べて、由来であれば何処から入手したかどうかを調べるんだ」


「へぇ……何処から入手したかわかるんですか?」


「ある程度はね。ガルムレイの魔力というのは、少し特殊なんだ。その辺りはあちらを見てもらうと早いかもしれない」



 ガルヴァスが指差す先には、異世界の人に向けて造られた説明用の手作りボードがあった。言葉で説明しながらの準備は危険なため、準備期間中にボードを見てもらうことで時間の短縮も図っているのだという。

 説明用ボードは以前アルムが説明してくれた、外の魔力と体内の魔力を練り合わせて魔法が作られるという話に加え、外部魔力と体内魔力の違いについても書かれていた。


 体内魔力は人それぞれが必ず持っている2種類の魔力があり、異世界から来た人間も到着と同時に付与されるという。この付与の仕組みについてはまだ解明されておらず、何故異世界の人間も持っているかまでははっきりしていない。

 外部魔力は未だに未確定な部分が多く、現状は2種類の魔力があるという研究結果が発表されている。これがゲートを通ることでアルム達ガルムレイの人間が異世界でも魔法が使える仕組みだが、魔法の概念が無い世界では例え魔力がゲートを通ってきていても使えないという。



「概念って大事なんだな……」


「だなぁ。こっちじゃ俺らのスマホ、使えねぇし……」



 和泉と遼は己のスマホを手に取り、映らない画面をじっと見続ける。

 先程から電源ボタンを何度か入れてみても映らないそれは、このガルムレイという世界に『機械の概念』が失せているために使えない。

 機械の概念は今から2万年前には使われていたそうだが、とある事故をきっかけに魔力が蔓延して機械概念が消え失せた……とアルムは言う。



「事故……って」


「オルドレイ様、マール、ジェンロ、アリス様が行ってた実験のことです。……時期的にも、朔さんと蓮さんが来ていた頃だから、もしかしたらお2人はその実験を見てるかもしれないですね」


「お父ちゃんのことやし、絶対おもろいことあるやろ~って言いながら突入した気ぃがする……」


「わかる……朔おじさんと父さんって、なんか絶妙にそういう気配探るのだけは上手いんだよな……」



 息子だから父親のやりそうなことはよくわかる。響と遼は頭を抱えてしまい、同時に朔と蓮が軽く笑っている様子も頭に思い描いてしまって顔を渋らせた。あんなんだから記憶を消されて改竄されるんだよ、と2人揃って呟いたのは言うまでもなく。


 準備が整ったため、先にアルムの調査から行われることになった。彼女の場合は印紙を持つ必要はなく、魔法陣の上で普段どおりに魔術を使えばいいとのこと。

 ……しかし……。



「あっ、ごめん失敗した」


「アルム様ァ"ーーーー!!!!」



 炎魔術を使おうとして盛大に壁にぶちまけて燃やしてしまったアルム。魔術を打つ方向さえも定めることが出来ないとは誰もが予想外のことで、ガルヴァスが瞬時に魔石を使って消火活動を開始。

 難なくというか、いつものことだからか消すのには時間がかからなかったのだが、ふと、ここでガルヴァスが魔術での消火をしないことに疑問を持った一同。消火活動の手伝いを終えた後、それとなくガルヴァスに聞いてみた。



「ああ、私は魔術を使えない家系なんだ。……いや、使えないと言うより、使というべきか」


「使わないほうが良い、というのは……」


「どうやら私の家系は外部魔力を吸収すると、身体に異変を起こす体質のようで。原因も不明なものだから、使わないほうがいいと言われている」



 そんな体質なんだと一同納得しているのだが、ふと猫助が街中で聞いた『世界最強の騎士ガルヴァス・オーストル』の話を思い出す。

 彼が魔術を使えないということを知ると、剣術、槍術、体術などの様々な技術だけで最強の騎士を名乗っているという事実が浮かび上がるわけで。



「えっ、じゃあ魔術なしで最強の騎士って言われてるってこと!? それってある意味凄いのでは?!」


「む? ……確かに、そうなるな?」


「反応が薄い!! アルム、こういうの凄いんだよ! もっと誇って!!」


「え? ガルヴァスが最強認定なのは当然ですよ?」


「当然で済ませるレベルじゃないんだよなぁ!?」



 ここでも感覚に差が出てくるとは思わなかった猫助。ツッコミを入れてもきりが無いので、もうこの2人はこうなんだな、で済ませることにした。本当は済ませてはいけないのだろうが、何度ツッコミしてもきっと素っ頓狂な答えしか帰ってこない。そんな気がしたようで……。



 続いて、和泉の調査へ入った。

 彼は右手に印紙を持ち、魔法陣の中へと入ってガルヴァスの指示に従いリラックスするのだが……。



(……あれ?)



 魔法陣の真ん中に立った和泉の右手には、何かの違和感があった。右手は普段どおりにしているはずなのに、何故か酷く感じる。

 印紙が重くなったのか? と思ったが、印紙は金色の光と稲光を見せるだけで特に変わった様子はなく……。


 アルムやイズミが言うには和泉は雷属性の持ち主であることが発覚。和泉から取れたデータをガルヴァスが参照してみるのだが……彼は首を傾げたまま、イズミを手招きした。



「どうした、ガルヴァス」


「いや……この結果、キミと同じだなと思って……」


「……俺と?」



 イズミとガルヴァスの会話内容から、イズミと和泉の魔力構造や体内魔力の構成、更には魔力の指紋と呼べるものが全く同じという結果が出ているのだ。

 これは本来ありえない。人の体内魔力というものは指紋と同じくそれぞれバラバラで、同じものが出てくるはずがない。出てくるとしたら、それはある種の異常事態でもあるわけで。


 一度調査を中止して、ガルヴァスはイズミと和泉に聞き取り調査。過去に起こした行動やら何やらを聞き取り、お互いが何処かで分離した可能性などを考えていたが……それらは全て外れる。

 和馬達も一緒にこの事態の原因究明を手伝っているが、和泉と仲が良い和馬達は彼の過去を知っているので、分離したという結論は何処かへ吹っ飛んでしまった。



「え、ええと、イズ君とイズミ君が?」


「姿が同じだけじゃなく、魔力の中身まで同じっつーことか?」


「そういうことになるね。……うーん、私もこの事例は初めてだな……」


「ほんなら、今までにこういうことはあったんか?」


「どうだろう……、アルム様は何か覚えは?」


「うーん、あたしも本では見たことないかなあ……。そもそも、魔力が違うっていうのはあたし達の共通認識だし……」


「そうなんですよねぇ……」


「にゃー……事態は思った以上に深刻そう……」



 有識者であるアルムとガルヴァスでも突然の事態。流石に調査をこのまま止めるのは申し訳がないとのことで、和馬達以降の魔力調査も順番に進めていた。


 そうして調査が終盤に差し迫った頃、ベルディが室内へ入ってくる。

 どうやら彼は和泉達より先に行った後、自分の所属騎士団に連絡を入れたりで忙しかったらしく今まで顔を出せなかったそうだ。



「すみません、アルム様。突然いなくなったりして」


「ベルディさんがいなくなるのはいつものことなので気にしてないです。それよりベルディさん、ちょっとお尋ねしたいんですけど」


「はい、なんでしょう?」


「この和泉さんの結果なんですけどー……」



 自分より長生きのベルディならば、イズミと和泉の魔力が全く同じな理由がわかるかもしれない。そう思ったアルムは彼にも調査内容を見せるが、ベルディ自身も目が点になってしまっていた。この様子では、彼も何故こうなっているのかわからないようだ。

 しかしベルディはこの事象に関しては自分よりももっと詳しい人物に聞いたほうが早いとアルムに伝えた。



「詳しい人物、ですか……。となると、アンダスト国へ問い合わせたほうがいいんですかね?」


「いえ、もっと手っ取り早いのがいますよ」


「え、誰だろ?」



 首をかしげるアルムに、ベルディは『レイ・ウォール』と『アマベル・ライジュ』という人物が手っ取り早いと教えてくれた。


 レイはこのガルムレイという世界の基礎中の基礎を築いた人物なのだそうだ。神と言っても過言ではなく、この世界で起きていること全てを把握しているので魔力に関係した部分も彼に聞けば良いのではないかとベルディは言う。

 アマベルの方はレイの知り合いであり、ベルディも時折会うとのこと。レイと同じく基礎中の基礎を築いた人物と言われているのだが、真相は定かではない。だが創世を知る数少ない人物なのだそうで、レイしか知らないはずの情報を知っていることがあるのだそうだ。




「アマベルさんは今月と来月はちょっと忙しいって言ってたから、レイさんですかねぇ。まだ和泉さんの事務所いるんでしょうか?」


「連れてきましょうか? どうせ、向こうでダラダラと過ごしているのが目に浮かぶので少しは引きずり回す必要があると思いますし」


「ひ、引きずり……。まあ、でも、連れてきてもらえるなら……」



 若干ベルディの言葉にドン引きしながらも、アルムはレイを連れてくるようにお願いして、調査の続きを手伝った。


 ……なお、レイはベルディに連れられるまでは如月探偵事務所で涼んでいたとかなんとか……。

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