第3章 探偵、異世界へ

第20話 吹っ飛ぶ。


 夏も途中、七夕も過ぎたある日。

 日差しがチリチリと肌を焼く中で、和泉と響とアルムとベルディが如月探偵事務所で涼んでいた。


 睦月蒼馬の依頼によって魔術師マゴの本を見つけ、レイとベルディのおかげで細かなゲートの発生原因がこの本を手にとった者の実験だったことも知ることが出来た。

 ただそれだけだが、九重市の異変についての原因を偶然見つけることが出来たのは喜ばしいことだ。


 現在は暑さが尋常ではなく、アルムとベルディがへばってしまったためレイ1人に調査をお願いし、和泉と響で2人の介護をしているところだ。



「うー……暑すぎるぅ……」


「こんな暑い中で生きてるって凄すぎますよ……」


「大丈夫か? 無理はしないでくれよな?」



 和泉が2人に塩飴と麦茶を用意。水分補給と塩分補給をちゃんと促して、クーラーと扇風機で室内を適温に変える。

 あまり当たりすぎないように注意を伝え、和泉はアルムとベルディを見張りながら仕事を続けた。


 そんな中、響は昼食を作っている。

 今日は和泉の仕事量が多く、昼食を作る暇が無いということで急遽有り合わせの材料で昼食作りをすることに。

 和泉の家の冷蔵庫は近所の八百屋から以前の依頼達成のお礼として貰う野菜や果物が多いため、響も腕がなると言っていた。



「和泉君、これも使ってええか?」


「いいぞ。あ、でもそっちよりもうちょい小さいのあったろ?」


「あ、これ? こっちのが古いん?」


「ああ。あと冷凍庫にも使えそうなのあったら使っていいからな」


「ほいほい」



 いくつかの古い食材を聞き取り、てきぱきと肉野菜炒めを作る。白米も早炊きで準備しており、肉野菜炒めが出来上がる頃にはふっくらとご飯が炊きあがっていた。


 と、そこへ匂いを嗅ぎつけた5階の住人、砕牙とサライが3階の和泉の家へやってきた。昼飯をたかりに来たのか、ちゃっかり皿と箸を準備している。



「珍しいなぁ。かまへんよ、ご飯の量も想定より多いしな」


「悪い、ありがとう。砕牙の仕事がさっき終わったばっかで作る余裕なくってさ」


「あー、そんならしゃーないねぇ」



 からからと笑う響はサライと砕牙にも配膳し、自分の分も分けたところでいそいそと食べ始める。

 甘辛く味付けした肉野菜炒めはアルムに大好評のようで、おかわりを求められるほど。ベルディも絶賛しながら、白米と共に食べ進めていた。


 そんな食事時、事務所に来訪者。食事中の張り紙付きではあるが、仕事の受付はしているため、早めに食べ終えた和泉が出ることに。



「あれ、金宮さん??」


「こんにちは。すみません、お食事中に」


「いえ、俺はもう食べ終わってるので。中にどうぞ」



 来訪者は金宮燦斗かねみやさんと

 俳優である砕牙のマネージャーであり、砕牙とサライの良き兄貴分となっている男。

 以前砕牙が持ち込んだストーカー事件についての話などを聞きたいそうで、砕牙とサライを送り届けたついでに事務所に立ち寄ったそうだ。



「ある程度の対象者は絞り込んであります。あとはまあ、そちらの事務所側が警察に持ち込むかどうかで判断する形になりますね」


「ありがとうございます。その点に関しては追って事務所側からの通達を受け取り次第、ご連絡させていただきますね」


「りょーかいっす。んで、他に話あるんです?」


「ああ、実はお嬢様はお元気かなと思いまして」


「あー……」



 燦斗の言うお嬢様、というのは和葉のこと。

 彼自身が文月神夜に世話になっており、その延長線上から和葉とも親しい。神夜がお嬢様と呼ぶことから、彼もまた和葉をお嬢様と呼ぶようになっている。

 無論、2人が御影会の人間であることはよく知っているため、仕事に抵触しないように程よいお付き合いをしている。


 和葉は元気かと問われて、和泉は眉間にシワを寄せる。

 なんでも彼女は夏の大イベントが潰れた影響もあってか砕牙とネタの打ち合わせをする頻度が少し増えているようで、修理業が終わったらすぐに自室にこもり、ネームを1本作りきってから寝るというハードスケジュールを着々とこなしているようで。

 しかもこのスケジューリングの中で既に1本は完結済みの印刷済みという徹底ぶりで、和泉の部屋に在庫がまた積まれたという。

 更にはこの本のキャラをフィギュア化する計画まで建てているとのことらしく、現在何処で制作するかの計画も練っているそうだ。


 本業と並行するのは一向に構わないのだが、今後のことを考えてからスケジュールを立てて欲しいと和泉は軽く愚痴をこぼした。



「あ、はは……やはり、変わられてないようで」


「結婚当初、確かに趣味に没頭するのはいいと言った。言った、が……まさかここまでハードスケジュール組むなんて思わねえよ誰も」


「お嬢様は趣味のことになると、本当に一直線に進みますからねえ。それこそ、砕牙のように」


「砕牙と出会ったのが運の尽きだったようだ……」



 小さく笑う燦斗と、頭を抱えた和泉。和葉に振り回されるのはこの2人にとってはよくあることなのだが、それにしたって差がひどいと和泉はぼやく。

 燦斗も燦斗で、砕牙の趣味と和葉の趣味が合ってたとはつい最近まで知らず、ここ数日の砕牙の没頭っぷりはある種の賞賛に値すると褒めるほど。本人的には嘲笑っているようにも見えるが。



「ですが、お嬢様がお元気そうで何よりです。神夜さんや玲二さんの胃痛は、加速していそうな気もしますが」


「あぁ、その2人なら手馴れたもので、軽くあしらってますよ。少し和葉の方が弱いぐらいで」


「うーん、私も見習いたいところです。……ね、砕牙?」


「え」



 燦斗がそう声をかけながら扉を開けると、食事を終えた砕牙とサライがこっそりと覗きに来ていた。

 どうやら燦斗の車がまだ残っていた事に気づき、何を話しているのかと気になっていた様子。普段から彼らの家に燦斗が来ることはあるものの、和泉の事務所に向かうことはあまりなかったために、逆に和泉が何を言われているのか、となったそうで。



「そんな私が悪いことを言ってるかのような言い草はやめてくださいよ」


「だって燦斗マン、すーぐ人を煽るから和泉も煽ってそうで」


「如月さんは煽りませんよ? まあ確かに砕牙とサライと顔が似てるので煽りたくはなりましたが」


「そこまで……??」


「あと知り合いに似てるのもあったので、気をつけながら喋ってましたね」


「金宮さん、砕牙とサライとその知り合いになんの恨みが???」


「強いて言うなら砕牙とサライは普段から私に頼りすぎ、というのがありますかねぇ……」


「その点に関しては本当にすいません。俺、運転免許取ってないんで燦斗マンの送迎だけが頼りなんですよ、マジで」



 土下座の態勢になって謝り倒す砕牙。燦斗からの手伝いがなくなってほしくないという、ただそれだけの事情で土下座。俳優とマネージャーの力関係がよく分かる現場だ。

 なおサライは大きなため息をついてはいるものの、自業自得だからと砕牙を養護することはしなかった。したところで、自分が出来る養護があんまり役立ちそうにもないからである。

 和泉はと言うと、砕牙の性格上そうなることはわかりきっていたので、あえて助け舟を出さない方向で決めた。俳優とマネージャー、2人の関係に首を突っ込む必要は無いだろうと。



「ま、今回は許しますよ? 来月の仕事がいくつか増える過密スケジュールになるかもしれませんけどね」


「鬼ー!! 悪魔ー!! 人の血は通ってんのかー!!」


「そうやって狼狽えるから、楽しくてしょうがないんですよ」


「マジの悪魔じゃねぇかコレ。和泉気をつけろよ、燦斗はお前にも噛み付くかもしれねえぞ」


「失礼ですね、サライ。あなたと砕牙以外には噛みつきませんよ」


「俺には噛み付くんかい」


「はい。なんてったって、あなたも大事な弟分ですので」


「ぐぬぬ」



 それが本当に大事な弟分に言うことか? とツッコミを入れたかったのだが、それよりも大事だと言われてしまったことに少し照れくささもあった。

 普段のサライなら言い返すところだが、兄弟がいない彼には兄のような人に褒められてしまうという部分にはだいぶ弱いようで。


 そうして会話を続けていれば、戻ってこない和泉やサライ達が心配になり、響とアルムとベルディもやってくる。事務所の中はいつものように、メンバーが違っても賑やかだ。

 そんな中、燦斗の目はアルムとベルディに向いていた。彼には事情を話していないため、彼女達の存在についてはただの友人の友人という扱いていくことに。



「友人、ですか」


「ええ、まあ。今はちょっと外に出ているので、涼しいところで待たせたいって言われてしまって」


「なるほど。確かにここ数年の暑さだと、外にいるよりは室内にいるほうがいいですしね」


「水分補給しないと死にそうなくらいですよぅ。……って言っても、お兄さんのその格好もだいぶ……」



 アルムの目が燦斗の服に向けられる。灰色と黒のグラデーションが入ったロングコートは、それはもう生地がしっかりしているため見た目には暑そうな部類。眺めているとまた暑さを思い出すのか、アルムの額からはしっとりと汗が出てきた。


 汗をハンカチで拭いながら過ごす彼女に、燦斗はにっこりと微笑んだ。

 だがその微笑みが少しだけ、アルムにとっては少々恐ろしいものに見えたようだ。ベルディの後ろにそっと隠れ、彼の服をキュッと掴んだ。



「……アルム様?」



 不思議に思ったのか、ベルディが軽く問う。普段の彼女であれば、ここまで怖がるような様子は出さない。

 もし彼女が不安がるようなことがあるとすれば、それは【異質】なものであることに間違いない。ベルディは少しだけ、燦斗を注視した。


 そんな中で燦斗は大きな鏡へ目を向ける。相変わらず綺麗で大きい鏡だと褒める彼は、少しだけ借りてよいかと立ち上がった。



「なんなら、持ち帰ってくれてもいいですよ、それ。事務所置いてるとめちゃくちゃ邪魔なんで」


「いえ、結構です。この鏡はこの事務所に置いておくのが一番だと、私は思いますよ?」


「なんでぇ……??」


「まあ、持ち帰りが不便っていうのが一番の理由ですね。運び入れるのも大変そうですしね。ですが……」



 そこまで言うと燦斗の言葉が止まり、顔が入り口を向く。入り口には特に何も起こっていないのだが、彼はじっとドアを見据えていた。


 それと同時に、アルムとベルディも何かが起こった事に気づく。事務所の中の空気が少しだけ変わったことに気づいたのは、響も同じ。

 和泉、サライ、砕牙の3人は4人の様子に一瞬だけ身が凍るような感覚を覚えたという。



「アンタら、なんで空気変わったこと気づかんねん」


「や、だってなんか怖いし……」


「やー、ホンマ、顔が似てるとオカルト嫌いも似てまうんやねぇ」



 やれやれと肩をすくめていると、響のスマホに着信が入る。さすがに室内での通話は砕牙達に失礼だと思ったのか、外に出て通話をすることに。

 相手は竜馬らしいが、そこから先の通話は扉が閉まって殆ど聞こえなくなった。


 そしてその間に燦斗の様子がおかしいということに気づいたサライがペチペチと彼の頬を叩いて正気に戻し、再び会話を続けた。



「燦斗、大丈夫か? なんか様子が変だけど」


「え、ええ。大丈夫です。……少々、予定を変更しなくてはならなくなったみたいで」


「予定? 予定ってなんの……」



 サライが燦斗に尋ねようとしたその瞬間、響が大慌てで扉を開いて入って来た。

 どうやら彼は和馬達を探している様子だが、当然ながら事務所にはいない。こちらへ向かった様子もなければ、何故か待機しているはずの睦月家にもいないというのだ。



「うん……わかった、すぐそっち行く! レイはん探し出して合流してくるわ!」



 その一言と同時、彼は電話を切って和泉に事情説明。


 竜馬が花壇の世話をしていたところ、昼飯の時間になっても誰も呼びに来ないことを不審に思い、室内を探したところ全員休みのはずなのに誰もいないという状態になっているのだそうだ。

 もちろん外に出たのなら花壇の世話をしていた竜馬が気づくのだが、車も出ていなければ誰かが出ていった様子もなく、世話をする前に出ていたのかと思って響に連絡を入れたのだそうだ。


 しかし、どれだけ探しても和馬、優夜、遼、猫助の4人はいない。和泉の事務所に来ていないことは和泉達がよく知っている。

 流石にこれはまずいと判断したのか、和泉は車の鍵と事務所の鍵を取り出しはじめた。



「……サライ、砕牙。悪いが、事務所一旦閉めるぞ」


「おう。……俺らも、近所探してみるからよ」


「すまん。……アルム、ベルディ、響、行くぞ」


「は、はい」



 3人を連れ、サライと砕牙と燦斗と別れた和泉はすぐに睦月家へと向かう。

 焦る気持ちを抑え、何が起こったのかを頭の中で整理しながら。


 途中で事務所に戻ろうとしていたレイを発見し、一緒に同行することになったため軽く事情を説明しながら車を動かした。

 その中でレイは調査中に世界にゲートが作られた事を話し始めたため、もしかしたら、と不安になってしまう。



 そして、睦月家に着いた途端に。

 ガルムレイの出身者であるアルムとベルディとレイは、揃って口を開いた。



 『ゲートが開かれた』と―――。

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