第4章 探偵、夜を救う

第27話 闇落ちの条件


 睦月邸・リビングにて。

 まず手始めに、現在和馬達が置かれている状況、ガルムレイから帰って来れない理由を軽く説明。

 その後、優夜が"闇落ち"という状態に陥っていることを聞かされたため、その状態についてより詳しく聞くことになった。


 イズミいわく、"闇落ち"とは人間が魔物になる状態を指す。

 誰かに、あるいは何かに対しての憎悪が増す毎に人間としての感情が黒い涙となって流れ、人を愛することを、人に愛されることを拒絶するようになるという。

 やがて黒い涙が完全に流れきった時、その姿は人と程遠い存在に成り果ててしまい……どんなに死力を尽くしたところで、人に戻ることはないという。


 ……という話を聞いたところで、全員で待ったをかけた。

 というのも、この話をする前にイズミは自分も闇落ちだったからと一言添えているのだ。人に戻ることはないと聞いて、じゃあお前はどうして戻ってるんだよ! というツッコミが全員から入った。



「あー、まあそう言いたくなるよな……」


「や、だってそうやん? イズミ君、闇落ちになったことがあるのに、人に戻ってるやん?」


「そうよそうよ。人に戻れないのだったら、今のあなたも人じゃないってことになるわよね?」


「まあ、そうなりますけどね。実質、3分の2は人間じゃない、というのはそのとおりなので」



 少し困った様子の表情を見せたイズミ。自身の闇落ちに関してはあんまり喋りたくはないようで、少々目をそらし気味だ。

 そんな彼に対し、神夜がふと先程の勇助の救出の際に気になったことがあったようで、それに対して神夜はイズミの右腕を指差しながら尋ねてみた。



「……そういえばジャック君、キミって右手はわざと力を緩めてるよね?」


「ん……まあ、はい。なんでわかったんです?」


「いや……僕から離れようと掴んだ時、最初は思いっきり力を入れようとしてたでしょう? でも僕という一般人が相手だと知って力を緩めて……それで、油断したところで僕に引き剥がされた」


「あー……よく見てるんですね」


「格闘術においては、ジンは俺らの中では強いからなぁ。相手を見るのも上手いんだよ」



 参ったな、と言いたげに頭をかいたイズミ。右手のことは誰にも気づかれないだろうと思っていたが、神夜に見抜かれるとは思わなかったようで。


 優夜の闇落ちに関しては全てをしっかりと話すべきだという判断が彼の中で下されたため、仕方なく自身の過去について、元に戻った経緯についてを話し始めた。

 イズミ・キサラギ――もとい、ジャック・アルファードという『人間』の過去を。



 産まれた時からジャックは人や獣から忌み嫌われる存在。世界そのものから逸脱者として扱われ、世界のどこへ行こうとも全ての生命に忌み子として扱われていた。

 人も、動物も、草花も、全てがジャック・アルファードという存在を『異常』なものとして見ている。そんな状況に、幼い彼は耐えきれなかった。


 だから、憎悪した。

 ガルムレイという世界そのものに、その世界に生きるもの全てに。

 破壊の限りを尽くしてしまおうと、人の姿を捨てて暴れ回って……。

 人の姿を捨てた代償に右手は人並外れた握力と力を手に入れてしまい、今も尚握力は増え続けている。



「そして気づけば俺は、知恵と知識を得た人型の闇の種族……最上級眷属という形で、世界に残されていたわけだ」


「世界がそう判断した、ってことか?」


「そうなるな。おかげで、全世界に最上級眷属ジャック・アルファードの名は知れ渡ったよ」


「ああ、だから名前変えたのか? イズミ・キサラギって名前に」


「まあ、はい。あんまり思い出したくないってのと、あー……アルムとの約束、も、あるんで……」


「約束ねえ。……いや、でも人に戻ったのはそれが影響してるのかもね」


「ん、蓮おじちゃんどういうこと??」



 蓮の考察は、愛という感情ではなく約束という契りを結んで繋がりを作ることで、人間としての生を忘れさせなかったのがイズミが人間に戻れた1番の要因ではないかと言う。

 感情を全て流し終え、愛も受けれず与えることが出来ないのであれば、感情ではない別の『何か』が彼を繋ぎ止めていた。それが蓮の考えだそうだ。


 和泉はそれに付け加え、記憶も十分な要因の1つかもしれないと考察を重ねる。

 感情だけが流れるのが功を奏したと言えるのか、記憶が残っていたからこそ『アルムとの約束』が大事なのだと。



「あー、なるほど……? でも、ジャック君本人はどうなんだ?」


「俺が元に戻ったときは、アルファード家の城……つまりはロウン城なんですけど、そこの地下に作られた祈りの洞ってところに押し込められてました。アルムに入って! って怒られたんで」


「あなたってどこまで尻に敷かれてるの? 蓮なの?」


「グフッ」


「すいません鈴さんその言葉は俺にもぐっさぐさ刺さります!!」



 鈴の鋭い一言にとどめを刺されたイズミと蓮。一緒にソファにうずくまり、嫁の尻に敷かれるってつらいな、と愚痴をこぼしあった。


 しかしこれだけでは優夜が闇落ちした理由はよくわからない。そこで和泉は、優夜にとって1番禁忌とも言える部分――神夜との過去の出来事について、何があったのかを問う。

 神夜は……最初ははぐらかしていた。自分を恨むのは、嫁の優奈の死に目に来ることが出来なかったからだと。彼に愛情を注ぐことが出来なかったからだと。全ては自分の責任である、と。

 しかしその言葉を言う時の神夜は、まるで……。



「まるで、嘘を付く時の優夜と同じですね」


「えっ?」



 和泉にはどうにも、神夜の言った言葉が全てではない気がした。というのも、優夜が嘘を付くときと同じ動作――相手の目を必ず見続けるという動作が、神夜にも見受けられたからだ。

 今語った全ては真実であり、嘘でもある。そんな結論が和泉の中に生まれていた。


 しかし、竜馬がストップをかけた。和泉の言うように、神夜の言葉は真実であり嘘ではあるというのは彼も肯定したが、事情があってそう言わざるを得ないのだと。



「……じゃあ、なぜ?」


「そうだな、こればかりは俺が言えることじゃない。ジン本人が、言えるかどうか……だな」


「うっ。……まいったなぁ、事情を話したばかりとは言え、アレは受け入れてもらえるかなぁ……?」


「アレ? アレってなんやの、神夜おじちゃん」


「うーん……まあ、一言で言うなら呪い……かなぁ」


「「呪い??」」



 首をかしげる和泉と響に、やっぱりそういう反応するよねぇと苦笑する神夜。上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、上半身裸にすると……胸に3つ、背に3つの合計6つの異様な紋様が、火傷の痕に紛れて浮き上がっていた。

 これこそが優奈の下へたどり着くことが出来なかった元凶、通称『7つの呪い』。誰かの深く根付いた憎しみと怒りによって、文月神夜――ジェリー・ジューリュのすべての人生は幸せになることが許されないのだそうだ。


 だが『7つの呪い』という名称なのに対し、身体に6つしか無い紋様には和泉も響も首を傾げる。残る1つはどこにあるのだろう、と。



「ああ、まあそうなるよね。最後の1つはここにあるんだよ」



 そう言って、彼は普段から前髪で隠していた左目を晒す。

 本来は過去に大火傷を負った素肌を隠すための前髪なのだが、今や隠すものは火傷だけに非ず。神夜の左目には、異様な紋様が刻まれていた。


 左目に刻まれた紋様は『子を殺す』というストレートなもの。子供、すなわち優夜に向けることで呪いが発動してしまい、彼を殺すに至ってしまうため今までなるべく優夜と目を合わせることを避けていたという。


 また肉体に刻まれた呪いは『永劫の悲しみ』『生涯不幸』『永遠の痛み』『異常怪力』『輪廻消失』『魔を退ける』の6つ。

 『魔を退ける』ことでガルムレイから九重市へ落とされることが確定しており、『永遠の痛み』で大火傷を負うことが決まっており、『異常怪力』でイズミ並、それ以上の力を持つことが義務付けられ、『永劫の悲しみ』で優奈の死が決定されているという呪いなのだそうだ。


 そこまで説明した上で、響が解呪出来てないのかと尋ねれば、竜馬が首を横に振る。



「この呪いの厄介なところは、《呪術師マーディサオン》の持ち主が自主的に解除しなきゃ解呪出来ないってところでな。《祓魔師エゾルシスタ》の力が弾かれてしまって、どうしようも出来ねぇんだ」


「ん……ちょっと待った。《呪術師マーディサオン》……って……ジェニー・ジューニュのことか?」



 今のやり取りでなにか気づいたイズミ。蓮との会話を一時止めた後、竜馬達の会話に混ざり始める。

 イズミもまた《呪術師マーディサオン》の持ち主についてはよく知っているようで、少し顔がひきつっている。



「と、そうか。ジャックは知ってるんだよな。そっちの時代ではどう説明されてるんだ、アイツ」


「え、いや、ええと……その……ジェニーは今、闇の種族最上級眷属に認定されてるもんで……」


「……は??」



 竜馬も、神夜も、鈴も、勇助も固まった。

 ジェニー・ジューニュは彼らと同じ十二公爵の1人であり、ジェリー・ジューリュ……すなわち、神夜の双子の兄。ジェリーと違ってガルムレイに残ったため、今やオルドレイと同じく霊魂となるか、消失の道を辿っているはずなのだ。


 だというのに、ジェニーはジャック・アルファードと同じ闇の種族最上級眷属に認定されてしまっている。これはすなわち、彼が誰かへの憎悪を持ったまま永劫に生き続けている、ということになってしまうわけで。


 そして、闇の種族になっているということは、他者を闇落ちさせることが出来る存在にもなっている。神夜はその可能性に気づいてしまって、一瞬息が止まる。



「……ねえ、ジャック君。優夜はその、ジェニーに唆されて闇落ちした……のかな?」



 神夜の小さな声が、イズミの耳に届く。そんな真実は知りたくない、そんな現実であってほしくないという、僅かな期待を胸に寄せて無理矢理言葉を発していた。

 対するイズミの答えは……なんとも言えない、としか言えなかった。ジェニー・ジューニュは存在と概念は残されているものの、誰もその姿を見たことがないのだから。



「だから、まあ、その。優夜は自発的に闇落ちしたか、あるいはまた別の闇の種族に唆されたかのどっちかだと思う。……だが、検査結果を見る限りでは後者のほうがあり得ると俺は思う」


「だとしたら、ジェニーじゃなかったら……誰が、優夜を……?」


「……可能性としては、たった1人思い当たる節があるけれど……問題はなんでそいつがこっちに来たかっていうのがあってな」



 眉間にシワを寄せて唸るイズミ。考え事なんて苦手なのにここまでやらされるとはと、愚痴を少しこぼしながらも優夜を唆したであろう相手の名を告げる。


 ベーゼ・シュルトという、イズミやアルムと因縁深い相手であり……竜馬、神夜、鈴、勇助も聞いたことのある名前。竜馬達がガルムレイにいた当時は闇の種族という存在はいなかったため、彼は『悪魔』という名称で呼ばれていたらしく、国に襲いかかってきたこともあるらしい。



「勇助、確かお前、戦ったことあるっつってたよな?」


「おう。《傭兵メルセナリオ》の力を全開にして、ハーヴィーとジェンロと連携取りながらな」


「……あー、そういやジェンロのクソ野郎は《騎士カヴァレイロ》だったか、そんな感じの奴持ってたらしいっすね」


「そうそう。……っつーか、今俺らさらっとジェンロの話してるけど、アイツ生きてるの??」


「生きてますよ。人間じゃなくて魔族って形になってますけど」


「はぇ~……俺より悪運やべぇな、ジェンロの奴。デカいから気に食わんけど」


「…………」



 『オルチェ・オウトゥブルの身長っていくつだったんです?』と聞こうか悩んだイズミだったが、ここはグッとこらえた。なんだか言ってはいけない地雷を踏みそうな気がしたからだ。

 同じく響もグッとこらえた。言いたかったけど、今の場の雰囲気はぶち壊しに出来ないという判断で。


 会話の流れを聞いていると、ベーゼ・シュルトの正体がそもそも何なのか、という話へと移り変わる。特にこの話が気になったのは、ガルムレイという世界とはほぼ無縁の人間である朔と蓮の2人。

 ベーゼ・シュルトという人物が『悪魔』であり『闇の種族』なのは良いとして、では何故ガルムレイの長い年月を生き続けているのだろうと。



「一応聞くけど、悪魔も闇の種族もちゃんと寿命あるんよね?」


「ええ、あるわよ。悪魔は長くても1000年が限度。……私の家にいた執事も元は悪魔だったから、その話は何度も聞かされたわ」


「闇の種族は憎悪が散るまでは永久に生き続ける。が、ベーゼの場合……アイツには。だからぶっちゃけると、アイツの存在は完全な矛盾を起こしているんだ」


「うーん……鈴ちゃんの話もジャック君の話も真実っぽいよなぁ。となると、考えられるのはー……」



 そこまで蓮が考察を述べたところで、チャイムが鳴る。誰が訪問に来たのかなと竜馬が出てみれば、そこにいたのはレイ・ウォールの姿。突然の訪問だった故に、神夜と鈴と勇助も驚いた様子だ。



「あ、もしかして僕、邪魔……?」


「……いいや。むしろ、ナイスタイミングと言ったところだな。なあ、ジャック君?」


「えっ」



 竜馬の悪い笑みと声に、同じく悪い笑顔と声で反応するイズミ。丁度いい奴が来たじゃねえかと、もはや善人の顔を捨ててとっ捕まえに来た。

 あまりにも邪悪すぎて、レイは彼らの言いなりになるしかなかった。なんか、ここで反抗したら恐ろしい事になりそうだったからと後に彼は語る。



「怖い、怖いよ! なんでそんな笑顔出せるのさぁ!」


「いやぁ、1番の物知りが逃げたら困るから?」


「レティがいないと困るからかねぇ」


「言葉と表情が釣り合ってなぁい!」



 涙目になりながらもリビングへとほっぽりだされたレイは、正座のままここへ来た理由を告げる。なんてことはない、竜馬達の様子見だったそうだが。


 そうして和泉の脳裏に浮かぶのは、ベルディとレイが初めてこの睦月邸に来たときのこと。そういえばレイは竜馬と親しかったし、レイの言葉も少々気がかりだったことを伝えた。



「え、僕なにか言ったっけ?」


「和馬に向けて、最初からガルムレイの事象に関わってる……つまり、アンタは最初から竜馬さんがガルムレイの人間であることを知ってたわけだ」


「あー、はい。えっと、それはフォルス……竜馬に言われてて。和馬君達が真実を知ったら伝えよう、ってことになってたんだ」


「まあ真実を知ったのは和馬でも優夜でも遼でも猫助でもなく、響と俺なんだが」



 軽く笑った和泉に対し、イズミがそれはそうと、と話をぶった切ってレイに事情を説明。優夜の中にいるモノが何なのか、またベーゼ・シュルトだった場合それが何故今も生き続けているのかといった質問攻めを行った。


 まず始めに、優夜の中にいるモノはベーゼ・シュルトで間違いないとレイは答える。ある友人からの情報で、彼の中にはベーゼ・シュルトが住み着いてしまっていると言う。

 そして何故今もベーゼ・シュルトが生き続けているのかという質問に対しては、少々苦々しい顔をしてレイは1つ答えた。



「ベーゼ・シュルト……アレはねぇ……端的に言うと僕、なんだよねぇ……」


「……は??」



 何言ってるんだコイツ、という目線が全員から浴びせられる。端的に言ってもその言葉の意味が理解できないし、例えレイだとしても今お前はここにいるじゃないかというツッコミが浴びせられた。

 それに対してレイはいくつかの事情があって、と前置きをするのだが……その前に、レイの携帯が胸ポケットから鳴り響く。

 誰からだろうと画面を見たレイは、ゆっくりと立ち上がって廊下へ向かった。



「ん、ごめん。アマベルからの連絡だ」


「アマベル?」


「さっき言った情報提供者だよ。ちょっと席を外すね」



 そう言ってレイは廊下へ出て電話の相手と話す。……が、通話してすぐに和泉とイズミと響を呼び戻した。


 『優夜が脱走した』という情報を彼らに与えて――。

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