第21話 行方不明者、6名。


 睦月邸のリビング。

 和馬達が行方不明と聞いて、急いで駆けつけた和泉とアルムと響。

 レイとベルディも共にいたのだが、彼らはゲートの発生を受けて睦月邸の周囲を調査することになったため、和泉達3人で内部の調査を行って欲しいとのこと。


 既にリビングには竜馬もいたが、神夜とアルムの見知らぬ男性と女性―――勇助と鈴も到着していた。

 流石に息子が行方不明になったとなれば、親は心配で仕方がないからだ。



「和泉君とひーくん。……と、そこの女の子は?」


「ええと、俺の依頼人です。ちょっと色々とあって、俺が預かってると言うか」


「ふぅん……」



 鈴がしげしげとアルムを見つめている間に、竜馬が和泉に説明。和馬がいた事務所側の部屋や、猫助や優夜の部屋も立ち入りを許可してくれた。

 なお遼の部屋は和泉が入りたくないからということで、拒否。響が代わりに様子を見に行くことに。


 結論から言えば、誰の部屋に立ち入っても特別な何かをしていた様子は見つからなかった。

 誰かの動作でゲートの開放を引き起こしたわけでもないようで、どの部屋も普通に生活していた様子がそのまま残されていた。



「んん~、なんも変わってへんなあ。りょーくん達がなんかやったーってのはなさそう」


「そうか。となれば前にレイさんが言っていた、本来の方法とやらが発動したってのはなさそうだな……」


「どうしましょう。レイさんとベルディさんの調査を待ちますか?」


「そう……だな。俺らじゃわからない部分があるかもしれないし、あの2人にもこっちを見て……」



 見てもらおう。と発言しようとした時、和泉のスマホに着信が入る。発信者は『御影俊一』……和葉の父であり、和泉の母方の伯父だ。

 彼が和泉に連絡してくることはほとんど無く、かなり珍しい。響とアルムに調査を続けてもらいながら、和泉は電話に出る。



「どうしたんですか。珍しいですね」


『ああ、いや。そっちに和葉は帰ってきてるかなと思って』


「……和葉?」



 ―――そういえば、和葉は昨日から帰ってきていない。

 御影家のエアコン整備と兄の会社でのパソコン整備があるからと、昨日は朝早くから仕事道具を持って外に出ている。普段ならば連絡の取り合いをしているが、夜の連絡を最後にそれっきりだ。


 行方不明となってしまったのか、と焦りそうになったが、冷静に言葉を返す和泉。

 俊一もまた、娘が行方不明になったことから少し焦りを見せていた。



『今朝から玲二とも連絡が取れないんでな。……何か、事件に巻き込まれたとかではないことを祈りたいんだが』


「……まさか、そんなことは。あとで砕牙にも連絡してみます。アイツのことだから、きっといつものネタ作りが捗って泊まり込みとか、ありそうですし」



 少し、嘘を混ぜた。

 もし、本当にそうだとしたら昼飯の時点で砕牙は和泉に伝えている。出来るだけ焦りを出さないようについた嘘だったが、予想以上に彼の中では波紋を広げ始めていた。


 電話を切り、すぐに和葉のスマホへ電話を繋げようとするも……圏外にいるという無機質な通知。何度繰り返したところで、電話がつながることはない。

 メッセージアプリで連絡を入れてはみるものの、おそらく返ってくることはないだろうという考えが頭に浮かぶ。それだけ、嫌な予感が和泉の中で広まっていた。


 再び睦月邸のリビングに戻ってみれば、レイとベルディも戻ってきている。彼らはずっと天井を見据えているが、和泉が戻れば調査の結果を伝えた。


 結果は……やはり、ゲートが開かれている。

 しかしこの家でゲートが開かれていると言っても、その開き方に問題がある様子。それについてレイが説明してくれた。



「実はゲートの開き方って2種類あってね。1つは、キミの事務所にあるような固定ゲートの存在が勝手に開く方法」


「遼と響が何かをやったら開くっていう、アレですか」


「まあ、彼らは固定ゲート以外も開けはするけど、響君から調査の話は聞いて僕も部屋を確認させてもらった。遼君がゲートを開いたというのはなさそうだよ」


「……じゃあ、もう1つは……」


「固定ゲートではなく、無理矢理ゲートを開く方法。……別の誰かが、この家の中に強制的に開いたね」



 少しだけ、和泉は背筋に凍るような感覚を味わう。

 こんな偶然があるものなのか、と。


 無差別ではなく、確実に和馬、優夜、遼、猫助の4人を狙ったゲートの開放。同時に行方不明の和葉の情報も頭の中で交差してしまい、一体何が起こっているのかわからないと和泉は頭を抱える。

 アルムを帰らせるためにゲートを探していたというのに、まさかそのゲートで和馬達が行方不明になるなんて誰が想定しただろう。


 ふらりと倒れそうになったところを、通りすがりに神夜が支えた。今までの話は聞かれてないかと焦ったが、どうやら彼は何も聞いていないようだ。



「大丈夫かい? 無理しちゃダメだよ、和泉君」


「ああ、ええと……大丈夫、です」



 神夜の優しい言葉に、ふと和泉は気づく。

 和葉がいないという情報は、御影家で執事もやっている神夜も知っているはずだと。


 それとなく話を聞いてみたところ、彼にも和葉と玲二失踪の件は伝わっているそうで、しかし実子の優夜も行方不明になっているためにどちらを先にするかと考えた結果、彼は優夜を優先したという。



「執事としては、失格だろうけどね」


「優夜にとっては喜ばしいと思います。……しかし、和葉がいないって俊一さんに正直に伝えたら、さすがに死にそうですよあの人」


「ああ、なら僕に任せて。シュンは僕が引き受けよう。その代わり、キミは和葉お嬢様と玲二、あと優夜達を探すこと」


「え、でも」


「これは僕からの依頼。ね?」



 依頼と言われて、少しだけ唸った和泉。そうこられては断りづらいのか、後で絶対契約書類書いてくれと伝えた。


 そして話は、これからのことになる。竜馬、神夜、鈴、勇助の4人が集まって考えているが、神夜が既に和泉に依頼を出したことを伝えると、鈴と勇助も同じように依頼という形で彼にお願いしてくる。



「え、あの」


「頼む! 多分頼めるの、お前か響君しかいねえ!」


「えーと、依頼って形でいいんです? 本当に」


「遼ちゃんが見つかるなら貯金崩してでも依頼するわ!」


「パワーすげぇー……」


「鈴おばちゃん、ハナ姉ちゃんとセツ兄ちゃんとりょーくんの事になるとパワーすごいで?」



 カラカラと笑う響を横目に、和泉は簡易の契約書類を作ることにした。戻って持ってくるよりは、簡易的でもすぐに契約書類にサインして貰ったほうが早いと踏んだからだ。


 契約書を作成し、神夜、鈴、勇助の3人に署名と捺印をもらう。報酬についてはだいぶ生々しい話になるので、割愛。

 その間にもアルムと響で睦月邸の全部屋を確認してもらったが、やはりどこも変化は起きていないという。一番何かが起きていそうな遼の部屋が普段どおりだったのもあって、期待していなかったとは響の談。


 神夜たちとは一旦離れ、和泉、アルム、響でこれから先をどうするかと考えることにするが、手詰まりなのもあって良い判断が浮かばない……。



「んー、どないしよか? このままここだけ探ってても、なんや見つかりそうにあらへんよなぁ」


「そうですねぇ……。それに、ゲートが開いちゃったんだとしたら、その先が何処に繋がってたかもわからないままですし……」


「手詰まりか……」



 どうしたものかと悩む3人に、再び外に出ていたレイが声をかける。竜馬達には聞かれてはならない話なのか、普段よりは小声で3人を集める。



「実はゲートが2つ開かれててね。1つはこの家の中なんだけど、もう1つがこの近所で開いたっぽくて」


「ん? この近所にゲート発生源なんてあるんか??」


「どっちかと言うと、ガルムレイの発作みたいなものだね。誰かを連れ込むために発作的なゲートが開かれるんだ」


「と言うことは……ちょっと待っててくれ、嫌な予感がする」



 今一度、和泉は俊一に連絡を入れる。

 御影邸での修理を終えた後、彼女がどこへ向かう予定だったかのスケジュールを聞くために。



「じゃあ、修理が終わったら和馬んちに行く予定だったんですね?」


『ああ。依頼したいって言ってたのでね』


「依頼?」


『身内であるキミには依頼出せないからとね。内容は聞いてないが……』


「……そっすか。わかりました、ありがとうございます」



 和泉の嫌な予感とは、和葉と玲二がそのゲートに巻き込まれたのではないかというもの。俊一の返答が違っていれば、と期待を胸に寄せていたが……むしろ逆にその説が高くなってしまったわけで。

 こうなってしまった以上、和泉はアルムを帰すだけというわけにはいかなくなったのか、レイにこっそりと事務所のゲートについて聞いてみることにした。


 探偵事務所のゲートはまだ人の手の入っていないもののため、開ける者が開いて安定化させる必要がある。

 ゲートは響が開くことも出来るが、まだ開き方も知らない彼には膨大な負担がかかるため、今回はレイが開いて安定化させてくれるという。

 なお、場所については指定が効かないため、和葉達の捜索に関しては現地でどうにかするしかないというのがレイの考えだ。



「となると、何処に繋がったか聞いてからこっちで対策取ったほうがよさそうやね。アルムちゃん、確か色んな国あるって言うてたし」


「そうだな……。っつっても、感覚がどんな感じなのかわかんねえから、ちょいとズレが起きそうな気もするけど」


「そこはほら、レイはんに聞けばええやん?」


「それはそうだけど」


「それにアルムちゃんおるなら、問題なく向こうの世界を渡り歩けるやろ。王女やし、そういう身分証とかも発行してもらえそう」


「まあ……その点に関しては心配なさそうだよな」



 ちらりとアルムを見れば、既に鈴や勇助とも打ち解けていた。が、彼女が異世界人であることを必死で隠す様子も見えたため、一旦ここは退散して事務所に戻ろう、と響が提案。

 ちょっとだけ不満が鈴と勇助から出てきていたが、また今度話そうと約束を取り付けてここは鎮めておく。そうしなければアルムが脱出することは不可能になってしまうので、早めの行動が大事なのだ。


 そのまま和泉、響、アルム、レイ、ベルディは如月探偵事務所へと戻る。

 道中、レイが確認した野良ゲートの位置をも確認しておき、後ほど和葉と合流できたときに通ったかどうか聞く予定だ。



「あの鏡を使わせて貰うけど、いいかな? 僕の処理以後、撤去できなくなるけど」


「それでよければ。まあ、その鏡の撤去費用のことを考えたら、置いとくほうがマシだろ」


「なるほどね。じゃあ、少し待っててね」



 そう言ってレイは向かい合い、鏡に手をつけて何かしらの術を唱える。その間にアルムに世界の情報を聞いておき、どの世界に到着しても大丈夫なように調整をしておいた。

 アルムが言うには、雪の国、砂漠の国に当たったら当然だが、雪の国に近い機械の国、砂漠の国の隣国である魔術の国に当たっても対策が必要になるとのことで。

 そうなってくると雪の国や機械の国に当たった場合、響の防寒着が無いのでどうしようかと悩んでしまう。



「……響、冬服は俺の着るか?」


「んー、せやね。取りに行く暇が勿体ないし、借りるわ」


「俺のだとデカいかもしれねえけど」


「そこまで身長変わらんやん?」



 それぞれお互いを笑い合いつつも、レイの調整を待つ。また、探偵業務を一時的に止めなければならないため、お知らせの張り紙をドアに貼り付けておいた。連絡先を念の為竜馬にしてもらうために連絡を入れたりなどなど、やることはいくつも残っている。

 その間にベルディとアルムは繋がった先の国によって予定を変えなければならないため、経路から何やらをすべて計算していた。和泉と響用の渡航費用から宿泊費用なども含めると相応の料金になると気づいてからは、計算をやめたが。


 そして、レイは大きく息吐いてくるりと4人へ振り向く。彼は朗報だと伝え、アルムの故郷である『第八連合国・ロウン』に繋がったと教えてくれる。

 以前、アルムが話してくれた四季のある国。魔物のような存在とは友好を持ち、なるべく争いがない国を作ろうと努力している、アルムの故郷だ。



「お姫様を帰すことも簡単に出来るし、そこから調査の幅を広げることも簡単に出来るね」


「でも、何処に繋がったんだろう……。城や官邸の近くだと、いいんですけど……」


「すまない、中に入らないとそこまではわからない。一応向こうからの反応だと、ちょっと湿っぽかったから……雨が降ったあとの、南部の森かな?」


「あ、官邸が近いなら大丈夫そうですね。……でも変なところだったら困るし、ベルディさん、先に入って見てきてもらっても?」


「構いません。では、30秒経っても戻ってこないようであれば、安全ということで」


「わかりました。すぐに追いかけますね」



 アルムにお願いされたベルディは鏡の前に立ち、右手を鏡に突き立てる。

 本来であれば鏡に張り付くはずの手は鏡のその先へ吸い込まれ、水面が揺らめくように鏡の表面も波打ち、ベルディの手を、腕を、そして身体を吸い込み……その姿をこの世界から消した。


 和泉も響もベルディが消える様を見るまではゲートでの移動というのは絵空事ではないかと、心のどこかで感じてしまっていた。

 だが、今。たった今、はっきりと目撃してしまったが故に、その欺瞞は何処かへと吹き飛んだ。実際にいなくなった和馬達は、こうしてゲートに吸い込まれてこの世界から消えてしまったのだと。



「……目の前で見せられてまうと、ちょいと勇気が欲しなるなぁ、アレ」


「だなぁ……が、そうも言ってられねぇだろ」



 そう言って和泉は次に自分が行くと立ち上がり、鏡の前へ立つ。

 自分の姿が映る鏡を前にして少し深呼吸をし、じっと見つめた後に手を伸ばし……決意を旨に、ゆらゆらと揺れる鏡の奥へと入り込む。



(……なんか奇妙な感覚だ)



 水の中を沈んでいるのか、空の上を飛んでいるのか、よくわからない感覚が和泉を包み込む。

 どうにかもがいてみるものの、手足に力が入らずにただただ空中でバタついているだけの感覚を掴まされてしまう。



 次に彼の視界が開けた時には―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る