如月和泉の探偵備忘録

御影イズミ

第1章 王女と探偵、その日常

第1話 はじまり


 日本、N県九重市。

 都会と呼ぶにはあまりにも田舎過ぎて、田舎と呼ぶにはあまりにも都会過ぎる。

『狂気に蝕まれた街』とも呼ばれているそんな都市で、本来ならば有り得ない出来事が起きてしまう。

 それは本当に些細なきっかけで、でも、有り得ないと言えてしまうのがなんとも言えないものだったと後に誰かは語る……。



 雑居ビル群のとあるビル二階、『如月探偵事務所』。

 一人の探偵が窓辺で外の往来を眺めつつコーヒーを啜っている。


 ――如月和泉きさらぎいずみ

 26歳の若さで探偵の業務をこなし、様々な事件を解決してきた。

 九重市では異常な事件が起きることが多いためか、彼のような探偵が事件の解決のために駆り出されることは少なくはない。


 九重市では、精神的に狂ってしまった人間が連続殺人を行う……ならまだ良い方。酷い時には市内の一部地域に住まう人々が精神異常が引き起こされ、内乱状態に陥ることも稀にある。

 その事件では和泉自身も狂気に飲み込まれそうになりながらも、原因――呪物によるものであることを突き止め、事件を収束させた。


 他にも九重市では、人ではない化物が跋扈する街、百鬼夜行の街といった名称がオカルトマニアの間で流行しているそうだが、オカルト嫌いな和泉にはその方面の話は頭から抜けているものとする。こわいもん。


 そんな危機に飲み込まれやすい彼はここ数ヶ月、精神に異常を来たしてしまった人々の周辺調査を行ったりして、仕事続きの毎日。それも数日前に何とか終わらせたばかりだ。

 長らく客が来ないのは久しぶりなのだろうか、かなりゆったりと過ごしているのが見て取れる。探偵というには少しばかり気が抜けている、と言えるだろう。


「平和だなぁ……」


 そんな言葉を呟いて、コーヒーをもう一口。緩やかに流れる時間を過ごす脳を、コーヒーの苦味で少しだけ引き締めるために。砂糖もミルクも入れていないブラックコーヒーが、口の中に広がるのがよく分かる……のだが、味を堪能してまた外を眺めているところで突然和泉のスマホが鳴り響いた。


 ――友人からの呼び出しのコール。

 これが鳴る時は、大抵ロクなことが起きないと和泉は豪語するレベルだ。かと言って返答しないわけにはいかないだろう、とスマホを手に取り通話を開始する。


「……はい、こちら如月探偵事務所」

『あっ、イズ君?! 今大丈夫!?』

「……」


 大丈夫かと聞かれて、返答に困った。

 今が大丈夫じゃないと答えてやろうかと、和泉は眉間に皺を寄せていた。

 しかし相手の声もそれどころじゃないと答えそうな勢いなので、黙って大丈夫だと答えることに。


 電話の相手は文月優夜ふみつきゆうや。和泉の旧来からの友人であり、彼とはまた違う別の探偵事務所で助手を務めている男だ。

 彼は別の友人らと共にある家でルームシェアをしており、現在その家から電話をかけているそうなのだが……。


「優夜……今、なんて?」

『だから、遼がね! !!』

「……」


 冗談はよせ、と言いたかった。

 言いたかったのだが、和泉にはあまり通用しない。


 実際に和泉は過去に『召喚術に成功した』系統の事件に遭遇しており、それらが起きた経緯を調べたこともあった。

 大抵は召喚術に成功させたという妄想にとりつかれていただけのものだったが、ごく一部は実際に奇妙なものを呼び寄せていたのもあり、非常に厄介な事件にも発展した。


 だがまさか、自分の友人が。と頭を抱える。

 いや、遼という男ならやりかねないのでなんとも言えないのだが。


『お願い、今すぐに来て欲しいの! もう僕らだけじゃ手に負えないんだよ~!』

「……ああ、もう。わかったわかった、すぐ行くから。経緯全部話してもらうから、覚悟しとけと伝えろ」


 通話を切り、すぐに支度を整える和泉。

 下ろしていた髪をワックスでオールバックに整え、仕事着に着替える。

 ある程度の身だしなみを整えて、車の鍵をとって……。


「……休業の紙、貼っとくか……」


 何故か、先程のやり取りだけで長期休業になる気配を感じ入口に長期休業の紙を貼っておいた。

 これが後に、予感ではなく現実になることを知らずに。

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