第?話 苦しいのは誰のせいでもなく
時は少々遡って、神夜が眠れぬ夜を過ごす頃。
「…………」
代謝色の2つの三つ編みが、九重市の夜闇の中に揺れる。
何を思ってその道を歩くのか、何を考えて夜闇をうろつくのか。
男の考えなんて、見ただけでは誰にもわかるわけがない。
しかし男は夜闇の中を歩き続ける。確固たる目的を胸中に秘めたまま。
「……さて、どうしましょうかねぇ……」
んん、と悩むような声を出しながら、男は九重市の道をゆったりと歩いて……裏山の入り口へとたどり着く。
数人が出入りしたような靴跡。大きさはいくつも残されている中で、男は目当ての人物がここに入って、目的を達成したことを確認すると……少しだけ、ホッとした様子を見せた。
「……よかった、お姫様の足跡があるということはちゃんと優夜くんを助けられたみたいですね」
男の靴跡よりも比較的小さな靴跡。それを見つけた男は、まるでこの場で起きた出来事を知っているかのように呟いた。
この場で起きた出来事――闇落ちとなりかけた優夜が、神夜を殺そうとして和泉に救出されたあの出来事。何故男がその事を知っているのかまでは、今はまだ理由さえもわからない。
男は周囲を見渡すと、微かに漂う闇の匂いに顔を顰めた。
そして……大きくため息をついて、ある男を貶すだけ貶した。
「……どうにも、王子の方はツメが甘いんですよねぇ。居残りが発生していることに気づけるのはあなたしかいないでしょうに……」
「ああ、いや。あのバカと同じ顔なら、そりゃバカになりますか……」
もう一度大きくため息をついて、入り口から山の奥へ進む男。一歩進んだその瞬間に男は何かに襲われそうになるが、それを無言で蹴飛ばして気絶させた。
――囲まれている、と気づいたのはそれからすぐ。
獣とも、人とも思えない蠢く何かが男の周囲を取り囲んでいた。
流石にそれが住宅街の方に流れてはまずいと考えたのか、男は周囲の視線を無視するように先に進み、誰にも何にも邪魔をされない場所まで移動した。
「さて、このへんで大丈夫でしょうか。あなた達を作り出した生みの親が、復讐を果たした場所ですよ」
男は周囲にいる何かに向けて告げながら、山の中腹にぽっかりと空いた洞穴へたどり着く。洞窟の奥には光が差すことはなく、真っ暗な闇が続いている。
蠢く何かは男の言葉に関して何か動き出そうとすることはなく、ただただじっと男を見つめていた。
「おや、来ないんですか? だったら、この世界にとって邪魔なので殺しちゃいますね?」
そう言うと男は小さく笑って、手を振りかざす。
なにもない裏山の空気が一瞬にして切り裂かれたかと思えば、蠢く何かも共に切り裂かれている。音もなくやってきた刃に対し、蠢く何かがうろたえている様子が木々の揺れで察することが出来た。
男は容赦なく、際限なく、完膚なきまでに蠢く何かを切って、切って、切り裂いた。何が起きているのかは暗闇の中故に見えることはないが、確かに言えるのは今この場は日常のそれではない、ということだけだ。
数分もすれば、音はなくなる。
ただ夜闇の中で立つのは、男ただ1人。その他に動く者はおらず、軽く吹いた風が男の体を撫でていった。
「……さあ、優夜くん。残滓は全て殺しておきました」
「この先の未来はどう動くのか。私にも視せて頂きたい」
小さく輝く星空を見上げた男は、薄く笑みを浮かべて告げる。
その時、代謝色の2つの三つ編みがもう一度風に煽られて、大きく揺れた。
「――《
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