第18話 囁く者
九重市の最大級の屋敷の一つ、七星家。
今日は和泉と和馬がアルムと共にこの家に来ていた。
というのも、七星組五代目総長・七星蒼馬から直々の依頼があるのだという。
本来ならばアルムを連れて行く必要はなかったのだが、和馬曰く連れてきたほうがいい、とのこと。
事情を知らない和泉からすれば彼女を連れてくる必要はないのだが、和馬から聞かされた簡易的な情報に「人がいなくなる」という情報があった。
そのため、ゲートの可能性を考慮してアルムが同行することになったという。
七星家の和室に案内される和泉達。
荘厳な雰囲気に飲まれそうになったが、和馬のだらけた雰囲気を見て少しは落ち着いたようだ。
「か、和馬さん、よくそんな格好でいられますね……?」
「だって俺からしたら、じいちゃんの家だしな。和泉とアルムって俺のじいちゃん知ってたっけ?」
「えっと、あたしはお会いするのも初めてですね」
「俺は顔は知っているが、実際にお会いするのはこれが初めてだな。俊一さん経由ではいくらかは知っている」
「ああ、そういやそっちの線で行けば和泉もじいちゃんと知り合いってことになるのか?」
「さあね。俊一さんと盃を交わした仲ではある、とは聞いてるが」
和泉は元々一般人だが、和葉と結婚した時点で彼も御影会の参入者となっていた。
だが、現在の法律では探偵業務を行いながらの御影会の手伝いというのが不可なため、探偵業が行えなくなった場合にのみ御影会に戻ると伝えている。
そのため七星組とも顔見知りなのかと思えば、和泉自身がその手の仕事を引き受けないためにそこまで顔は知られていない様子。
御影会の会長の娘・御影和葉と結婚したという話は七星組には伝わっているので、七星組側には和泉を知っている人間はいるそうだ。
「有名人だねぇ」
「うるせぇ。……来たぞ」
和馬に冷やかされていると、襖が開き、付き人を従えて七星蒼馬がやってきた。
付き人を別の場所に追いやると、ちゃぶ台の真反対に彼は座る。
「悪いなぁ、カズ。忙しいってのに」
「いや、いいんだ。じいちゃんが俺の仕事を覚えていてくれて嬉しいよ」
「カッカッカッ! 孫の仕事を忘れるほど、俺ァ耄碌しちゃいねぇよ!」
「ああ、母さんも言ってたよ。……それで、俺と和泉に仕事だって?」
「おう。……まずはこいつを」
こいつを、と言って蒼馬が差し出したのはとある古い館の写真。
一瞬だけ和泉は仰け反ったが、ここは七星組の本家。流石にビビるわけにはいかない。
館はほんのり薄暗いにも関わらず、その内装はほんのわずか汚れているだけで綺麗なものだ。
蒼馬曰く、この館は元々別の組が持っていたものだったが、組が解体されたため七星組が引き取ったものだという。
それぞれで写真を眺めていると、アルムが何かに気づいたのか声を上げる。
「……あの……すみません、このお写真……いつ、撮ったものですか?」
「ん? どうした、お嬢ちゃん。これはつい先日、うちの朔が嬉しそうに撮りにいったやつだが」
「……え、ええと……なんか、たくさんの人が写ってらっしゃいますけど……」
「え」
「え?」
「……アルム、ちょっと待て。今、なんて? なんて言った??」
「え、ですから……たくさんの人が写っていらっしゃると」
その言葉を耳にした瞬間、オカルト嫌いの和泉がバタンとぶっ倒れた。
そりゃそうだ。和泉の目にも、和馬の目にも、蒼馬の目にも、その写真には誰も写っていない。
にも関わらず、アルムの目にその写真には色々な人が写っている。
これは一体どういうことなのだろうか?
「ちょ、っと待ってくれ……。アルム、お前……」
「えっ、えっ、だってほら、いろんな人が朔さんに向かってピースしてますよ!! こことか!! ここ!!」
「おいおいお嬢ちゃん、俺の目にはなーんも写っちゃいねぇぞ? 強いて言うなら朔の指が見える程度」
「えっ、どうしてぇ!?」
「それはこっちの台詞だ……。ああ、クソッ、和馬、お前確か朔さんの電話番号知ってたよな?」
「……なるほど、当事者にも聞いてみるってことだな。了解」
すぐさま和馬は朔に連絡を入れ、写真の詳細を聞く。
が、本人も驚いている様子なのでこちらに来てもらうことにした。
その間に和馬と和泉は本来聞くはずだった仕事の内容に触れることにした。
「いやなに、この館でな、行方不明者が出てるんだ」
「組員か?」
「ああ。掃除に行かせた組員が3名ほど、この館を最後に行方がわからない状態だ。朔と蓮にも相談しておいたんだが、今ならカズ、お前のほうに頼んだほうがいいと竜馬にも言われてな」
「親父が? ……チッ、そういうことか」
行方不明者となれば、理由はさまざまだろう。しかし館から逃げた様子もなければ、そもそも出た痕跡すらないという。
そしてその状況を作り出せる要因について、和馬にも和泉にも心当たりがある。それがアルムが九重市にやってくることになった要因の一つ、ゲートの存在だ。
和馬がアルムを連れてきた理由はもちろん、ゲートの探知を行ってもらうため。
彼女がいれば僅かな手がかりでも見つけられるだろうというのが和馬の考えだ。それはもちろん竜馬も考えていたことのようで。
「親父と考えが似てたって時点でなんか腹立つ……」
「なぁに、それだけお前が父親の後ろを歩いてるってことよ」
小さく笑った蒼馬に、ギリィ、と歯ぎしりを立てた和馬。まさかこんなところで父親とシンクロするとは思ってもいなかったようで、何か悔しさが強いらしい。
そうしていると朔がやってきた。父のことはよくわかっているという感じなのか、キッチンからおつまみを持ってきたようだ。
「ほらよ、親父。どうせアンタ、部屋に戻ったら酒飲むつもりだろ」
「がっはっはっ! 朔はよぉわかっとるのぉ!」
「うるせぇ。……ああ、アルムちゃん、ごめんな。親父がこんなんで」
「……え、えっと。朔さん、ですよね??」
アルムが朔にそう声をかけるのも、無理はない。
普段の言葉遣いである関西訛りがなくなっており、顔つきも若干普段よりも目つきが鋭い。
実家だからというのもあって、父親の前では結婚前の久遠朔―――もとい、七星朔という人物に戻るのだろう。
「ん、ああそっか。いやごめん、実家だと訛る方では喋らないんだ、俺」
「えっ、そうなんですか?? ……なんか、新鮮ですね?」
「そうかい? ……って、和泉君も結構驚いてるなぁ」
「いや、そりゃ驚きますよ。……じゃなくて、朔さん、この写真ですけど」
自分自身で見ないように写真を差し出す和泉。その写真を眺めた朔は、ああ、と呟いてからこの時の状況を伝えた。
結論から言えば、『朔自身には見えていた』そうだ。
写真では見えなくなっているが、実際には写真を撮る時には見えていたという。
何もない館の一部分を撮ったのも、珍しい幽霊がいるなと思ってだそうだ。
「しかし写真にすると俺にも見えないのか。……で、アルムちゃんには見えている、と」
「そうなんです。なにか心当たりあります?」
「それは俺じゃなくてアルムちゃんだと思うんだけどもなー。……ま、一つだけ心当たりがあるとすれば、アルムちゃんにも俺にも縁がある『アレ』しかないだろう?」
「ですよねぇ」
朔とアルムは蒼馬がいるため、ゲートの名を出すことはできなかった。
しかしアレと伝えただけで和馬も和泉にも伝わったため、このままアルムの素性やゲートの話をしなくても済みそうだ。
そしてゲートが存在する可能性があるとなれば、アルムが赴かない理由がなくなった。館の場所を聞くため、蒼馬に今一度尋ねてみる。
「……この館って、今からでも行けますか?」
「ん、お嬢ちゃん今から行ってみるのかい?」
「はい。……このお話、あたしが一番関わり深いと思うんです。和泉さんや和馬さんが止めたとしても、あたしは1人で行きますよ!」
「ほほぉ。お嬢ちゃん、うちの組員よりも肝が据わってんなぁ」
「親父、アルムちゃんを勧誘しようとか思うなよ。これでも旦那持ちだ」
「はっはぁ! カズや遼や響の嫁にと思ったが、流石にそうはいかなかったか!」
「じいちゃん何考えてるんだよ……??」
大きなため息をついた和馬。優夜がいなくて良かったと思う反面、祖父にそんな心配されているとは思ってもいなかったようだ。
そして話は、館への経路の話へと移る。場所的にはそう遠くはないものの、入り組んだ道にあることから、今日乗ってきた和馬の車では行くことが難しいだろうとのこと。
そこで朔が車を出すという流れになったため、和馬も和泉もアルムもそれに賛同して乗り込んだ。
郊外の館。
外見が少し朽ちており、外の雑草が生い茂っている以外は特に変わった様子はない。
だがオカルト嫌いの和泉はそんな外見を見ただけで腰が引けてしまい、先に進めない。そのため和馬とアルムで後ろを押しつつ中へ入ることに。
館の中はしんと静まり返っている。朔が見たという霊の姿も、どこにも見当たらない。
写真で見た時よりも少し埃が積もっているが、綺麗な状態を保っているようだ。
しかし見た目には綺麗だといっても、いつ崩れるかわからない。そのため2階への探索は行わず、1階のみの探索で留めることにした。
「俺も1階しか回ってへんから2階がどうなってんのかは知らんのよね」
「でももし組員が2階上がってたらどうします?」
「その場合は覚悟決めて行くしかないやろなあ……。ま、とりあえず回ってみよ」
(朔さんの喋りが戻ってる……)
じっと朔を見つめてしまったアルム。口調については堪忍な、と軽く笑う朔だがどうにも慣れないようだ。
手始めに和泉達は朔が写真を撮った現場へと向かう。
リビングの一番広い部分を写しており、テーブルや絵画などが残されている。生花が刺さっていた花瓶や洗い場に溜まった食器も残されており、まるでここで過ごしていた人間が一瞬にして消え去ったような、そんな雰囲気が残されていた。
そんな中、アルムが何度も誰もいないところを振り向く様子が伺えた。
和泉も同じように振り向くのだが、そこには誰もいない。アルムに何度か尋ねてみるが、彼女は答えようとはしない。
まるで、自分だけの問題のように扱っているのだ。
「アルム、何かあったなら言ってくれ。俺たちとしても原因究明が必要なんだ」
「で、でも……その、信じてもらえないと思うので……」
「構わねぇよ。不可思議現象には慣れっこなんだよ」
「うぅ……じ、実は……」
館に入った時から、誰かに見られて囁かれているとアルムは述べた。
振り向いても誰もいないし、写真で見た幽霊たちなのかと思ってもそれすらも見ることはできず、ただただ虚空からの目線が気になって仕方がないのだと。
囁く声も耳元でボソボソと喋る感じがして、上手く音が聞き取れない。
それでいて誰がそこにいるのかも把握できないため、気味が悪くて仕方ないのだと。
無論、この話を聞いた和泉は気絶しそうになった。オカルト嫌いである彼にそんな話は御法度だ。
しかし仕事上倒れるわけにもいかないので、和馬に頬をつねってもらいながら調査を続けた。
「それじゃ、俺はここをもうちょっと調べたるから、和泉君たちは別の場所調べてくれんか? 確か、書斎もあったはずや、ここ」
「書斎か……。日記とか、ありゃいいんだけど」
和泉と和馬は一度書斎へ向かい、朔とアルムでリビング内を調べることに。
何かあればすぐに呼び出せるように、双方扉は開いたままでの調査となった。
書斎は陽の光が入らないように窓が締め切られており、少し涼しい。
本棚は十分なスペースと乾燥剤を設置するほど徹底されており、この部屋の持ち主は本が好きだったことが伺える。
しかし既に住人がいなくなってかなりの日数が経っているためか、本には埃が積もっていた。
「こういう場所だと、どうしても浮かぶのが遼の部屋なんだよな。アイツの部屋も割とやべえし」
「アイツの場合はオカルトグッズを太陽光から守るためだろ……?」
本棚の本の背表紙をよく見てから、中身を確認する。外国語の書籍に関してはスマホアプリを通じて文章を確認し、言語も一緒に確認した。
部屋主は元々歴史関係の書籍を読むことが大好きだったようで、書物も歴史に関するものが多い。
かと思えば武器関係の書籍が出てきたり、天使や悪魔といったファンタジー系書籍が出てきたり、更には絵画集が出たりと幅広く手出ししていた様子。
だがその中に一冊だけ、和泉も和馬も読めない書物が出てきた。スマホアプリで文を読み取って解析を行おうとしても、文字として解析されない。
本について詳しく調べてみても該当する書物は見当たらず、一番怪しいと2人は確信を持つ。
そんな中、和馬がしきりに後ろを振り向いたり、キョロキョロと忙しない。
和泉が何があったのか尋ねてみると、誰かに囁かれている感じがして拭えないのだと和馬は答えた。先ほどのアルムと同じ様子だ。
「……なんて囁いてるか、わかるか?」
「いや、悪い……。ボソボソしてて聞き取りづらくてよ、何言ってるかまではわからねえんだ」
「……。」
不安が一気に押し寄せてくる。
何かの予感が、この先に踏み入れるなと警鐘を鳴らしている気がしてならない。
だが、和泉は真相を知るためにどんな危険でも受け入れる覚悟でここにいる。戻るという考えなど、最初からない。
手に入れた書物をアルムと朔に見せてみる必要があるため、書物を持ってリビングの方へ。
アルム達の方は奇妙な紋を描いた紙切れを見つけたとのことで、触ると何が起こるかわからないから、目印になるようにと立てられるものを立てて置いてくれていた。
「……この配置は……!」
立てられているものを確認した和泉は、すぐさま3人を連れて外へと出る。
何が起こっているのかわからない3人に、和泉はこの家で魔法陣が作られたこと、更にはそれによって召喚術が発動されていることを簡単に説明。
蒼馬が使いに出した組員達がいなくなったのも、この召喚術が原因の可能性が高いと判断した。
アルムと朔が見つけた紙切れは、魔法陣の点として作用するための機構。発動後に何も対策なしに動かしてしまえば、下手すれば暴走が起きて巻き込まれていたかもしれないとのこと。
組員はこの紙切れを僅かでも動かしたことによって、何らかの作用が働いた可能性があると和泉は見解を示した。
「や、やっぱり……! なんか変だと思ってたんですよ、あの紙!」
「アルムちゃんの機転で、俺もアルムちゃんも助かったってことかぁ。……せやけど、どうやってその召喚術を手に入れたんやろね?」
「それについては、コイツが原因だと思いますよ」
和泉はすぐさま、書斎で見つけた読めない本を見せる。その本を見せた途端、和泉にも囁く声が聞こえてきた。
―――その本を見つけなければ、平穏に過ごせたのにねぇ。
ぞわりと、背筋に恐怖と不安が漂う。
その声には、何故か聞き覚えがあるような感覚があり、脳内をくすぐっている。
すぐに声を囁きかけた人物を探すものの、外へ連れ出した3人以外誰もいない。朔も和馬もその様子から、彼が囁きの声を聞いたことを把握する。
「……聞こえた、か?」
「あ、ああ……。本を見つけなければ、平穏に過ごせたのに……と」
「なんや、和泉君、声がなんて言うてるかわかったんか!?」
「ええ……何故か、ね」
朔と和馬と和泉で囁きの声について語り合っていた。
囁かれた言葉の内容は朔も和馬も聞き取れていなかったようで、和泉にだけはっきりと聞こえた。あるいは、和泉にのみしっかり喋ったとも取れた様子。
これについてアルムに聞こうとしたのだが、現在アルムはそれどころではない様子だ。
和泉達が書斎で見つけた読めない本を見て、震えている。パラパラと中身を確認しては、カバーを確認して、また中身をパラパラと確認してを繰り返している。
「い、い、和泉さん、これ、書斎で見つけたって本当ですか!?」
「え、ああ。読めなかったからアルムなら読めるかなと思ったんだが、どうだ?」
「これ、あの、これ……っ! あたしのご先祖様が生きていた時代の文字で書かれてる、ガルムレイの本ですよ!!」
「……あ、ええぇぇ?!」
本の中身、それは一体なんなのか。
そして、和泉たちに囁きかけたのは誰なのか?
真相は、今は闇の中。
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