第43話 僕らのクリスマス・イヴ

「メリー・クリスマス!」

「メリー・クリスマス!」


 ベージュ色の液体が注がれたグラスをチンと鳴らす。

 今日は12月24日の日曜日。クリスマスイヴだ。

 注がれた液体はノンアルコールのシャンパン。


「でも、シャンパンって普通の炭酸ジュースだね」


 少しシャンパンに口をつけて正直な感想を口にする。


「そら、ノンアルやからね。でも……」


 少し怪訝な表情をする真澄。


「どうしたの?味が気になる?」

「……いや、たぶん、ウチの気のせい」

「ならいいんだけど」


 シャンパンの味に違和感があった様子だったけど。

 あんまり好みの味じゃなかったんだろうか。


「にしても、コウはこういういかにもなの好きやよね」


 テーブルの向かいの真澄がニコニコと見つめてくる。


「クリスマス・イヴだから、形式もそれっぽくしてみたかったんだよ」

 

 グラスに注がれたシャンパンに、注文したケンタツキ・フライドチキン。

 本当に、いかにもイヴって感じだ。


「料理はウチが作っても良かったんやけど……」

「それは嬉しいんだけど、イヴくらいいいでしょ?」


 最初、イヴだから鶏食べよう、鶏という話になった時。

 真澄は自分で料理を作る!と主張していたのだ。

 お祝い事だし、たまには、と僕が説得したのだけど。


「うん。でも、美味しいよ。ケンタって滅多に使わないけど」


 ナイフで切り分けられたローストチキンを口に運ぶ。

 気分もあいまって、とても美味しく感じる。

 何故だか、気分もふわふわとした感じだ。


「そやねー。たまには、ケンタもええもんやねー」


 同じく、ローストチキンを口に運びながら真澄が一言。

 しかし、しゃべり方がふわふわしてるような?

 いつも以上に笑顔だし、顔が赤いし。

 真澄も気分に酔っているのかな?


「でも、もう年末なんだね。今年はほんと色々あった……」


 この時期になると、やっぱり今年一年を振り返る事が多い気がする。


「コウはこの一年、どうやった?」


 相変わらず、ふわふわとした声で聞いてくる真澄。

 なんだか、いつも以上に魅力的だ。


「真澄と結婚したのが大きいかな。結婚前は知らなかった一面もわかったし」


 不思議と、その言葉はすらすらと口から出てきていた。


「知らなかった一面ってなんやー?」


 言いつつ、トコトコと歩いて来て、後ろから抱きしめられる。

 顔を寄せられて、髪が少しくすぐったい。


「家事でも何でもだけど。凄い甲斐甲斐しいところ」


 僕が熱を出した時は、優しく看病してくれるし。

 家事だって任せっきりなのに、嫌な顔一つしない。

 僕に喜んでもらおうと、新しい料理に挑戦しようとしたりもする。

 

「別に言うほどやないよー。コウに喜んでもらいたいだけー」

「それが甲斐甲斐しいって言うんだけど」

「ウチが甲斐甲斐しいのは、コウやからやで?」

「もちろん、わかってるって」


 誰か他の人にまでやってたら嫉妬の炎を燃やしてしまいそうだ。


「そういえば、さ。思い出したんだけど」

「んん?」

「そろそろ、お披露目パーティー、やらない?」


 結婚の時は、これからの大学生活とか金銭的な問題から保留してたけど。


「んー、ええかもー。バイト代もだいぶ貯まって来たよね」

「うん。で、大学に入ってからの友達……は、ちょっと気を遣っちゃいそうか」

永山ながやまさん、山科やましなさんは呼んでもええんとちゃう?」

「あー、確かに。最近、付き合い増えたよね。じゃ、そういう方向で」

「でも、よーやく、皆にちゃんと報告出来るんやね……」


 さらに甘えるように顔を寄せて来て、ぼんやりと嬉しそうに言う真澄。

 日頃以上に甘えて来て、嬉しいんだけど、少し違和感がある。

 そういえば……なんだか、アルコールっぽい香りがするような?


「あ!これ、シャンパンに微妙にアルコール入ってない?」


 よく見ると、ちゃんと度数表記まである。

 道理で、僕もなんだか妙にふわふわすると思った。


「実は……最初に口つけた時、気づいたんやけどー」

「あ、なんか様子が変だったよね」


 味が好みじゃないのかなと思っていたけど、アルコールに気づいたのか。


「料理酒とか使うから、そこはさすがにわかるんよー」


 しかし、真澄が酔ったのを初めて見たけど、声が間延びする感じなんだ。


「僕は、これがシャンパンの味なのかーってスルーしちゃってたよ」


 初めて体感する酔いという奴だ。


「でも、僕らが未成年って店員さん気づかなかったのかな」

「ウチらももう19やし、わからへんと思うよー」

「言われてみれば、そうかも。でも、酔うのって気持ちいいね」


 おまけに、いつもなら恥ずかしい言葉もすらすら言える気がする。


「んー、そやねー。大好きやー、コウー」


 ちゅっと唇を押し付けられる。

 少しチキンの味がするキスだな、なんて思ってしまう。


「僕も大好きだよ、真澄」


 お返しにチュッとキスをする。

 ブルッと身を震わせる真澄。


「ひょっとして、寒い?」

「ちょい、な。ダイニングは暖房ないしー」

「じゃ、寝室に行こうか」


 いつもと違って、ぼーっとしている真澄の手を引っ張って寝室に連れ込む。


「コウ、ひょっとしてムラムラ、しとるー?」

「うん。今の真澄、すっごく可愛いし」


 言いつつ、寝転がった真澄に覆いかぶさって、セーターに軽く触れる。

 少し強引に服をまくりあげていく。


「なんや、いつもより強引やねー」


 真澄はされるがままで、相変わらずどこかぼんやりした様子。


「可愛い嫁さんを襲いたくなるのは自然だと思うけど?」


 いつもなら出てこない、恥ずかしい言葉もバンバン出てくる。

 これが酒の力って奴なんだ、と実感してしまう。


「んー、やったら、いっぱい、襲ってなー」


 真澄も、いつもなら恥じらったりするのに、ただ嬉しそうな顔。


「うん。いっぱい、ね」


 言いつつ、口付けて、行為の準備を始める。


◇◇◇◇


「冷静になってみると、すっごい恥ずかしいわ」


 行為の後、しばらくしてすっかり酒が抜けた僕たち。


「普段の真澄なら、「襲ってなー」とか言わないよね」


 そんな風に、ただ素直に受け入れてくれる彼女との行為もまた新鮮だったけど。


「そりゃ、あんなの普段言えへんよ」

「その割には、後悔してないんだね?」

「ウチらも夫婦やし。これくらいええんやない?って思うんよ」

「それは僕も同じだけど」


 お互い酔った状態で、というのは、普段と違う自分を解放してる感じがして、

 それはそれで楽しかった。


「でも、なんか幸せだよね。こうして二人で過ごせてさ」

「高3のイヴとか、お別れするのがすごい寂しかった気がするわ」

「言えてる。受験も近かったし」


 付き合って最初のクリスマス・イヴを二人して思い出す。

 楽しいからこそ、その後、離れるのが少し寂しかった。


「その点、このまま寝ても、朝まで一緒やしな」

「でも、「お泊り」の特別感がなくなったのは寂しいかも」

「コウは独身やった頃の方がええと?」

「そ、そういうわけじゃなくて。どっちも違う良さがあるよねって」


 そんな風に、なんでもない会話を交わしながらイヴの夜は更けて行ったのだった。

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