第15話 僕と幼馴染の新婚旅行(前編)
ガタン、ゴトン。電車の音を表現すればこんな感じになるのだろうけど、新幹線の走る音はどう表現すればいいのだろうか。
「ねえ、真澄。新幹線の走る音ってどういう風に聞こえる?」
ふと気になったので、僕の幼馴染で嫁さんである真澄に聞いてみる。
「そんな考えたこともなかったわ。どう言えばいいんやろな」
顎に手を考えて少し考えている様子。
「うまく言えんのやけど。シューとかガーとかゴーとかそんな感じ?」
「ああ、わかるわかる。なんか、静かなんだけど音が鳴り続けてる感じ」
そんなどうでもいいことを話し合う。
今日はゴールデンウィーク初日。
ちなみに、那須塩原は温泉地として有名で、僕らの泊まる旅館も大浴場や露天風呂、貸し切り露天風呂が売りだ。最後の貸し切り露天風呂は実は一緒に入りたいけど、気恥ずかしくて言い出せないでいる。
「ほい、コウ」
「サンキュ」
彼女からポテチの袋を受け取って、ポリポリと噛み砕くと、梅干しような酸味と塩味が口に広がる。パッケージを見ると、「梅干し風味」と書かれている。
「梅干し味ってはじめてだけど、意外においしいね。さっぱりしているっていうか」
「やろ?こないだ買ってみたんやけど、結構美味しかったんよ」
僕のお嫁さんは楽しそうにそんなことを言う。
ふと、窓の外を見ると、田園地帯が広がっていくのが見える。時折、駅前を中心に開発が進んでいるところを見るくらいだ。
「もう、田舎に来たんだって感じがするよね」
「ウチらの地元も大差ないと思うんやけどね」
「それは否定しない」
僕らは大学に進学するために上京してきたけど、地元は関東の地方都市だ。少し駅前を離れれば、こういう光景を見ることもできるような、そんな場所だった。
「大学に入ってから1ヶ月してないけど、ちょっと懐かしくなってきたかも」
「ちょいそれは早すぎるんちゃう?」
「冗談、冗談」
そんな軽口を叩き合う。
「でも、ホンマ楽しみやわあ。温泉もやけど、牧場でソフトクリームやら、動物王国もやら」
「僕は牧場のソフトクリームって食べたことないんだよね。美味しいのかな」
「ウチは修学旅行で行った先でやけど、なんちゅーか、凄く濃厚で病みつきになる感じやったな」
そのときのことを思い浮かべているのだろうか。なんだか、遠くを見ているような感じだ。
「それを聞くと食べてみたくなってきた。真澄は食べすぎないようにね」
「ウチはそんなに食べへんよ。一つのをゆっくり食べてこそ、やで」
彼女は、通というか、好きなものをいっぱい食べるより、じっくり一つのものを楽しむ、そんなところがある。
「そういえばさ、今日の旅館なんだけどさ……」
「先にチェックインするって話?」
「そういうのじゃなくて。えーと……」
この先を切り出すのは少し気恥ずかしい。少し深呼吸をして気分を落ち着ける。
「あのさ。旅館に貸し切り露天風呂ってあるんだけどさ。一緒に入らない?」
せっかくの新婚旅行、広い露天風呂でお嫁さんと二人でゆったり、というのはロマンがある。
「……コウはエッチな事するつもりなん?」
じーと、問うような目線。
「いや、そういうんじゃなくてさ。流れ的にしていいなら、したいけど」
露天風呂で二人でしっぽり、というの少し憧れはあるけど。
「ま、ウチはどっちでもええけど。それなら、貸し切り露天風呂も行こか」
「そ、それは良かった。って、「も」?」
「せっかくやし、大浴場も行ってみたいやん」
「それだとのぼせない?」
「大丈夫やろ」
というわけで、思いの他あっさりと了承されてしまったのだった。
そんなことを話している内に、あっという間に那須塩原駅に到着。
「なんか、涼しいね」
「天気予報やと、東京よりも5℃くらい低いんやって」
「納得」
正直、東京は少し暑くなってきていたので、正直ありがたい。
ホテルは駅から若干距離があるので、ひとまず最初の目的、那須どうぶつ王国へ。ここからは送迎のシャトルバスが出ているので、スムーズに行けそうだ。
というわけで、あっという間に那須どうぶつ王国に到着。
屋内にある王国タウンと屋外の王国ファームに分かれていて、ひとまず王国タウンへ。
「カピバラの森に行きたいんやけど」
「カピバラ可愛いよね」
というわけで、一路カピバラの森へ。ここでは、カピバラについての解説や、カピバラが水中を泳いでいる様子やカピバラの子どもたちを観察できる。
「はー。なんか、癒やされるわあ」
ぼーっと、カピバラの子たちがじゃれている様子や親子でじゃれている様子を堪能する。真澄はぼーっとした目つきで、そんな様子を堪能しているようだ。
「わかるわかる。凄くのんびりしてて、平和そうだよね」
カピバラは、ゆったりとした動きで、のんびりと活動してて、これは確かに見てるだけで癒やされる。カピバラ動画には温泉に入っているカピバラもあるけど、ここでは見られなかった。残念。
一通りカピバラの森を堪能したので、次の目的地へ。次は、「保全の森」へ。ライチョウやアムールヤマネコなど、普段あまりお目にかかれない動物が見られるということだったので、楽しみだったのだ。
「ライチョウってこんななんだ。ちょっと色が違うね」
「説明見ると、ライチョウは季節によって色が変わるんやと」
「納得」
季節によって、羽毛が生え変わって、色も変わる鳥は珍しくない。
「ちょい耳が小さい感じやね」
「うん。アムールヤマネコの特徴なんだって」
「でも、やっぱり猫って感じでかわええなあ」
「そういうところは、真澄も普通だね」
「何失礼なこと言うとんのや」
脳天にチョップを食らってしまった。
その後も、猛禽の森やカンガルーファーム、ふれあいうさぎ王国、などなど色々なところを回って、気がつけばお昼を過ぎていた。
「そろそろ、お昼にしない?」
「ウチもそれ言おうと思ってた」
目を見合わせて、笑い合う。那須どうぶつ王国の中にレストランがあったので、テラスで「カピバランチ」というそれっぽいメニューを頼んだ。
「見た目かわええけど、味は普通やね」
「ツシマヤマネコ米っていうの使ってるんだって」
「なんや聞いたことない銘柄やね」
「売上がヤマネコを保護するために使わ得れるんだってさ」
「ほー。色々大変なんやね」
というわけで、味は普通なカピバランチを楽しんだのだった。
次は、ソフトクリームを食べるため、近くにある牧場へ。ソフトクリームのためだけに牧場に行くのはどうかと思うんだけど、それ意外に目立ったものがなかったので仕方ないのだ。
那須塩原はどうも自家用車がないと不便な土地柄のようで、たっぷり30分ほど待ってバスに揺られて、さらに30分。
「こういうとき、車運転できるといいよね」
「夏に免許合宿一緒に行かへん?」
「それいいね。賛成」
車の免許が取れれば、真澄と一緒にもっと色々なところに行けるようになるだろう。
そして、牧場にて、ウリのソフトクリームを食べる僕たち。
「美味い!すっごい濃厚なミルクの味がする。ほんとに、牧場のソフトクリームって美味しいんだね!」
生まれて初めて食べる、濃厚なミルクの味がするソフトクリームについ興奮してしまう。
「ここ、いい生乳と低音殺菌やら工夫しとるんやと。普通のソフトクリームやと、そうはいかんのやろね」
こういうところは特に熱心に事前調査していたようで、おかげでとても美味しいソフトクリームを食べられたのだった。
さて、ソフトクリームを食べ終わったところで、時間は16:00。移動時間を考えると、そろそろ旅館に行かないと。
「真澄、そろそろ旅館に行かないと」
「楽しかったけど、移動時間取られるのがネックやね」
「今度来るときは、車で来たいね」
そんなことを話しながら、牧場を後にして、一路旅館へ。
その旅館「雷光館」は、那須塩原駅からバスで30分といったところにある4階建ての旅館だ。旅館というより、ホテルの方が近いかもしれない。
「予約してきた、松島ですけど」
そう言うと、旅館の女将さんが丁寧に出迎えてくれて、部屋に案内してくれることに。
(旅館って初めてだけど、すっごい丁寧だよね)
(ちょっと気が引けるな)
そんなことを小声で話し合っていた。
案内された部屋はダブルベッドのある洋室に加えて、くつろぐための和室がある、和洋折衷という感じの部屋で、少し不思議な気分になる。
楽しかったけど、あちこち回って少し疲れたので、ベッドにぐでんと寝っ転がる。すると、真澄も一緒になって寝っ転がってきた。僕の方に。
「ど、どうしたの。急に?」
「せっかくの旅行やし。あかん?」
「いや、全然駄目じゃないけど」
少し忘れかけていたけど、単にデートじゃなくて、新婚旅行なのだ。真澄を抱き寄せて、背中を撫でる。
「あー、気持ちええな。来てよかったわ」
「まだ1日目だよ」
少し苦笑いする。
「それでもや」
真澄も僕をぎゅっと抱き寄せる。しばらく、そんな感じで、ベッドの上でゆっくりとした一時を楽しんだのだった。
そして、そんなこんなで時間を過ごしていると、いつの間にか夕食の時間になっていて、女将さんが夕食を運んできていた。
食事が配膳されたので、二人でいただきますをして食べ始める。
「猪の肉ってこんな味するんやね。ちょっと癖がある感じやけど」
「だね。豚とも鳥とも牛とも違うっていうか。たまにならいいかも」
初めて食べる牡丹鍋に舌鼓を打ったり。
「川魚って、もっと癖があるイメージだったけど。これは美味しいね」
「ウチはイワナを焼いたのも食べてみたかったわ」
普段食べないイワナの刺し身について語ってみたり。
そんなこんなで、出てきたコース料理を一通り食べ終える頃には、お互い満腹になってしまった。
「あー、料理も最高やし、ほんと幸せや」
再びベッドに寝転がる僕達。
「でも、女将さんが料理届けに来たのは、ちょっと気後れしたかも」
「お水頼むときも女将さん呼ばなあかんくて、ちょっと気い遣うたな」
普通の外食だったら、セルフサービスか、ウェイターさんに頼むのだけど、内戦で電話して呼び出すまでするとなると、少し気が引けるというのが正直なところだ。
食休みでそれからしばらくぼーっとして居た僕達。
「あのさ。そろそろ、お風呂、行かない、かな?」
了承してもらったものの、貸し切り露天風呂というと、やっぱり切り出すのが少し気恥ずかしい。
「そ、そうやな。行こか」
対する真澄も少しぎこちない様子で、意識してくれたのが少し嬉しい。
というわけで、2時間制の貸し切り露天風呂に入ることになったわけど。
「これ、同じとこで着替えるんよね」
「だと思う」
貸し切り露天風呂は、休憩所兼更衣室の和室に、外に、二人だと少し広めの丸い浴室が広がっている。
「ちょい服脱ぐから後ろ向いといて」
「りょ、了解。僕も脱ぐよ」
何を今更とふと思うけど、やっぱり家庭と違って、こういうシチュエーションはどきどきする。
しばらくごそごそとした音がしたと思ったら。
「その。先に入っとるな」
「うん。ごゆっくり」
どうも真澄も同時に入るのは恥ずかしいらしく、先に浴場に出てしまった。僕もそれに少し遅れて、浴場に出る。お湯をかけ流して、お湯につかると、真澄と丸い湯船の中で向きあう形になる。
「……」
「……」
しばらくの間、お互い無言になる。一緒にお風呂に入る、なんて言っても、こうやって向かいあって入るのはやっぱりまた別で、うまい言葉が出てこない。
とりあえず、出てきた言葉が
「真澄の手、すべすべで綺麗だね」
そんな陳腐な言葉。手を伸ばして、彼女の手のひらに触れてみる。
「コウの方が手は綺麗やと思うけどなあ」
彼女ももう片方の手を伸ばして、僕の手のひらに触れてくる。
「ええ?そんなことないでしょ」
僕の手と彼女の手を見比べるけど、僕の方が綺麗とは思えない。
「いや、やっぱりコウの手のほうが綺麗やって」
「ううーん。そうなのかなあ」
イマイチ実感がわかない。
「でも、やっぱり照れるよね」
「うん。ウチもな。なんでこんな恥ずかしいんやろな」
「旅の開放感とか?」
「それもちょい違う気がするけど」
言ってて、僕も、少し違う気がした。
ふと、彼女の身体をみてみる。均整の取れたプロポーションに、少し赤らんだ頬やお湯で上気した顔。そして、恥じらっている様子。そんな様子をみているうちに、少しずつ欲望がもたげてきた。
緊張しながらも、ゆっくりと彼女の方に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「ちょちょ、何しとるん?」
「いや、その、ちょっと抑えられなくて。エッチな意味で」
そういう僕の下半身をみて納得したのか、真澄も。
「その、ウチもちょっと期待しとったけど。のぼせそうやな」
顔を真っ赤にしながら、そんなことを言う彼女が愛らしくて、そのままー
ーー
「あー、ほんとに、のぼせた」
「やから言うたやろ。コウも激しいし」
「真澄もノリノリだったくせに」
「それとこれとは別や」
「でも、凄い求めて……」
「それ以上言うの禁止!」
色々して、湯から上がった僕達は、浴衣を着てそんな軽口を叩き合う。
露天風呂から戻ってくると、時間は22時。寝なくてもいいけど、少し早めに寝てもいい時間だ。
「とりあえず、二人でごろんとしようか」
「ふふ。そういうのもええね」
というわけで、二人でベッドに並んで横になる。
「今日は、ホント楽しかったわ。新婚旅行、ありがとさん」
「喜んでくれてよかった。僕が行き先決めたようなものだし」
「そういうんは結果オーライやよ」
「だね」
ふと、視線を彼女の方に向けると、幸せいっぱいといった笑顔で、やっぱりこうして新婚旅行に来てよかったと思う。
そんなことを考えていると、ふと、視線が交わる。なんだか、優しい目で見つめられている気がする。
「何、考えてるの?」
視線を合わせながら聞いてみる。
「別に。コウが旦那で良かったなーってだけや」
「そっか。僕も真澄がお嫁さんで良かったよ」
「明日も楽しみやね」
「うん」
そんなことを話していると、少しずつ眠気がしてくる。
「ちょっと眠くなってきたかも」
「ウチも。色々回ったし、いっぱい「運動」したしな」
「だから、真澄もノリノリだったでしょ?」
「それはコウがエッチやから悪いんや!」
「責任転嫁はどうかと思うな」
そんなどうでもいいことを話していると、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。
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