第21話 朝のひとときに僕達は子どもについて話し合った

 ある晴れた土曜日の朝。外は快晴で、ほどよい風も吹いている。


「いやー。最高の散歩日和だね」

「もう、コウも突然なんやから」


 ぶつくさ言いながらも、真澄も楽しそうだ。


 僕達は二人共身軽で運動向きの服装に着替えている。


 時間は少し前に遡るー


ーー


「ねえ、ちょっと散歩に行こうよ」

「別にええけど。どうしたん?」


 胡乱げな視線で見つめられる。


「いや、別に何もないんだけどね。外が晴れてるから、散歩に行きたくなっちゃって」


 ここのところの運動不足も解消できれば、と思っているけど。それはともかく、5月の陽気に当てられたのか、外を散歩したくなってしまったのだから仕方がない。


「で、どこ行くん?」

「ちょっと隅田川沿いをってところでどうかな」


 僕らの住むマンションから数分歩くと、東京都を流れる隅田川に出る。その川沿いを歩いてみようというのが今日の計画だ。


「また突然やね。ルートとか決まっとるん?」

「いや、全然。浅草まで行ければいいかな、くらい」

「無計画ここに極まれり、やね」


 ため息をつかれてしまう。僕が悪いんだけど。


「ま、ええか。ウチもこの辺散歩したことなかったし」


 ということで、突然の隅田川沿いの散歩が決定。


ーー


「にしても、なんでいきなり隅田川なんや?」


 川沿いを歩きながら、真澄が質問をする。


「以前からちょっと回ってみたかったんだよね。で、今日がちょうど晴れたから」

「前の日に言うてくれたら、お弁当くらい用意したのに……」

「そこはいきなりでごめん」

「まあ、お昼はどっかで買ってけばええんやけど」

「せっかくだから、浅草で食べていくとか」

「土日やから、死ぬほど混んどるんちゃう?」

「あー。たしかに、そうかも」


 よく晴れていて、ともすれば暑くなりそうだけど、いい具合に風が吹いて、気持ちいい。


「そういえば、隅田川すみだがわちゅうと花火大会やな」


 確かに、テレビで隅田川花火大会の中継を見た覚えがある。


「家からも近そうだし、夏になったら一緒に行こうか」

「せやね。めっちゃ混むらしいけど」

「確かに、そうだった」

「早いうちに場所取りせんとな」


 隅田川花火大会まで、まだ2ヶ月以上はある。


「そういえばさ。ちょっとお願いがあるんだけど」

「ん?」

「花火大会のときだけどさ、真澄の浴衣姿が見たい」

「急にどうしたんや?」


 何を言い出すのか、という目つきの真澄。


「花火大会に浴衣姿の彼女とデートって僕にとっては、ロマンなんだよ」


 真澄にとっては謎のロマンを力説する僕。実は、以前に漫画で読んだ恋愛ものでそんなシーンがあったから、いつか真澄と一緒にそんなことができれば、と思っていたんだけど、そこは恥ずかしいので、伏せておく。


「どのへんがロマンかイマイチわからんけど、ええよ。浴衣はちょい窮屈やけどな」

「ありがと」


 夏になったら、真澄と一緒に花火大会見物か。まだ先だけど、早くも楽しみになってきた。


「そういえば、スカイツリーがよく見えるもんやね」

「うん。下手したら、歩いていけるんじゃない?」

「それ、ほんま?」

「確か、今が……でしょ。だとすると、2時間くらいで行けるんじゃないかな」

「2時間はちょい遠いやろ」


 ツッコミのチョップを食らった。


「ま、まあそうだけどさ」

「でも、そういうのも楽しそうやな」


 ぽかぽかとした陽気の中、そんな他愛ないことを話しながら歩く。隣を歩く真澄の姿はとても綺麗で、ふと、この風景を写真に残しておきたくなった。


「ちょっと記念写真撮らない?」

「散歩くらいでおおげさやろ」

「これも想い出と思ってさ」

「コウもしゃあないな。わかったわ」


 スマホのカメラを僕達の方向に向ける。スマホのカメラでツーショット自撮りをするには、ぎゅっとくっつかなくてはいけないので、思いっきり肩を寄せ合っている構図だ。


「こそばゆいな。早くしてくれへん?」


 真澄は照れくさそうだ。落ち着かないのだろうか。


「はいはい」


 シャッター音がする。


「うまく撮れたかな……」


 プレビュー画面で、さっき撮った画像を見る。


「ちょ、これはちょっと恥ずいわ……!」


 そこには、僕と真澄が満面の笑みで写っていた。特に、真澄が幸せいっぱいという感じで、撮ったときには気づかない、いい笑顔なのが印象的だ。


「真澄も、仕方ないなって感じだったけど、嬉しかったんだ?」

「ま、まあ、こういうのも大切な想い出やし」

「実は、ツーショットが恥ずかしいだけった?」

「ノーコメントや」


 照れ隠しなのが丸わかりなのが、微笑ましい。ちょっと無理やり連れ出してしまったけど、真澄もこの時間を楽しんでくれているのがわかって、嬉しくなる。


 再び、川沿いをゆったりと歩く。他にも陽気につられたのか、散歩客がぽつぽつといる。


「皆、僕らと同じかな?」

「どうなんやろ。案外そうかもしれへんな」


 散歩客とすれ違うちょうどその時。ふと、右手にドンという感触。僕がぼーっとしていたようで、すれ違ったおじいさんが倒れそうになっている。と思ったら、真澄が助け起こしている。


「ああ、お嬢ちゃん、ありがとう」

「すいませんでした。ちょっとぼーっとしていて……」

「ウチの旦那がご迷惑をおかけしてすいません」


 二人してぺこぺこ謝る。それを見て、目を丸くしているおじいさん。他にも、何か失礼なことをしていただろうか。


「君たち、夫婦かい?」


 ああ、そこか。考えてみれば、大学生に見える二人組が夫婦だとびっくりするかもしれない。


「ええ。都内の大学生なんですが、学生結婚でして」


 と説明をする。おじいさんはといえば。


「まだ大学生さんなのに、凄いねえ」


 何が凄いのか、よくわからないんだけど。


「いえ。ちょっと早く結婚しただけですし」

「少子高齢化の世の中だからねえ。早く結婚するのはいいことだよ」

「は、はあ」


 少子高齢化だから、何なのだろう?二人して、顔を見合わせていると。


「で、お子さんはおいくつだい?」


 そのおじいさんはとんでもない質問をしてきた。思わぬ質問に、かーっと顔が熱くなるのがわかる。隣の真澄も同じようで、普段見ないほど赤面していらっしゃる。


「い、いえ。子どもはまだなんです」

「そうかい?まあ、早い方がいいよ」

「ま、前向きに検討します」


 そう答えるのがやっとの僕たち。


「奥さん、美人さんだから、生まれてくる子も綺麗だろうねえ」

「は、はい。そうやといいですね」


 お爺さんは終始自分のペースで語りかけてくるが、僕たちとしては、色々と困る。去り際、おじいさんは、


「それじゃ、失礼。散歩するだけが趣味なんだが、久しぶりにいいものを見せてもらったよ」

「いえ。さっきは、本当に、失礼しました」

「気にしないでいいよ。それじゃ、頑張って子作りに励んでね」


 なんてことを言い残していった。子作りって……。というか、話に脈絡が無かったけど、あのおじいさん、少しボケていたのじゃないかという気がしてくる。


 謎のおじいさんが去っていった後、僕らはといえば。


「……」

「……」


 微妙に気まずい空気が生まれていた。


「その、コウはどう思ってるんや?」

「いや、その、どうって?」

「ウチとの間に、子ども、欲しいって思っとる?」


 真澄が、キャッチするのが難しい、唐突なボールを投げてきた。恋人だった頃なら、いずれね、と流せた質問だけど、結婚した今は奇妙に現実味を帯びていて、少し焦る。


「うん。も、もちろん、いずれは欲しいよ」

「そ、そやね。ウチも何言ってるんやろ」


 羞恥が限界を突破したのか、真澄も、何やら熱に浮かされたようになっている。

 

「結婚したら、子ども作れるんよね。すっかり忘れとったわ」

「まあ、僕も、忘れてたよ」


 少し考えたことはあるけど、できちゃったらどうしよう、であって、子どもを作ろう、なんてのは考えの外だった。


「……はあ、ウチらも、まだまだ子どもやね」

「同感」


 きっと、多くの夫婦は、結婚式を挙げて、籍を入れて、子どもをいつ作ろうか、なんてことを話すのだろう。ただ、僕達はまだ大学1年生で、結婚していても、子どもを作る、なんてことはまだまだ先の話だったのだ。


「考えてみると、エッチも、元々、子作りのための行為やよね」

「うん。まあね」


 当たり前過ぎる程当たり前の話なんだけど、僕らにとってエッチは、愛し合ったり楽しむ行為であって、子どもを作る、というのが切り離されていたことを実感する。


「とりあえず、この話は後にしない?ちょっと頭がパンクしそう」

「賛成。ウチもや」


 予想もしていなかった、あまりにも大きいボールを食らった衝撃のせいか、それからしばらく、僕と真澄は、黙々と散歩を続けたのだった。


 そして、10数分経ってようやく復活した僕たち。


「浅草まであとどのくらいや?」

「んー。だいたい、20分くらい」

「もうちょいやな」


 風景が変わってきて、浅草に近づいてきているのを感じる。


「そういえば、結局、昼ご飯、どうしようか」

「浅草混んでそうやし、電車で家に戻ってからでええんやない?」

「それもそうか」


 混んだ場所で無理に席を探すよりも(しかも、運動着姿で)、帰った方が無難に違いない。


 それから、さらに歩き続けて、約25分。ようやく、目的地の浅草に到着。


「到着!」

「にしても、ほんと凄い人出やね。想像以上やわ」

「ニュースとかで見たことはあったけどね。普通の休日なのに」


 揃って、浅草の人混みに辟易した僕たちは、さっさと電車に乗って家に戻ることに。


 帰りの電車にて。


「今日は急に連れ回しちゃってごめん」

「ウチも楽しめたからええよ。……あのお爺さんは想定外やったけど」

「それはね……。経済的にはまだまだ先だけど」

「それはわかっとるけど。余裕できたら、ウチとの子ども、欲しい?」

「少しだけ考えてみたんだけどね。欲しい、な。真澄は?」

「ウチも考えてみたんやけど、欲しいな。コウとの子ども」

「そっか。なら良かった」

「ウチも」


 でも、そんな余裕ができる日は、一体いつになるんだろうか。社会人1年目?それとも、2年目?


 やっぱり、僕らはまだまだ子どもだということを改めて実感した土曜の朝だった。

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