第20話 僕と幼馴染の結婚理由

 ゴールデンウィークも明けた5月8日の月曜日。


 2限の講義が終わったら、この日は真澄と合流する予定なのだけどー


「じゃあな、コウ」


 米澤拓斗よねざわたくとが、鞄に教科書を入れて、そそくさと立ち去ろうとする。彼は、大学入学のオリエン以来の友人だ。


「あ、ちょっと待って。今日はお昼一緒に食べない?」

「つっても、嫁さんとの約束があるだろ?」


 以前に、教室に真澄が迎えに来たことがあって、僕たちの関係は彼に知られている。それ以来、この日は拓斗は自分から遠慮してくれるようになったのだけど……


「いや、その嫁さんが、今日は二人で食べてこいってさ」

「マジかよ!?嫁さん的には、二人きりで一緒に過ごしたいんじゃないの?」

「そこは真澄も複雑でね。せっかくの友達との時間を奪うのは、って言ってきたんだよ」


 ひょっとしたら、今はもう二人きりの時間が持てているから、僕の交友関係を邪魔してまで二人きりというのはどうか、ということかもしれない、と思う。


「なんつーか。おまえの嫁さん、マジでいい人だな」

「僕もほんとにそう思うよ」


 付き合う前からそういうところはあったけど、結婚してから、益々、色々な事を気遣ってくれるようになった気がする。


「じゃあ、学食行くか?」

「うん。僕はお弁当だけどね」

「さすがに嫁さんとしても、そこは譲れないってとこか」

「真澄は「お弁当を作るのはウチの仕事や」ってさ」

「さよか。とにかく、学食行くか」


 学部棟にある学食に入ると、既に学生で部屋はかなり混雑していて、場所取りが必要そうだ。


「僕が場所取っておくから、拓斗は行ってきて」

「サンキュ、助かる」


 場所取りをすること約5分。拓斗が戻ってきた。


「それ、何?」


 何かみたことがないものが乗っている丼だ。


「ロコモコ丼っていうんだと。俺も何なのかわからん」

「ロコモコ丼、ねえ」


 早速、検索してみると、どうやらハワイの料理で、ご飯の上にハンバーグや目玉焼きを乗せたものを指すらしい。


「ということらしいね」

「しかし、なんでハワイの料理がうちの学食で出てるんだか」

「そこまでは僕も知らないよ」


 僕も弁当を開けて食べ始める。今日の献立は、ご飯に卵焼き、焼きじゃけ、ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、と真澄の得意そうなレパートリーだ。


「かー。美味そうだなー。いつも作ってもらってるのか?」


 うらやましそうな声。


「いや、さすがにいつもってことはないよ。今日みたいな日だけ」

「なんか聞いてると、言ったら作ってくれそうだけどな」


 うん。言いたいことはよくわかるよ。


「そこはあんまり負担かけたくないんだよ。真澄、言ったら頑張っちゃいそうだし」


 ただでさえ、家事全般やってもらっているわけだから、学食で済ませられる昼食はそこまで負担をかけたくない。


「まあ、色々複雑なんだな」


 しばらく、無言で黙々と食事を進める。ふと、拓斗が何かを思いだしたように、手で自分の頭をはたいていた。


「あ、そうそう。前から聞きたかったんだけどよ。なんで、入学前に結婚なんてしたんだ?」

「ていうと?」

「いやさ、学生結婚って結構苦労ありそうじゃん。聞いてる限り、仲はいいみたいだし、卒業まで待てなかったんかなと。いや、突っ込みすぎてたら悪いな」


 口調こそ軽いが、拓斗は相手に踏み込んでいいところと悪いところをわきまえて話してくれるいい奴だ。確かに、普通は入学前に結婚、とか何かあるのか、って思うよね。


「ややこしい話になるんだけどさ。僕達、同居し始めたときにもう婚約してたんだよね」

「それもまた気が早い話だな。親御さんは反対しなかったのか?」

「あったといえばあったのかな。むしろ、将来を誓ってるのに、同棲という中途半端な状態が問題だっていう意見もあってね。うちの家と真澄の家で話し合いがあったんだ」


 あの時は、真澄のお父さんだけが、婚約に反対して、説得するのに骨が折れたのを思い出す。


「結局は、小学校の頃からの付き合いなんだから、信用してもいいだろうって事になったんだ」「ま、どこの馬の骨ともしれない奴だったら、大学に入る前に婚約とか危ないよな」

「うん。突然、婚約破棄とかになるかもしれないしね」


 それを思えば、許可してくれた僕や真澄の両親には感謝しかない。


「というわけで、晴れて婚約者になったんだけど、まだ問題があってね」

「まだ何かあるのか?」


 不審そうな拓斗。


「婚約者って、別に法的拘束力があるわけじゃないんだよ。別にどっちかがぶっちして婚約破棄しても、揉めるかもだけど、それ以上は出来ないんだよね」

「まあ、そうかもな。でも、おまえと嫁さんはそんな心配はなかったわけだろ?」


 それは正論だと思うんだけど、そうも行かないのだ。


「そうなんだけどね。それじゃ、僕達の気持ちが済まなくてさ」

「なんで?大学を出れば結婚できるわけだろ?」

「その疑問は当然なんだけど。僕も真澄も結婚の意思があるわけだから、別に待たなくてもいいんじゃない?って思ったんだよね」


 それが正しかったかはわからないけど、「婚約者」という不安定な立場じゃなくて、「結婚」という安定した立場になりたいと思ったのは否定できない。


「言いたいことはわかるけどよ。学生で結婚って苦労が多いんじゃないか?」

「それが案外そうでもなくてね。結局は、戸籍上や法律上の問題だから、特に嫁さんが凄くめんどくさい以外には、案外苦労はなかったりするんだ」

「なるほどなあ。でも、やっぱ反対があったんだろ?」

「うん。それはあったね。大学を卒業するまで待ってもいいんじゃないか、とか」

「だろうな。それはよくわかる」


 うんうんとうなずく拓斗。


「でも、うちの父さんも母さんも、別に手続き上の問題だってドライに割り切ってたから、僕達が幸せなようにって後押ししてくれたんだ」

「はー。なんとも、出来た両親で。うちもそれくらい出来てたらなあ」

「拓斗のところは、そうじゃないの?」

「もっと頭が固いな。学生結婚とかいったら、絶対に世間体がどうとか言うぞ」


 確かに、うちの両親が柔軟過ぎるのかもしれない。


「ともかくさ。僕も真澄も「ずっと一緒に行きていく」っていう約束が欲しかったんだ」

「婚約者だと、意思次第で破れるから、か?」

「別にそれを信じてたわけじゃないけど。結婚って「これから、私達は、どっちかが死んだり、不仲で離婚になったりしない限り、一緒にいる」って約束だと思うんだよね」


 僕の持論を展開する。


「俺は彼女がいたこともないからわからん世界だけど。要は確かなものが欲しいってことか?」

「そういうことだね。ひょっとしたら、子どもっぽいのかも」

「いやいや、そこまで言える程奴は居ねえだろ。ま、今が幸せならいいんじゃないか?」

「そうだね。実際、結婚したことで、真澄もお嫁さんって言えるようになったし、結婚してよかったんじゃないかなって思う」

「あと、「婚約者」だったら、結婚するまでは「家族」になれないんだよね。だから、早く家族になりたかったのかも」

「ま、色々大変なのはわかった。今、うまくやってるならいいんじゃないか?」

「そう言ってもらえて助かるよ」


「しっかし。結婚してるってことは、嫁さんとよくヤってるわけだろ?」

「拓斗、言い方、言い方」

「言い方変えても、エッチしてるわけじゃん。子どもできたらどうするんだ?」

「避妊はしてるけど、100%じゃないからね。その時は、僕が中退するなりして、働くつもり」


 父さん母さんを頼る手もあるけど、できるだけそのことで煩わせたくはない。


「なるほどなあ。そこまで覚悟してるんだったら、言うことはないわな」

「聞いてくれてありがと。こういう話って微妙だから、言いづらいんだよね」

「ま、俺だったら、いつでも話聞くからよ。相談してくれよ」

「ありがと。もし、どうにもならなかったら相談するよ」


 そうして、昼ご飯を食べた僕達は解散。去った後、一つ印象に残った言葉がある。それは


「子どもが出来たらどうするんだ?」という言葉。今の僕達は仕送りで生活している身だ。とうてい、養育費を捻出するのは無理だ。だとすると、誰かに借りないといけないわけだけど、その時に実家に頼るのは申し訳ない。


(結婚しても、僕達はまだ子どもなんだな)


そんなことを痛感してしまう。実際、もし子どもが出来たら堕ろすなんてことは選べないし、かといって、親に負担をかけるのも避けたい。となると、


(僕も、真剣にバイト先を探すかな)


 そんなことを少し考えるきっかけになった一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る