第35話 僕と幼馴染はバイトすることを決めた

 6月も下旬となってきたけど、相変わらず、毎日のように雨模様の日々が続く。そんなある夜のこと。


「ねえ、ちょっとバイトしようかなって思うんだけど、どう?」


 夕ご飯の後、麦茶で喉を潤しながら聞いてみる。最近は、蒸し暑くもなってきたので、麦茶が本当に美味しい。


「別にええと思うけど。なんや買いたいもんでもあるん?」


 向かいに座る真澄ますみが言う。


「そういうわけじゃないんだけどね。僕ら、結婚式してないでしょ?」

「そやね。正直、式とか大変やし」

「それで、親しい友達だけ集めてパーティーやろうって話になってたけど。案外、馬鹿にならないくらいお金かかるんだよ」

「店を貸し切りにしたり、催しとかやると、結構かかりそうやね」


 ふんふんとうなずく真澄。


「いつまでもやらないと機会逃しちゃいそうだから、バイトで貯めようかと」

「わかった。じゃ、うちもバイトするな」


 何でもないことのように言う真澄。


「別に、真澄がやらなくても……」

「旦那がウチらのパーティーのために頑張ってくれとんのに、ウチだけなんもせんっちゅうわけにいかんやろ」

「……わかった。お願いするね」

「よろしい」


 変な遠慮をしなかったせいか、真澄も満足げだ。


「で、何のバイトするん?」

「そこだよね。家庭教師とか考えてるんだけど」


 色々調べてみると、特に家庭教師は知り合い経由だと、色々融通も効いて、しかも相手によるけど、結構稼げるらしい。それに加えて、今、ちょうど紹介されている案件もある。


「勉強が得意なコウには似合ってそうやね。それで、問題あるん?」

「問題はないんだけどね。一緒に居られる時間が減るなって」


 バイトの時間分減るくらいはなんともないかもしれないけど、バイトのせいで、真澄の事を一番に考えられないなんて事は避けたいのだ。


「嬉しいこと言ってくるけどや、別にそのくらい気にせんでええよ」


 嬉しいのと苦笑いが混ざったような表情でそんなことを言われる。


「気にしすぎかな」

「ウチは嬉しいけど、コウがウチの事大好きなんはよーわかっとるから」


 だから、と続けて。


「安心して、バイト始めればええんやないかな」


 と真澄。


「ありがと。友達から家庭教師のアルバイト紹介されたから、悩んでたんだよね」

「ふんふん。中学?高校?」

「高校2年生の女子校の子で、授業についていけてないから、助けて欲しいらしい」


 と言ったところで、真澄の目つきが何やら変わった。


「若いからって、手え出したらあかんからね」


 ギロリと睨まれる。半分笑いながらだから、本心じゃないだろうけど。


「僕がすると思う?あとさ、真澄も2歳しか違わないでしょ」

「冗談やって」


 そう言って、くすくすと笑う真澄。


「じゃ、とりあえず返事送っとくよ」


 引き受ける旨のメールを書いて、送信する。よしっと。


「そういえば、真澄は何かしたいバイトあるの?」

「別に決めとらんけど。飲食店が無難やないかな」

「それは、真澄向きだね」


 料理が出来なくても問題ないだろうけど、出来るに越したことはないだろう。それに、真澄のことだから、接客もそつなくこなせそうだ。


 そんな事を考えていると、ラインに友達が追加されていた。名前は「小林かなえ」となっていて、ちょうど家庭教師をする先の子の名前だった。さっき、メールとついでにラインIDを送っただけなのに、凄いスピードだ。そして、ラインには早速、


【松島先生へ。来週からお世話になる、小林かなえといいます(かなえとお呼びください)。先生の授業を受けられるのを楽しみにしています♡】


 なんてメッセージが届いていた。いちいち、お世話になる子がラインで挨拶する必要はないけど、これが今風なのだろうか?それに、最後の♡が気になるけど、考えすぎ?


「コウ、どうしたん?なんや微妙な表情して」

「これ」


 ラインの画面を見せる。すると、途端に真澄が渋い顔になる。


「コウ、ひょっとして、写真送ったん?」

「うん。さすがにそれは送らないとまずいでしょ」


 顔がわからないと困るだろうし、先方も顔写真の提出をお願いしていた。


「コウ、その子には気いつけや」

「さすがに考えすぎでしょ」

「いきなり、積極的なメッセージ送ってくるっちゅうのは、その気あり、やで」

「まだ会ってないのに?」

「写真とプロフィールは送ったんやろ?」

「そりゃね」

「それだけでも、この年頃の、女子校の子が興味持つには十分や」

「わかった。注意するよ」

「この年頃の女子は大胆なことしてくるからな。気いつけな」

「さすがに、結婚してるって言えば大丈夫じゃないかな」

「んー。そうかもしれんけど……」


 大丈夫だと思うんだけど、真澄はやけに何度も気をつけることって強調してたのが印象に残ったのだった。


 僕より、その子が何か変なことをやらかさないかが心配みたいだけど、さすがに依頼した家庭教師を誘惑する、なんてお話でもあるまいし。


 とにかく、来週からは家庭教師なので、色々準備をしないといけないな。

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