第4話 そういえば僕達は新婚さんだった

 話は入学式の数日前に遡る。その前の夜、寝る直前にこんな会話をしたのだった。


「なあ。ウチらってあんまり新婚さんらしくないんやない?」


 真澄の唐突な疑問。


「新婚さんらしいっていっても……他の新婚さんは知らないからなんとも」


 いわゆる新婚さんでイメージされる、いっつもべったりしているそんな関係じゃないかもしれない。


「で、それがどうかしたの?」

「ウチら、もうちょい新婚さんらしくしてもバチはあたらんと思うんよ」


 不満そうな声。そう言われても。


「新婚さんらしくって、具体的には?」

「ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ、とか?」


 なんだかそれっぽい演技をしているけど、似合っていない気がする。


「真澄はそれ、やってみたいの?」


 それをされたらびっくりしてしまいそうなんだけど。


「さすがに今のは例やよ。そうやなくて、もっとこう、新鮮さっちゅうか……」


 彼女も自分が何を求めているかよくわかっていないのだろう。どうにももどかしそうだ。


「気持ちはわかるんだけどさ」


 正式に夫婦になったし、僕達はうまく行っているとも思う。ただ、それこそずっと昔から知っているせいか、何か新鮮さにかけるのではないかという真澄の主張は理解できる。


「でも、どうしたらいいんだろう」


 いい案が思い浮かばない。


「ウチもそこが思い浮かばんのやけど」


 やっぱり真澄もいいアイデアがないらしい。


「とにかく!ちょっと新婚さんらしいこと考えといて欲しいんや」


 ビシっと指を指してそんなことを主張する。


「難しいと思うんだけど、考えてはみるよ」


 そろそろ眠くなってきた。


「じゃあ、おやすみ〜」


 夢の世界へ旅立つ僕。


「やから、そういうのが新婚さんぽくないんやってば」


 何か言っているようだけど、僕の耳にはもう何も聞こえない。 


ーー


 翌朝。目を覚ますと、隣の真澄が居ない。


(先に起きて、ご飯の支度をしてくれてるのかな)


 結婚してからこっち、真澄は朝食の支度を進んでしてくれているので、それに甘えてしまっている。そう思って、のそっと起き上がってダイニングに出たのだけど。


「あ、もうちょっと待ってな。今、支度しとるから」


 何か信じられないようなものを見た。いや、台詞はいつも通りなんだけど。


「あのさ。ちょっと聞いていいかな」


 おそるおそる尋ねてみる。


「なんで、裸エプロン?」


 そう。エッチな漫画とかで見る、裸エプロンというやつだ。まさか、現実でお目にかかるとは。


「ちょっと気分変えてみよかと思って。そそる?」


 笑顔で聞いてくる彼女だけど、僕はといえば、一体どうして、とか、僕が何かしたっけ、とか頭の中が混乱でいっぱいだった。ストレスがたまりすぎたのだろうか。とりあえず、服を持ってこないと。


 寝室に戻って、勝手に悪いけど、真澄の箪笥から服の上下1セットらしきものを引っ張り出して、押し付ける。


「とりあえず、服、着てよ。僕が悪かったから」

「……え?」


 フリーズする真澄。


「裸エプロンは好みやなかった?」

「いや、そういう話じゃなくて。とりあえず、服着よ?話は聞くからさ」

「わ、わかったよ……」


 いそいそと部屋着に着替えて、テーブルに座る僕達。


「話は聞くから。言ってみて?最近、色々ストレスたまってただろうし」

「いや、別にそういうんやなくてやな。ほんとに、ちょい新鮮さちゅうか、そういうのをやな……」


 真澄が何やら困惑している。ことここに至って、僕は何か思い違いをしていることに気が付いた。


「ストレスがたまりすぎたんじゃなくて?」

「……コウが何考えとるかわかったわ。はあ……」


 肩を落とす真澄。


「こういうのは恥ずかしいんやけど。最後に、コウとエッチしたのいつやと思う?」

「……2週間くらい前かな」


 頭の中から想い出を引き出してみる。確か、引っ越すちょっと前だった気がする。


「ウチとしては、もっと触れ合いたくてやな。裸エプロンは唐突やったかもやけど」


 バツが悪そうな表情になりながらも、ぽつりぽつりとこぼす真澄。そういうことだったのか。


「ごめん。気づけなくて」


 そんなところにすれ違いの原因があったとは、申し訳ない気分でいっぱいだ。


「コウはのんびりしとるから、ウチと一緒に居られるだけで満足やっちゅうのもわかっとる」

「うん」

「ただ、ウチとしては、もうちょっと触れ合いたくてな。堪忍な」


 シュンとする真澄。少し気落ちした表情だ。そんな彼女を見て、何か電流が流れたような感覚があった。あれ?なんだか、いつもより凄く可愛いというか、抱きしめたい感情に駆られてくる。


「あ、あのさ。真澄」

「なんや?ウチがわがままやったと思うから、別に気にせんでも……」


 椅子を立った僕は、そのまま真澄の後ろからぎゅっと彼女を抱き締めた。ああ、暖かい。


「ちょ、ど、どうしたんや?」

「その。なんだか、気持ちが抑えられなくて」


 気持ちのままに彼女の胸をまさぐる。


「ん。あ。ああ。ちょ」


 真澄は戸惑っているようだけど、気にせずに、首筋にキスをしたり、耳たぶを甘噛みしたりしていく。


「ん。はあ。はあ……」


 真澄の息も少しずつ荒くなってきた。


「ひょっとして、エッチしたくなってきたん?」


 振り向いて尋ねる真澄。


「うん。急でごめんだけど」


 言いながらも手は止めない。


「誤算、やけど……」


 息が荒い。


「結果、オーライ、なんかな……」


 そのまま、彼女を抱き上げて寝室に運び込む。部屋着の上から彼女の足の間に触れると、既に湿り気がしていた。


「ん。もう、準備できとるからな」


 熱に浮かされたような表情で僕を見つめる真澄。―


ーー


「それで、どのへんがビビっと来たん?」


 答え合わせとばかりに、真澄が尋ねてくる。


「ええと。恥ずかしいんだけど」

「こんなことしといて、何を今更」

「……何か、弱々しい表情の真澄を見ていたら、突然って感じ」

「S?」


 怪訝そうな顔の彼女。


「いや、そうじゃないんだ。守ってあげたい感じというか」


 うまく言葉にならない。


「まー、なんとなくはわかったわ。コウにそんな趣味があったとは」

「ええと。引いてる?」

「別に?これで、またコウの性癖がわかったと思ってな」


 彼女は嬉しそうだった。僕としては、そういうのを把握されるのは恥ずかしいんだけど。


(ま、結果オーライか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る