第41話 僕の幼馴染は縛られたい
10月も末になる、ある土曜の夜。その事件は起こった。
「そろそろ、寝るか……」
作業部屋で、大学の課題を提出し終えた僕は、寝室に向かう。常夜灯でよく見えないけど、
「お待たせ。そろそろ寝ようか」
布団に入った僕は、隣の真澄にそう声をかける。すると、どうにも真澄の挙動に落ち着きがない。目線をあちこちに彷徨わせているし、手をもじもじとさせている。
「何か落ち着かないみたいだけど。どうしたの?」
ひょっとして、エッチのお誘いを迷っているんだろうか。でも、いまさらその事でここまで落ち着きがなくなるのも珍しい。
「あ、あのな。これはほんとーに、ほんとーに、ちょい興味があっただけやからな。別に、そういう特殊な性癖があるとかやなくて……」
そういいながら、後ろにある「何か」に手をのばす真澄。
「何言ってるの?真澄は既に変な性癖があるでしょ」
主に、僕の匂いをかぎたがるところとか。それで、靴下の匂いを嗅いでいたことすらあった(前作参照)。だからまあ、きっと、何か変な事を試してみたい、といったところだと僕は踏んだ。
「それやったらあの。これでウチを縛ってくれへん?」
そう言って僕の前に彼女が差し出してきたのは、黒い皮で出来た……ベルト?よく見ると、両手に装着可能、らしい。んん?
「ちょっとこれはさすがに……どうコメントしていいか」
そういえば、妙な荷物が家に届いていたなと思ったことはあった。でも、いわゆるそういうプレイ用の拘束具だとは思っていなかった。そんな性癖に目覚めちゃうとは。
「あ、別にそういう性癖に目覚めたとかやないんよ。ほんとに!ただ、ちょいおもしろそうやなーって思って買っただけ!」
凄い早口でまくしたてるけど、そういう事を思いつく時点で、何かに目覚めたのは間違いない。とはいえ、だ。
「いや、別に言い訳はしなくていいけどさ。Mな願望でもあったの?」
確かに、Mとは言わないまでも、前々から、弱々しい仕草を見せる彼女は魅力的だったのは間違いない。
「え、Mやないよ。Mやない。身体の自由を奪われながらっちゅうんが、ちょいドキドキしそうって思っただけなんや」
「それをMって言うんだと思うよ」
うーむ。判断に困るところだ。真澄の手を拘束した状態で……いや、意外とアリでは?
「とにかく、ウチにこれ嵌めて欲しいんやけど」
相手によってはドン引きされそうなお願いではある。
「わかった。えーと……」
暗がりで悪戦苦闘しながら、ベルトのようなものを両腕に巻きつけて装着していく。
「その。引いたりせえへんの?」
少し不安そうな表情を見せる真澄。
「これくらいなら。匂いかぐのとあんまり変わらないし」
たどり着いた結論はそれだった。
「でも、なんで急に縛られたいなんて思ったの?」
カッチリと両腕に拘束具を嵌めて、両腕の自由が取れなくなった彼女を、不覚にも少し可愛いと思ってしまう。
「ネットで、「マンネリを防ぐ!いつもより燃えるプレイ特集」っての見たんやけど……縛られる、のを想像してみたら、良さそう、やったんよ」
途切れ途切れに恥じらいながらそんな事を告白する真澄。
「ひょっとして、最近、マンネリだった?」
僕はそう思っていなかったけど、真澄がそう思っていたとしたら、彼女の夫として少し申し訳ない。
「あ、そういうんやないんよ。ウチは全然気持ちええし、楽しいんやけど。コウが飽きとったらどうしようって……。ここ1週間以上、エッチしとらんし」
その言葉に、真澄は僕が淡白なのを少し気にかけていたのを思い出した。それが、マンネリ疑惑になっていたとは。
「そんなわけないよ。心配性なんだから、真澄は」
そんな事を心配してくれた彼女が可愛らしくて、綺麗な髪をそっと手で梳いた。
「ん……ほっとしたわ。で、その。そそる?」
目を潤ませて、感想を求められると、照れる。でも、まあ。
「うん。ちょっとドキドキしてきた。なんだろ、この感覚。苛めたくなる?」
僕はSじゃない。Sじゃない。でも、マンネリになっているのではと心配して、持ち出してきた手の拘束具を嵌めている彼女は、どうにも苛めたくなる気がしてきた。
「偉そうなこと言っといて。コ、コウの方こそSやないの?」
「いや、Sじゃない。断じて。真澄はMだと思うけど」
言いつつ、彼女のパジャマに手をかけて脱がしていく。拘束具のせいで完全に脱がせられなかったけど、いつもと違うシチュエーションに、「やっぱり僕はS?」などと感じてしまう。
そうして、僕らの夜は更けて行ったのだった。
「もっと色々試してみてもええかも」
なんて彼女は言っていたけど、道を外さないでくれると僕としては助かる。
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