第42話 ハロウィンのサークル

 今日は10月31日。ハロウィンだ。僕らが子どもの頃、ハロウィンなんていうのは、存在は知っていてもあんまり縁がない行事だったけど、大人になると少し違うらしい、というのを今、僕は思い知っている。


 渋谷ではハロウィンは一大行事だし、他にもハロウィンフェアというのをやっているお店も多くある。大学に行っても、ハロウィンの仮装をして講義を受けている学生がちらほらと居る始末。


 というわけで、僕らの所属するサークル『史跡を訪ねる会』でも、何故かハロウィンの衣装を着て、皆で見せあいっ子するという謎のイベントが開かれていたのだった。


「うーん……」


 更衣室で僕は神父の衣装に着替えていた。

 そもそも、ハロウィンに神父って関係あったっけ?と思うけど。


永山ながやまさん、どうですか?僕の衣装。自信ないんですけど」


 サークルの部長である永山さん(※6話参照)に尋ねてみる。

 黒一色の服装に、胸元に十字が入ったデザインが合うのかどうにも自信がない。


「いやいや、似合ってると思うよ。君の印象にピッタリだ」

「そうでしょうか……」


 鏡を見てもどうにもしっくり来ない。

 とはいえ、気にしすぎても仕方がないのも事実。


「永山さんはヴァンパイアの衣装、すっごく似合ってますよ」

「そうかい?私の方こそ似合わないかと悩んでいるんだが……」


 彼は首をかしげる永山さん。

 長身に理知的な顔立ちは、美形のヴァンパイアという風で、よく似合っている。


「でも、真澄ますみの仮装は楽しみです」

「やっぱり、奥さんのは気になるかい?」

「ええ、まあ。こんな機会でもないと、頼みづらいですし」


 真澄には、今回、僕のリクエストした仮装をしてもらっている。

 果たしてどんな感じなのか、今から楽しみだ。


「永山さんは山科やましなさんには何も言ってないんですか?」


 サークルの先輩部員である山科さん(※27話参照)。

 一見物静かで、実はラノベヲタでもある彼女。

 部長に気があると真澄は推測していたけど、その通りだったらしい。

 夏の内に色々あって付き合うことになったとのこと。

 お世話になった人が幸せになってくれるのは嬉しい限り。


「さすがに、彼女だからといって、好みのコスプレをしてくれというのは……」


 いかにも生真面目な部長らしい言葉だ。

 そういうリクエストに抵抗があるんだろう。


「でも、山科さんならきっと、喜んでしてくれると思いますよ」


 案外オタクな彼女だ。彼氏のためなら、そのくらいしてくれそうだと思う。


「それはそうなんだけどね……」


 と考え込む永山さん。わかっていても抵抗があるらしい。


「こっちは準備出来たでー」


 更衣室の外から真澄の声が聞こえる。というわけで、外に出た僕。


「……」

「ど、どや?似おうとる?」


 少し頬を染めた様子で、ちらりと僕の方を見つつ、意見を伺う真澄。

 しばし、言葉を発するのを忘れて見とれていた。


「その。感想言ってくれんと不安なんやけど」

「ごめんごめん。見とれてた」

「もう。またウチを照れさせるようなことを……」

「ほんとだって。巫女服の清楚な感じが、真澄のイメージに……」

「ちょい待ち。皆見とるんやから」

「あ、そうだね。とにかく、似合ってる」

「そなんやね。ありがとさん」


 と、手を胸におく仕草がまた可愛らしい。


「相変わらずの熱々ぶりですね、お二人とも」


 前に出てきたのは山科さん。

 

「それ、何のコスプレですか?」


 何やら猫耳がついていて、赤いワンピースのようなものを着ている。


「ああ、猫娘なんですよ、これ」

「道理で。あ、似合ってますよ」

「ありがとうございます」


 とお辞儀をする山科さん。相変わらず丁寧な人だ。


「それで、どうでしょうか?永山さん」


 やはり彼氏の感想は気になるらしい。


「あ、ああ。よく似合ってる。似合ってるよ、山科さん」

「よかったです……!」


 お互い向き合って照れている二人。


(なんや、めっちゃ初々しいな)

(まだ二人共名字呼びなんだよね)

(手つないだこともないらしいで)

(うん。僕も、永山さんから聞いたよ)


 と、ヒソヒソ談義をする僕たち。


(ところで、なんで真澄も知ってるの?)

(そりゃ、山科さんから相談受けとるからな)

(僕も連絡先交換したのに)

(そういうのは、男には言いづらいもんよ)

(わかる、わかるんだけど)


 少し、納得が行かない。


「そういえばさ、僕の衣装はどう?真澄」

「コウが神父様っちゅうんは違和感あるな」

「やっぱりかー」


 そんな柄じゃないと思ってたんだよね。


「冗談やって、冗談。似合うとるよ」

「イマイチ本気が感じられないんだけど」

「もう、そんなことで拗ねんといてや」

「どうせ、僕は……」

「やから、機嫌治してくれへん?」


 わざとらしくイジけてみる。

 とはいえ、本気でイジけているわけじゃない。

 僕の目論見を通すための策だ。


「それじゃあ、交換条件」

「んん?交換条件?」

「うん。それを飲んでくれたら、機嫌治すから」

「なーんか、邪な気配がするんやけど」

「いやいや、別に無理なことは言わないって」

「ほんとにー?」

「ほんとに」

「約束やで?」

「うん、約束」


 決して邪な要求じゃない、はず。


「じゃあ、言うてみて?」

「その……今夜は家でも巫女服着て欲しいんだけど」

「……はあ、そんなことやろうと思ったわ」


 ため息をつく真澄。


「もちろん、無理にとは言わないけど」

「も、もちろんええんやけど……人が居ないとこで言うて欲しかったわ」

「う……」


 気がつけば、部員皆が生暖かい視線で僕らを見ている。


「はあ。松島家まつしまけは今夜はコスプレでしっぽりかー」

「しっぽりというか、激しくなりそうよ」

「君たちは……ほんと、見てて飽きないね」

「真澄さん、後で教えてくださいね?」


 そう囃し立てられたのだった。

 しかし、最後の山科さんの言葉。

 もしや、彼女に色々筒抜けになっているのでは。


(ねえ、真澄)

(な、なんや?)

(もしかして、山科さんに、色々、言ってる?)

(ま、まあ。少しは、言っとるよ)


 視線をそらしつつ、言う真澄。


(なんだか色々モヤモヤするんだけど)

(コウやって、永山さんに言っとるんやない?)

(言ってないよ。永山さんは真面目一辺倒だし)


 大体、僕もあの人から相談受けることがあるくらいなのだ。

 恥を偲んで頼むとかなんとか。

 とはいえ、僕に出来ることなんて、限られているんだけど。


(あー、それもそうやな)

(でしょ?)


 なんてコソコソしていると。


「なんかさー。ますみんたちの夜の営みとか知りたくない?」

「私も、私も。気になってたー」

「よーし。じゃあ、今度、ますみんを拉致して聞き出そう!」

「それよりも、コウ君拉致した方が早くない?」


 なんだか物騒な相談が聞こえてきたのだった。


(一応、言っておくけど)

(なんや?)

(さすがに、皆に夜の話は言ってない、よね?)

(あー、うん。山科さんにちょいとだけ。あ、それ以外は言うとらんからな!)

(それは疑ってないけど。皆、そっち方面に興味深々なんだね……)

(女子はそういうの好きな子多いんよ?高校の頃から)

(それは聞いた気がするけど。少しげんなりする)

(まあ、それはおいといて、ハロウィンを楽しまへん?)

(そうだね)


 というわけで、気を取り直して、部室のテーブルに着席する。

 和洋折衷というか、なんというか。

 古今東西の妖怪や怪異が勢揃いという感じで、統一感がない。

 

 それから、部室でとりとめもない雑談を繰り広げたのだった。

 相変わらず、サークルで弄られるポジションは変わりそうにない。

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